●エピローグ

エピローグ

 くねくねと曲がりくねった山道を、一台の車が走って行く。

 このデコボコした道を進んだ先にあるのが、あたしの生まれ育った祓い屋の里だ。


 今日は助手席に御堂君―—竜二君を乗せて、生まれ故郷の里へと向かっている。


「すごい山奥でしょ。もう少しでつくけど、眠かったら寝てても良いよ」

「いえ、そういうわけには。どのみち、眠れそうにありませんよ」

「あれ、もしかして緊張してる?」

「少し……いえ、だいぶかもしれませんね」


 正直に答えてくれる竜二君に、思わず笑いが漏れる。

 無理もないか。今から世に言う、実家への挨拶が待っているんだものね。


 あたしの両親はもういないけど、親代わりに面倒を見てくれた里のジジババ達に顔見せに行くのだ。緊張するなと言う方が無理だろう。

 だけどそんな様子でさえ、可愛いって思ってしまう。


「今さらですけど、紹介するのが僕では怒られませんかね? 霊は見えない、お祓いもできないような男なんて」

「まだそんなこと気にしてるの? 心配しなくても、そんなことで偏見持つような人はいないって。もしいたとしても、あたしが力ずくで納得させるから安心して」

「力ずくって……いえ、やっぱりその時は、自分で何とかします。頼りっぱなしの情けない男では、悟里さんを幸せになんてできませんから」

「んんっ!」


 不意打ちの恥ずかしい台詞に驚き、思わずハンドルを切り損ねる。

 危なっ! もう少しでガードレールを飛び越えて、崖下に真っ逆さまになるところだったよ。


「しかし早いもんだね。出会ってからもう、三年も経つんだもの」

「そうですね。と言うことは雅さんも、来年には高校を卒業ですか」

「だね。あの時はちゃんとやっていけるか心配だったけど、新しい学校では馴染めているみたいでよかったよ」


 三年前。呪われたホテルから始まり、呪いの動画や人形、封印されていた鬼と、次々に装いを変えていったあの事件。

 御堂君と知り合って付き合うことになった、始まりの出来事。その中心人物だった雅ちゃんは今、伊神夫妻の元で穏やかに暮らしている。


 事件直後は、友達だと思っていた煙鬼に裏切られたショックで塞ぎこんでいたけど、伊神さん達が根気強く接してくれたおかげで少しずつ元気を取り戻していき、今では学校にも通えている。

 あたしや御堂君も時々電話で様子を確認してるけど、放課後や休みの日は友達と一緒に遊んでいるみたい。煙鬼に唆されてあんな事件を起こしたというのが嘘のようだ。

 楽しく過ごせているようで、本当に良かったよ。


「竜二君があの時、伊神さんから引き離すのが正しいのかって言ってくれたおかげだね。きっと家族の支えがあったから、今があるんだもの」

「買いかぶりですよ。わざわざ僕が口出ししなくても、結果は変わらなかったかもしれません」

「むう、そういう事言わない。こういう時は堂々と、胸張っときゃいいのよ」


 まあ謙虚なのも、彼の良い所なんだけどね。


「さあ、里まで後少し。飛ばして行くよ!」

「悟里さん、くれぐれも安全運転で——うわっ!」


 狭くてカーブの多い山道を、孟スピードで駆けて行く。


 時々竜二君の悲鳴が上がっていたけど、やがて山道を抜け、ポツポツと家のある集落の中へと入って行く。

 そうしてたどり着いたのは、かやぶき屋根をした古民家。あたしの生家だ。


 長らく留守にしていたけど、管理をお願いしているから中は綺麗なはず。

 家の前に車を停めて外に降りると、竜二君もそれに続いた。


「ここがあたしの家ね。まあ、今は誰も住んでいないんだけど……って、大丈夫? 何だか顔色悪いよ」

「すみません。少し気分が悪くて」


 青い顔をしながら、天を仰ぐ竜二君。

 自分で運転してる時はそうでもないけど、他人が運転する車だとよっちゃう人っているけど、竜二君はそのタイプだ。ドライブデートの時も、あたしが運転したら決まってこうなっちゃうんだよね。


「悟里さんの運転だけは、いつまで経っても慣れません。特に今回は本当に死ぬかと思いました」


 可哀想に。よほど気持ちが悪いのか、何かうわ言を言っている。

 どうしよう、まずは休ませてあげた方がいいかな。

 なんて思っていると。


「ほら見ろ、やっぱり悟里ちゃんが帰ってきてた」

「だと思ったよ。あんな暴走族みたいな運転するの、他にいないものね。おーい、悟里ちゃーん!」


 目を向けると、道の向こうには手を振っているじいちゃんやばあちゃんの姿が。

 おお、あれはシゲさんとトメさん。二人ともあたしのご近所さんで、子供の頃から可愛がってもらっている人だ。

 すると二人に続くようにやって来たのは。


「あー、悟里姉ちゃんだー」

「帰ってきたんだー」


 わらわらと集まってきたのは、里の子供達。小学生のチビどもが、とてとてと走りながらやって来る。

 さすが田舎。噂が広まる速さは、あたしの運転する自動車以上らしい。


「おー、皆久しぶりー。元気にしてたー?」

「うん、悟里姉ちゃん久しぶりー」

「ねーねー、お盆やお正月でもないのに、なんでいるの? 何か悪さして、きょーせーそーかんされたの?」

「されるか! そんなこと言うのはこの口かー!」


 生意気言ってきたやんちゃ坊主の頬を、グイグイと左右から引っ張る。

 ああ、なんかこうしてると、帰ってきたって気がするわー。


 すると集まってきた人達の中から一人。中学校の制服を着たツインテールの女の子が、こっちに寄ってくる。


「お久しぶりです、悟里さん」

「おお、知世ちゃん久しぶりー。元気だった? お祓いの修行、しっかりやってる?」

「はい、バッチリです。あの、ところであちらの方は?」


 彼女の視線の先には、少し顔色が戻った竜二君の姿が。

 しまった。ついほったらかしにしちゃってた。


「ほら、竜二君も早くこっち来て。挨拶挨拶」


 こういうのははじめが肝心なんだから、しっかりね。

 そうして皆の前に立たせると、竜二君は微かに頬を染めて、照れ臭そうに言う。


「皆さんどうもはじめまして。僕は御堂竜二と言いまして」

「あたしのダーリンになる人だよ」

「「「ええ――――っ!?」」」


 と言うわけだから、皆よろしくー!




 火村悟里、28歳。祓い屋。

 御堂竜二、29歳。オカルト雑誌の編集者。

 あたし達もうすぐ、結婚します♡


 見える世界は違うけど、同じように笑って助け合いながら暮らしていく。

 そんな家庭を、一緒に築いていけますように。



   了

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