第34話 世界で一番愛しい人

 元凶である煙鬼を封印して、事件は解決。

 飲み屋で祝杯もあげたことだし、後は帰って事務所に報告をするだけ。けどその前に。


「たくさんの狸が祭られた神社、前から来たいと思っていましたけど、こんな形で来れるとは思いませんでしたよ。しっかり写真を撮っておかないと」


 興奮ぎみにカメラのシャッターを切る御堂君。

 普段の落ち着いた雰囲気はどこへやら。まるで子供みたいにはしゃいじゃって。だけど新しい一面を見られて、ちょっと嬉しいかも。


 煙鬼の騒動から一夜明けた今日、あたし達は観光名所である神社を訪れていた。


 ここは通称、狸神社と呼ばれている神社で、この地に伝わる伝説に出てくる、お狸様が祀られている。

 境内のいたる所に狸の石像や置物があって、参拝客をお出迎え。愛嬌のある顔が、なんとも可愛らしいねえ。

 御堂君も喜んでいるし、来てよかったよ。


 昨日あれだけ激しく戦ったんだから、少しくらい遊んだってバチは当たらない。というわけで、今日は二人で観光中。

 それに御堂君は元々、ここの取材も出張のプランに入れていたのだとか。ちゃっかりしてるねえ。


「編集長が僕以上のオカルトマニアなんですよ。出張に行くならついでにここもしっかり取材してこいって言われてきました」

「月刊スリラーの編集部は、オカルトマニアの集まりなのかい? 普段はいったい、どんな感じで仕事しているんだ?」

「よかったら一度遊びに来ませんか? 現役の祓い屋が来るってなったら、きっとみんな仕事そっちのけで歓迎してくれますよ」

「……考えとく」


 すごい職場を想像してしまった。だけど御堂君にとっては、そんな所で働けて幸せなのかも。

 彼がオカルトに興味を持ったのはマリちゃんこと沢渡先生の嘘がきっかけだけど、今楽しめているならそれで良いのかもね。


 神社をしばらく散策して、一通り写真を撮り終わった後、あたし達は近くにあるうどん屋へと場所を移した。

 席について向かい合って座っていると、40歳くらいのおばさん店員が、注文を取りに来る。


「たぬきうどんを二つ」

「たぬきうどん二つですね、かしこまりました。お客さんたち、県外の方ですか?」

「まあ、そんなところです」

「そうですか。彼氏とデートなんて、羨ましいですねえ」


 彼氏!? いや、違うから!


 だけど否定する間もなくニマニマと笑いながら行ってしまい、席にはあたしと御堂君が取り残される。

 き、気まずいー。


「は、はは。デートだってさ。変な勘違いされちゃったね」

「おや、僕は始めから、デートのつもりでしたけど?」

「は? でも編集長から、取材を頼まれたって」

「もちろんそれも本当ですけど、取材にかこつけて火村さんとデートできたらって、密かに思っていました。知りませんでした? 僕はこう見えて結構、悪い大人なんですよ」


 イタズラっぽく笑う姿に、頬が熱くなる。

 大人しいゴールデンレトリバーだと思っていたけど、とんでもない。やっぱり彼は、ずる賢い狐だ。


「まあ冗談はさておき。火村さん、前に全てが終わったら大事な話があると言っていたのを、覚えていますか?」

「う、うん。それで、話っていうのは?」

「単刀直入に言います。火村さん、事件は解決しましたけど、どうかこれからも僕と付き合ってください」


 キター!

 予想はしていたけど、いざ言われると思った以上に心にキた。

 なにこれ。告白ってこんなにドキドキするものだったっけ? 前の彼氏の時は、「それじゃあ付き合ってみる?」的な感じだったけど、あの時とは全然違うじゃないか!


 ああ、心臓がバクバクする。あたしって、こんな純情乙女だったっけ?


「これからも貴女の見る世界のことを、たくさん知っていきたいんです。火村さんのことが、好きですから」

「え、ええと。それはあたしが、祓い屋だから? 幽霊や妖を見ることができるから、好きになったってこと?」


 恐る恐る尋ねてみたけど、たぶん的外れな事を聞いてしまっている。彼は……御堂君はそんな理由で、誰かを好きになるような男じゃないよね。

 すると案の定、御堂君は首を横に振る。


「いいえ。もしも火村さんが祓い屋でなく、別の形で出会っていたとしても、きっとあなたを好きになっていたでしょう」

「で、でもあたしだよ。前園ちゃんが言うには、あたしはズボラでガサツで、大酒飲みだし酔っぱらったら面倒臭くなる。そんな女だよ」

「そうですね。そして優しくて子供想い。一度こうだと決めた事は、とことん貫き通す。そんな貴女に、僕は惹かれたんです」


 清んだ目で真っ直ぐに見つめられると、胸の奥に熱い思いが広がっていく。ちゃんと好きって言葉にされるのって、こんなに嬉しかったのか。

 

 あたしが当たり前に見えているものを、御堂君はいつでも見えるわけじゃなくて、かつてそのせいで痛い目を見た身としては、躊躇する部分はある。

 だけど彼ならあたしのこともちゃんと理解してくれて、あたしの見る景色を教えていくことはできる。

 そんな関係を、これからも続けていけるのなら……。


「……一つだけ条件があるけど、いい?」

「条件?」

「そ。付き合うならちゃんと、将来のことも考えて。あたし、里のじいちゃんばあちゃんから、早く結婚しろって言われてんのよ。無駄に時間かけた挙げ句ポイ捨てなんてされたら、たまらないじゃない」


 もしもそうなったら、また婚カツに逆戻り。いや、下手したらトラウマになって、一生独身だってあり得る。そんなのはゴメンだっての。

 話を聞いた御堂君はポカンとしていたけど、すぐにおかしそうにクスクスと笑った。


「ええ、もちろんです。頼まれたって、手放してあげませんから」

「……ならよし」


 てれ臭くてついそっぽ向いてしまったけど、目だけは御堂君から離せない。


 これで今日から、彼氏と彼女か。なんだか不思議な気分だけど、悪くない。いや、むしろ最高って思ってしまうあたり、あたしも知らず知らずのうちに、御堂君のことを好きになっていたのかもしれない。うん、きっとそうだ。


「ま、まあそういうことだから、これからもよろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 こうしてあたし達は、付き合うことになりました。

 告白があまりに衝撃的すぎて、その後食べたうどんの味は分からなくなっちゃったけど。

 だけど嬉しい。凄く嬉しい。



 

 出会いは最悪だったけど。


 同じ景色を見ることはできないけど。


 それでもあたしのことを信じて、受け止めてくれた。




 あたしを選んでくれてありがとう。世界で一番、愛しい人。

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