第30話 事件解決?
「ち、違う。そんなことない……」
そう答えたものの、動揺しているのが見て取れる。
するとそんな不安を隠しきれない雅ちゃんに、煙鬼は言った。
「よーし、だったら俺が友達だっていう証拠を見せてやる。お前の邪魔をするコイツらの喉を、引き裂いてやろうじゃないか」
「えっ……」
おい待てふざけるな!
これは寝てる場合じゃない。全身の疲労感を振り払い、よろよろと立ち上がる。
煙鬼の物騒な発言に御堂君も身構えたけど、驚いているのはあたし達だけじゃなかった。雅ちゃんは顔を真っ青にして、声を震わせる。
「ま、待って。そんなことしたら、あの人たち死んじゃう。いくらなんでもそれは」
「今さら何言ってんだよ? この前中学校に送りつけた人形だってそうじゃないか。あれに襲われた奴だって悪夢を見続け、やがては衰弱死してたんだぜ。残念ながら、アイツらに邪魔されたみたいだけどな」
「そんな。悪い夢を見せて、懲らしめるだけのはずじゃあ……」
「あれ、言ってなかったか? けど別に良いだろう。お前のことをいじめていた、最低な奴らなんだから。お前だって、殺したいほど憎んでいたんだろう? 全部お前が望んだことだ」
煙鬼が一言発する度に、雅ちゃんの顔色はどんどん悪くなっていく。
無理もない。いくら憎い相手だったとはいえ、もしかしたら殺していたかもしれないのだから、怖くなるのは当たり前だ。
けどそれで良い。今ならまだ、後戻りできる。
「雅ちゃん、これでわかったでしょう。もうこんなことは止めて、あたし達と一緒に来るんだ!」
「で、でも」
どうすれば良いかわからないといった様子で、あたしと煙鬼を交互に見る。
だけどそんな雅ちゃんの態度が気にさわったのか、煙鬼が不機嫌そうに声をあげた。
「ゴチャゴチャうるさいんだよ。やっぱりその喉を潰して、喋れなくしてやる!」
「——っ! 煙鬼くん待って!」
雅ちゃんが止めたけど、もう遅い。
今までずっと雅ちゃんの背に隠れていた煙鬼だったけど、その煙みたいな体をくねらせて飛びかかってきた。
対してあたしは……ヤバい、反応が追い付かない。
まだ体が思うようには動かずに、素早く印を結ぶことができない。
マズイ……マズイぞこれは。
「死ねえぇぇぇぇっ!」
飛び掛かってきた煙鬼が手を振り上げて、鋭い爪が光る。
焦りの中、煙鬼の動きはまるでスローモーションのようにゆっくりに見えたけど、体の自由がきかないあたしは、避けることができない。
やられる。
ガードすることも目を閉じることもできないまま棒立ちになるあたしに、煙鬼が迫る——
「火村さん!」
あたしと煙鬼の間に、割って入ってきたのは——御堂君!?
彼はあたしを守るように、両手を広げて煙鬼の前に立ち塞がった。
止めろ! バカな事してないで逃げるんだ!
「シャアアアアァァァァッ!」
不気味な叫び声をあげた煙鬼が、御堂君目掛けて鋭い爪を振り上げる。
彼の乱入なんてお構いなし。奴にとっては、襲う相手なんてどちらでもいいんだ。
助けなきゃ。そうは思っても相変わらず体は動いてくれずに、目の前の光景を見る事しかできない。だが……。
——キィン!
「うわっ!?」
爪が振り下ろされた瞬間、なぜか煙鬼の体はまるで見えない壁にでもぶつかったみたいに、後ろへと弾かれた。
え、いったい何が起きたの?
理解が追い付かずに目を丸くしていると、御堂君がこっちを振り返る。
「火村さん、無事ですか?」
「う、うん。あたしは平気だけど、御堂君こそ何で無事なの?」
「きっとコレのおかげです」
そう言って内ポケットから取り出したのは、あたしの霊力のこもった木札。
そうだった。用心のために新しく持たせていたんだった。
しかも持たせていたのは一つじゃない。彼は無茶をしそうだから、念のため1ダースも作ってたんだった!
「さすが火村さんの作った守り札です。おかげで僕は無傷ですよ」
手に持った木札を、まるでトランプのように広げる。
渡しておいて良かった。何重にも重ねた札の防御力はすさまじく、たぶんあたしよりも守りは固くなっていたはず。
ただ広げられた木札は、3つほどヒビが入っているじゃないか。次また同じように襲われたら、防ぎきれるとは限らない。。
「痛てて。守り札とはセコい手を使いやがって」
煙鬼は吹き飛ばされて倒れたものの、すぐに起き上がった。
まずいね。早く何とかしないと。
「雅、次は二人で仕掛けるぞ。……雅?」
やる気満々の煙鬼とは裏腹に、雅ちゃんは血の気の引いた顔でガタガタと震えている。
そして絞り出すような声で、煙鬼に訴えかけた。
「煙鬼くん、もう止めよう」
「はあ? お前何言ってんだよ?」
「だ、だってもしも札がなかったら、あの人死んでたかもしれないんだよ」
目に涙を浮かべながらの、必死の懇願。その姿は、誰かを呪って苦しめていた人とは思えないほど、酷く弱々しい。
無理もない。彼女は霊力があるだけの、幼い中学生なんだ。
呪いの動画を配信してたとは言っても、その特性上呪われた相手を直接目にしたわけじゃないだろう。
だけど今は違う。目の前であたし達が襲われたのだ。自分のしてきた事がどういうことか、思い知らされたに違いない。
「もう動画配信も止める。無理に誰かに分かってもらえなくたって良いよ。煙鬼くんがいてくれたら、それで十分だから」
「雅、お前……」
「祓い屋さん、私はどんな罰でも受けるから。でも、煙鬼くんのことは許して。煙鬼くんは私のわがままに、付き合ってくれただけなの!」
煙鬼を庇うように前に立つと、深く頭を下げてくる。
この様子、その場しのぎの嘘とは思えない。
「火村さん、あの子はもう」
「そうだね。もう悪さをしないって言うなら、あたしも手荒な真似はしない。上にも便宜を図るよう、頼んだっていいよ」
「本当ですか!?」
下げていた頭を上げて、嬉しそうに顔をほころばせる。
あたしだって反省した子を、無意味に叱り続けるような分らず屋じゃないさ。何も怒るだけが大人の役目じゃないのだ。
雅ちゃんが分かってくれたのなら、これで事件は終わり。
だが。
「―—ダメだ」
希望の光を打ち消すような、低くて冷たい声が、蔵の中に響いた。
もちろん、あたしが言ったんじゃない。
あたしも御堂君は雅ちゃんの背後にいるそいつへと視線を移し、雅ちゃんもゆっくりと振り返る。
「え、煙鬼くん?」
雅ちゃんの声が、再び張りつめる。
煙鬼、やっぱりお前は……。
「大人しくしてる? バカ言っちゃいけねーよ。雅、お前は呪いを広めてくれるって、約束してくれたじゃないか?」
さっきまでの飄々とした態度とは違う、冷たい表情。
彼はまるでゴミを見るような目を、雅ちゃんに向けていた。
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