第29話 雅ちゃんと煙鬼

 衝突する二つの光が大気を震わせ、ピリピリとした圧が肌に突き刺さる。


 ——押しきれない。

 放たれた二つの力は、完全に拮抗している。

 ちいっ、この子思っていたより、ずっと強いじゃないの。


 雅ちゃんに妨害されるのは想定内だった。彼女は煙鬼のことを、信じきっているみたいだからね。


 だけど雅ちゃんは、ちゃんとした祓い屋の修行をしていたわけじゃない。あたしなら簡単に退けられる、そうたかをくくっていたのだけど。


 押し負けはしないけど、押しきることもできない。

 おかしいね。前に動画に仕込んでいた呪いには、大した効果は無かったのに。今放っている呪いの威力は、あの時の比じゃなかった。


 まずい。術を放ち続けるのももう限界だ。

 だけどそれは向こうも同じだったみたいで、あたしの光も雅ちゃんの光も消え、辺りは元の薄暗い部屋へと戻った。


「火村さん、大丈夫ですか!?」


 御堂君が慌てて駆け寄ってきたけど、平気平気。ちょっと疲れただけだから。

 けど、厄介かも。


「想定外だね。あの子、こんなに強い力を持っているだなんて」


 だけど見ると向こうも疲れたように肩で息をしていて、そんな雅ちゃんに煙鬼が寄り添う。


「おい、あいつかなり強いけど、大丈夫か?」

「へ、平気。煙鬼くんから貰った力があるから。煙鬼くんのことは、私が必ず守るからね」


 雅ちゃんはニッコリと笑ったけど、その顔色は悪い。無理をしているのが丸わかりだ。

 つーかさっき、気になること言わなかった?


「ちょっと待て。あんた今なんつった? 雅ちゃん、その鬼から力を貰ってるの?」


 すると雅ちゃんの代わりに、煙鬼がニッと笑う。


「ああそうだ。俺は雅の力を、引き出す事が出来るんだよ。俺がサポートして雅が戦う。良いコンビだろう」

「何が良いコンビだ。雅ちゃんよく聞いて。君が掛けられているのは、呪いの一種だ。君の霊力に奴の妖力を上乗せさせる代わりに、精神や体を追い詰める。自分が苦しいって、分かってるよね?」


 つまりそれはドーピング。

 やけに強いなと思ってたけど、そんな裏技を使っていたのか。

 けどそれは自分自身にも大きな負担をかけてしまう両刃の剣なのだ。ひょっとしたらあたしよりも、雅ちゃんの方がダメージが大きいかもしれない。


 こいつはいけない。戦いが長引いたら雅ちゃんの体にどんな影響が出るか、分かったもんじゃないよ。

 いくら相手が呪いの動画の配信者でも、子供を傷つけるなんてしていいはずがない。だと言うのに。


「それがなに? これくらいの痛み、今まで受けてきた苦しみに比べたらどうってこと無いわ。これで煙鬼くんを守れるのなら、望むところよ!」


 ——っ! そこまで煙鬼が大事か!


 顔を歪ませて苦しそうにしているけど、引く気は無いみたい。

 だったら煙鬼、お前が止めろ。これ以上友達に、負担をかけたくはないだろう。


「はははっ! 雅、やっぱお前は、最高の友達だ! もっと強くなれるよう、力を与えてやるからな!」

「う、うん。あたし、頑張るから!」



 煙鬼から放たれた黒いオーラみたいなものが、雅ちゃんへと吸い込まれていく。


 待て待て。止めるどころか、更に力を与えやがった! このままじゃ本当に、体がもたないぞ。


 するとあたしよりも先に、御堂君が叫んだ。


「もう止めるんです。その力が危険な物だってことくらい、僕にもわかります!」

「うるさい! あなた達が煙鬼くんに酷いことをするって言うなら、絶対に止めないから! 絶えぬ闇、終わらぬ夢―—呪!」


 まずい、またさっきのやつが来る。しかも今度は、威力マシマシのヤバいやつが。

 咄嗟にあたしも術を放って応戦したけど、やっぱり向こうの力が上がっていたのが痛かった。


「しまっ——」


 しまったと言う暇すらなかった。

 威力を殺しきれなかったあたしは呪いの光を受けて、後ろに吹っ飛ばされる。


 壁に叩きつけられ、ゴンッという鈍い音と共に背中に衝撃が走る。

 痛っ! やられた!


 するとその瞬間、不意にある情景が、頭の中に浮かんだ。



 …………何だこりゃ?

 まるで頭の中に無理矢理情報を詰め込まれたみたいに、脳裏に映像が流れ込んでくる。

 もしやこれは前に、人形を祓った時に見たあれと同じものか? 霊力を通じて、雅ちゃんの記憶が流れ込んできたのか?


 脳裏に映った場所は、この蔵。

 そこで雅ちゃんが、卒業証書でも入っていそうな形と色をした、黒い筒状の物を手にしているのが見えた。そして。


 ——頼む。俺をここから出してくれ。


 筒の中から聞こえてきたのは、煙鬼の声。

 そうか、あの筒は煙鬼を封印していた物なのか。


 映像の中の雅ちゃんは、言われるがままその筒を開ける。すると次の瞬間、中からモクモクと煙が立ち上ぼり……煙鬼が姿を表した。


 これはもしや、雅ちゃんが煙鬼の封印を解いた時の記憶なのか?


 ——ひぃっ!?

 ——おいおい、そう怖がるなって。俺の名前は煙鬼、出してくれてありがとうな。


 煙鬼はニコッと笑って握手を求め、雅ちゃんは恐る恐るその手を取る。


 これが二人の、出会いと言うわけか。

 すると映像は変わり、それからの二人の日々が映し出された。




 ——俺のことを封印した雅の先祖は好きじゃねえ。けど、雅のことは好きたぜ。


 ——幽霊や妖怪が見えるって言ったらいじめられた? 酷え事するやつがいたんだな。


 ——俺が術の使い方を教えてやるよ。俺は雅の……友達の力になりたいんだ。術を使って、お前をいじめてた奴らに、一泡ふかせてやろうじゃないか!




 次々と流れていく、映像の数々。


 自分にしか見えない煙鬼との共同生活に、雅ちゃんも最初は戸惑っていたみたいだけど、打ち解けるまで時間はかからなかった。


 煙鬼は雅ちゃんが初めて出会った、自分と同じモノを見ることができる存在。

 人間でなく鬼だったけど、自分のことを理解してくれる誰かをずっと待ち望んでいた雅ちゃんにとって、それは運命の出会いだった。

 煙鬼は巧みに言葉を並べて、雅ちゃんの心の隙間に入り込んでいく。



 ——俺の言う通りにしていたら、間違いはない。俺のこと、信じてくれるよな。



 最後に見えたのは、不気味な笑みを浮かべる煙鬼と、頷く雅ちゃん。

 そして次の瞬間、映像はプツンと途切れて、あたしはハッと我に帰った。


「火村さん! 火村さん大丈夫ですか!?」


 目の前には、御堂君の顔がある。

 どうやら壁に叩きつけられて、少しの間寝ちゃってたみたいだね。

 御堂君は座り込んでいるあたしの肩を掴みながら、心配そうに顔を覗き込んでいる。


「あー、うん。大きい声出さなくても聞こえてるよ。心配しなくても、これくらい平気―—」


 立ち上がろうとして、とたんに力が抜けた。

 ヤバい。全身が変に痺れていて、上手く立てないや。どうやらさっきの攻撃が、思いの外効いているみたい。


 マズイぞ。体の自由が、まるできかない。そして、気になることがもう一つ。

 何とか頭を動かして前を見ると、雅ちゃんが疲弊しきった顔で、床に膝をついているのが見える。


「雅、まだやれるか? あの女はまだ意識があるし、もう一人の男だっている。俺のために、もう一度頑張ってくれるか?」

「う……ん。もちろん……だよ」


 雅ちゃんはガクガクと震える足で、ふらふらと立ち上がろうとして……途中で崩れた。


 ちぃっ、どうやら思った通り、体に無理がきているみたいだ。


 ひょっとしたら攻撃を受けたあたしより、雅ちゃんの方がダメージが大きいんじゃないの?

 これ以上無理をさせたら、本当にヤバい。何とかして、彼女を止めないと。


「仮死魔さん……いえ、真壁雅さん。もう止めにしましょう。これ以上はあなたの体が持ちませんよ」


 あたしを守るように、前に出てきたのは御堂君。

 ちょっと。危なくなったら、下がってるよう言ったよね!


 だけどますます焦るあたしををよそに、彼は言い続ける。


「火村さんを退けても、終わりじゃありません。あなたは知らないでしょうけど、祓い屋は組織で動いているのです。火村さんがやられても、すぐに新しい祓い屋が何人も、あなたを捕まえに来ます。それら全てと戦って、あなたの体は持つのですか?」

「えっ……」


 御堂君の説明は少々オーバーだったけど、ナイスだ。

 おかげで雅ちゃんは動揺したみたいで、「煙鬼君」と弱々しい声を出す。


「安心しろ、お前は強い。祓い屋が何人来ようと、負けはしねーよ。俺のために戦ってくれるな?」

「でも……」

「頼む、お前だけがたよりなんだ。力を貸してくれ、友達だろ?」

「分かった。煙鬼君が言うなら……」


 虚ろな目をしながら、ふらふらと立ち上がろうとする雅ちゃん。

 ダメだ。あの子完全に、自分で考えることを放棄しちゃってる。

 だけどそれを見て、御堂君が吠えた。


「雅さん、そんなやつの言いなりになっちゃダメです! そいつはあなたのことを利用しているだけだって、分からないのですか!?」

「違っ! 私の友達を、悪く言わないで!」

「友達? ならその友達は今、何をしているのです? あなたが苦しんでいるのに、どうして手を貸そうとしないのですか? あなたに力を与えるだけ与えて、自分は高みの見物なんておかしいじゃないですか!」

「―—っ!」


 どうやら御堂君も、二人の関係が変だってことに気づいてたみたい。そして、ひょっとしたら雅ちゃんも。

 彼女は不安そうな目を煙鬼に向けたけど、その煙鬼はギロっとした目を細めながらクククと笑う。


「ははは、どうした雅。まさか俺の事を、疑っているのか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る