第27話 動画配信

 部屋の端に立て掛けてあったゴザを中央の床に敷いて、同じく隅に鎮座していた、三脚に乗ったカメラを設置する。


 そしてどこからか取り出した、ヴェネチアのカーニバルで使われているような派手な仮面を顔に装着して、準備完了。

 あたし達の知る仮死魔霊子の姿へと変身を遂げた。


「私はいつもの通り撮影をすればいいのですよね?」

「ええ。途中で何度か、カメラで撮影させてもらってもいいでしょうか?」

「はい、よろしくお願いします。あ、どうせなら、可愛く撮ってくださいね♪」


 だってさ御堂君。仮面で顔を隠しているあの子を可愛く撮れるかどうかは、君の腕に掛かっているからね。


 それにしても、撮影でテンションが上がっているのか、やけに楽しそう。声だけ聞くと普通の、可愛げのある中学生の女の子だ。

 仮面をつけてるから表情は読めないけど、たぶん笑っているのだろう。


 カメラを起動させると、いよいよ撮影が始まる。

 そして彼女はさっきまでの楽しげな雰囲気とは違う、冷たく淡々とした口調で話し始めた。


「皆さんこんばんは。カシマレイコです。今宵も皆さんを、恐怖の世界に誘います」


 動画で聞いたのと同じの、お決まりのセリフ。だけどそれを聞いた瞬間、妙にゾクッとしたね。

 だってさあ。ついさっき楽しげに、「可愛く撮ってくださいね」なんて言ってたのに、まるで別人のように冷めた声になってるんだもの。

 女は複数の顔を使い分けるって言うけど、こうも瞬時に切り替えられるものなのか。少なくともあたしじゃ、絶対に無理だね。


「今日お話しするのは、◯県の南に位置する山の中にある、瀧にまつわるお話です。緑豊かな自然の中にあるこの瀧は、昼間見たらとても綺麗なのですが、夜になると恐ろしい本性が姿を表します。実はこの瀧、知る人ぞ知る自殺の名所で、身を投げた人達の怨念が、仲間を求めて夜な夜な化けて出るのですよ」


 自殺の名所の瀧か。だけど◯県の南の山って言っても、どこの事か分からない。隣でカメラを構えている御堂君にも「知ってる?」って聞いてみたけど、首を横にふられた。

 前の茅野中と比べて、場所がずいぶんとアバウト。この話が本当なのか作り話なのかは分からないけど、低いトーンで語っていく怪談は、なかなか迫力があった。


 淡々として、だけど聞く人を惹きつける声で、話は進められる。

 動画で見た時も語りは上手いと思っていたけど、こうして間近で見るとますます不気味な雰囲気が……ん?


「……以上が、この瀧で起きたことの全てです。皆さんはこのお話を信じますか? それとも、作り話だと思っていますか? なんにせよ、決して近づかないことをオススメします。もしも面白半分に近づいてしまったら、彼らを怒らせてしまいますよ」


 仮面の下はどんな顔をしているのか。雅ちゃんの声は微かに笑っているように聞こえた。

 そして彼女は最後にいつか見た動画と同じようき、カメラに向かって手をつき出して、逆三角形を作った。

 それは動画を見た者に呪術を掛ける、呪いの印……って、待て。また呪いを掛ける気なのか⁉


「絶えぬ闇、終わらぬ夢……呪!」

「ちっ! 心に風、空に唄、響きたまえーー浄」


 仮死魔さんが印を結んだ瞬間、あたしもカウンターで術を発動ささる。


 ちぃっ! まさかあたし達が見ている前で、堂々と術を使うだなんてね。

 だけど残念。あんたの前にいるのは、プロの祓い屋だ。


 雅ちゃんの結んだ印から放たれた力が黒い煙のような姿となり、撮影していたカメラに向かって伸びていったけど、あたしの放った浄化の光がそれを打ち消した。


「ええっ!?」


 きっと雅ちゃんは、あたしの放った光が見えたんだろうね。

 目の前で起きたことが信じられないのか、驚きの声を上げる。


 残念だったね、呪いは失敗だよ。


 雅ちゃんはつけていた仮面を取ると、唖然とした様子であたしをを見る。


「い、今のはなに? あなた、ただの雑誌の編集じゃなかったの!?」

「ごめんね。でも、もう怪談の時間は終わり。そもそも動画に呪術を込めて配信するなんて、どうかしてると思わない、仮死魔さん……ううん、雅ちゃん」


 偽りの名前ではなく、本当の名前を告げる。

 こういう時、ちゃんと本名を言うのは大事だ。悪いことをしているのは、作ったキャラクターじゃなく自分自身なんだって、分からせないといけないからね。


「待ってください。呪術っていったい、何のことですか? 私はただ……」

「まだシラを切る気? 悪いけど、こんな危険な行為を見過ごすなんて、プロの祓い屋としできないから」

「は、祓い屋?」

「そう、君の先祖と同じね。自己紹介が遅れてごめん。あたしは御堂君と違って、編集者じゃないの。迷える霊や危険な妖を祓い、霊力を使って悪さをする子を凝らしめる令和の祓い屋、火村悟里よ」


 もう隠すつもりはない。

 堂々と名乗りを上げると、雅ちゃんはビクッと体を震わせる。


「……嘘をついていたんですね」

「むう、人聞きの悪い。嘘なんて言ってないじゃない。雑誌の編集者だって言ったのは御堂君だけで、あたしもそうだとは言ってないでしょ。それに話を聞きたかったのも、動画撮影の様子を見たかったのも本当だもの。どこが嘘だって言うの?」


 ヒラヒラと手をふって潔白を主張したけど、雅ちゃんでなく背後にいた御堂君が、「悪い大人ですね」と呟いた。

 こらこら、君はどっちの味方なんだー?


「黙っていたことに関しては、確かに僕達が悪かったです。だけど雅さん、あなたは自分のしていることが分かっているんですか? 配信を通じて、幽霊や妖のことを信じてくれる人を増やしたかったと言うのは、嘘だったのですか?」

「う、嘘じゃない! 動画を見た人が呪いに掛かって悪夢を見るようになったら、幽霊や妖のことを信じてくれる。私が嘘をついていないって、証明できるんだもの!」


 さっきまで静かに怪談を語っていたのが嘘のように、雅ちゃんは声を震わせながら叫ぶ。


「みんな自分で見えるものじゃないと信じてくれないんだから。こ、こうでもしないと誰も信じてくれないの! 動画が雑誌に載れば注目をされて、たくさんの人に分かってもらえるチャンスだって言われたのに……」


 奥歯を噛み締め、恨みのこもったような目で睨まれる。

 なるほど、あっさり取材を受けたのは、そういう魂胆があったからってわけね。だけど残念、そんな危険な動画は、即刻配信停止させてもらうよ。


 そして気になることがもう一つ。さっき雅ちゃんが、最後に言っていたのは。


、ね。それは誰に言われたのかな?」

「―—っ! そんなのどうでもいい……」

「教えてくれないのなら、当ててみせようか? 君の後ろにいる、ソイツにそそのかされたんじゃないのかい?」

「なっ!?」


 雅ちゃんが声をあげて後ろを振り返り、ソイツとあたしを見比べる。

 やっぱりこの子もあたしと同じで、ちゃんと見えていたんだね。


 ただ御堂君だけは何を言っているのか分からない様子で、必死になって雅ちゃんの後ろを見ている。

 しょうがない、見えるようにしてあげよう。


「心に風、空に唄、響きたまえ——現!」


 前にトンネルで悪霊に遭遇した時に使ったのと同じ術を、再び御堂君へと掛ける。

 途端に彼は目を見開いて、声になら無い声を飲み込んだ。


「―—っ! な、何なんですかあれは!?」


 どうやら、見えたみたいだね。


 実は撮影の途中から、ずっとそこにいたんだよね。

 あたしは御堂君を背中に隠しながら、ソイツと対峙する。


 それはとても細く、鋭い目をしていて——


 フワフワとした実体の無い、煙みたいな体で——


 頭に大きな二本の角を生やした真っ黒な——


 鬼だった。


「クックック。まさかこの時代に、まだ祓い屋が居たなんてな」


 鬼は細ざらっとした耳障りの悪い声で、クククと笑った。

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