2−2

 夕食をとりに食堂へ向かう。

 広い空間に長いテーブルと白い椅子が整然と並んでいる。百人以上が座れそうだが、埋まっているのは一割にも満たない。白衣だけでなく作業着や軍服姿の人物もいる。各国から様々な人員が集まっているらしく、東洋人以外の顔も見受けられる。

 食券を買おうとしたら機械は停まっていた。トレイを持ってカウンター式の調理場へ進むと〈本日のメニュー クジラ肉のソテー〉と書かれたボードが立てかけられていた。わたしはカウンターの向こうにいる調理師に声を掛ける。

「他にメニューはありませんか?」

「このところ海が使えないので、食材が入らないんです」マスクと防菌帽に覆われた調理師が言った。声がくぐもっていて、女か男かもわからない。「クジラの肉なら腐るほど余ってますが」

「それって、島の周りを泳いでる」

「ええ。奴らのせいで食材が入らないのなら、奴らを食材にしてやろうということです」

 わたしは主菜を断り、米と味噌汁、サラダと納豆を受け取って精算した。

『早いところ仕事を済ませないと飢えてしまうね』

『まったく』心から同意した。

 空いている席に着き、質素な食事を始める。食べながら内省する。

『さっきのホログラムについて何かわかったことは?』屋根の上にいた少女のことだ。

『出所まではわからない。けど、この施設のネットワーク上で展開されているオブジェクトであることは確かだね。君がクラックされたわけではなく、だけだ』

『廊下で聞こえた歌との関係は?』

『因果関係は推定98.99%。ホログラムに近づいた時に信号が鮮明になったし、ノイズのタイミングも一致している』

『オブジェクトを動かしているのはAI? それとも、誰かの意識?』

『信号との関係を前提に考えるのなら、AIではなく生物の意識だね。音程やリズムに不安定さ——ゆらぎのようなものがある。これは生物にしか見られない特徴だ』

 生物、という言い方が引っ掛かる。

『意識の持ち主が人間とは限らない』

『そう思うから、君だってそんな食事をしているんだろう?』

 クラウスの言うことはもっともだ。彼はわたしの抱いた違和を客観化しているのだ。

 端末の振動する音が聞こえた。わたしではない。同じテーブルの、反対の端に座った白衣の人物が、ポケットから携帯端末を抜き出している。他にも同じような振動音や電子音があちこちで鳴り出す。無関係なのはわたしだけだ。

 彼らは一様に食事を切り上げ、席を立ち始めた。

『何事?』

『夜のラジオ体操——というわけではなさそうだね』

 わたしも席を立ち、トレイを戻して食堂を出た。

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