第28話 封印されていた鬼

 雅ちゃんの後ろに立つ、不気味な黒鬼。ただし鬼と言っても、筋骨隆々な大男と言うわけではない。


 身の丈はせいぜい160センチくらいで、雅ちゃんよりも少し高い程度。

 つーかこいつの体、煙みたいになっていて腰から下の輪郭がぼやけているじゃないか。まるでアラビアンナイトのランプの魔神みたいに、プカプカと宙に浮いている。


 だけど人間場馴れした体つき以上に不気味なのが、ギラギラした銀色の目。

 まるであたし達を見下しているような腐った目をしていて、禍々しさを感じる。

 コイツ、どう見ても良いモンじゃないね。


「あれは、鬼なのですか? まさか幽霊に続いて、鬼をこの目で拝めるなんて思いませんでした」

「感動するのは後にして。ちょっとそこの鬼、あんたいったい何なの? 事件の黒幕的なやつ?」


 こんなこと聞いても答えてくれるか分からなかったけど、意外にも鬼は素直に口を開いた。


「何って言われてもなあ。俺は俺としか言いようが無いからなあ。あ、そうそう。人間からは、エンキって呼ばれてる」

「エンキ?」

「なんだ、知らないのか? 煙のような姿をした鬼って言う意味の、『煙鬼えんき』だ。昔は、ケムリオニって呼んでいた奴もいたけど、聞いたこと無いか?」


 煙鬼から視線をずらして御堂君と目を合わせたけど、彼は首を横に振る。

 知らないと言いたいらしい。うん、あたしも聞いたこと無いよ。少なくとも妖怪図鑑に乗っているような、有名な妖じゃなさそうだね。


「煙鬼なんて知らないねえ。あんた、相当マイナーな妖怪なんじゃないの?」

「酷えなあ。これでも昔は暴れまわって、祓い屋どもの手を焼かせてたんだぜ。けど悲しいかな。何百年も封印されているうちに、忘れ去れられちまったってわけか」

「封印? あんたもしかして、雅ちゃんのご先祖に封印されていたとか?」


 すると煙鬼よりも先に、雅ちゃんが反応した。


「そうよ。煙鬼君はこの蔵に封印されていたの。酷いご先祖様。小さな筒の中に、煙鬼君を閉じ込めていたのよ」

「ああ、あそこは狭くて苦しくて、退屈だったなあ。だけど雅のお陰で外に出られて、今は楽しくやっているんだ。感謝してるぜ」


 目を合わせながら、まるで友達みたいに笑い合う二人。

 けど待て。あんたが封印を解いちゃったのか!?


「ちょっと雅ちゃん、自分が何をしたか分かってるの? 封印されてたってことは、そいつは悪いことをして捕まってたって事なんだよ。それなのに封印を解くだなんて、ご先祖様は草葉の陰で泣いてるよ!」

「それが何? 昔何をしたかなんて知らないけど、煙鬼君は私の友達なの! 出してあげるのは当然でしょ」

「友達って、そいつが?」


 驚いたけど、そんなあたしを雅ちゃんはキッと睨んでくる。


「そう、友達だよ。煙鬼くんは、私のことを変だって言っていじめるような、最低な人達とは違うもの。私が幽霊や妖が見えることを信じてくれた。おかしくなんかない、変なのは私のことを信じてくれない人達の方なんだって、教えてくれたの。煙鬼くんのことを、悪く言わないで!」


 さっきまでは大人しそうにしていたのに、声をあげて怒りを露にしてくる。


 変だと言っていじめてくる、か。その辛さが、分からないわけじゃない。

 あたしがそうだったように、この子にとって幽霊や妖は、きっと見えるのが当たり前。なのにそれを変だ、おかしいと否定されるのは、この子自身を否定することに他ならない。

 その上いじめられて、味方してくれる人もいなかったら、それはどれだけ苦しいだろう。


 そしてそこに、自分のことを肯定してくれる者が現れたら。

 相手は人間でなく鬼だけど、それは大した問題じゃない。妖でも人間と同じ心を持っているのだから、友情が芽生えたって不思議じゃないよ。


 一瞬驚きはしたけど、確かに雅ちゃんの言う通りだ。

 相手が鬼だろうと関係ない。お互いのことを思いあっているのなら、それは友達と言える。ただ。


「ククク、嬉しいこと言ってくれるなあ。雅、やっぱりお前は最高の友達だ」


 ニタリと口角を上げて、不気味に笑う煙鬼。

 雅ちゃんの言うことはわかるけど、それでもこの禍々しい圧を放つ鬼が友達と言うのは、違和感があった。

 人を(こいつは鬼だけど)見た目で判断しちゃいけないってのは分かっているけど、何かがおかしいと女の勘が告げているのだ。


「オーケー、そいつが友達なのはわかった。で、それはそうとどうして君は、呪いの動画なんて配信してるんだ? 君の友達も、無関係じゃさそうだけど?」


 視線を雅ちゃんから煙鬼へと移すと、飄々とした態度で笑う。


「俺が勧めたんだよ。お前等知ってるか? コイツは俺のような妖や、幽霊を見ることができるが、そのせいで周りから嘘つき呼ばわりされて、冷たい態度をとられてきたんだぜ」

「ああ、だいたいはね。けどそれと呪いと、どういう関係があるっていうんだ?」

「分からねえか? 動画が流行って、呪いが認知されるようになったら、皆さすがに妖や幽霊のことだって信じるようになるだろ。そうしたらそれらを見ることができる雅も、嘘つきだなんて言われなくなるじゃねーか」

「は?」


 ちょっと待て。妖や幽霊のことを信じさせるために、呪いを広めてるってこと?

 それはさすがに勝手過ぎやしないか……いや待て。


「本当に見えるのに、誰も私の言うことなんて信じてくれなかった。皆私の事を嘘つきだって言って、虐げてられてきた。中には味方面しながら、嘘を言うのは止めなさいなんて言ってきた先生もいたわ。可哀想なものを見るような目を向けられるのがどれほど惨めだったか、あなたに分かる!?」


 ——っ!

 味方面した先生と言うのは、さては沢渡先生のことか! あの女、やっぱりこの子を傷つけてたんじゃないか!

 

 幽霊や妖を見ることができる。なのに誰もその事を信じてくれずに虐げられてきて、いったいどれほど苦しい思いをしたか。理解ある人に囲まれて育ったあたしには、正直想像がつかない。

 だけどきっとそれは、とても耐えがたいものだったのだろう。


 もちろんだからと言って雅ちゃんの行為を正当化することはできないけど、バカげてると一蹴する気にはなれなかった。


「ククク、封印を解かれて驚いたぜ。世の中すっかり変わっちまってるんだもんな。けど、インターネットなんて便利なものを作ってくれたよ。上手く使えば雅の願いが、叶えられるんだからよ」

「煙鬼君は私に、霊力があるって言ってくれた。だから先祖の施した封印も、解くことができたんだって。祓い屋の血なんてとっくに失くなってたはずなんだけど、何故か私は持って生まれて。そのせいで、どれだけ辛い思いをしたか」

「昔は霊感なんて無くても、みんな幽霊や妖のことを信じてたってのにな。けどそんな世の中を変えるだけの力が、雅にはある。だから俺は雅に術を教えて、動画を配信するように進めたんだ。お前らも動画を見たんだろう。良い出来だと思わないか?」


 雅ちゃんがどこで術を覚えたのかは謎だったけど、お前の仕業だったのか。まったく余計なことをしてくれる。

 それに動画を配信するよう進めたって、あんた何百年も封印されてたんじゃなかったのか!? 現代に適応しすぎでしょーが!


「……確かに動画は良い出来でした」

「ちょっと御堂君、誉めてどうするの!?」

「動画は良い出来でした。しかしそこに呪いを込めたのは、やはりいかがなものかと。見ず知らずの人が被害にあっても、構わなかったのですか?」


 彼にしては珍しく、厳しい口調で訴える。

 雅ちゃんはビクッと肩を震わせたけど、すぐに睨み返した。


「私はちゃんと、近づいちゃいけないって警告してたよ。確かに術は使ったけど、のこのこホテルに行ったりしなかったら何も起きなかったのに。呪いの被害にあった人達は皆、あたしを信じていなかったってことじゃない。そういう人にほど、わからせてあげなきゃいけないの」

「その通り。言うことを聞かなかった奴等が悪い。心配するな雅、俺の言う通りにしていたら、間違いはない」


 ぽんぽんと優しく肩を叩く煙鬼に、雅ちゃんは安心したように顔をほころばせる。


「それじゃあ茅野中に人形を送りつけて、同級生を襲わせたのは? あれは復讐のため?」

「お前等、それも知ってたのか。人形にかけた術が途中で切れちまったから不思議だったけど、ひょっとしてあれもお前の仕業か?」

「いいからさっさと質問に答えて。雅ちゃん、襲われた子達がどうなったか、君はちゃんとわかってるの?」


 あの中学校での事件はすぐに動けたおかげで被害は最小に留められたし、呪いを食らった玲美ちゃんのお祓いだって、ちゃんと済ませてある。

 けどそれでも、全て元通りかというとそうではない。襲われた女子生徒達はよほどショックが強かったのかあの後も時々、いもしない人形の悪夢にうなされているという。

 掛けられた呪い自体は解けたけど、心に根付いた恐怖は、今もしっかり残っているのだ。


「怨むなとは言わないよ。けどさ、あんなことをしたんじゃいじめていた子達と変わらないよ」

「ち、違うっ。私は……」

「惑わされるな雅! あいつ等を放っておいたら、また同じことを繰り返す。あれはお前みたいな辛い思いをするやつを増やさないために、必要な事だったんだ。大丈夫、お前は正しい事をしているんだ!」

「う、うん。そうだよね。私、間違っていないんだよね」


 一瞬表情を崩した雅ちゃんだったけど、煙鬼の言葉ですぐに調子を取り戻す。 ちっ。どうやらこの子、完全に煙鬼の言いなりになってるみたい。


「それじゃあ煙鬼、あんたはどうして雅ちゃんに協力してるの? 相手はあんたを封印した、祓い屋の子孫なんだよ」

「友達だからだよ。確かにコイツは俺を閉じ込めた奴の子孫だが、怨んじゃいねえ。むしろ大好きだ。一緒にいると、色々と楽しめるしな」


 嫌な感じに喉を鳴らす。

 けど、友達? 本当にそうなのか? 友達だったら復讐なんてさせずに、もっと楽しいことでもしてろっての。

 あたしにはどうも、煙鬼が雅ちゃんをいいように利用しているようにしか見えない。


 では雅ちゃんに復讐させることで、煙鬼にどんな得があるのか。

 これに関しては確証は無いけど、実は思い当たる仮説がある。ただそれは、煙鬼のことを信じきっている雅ちゃんの前で言うのは、どうにも躊躇ってしまう。


「とにかく、あんた達を放ってはおけないよ。まずは煙鬼、封印が解けたのなら、あんたにはもう一度眠ってもらうよ。心に風、空に唄……」

「ヤバい! 雅頼む、俺を助けてくれ!」

「―—っ! エンキ君は私が守る!」


 手でピストルを作って詠唱を始めたあたしを見て、雅ちゃんも動いた。

 彼女が結んだ印は、さっきと同じ逆三角。呪いの印だ。


「……響きたまえ——滅!」

「絶えぬ闇、終わらぬ夢―—呪!」


 あたしが放った、悪しきモノを滅する光の弾と、雅ちゃんの放った呪いの光。

 暗い蔵の中で、二つの強い光が激しくぶつかり合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る