第22話 御堂君はゴールデンレトリーバーから、イタズラ好きの狐に進化する。

 お風呂から上がったあたしは、御堂君から借りた服に袖を通す。

 さすがに下着の替えはなかったから、さっき脱いだ物をまたつけるしかないね。もちろん本当なら新しい方が良いけど、背に腹は代えられない。無いよりマシだと割りきろう。


 着替えを済ませて脱衣所からリビングに移動すると、テーブルの前にちょこんと座る。

 たぶん御堂君は昨夜、この固い床で寝たんだろうなあ。本来寝るはずのベッドは、あたしが占拠しちゃっていたし。


 お風呂に入っている間に思い出したけど、ここは御堂君が借りているアパートで、彼は現在一人暮らし。

 よって御堂君の家族、例えばお母様あたりが朝チュン現場を目撃して、「うちの息子を傷物にした責任をとってもらいます!」なんて展開にはならなくてすんだのは良かった。

 まあ、傷も何も、本当は何もなかったんだけどね。


 そんなことを考えていると、御堂君が二人分のコーヒーとトースト、それにサラダを乗せたトレイを持ってやって来た。


「コーヒーには砂糖は入っていないので、お好きな量を入れてください。冷めないうちにどうぞ」

「いただきます」


 角砂糖を一つ溶かして、コーヒーをゴクリ。二日酔いで頭が痛い時は、コーヒーを飲むと和らぐんだよねえ。


 そういえばお風呂で化粧を落としちゃったから今はスッピンだけど、仕方がないか。

 風呂を借りて朝食まで用意してもらったのに、先にメイクさせてなんて言えないものね。


「そういえば火村さん。昨日学校で暴れた人形、この後どうしましょうか?」

「人形……あれ、そういえばどうしたっけ? 除霊した後回収して、それから……」

「車に乗せて、持って帰って来たんですよ。昨夜は酔っぱらっててそれどころじゃなかったので、まだトランクの中にありますけど」

「ううっ、ごめん」


 除霊したとはいえ呪いの人形を放り出して、他人の家に上がり込んでグースカ寝てたのか。

 こんなのプロの祓い屋失格。いや、祓い屋どうこう以前に、人としてヤバい気がする。こりゃあ当分、御堂君に頭が上がりそうにないわ。


「人形は事務所に持って行って、調べてみるよ。もしかしたら、何か分かるかもしれないからね。それに茅野中から転校して行った、女子生徒についても調べてもないと。その子が仮死魔霊子の可能性が高いからね。けど失敗したわ。その子の名前くらい、聞いときゃよかった」


 本当なら昨日沢渡先生に、もっと詳しく話してもらうべきだったんだけど、途中で腹を立てちゃったからねえ。

 だけど御堂君、「その事ですが」と口をはさむ。


「女子生徒の名前なら、もう聞いてあります。その子の名前は、眞壁まかべみやび。現在中学三年生のはずです」

「え、いつの間に聞いてたの?」

「火村さんが怒って行っちゃった後です。すぐに追いかけたのであまり詳しい話は聞けませんでしたけど、また話を聞けるよう沢渡さんの電話番号も聞いておきました」

「ふーん、ちゃっかりマリちゃんの電話番号まで聞いてたんだー」


 ジトーっとした目を向けると、慌てて「捜査のためです!」と弁明される。

 心配しなくても、それくらいわかってるって。ちょっとイタズラしてみたかっただけだ。


「それで、火村さんは今回の事件を、どう考えています?」

「そうだねえ。本人達は否定してたけど、昨日会った玲美ちゃん達が昔、雅ちゃんって子をいじめてた。で、雅ちゃんがその時の復讐をするために、あの人形を茅野中学校に送り込んだってとこかな」

「なるほど。ですが雅さんがどうやって、あんな人形を用意したのでしょう?」

「ハッキリとは言えないけど、もしもその雅ちゃんが本当に幽霊を見えていて、霊力がある子だったとしたら。人形に術を掛けることも可能だったかも」


 何より、女の勘が告げている。その眞壁雅ちゃんを追っていった先に、事件の真実があるって。

 こういう時のあたしの勘は、よく当たるのだ。


「けど霊力があるとは言っても人形をあんな風に操るなんて、簡単に習得できるものなのでしょうか?」

「簡単じゃないよ。昨日戦って分かったけど、あの人形にはかなり強力な力が込められていた。あれだけの術を使えるようになるには、普通なら数年の鍛練が必要になる」

「そうですか。だとするといったい、いつから復讐の準備をしていたのでしょう?」

「待った。普通は時間が掛かるもんだけどさ、中には例外もあるんだよ。もしも怨みや憎しみを力に変えることができれば、もっと早く習得することも可能かもしれない」


 祓い屋なんてやっていると、怨みや憎しみを持った悪霊や、丑の刻参りのような呪術を使って、憎い相手に復讐しようと企てる輩に会うことが、何度かあった。

 だからこそ分かる。そういう負の感情は、どこまでも人を強く、残酷にさせられるんだって。


「もしも本当にいじめが原因で復讐しようとしているのなら、なんとしても止めないと。そんなことをしても、誰も幸せになんてなれないからね」

「同感です。僕の方も、調べられることは調べてみます」


 よろしく頼む、と言いたいところだけど。待って。

 相手はあんな復讐人形を送り込むくらいヤバい奴なんだよ。ショボい呪いをバラ撒くだけならまあ大丈夫かなって思っていたけど、これ以上はさすがに、ねえ。


「あのさ。色々協力してもらって悪いんだけど、御堂君はもう……」

「危ないから手を引けと? ここまできてそれはないでしょう。確かに火村さんみたいに戦うことなんてできませんし、幽霊を見ることだってできませんけど。それでも何かの役に立てるかもしれないじゃないですか」


 彼にも譲れない思いがあるのか、珍しく引こうとしない。

 けど気持ちはわかる。もしあたしが御堂君の立場だったとしても、きっと納得いかないだろう。


「それじゃあ役に立つって、例えばどんな?」

「そうですねえ。酔っ払った火村さんを、取り押さえるとか? 最初に会った時もそうでしたけど、ああも何度も暴れるのなら、誰か押さえる役が必要でしょう」

「ぶはっ!?」


 不意打ちで痛いところをつつかれて、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出してした。


 なんつーことを言うんだコイツは。

 だけど御堂君は、さらに意地悪そうに目を光らせる。


「いらないとは言わせませんよ。もしも捜査に疲れて一人で立ち寄った居酒屋で、昨夜みたいなことがあったら。良からぬ輩にお持ち帰りされたら、どうするつもりですか。言っときますけど僕は火村さんの面倒を見る役目を、誰かに譲る気はありませんから」

「面倒を見るって、あたしは子供か! 分かった、もう分かったから。これからもよろしくお願いします!」


 頭から湯気を出しながら、前言を撤回する。

 これ以上痛い所をつつかれたくはないし、御堂君を見ていると、ダメだと言っても一人で首を突っ込みかねないものね。

 生憎あたしは彼の上司ってわけでもないから、止める権限なんてない。それなら近くにいた方が、いざという時守れるし。


「ありがとうございます。最後までしっかり、お付き合いさせていただきますね」

「ああ、よろしく頼むよ。それにしても、君も仕事熱心だね。ビビって逃げ出しても、誰も文句なんて言わないのに」

「別に仕事だけが理由じゃありませんよ。真相を解き明かしたいと思うのは、僕個人の意思でもあります。それに……」


 御堂君はコーヒーを一口飲むと、じっとあたしを見つめる。


「火村さんとも、ここでサヨナラしたくありませんから。ひどく個人的で、わがままな理由ですけどね」

「は? ちょっと、どういう意味さ?」

「ふふふ。さあ、どういう意味でしょうね?」


 こっちは真面目に聞いているのに、飄々と煙に巻かれる。

 まったく。最初はゴールデンレトリバーっぽいっ人だって思っていたけど、最近彼のことがだんだんと意地悪な狐みたいに見えてきたよ。まあもっとも……。


 笑みを浮かべる御堂君から目をそらして、心の中で呟く。


 イタズラ好きの狐というのも、案外嫌いじゃないけど。

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