●火村悟里と御堂竜二
第21話 さあ、今日もいい朝だ。
……んん、もう朝かな?
目を開けたのに何も見えないのは、頭からすっぽり布団を被っているから。だけど窓から日の光が入ってきているみたいで、外がもう明るいのが布越しでもわかった。
ううっ、頭がガンガンする。昨夜はちょっと飲みすぎちゃったかな?
痛む頭を押さえて、ゴロンと寝返りを打ってから、ふと気がついた。
この服の感触。げ、あたしスーツのまま寝ちゃってるよ。ヤバいヤバい、このままじゃあシワシワになっちゃう。
ムクリと体を起こすと、ボーッとした頭のまま上着のボタンを外していく。
うー、やっぱり頭痛い。最悪の目覚めだ。
そういえば昨夜は、どうやって帰ったんだっけ? たしか中学校を出た後、御堂君と飲んで……そういえば彼、酔っていたのかやたら恥ずかしい台詞を言ってたっけ。
あれを狙って言ったんじゃないとしたら、とんだ天然タラシだね。言われたのがあたしだから良かったけどさ、もしも他の女にも同じことを言ったら、勘違いされるんじゃないかなあ?
実際あたしも少し……いや、かなりドキッとしたし。
けどきっと、深い意味は無かったに違いない。まったく、女と飲む時はもうちょい言葉を選べっての。
よし、今度会った時にガツンと叱ってやろう。彼はもう少し、女心について学んだ方が良い
そんなことを思いながら、上着やワイシャツを脱ぎ捨てて、これまた履きっぱなしになっていたスカートも脱ごうと手をかけたその時。
ガチャ。
………………へ?
思考が停止した。
部屋のドアが開き、入ってきたその人と目を合わせたまま固まってしまったのだ。
そしてそれは向こうも同じみたいで、入ってきたその人はポカンと口を開けている。
さて、ここで問題です。どうしてあたしは今、パジャマ姿の御堂君と鉢合わせしているのでしょう?
考えたけど、生憎眠気と二日酔いで上手く頭が回らない。
一方御堂君はと言うと、金縛りにでもなったかのようにしばらく動かなかったけど、突然ハッとしたようにグルンと背を向けた。
「ひ、火村さん。服、服!」
ん、フク? ああ、そう言えば昨夜は飲み屋で、
知ってるかな? 河豚は山口県下関では、『フク』って呼ぶらしいよ……なんて馬鹿な事を考えてる場合じゃない!
彼が言っているのかすぐにはわからなかったけど、ようやく自分の格好に気づく。
あたしはさっき着たままになっていたスーツや、その下に着ていた物を脱いだわけで。そこに御堂君が入って来たってことは。
「ぬわをぉぉぉぉぉぉっ!?」
ワンテンポ遅れて、ベッドの上で飛び上がる。
こういう時って「キャー」とか「イヤー」とか、もっと可愛い悲鳴をあげるべきなのかもしれないけど、突然そんな声出せるか!
令和のイケてる女は、こういう時「ぬわーっ」って叫ぶのだ。
って、それどころじゃない。
見られた! 自慢のナイスバディが見られてしまった!
は、早く色々隠さないと。つーかそもそも。
「な、なんで御堂君が、あたしの家にいるのさ!?」
後ろを向いている御堂君に疑問をぶつけると、彼は一瞬こっちを振り返ろうとしたけど、すぐに姿勢を戻して背を向けたまま答える。
「すみません、着替え中とは思いませんでした。ですが火村さん、ここは僕の家です!」
「へ?」
キョロキョロと辺りを見回してみたけど。あー、確かにあたしの住んでいるアパートじゃないわ。
部屋の中は綺麗に片付いていて、本棚にはあたしが読まない難しそうな本がズラリ。自分の部屋とは全然違う。
バカかあたしは! いくら寝ぼけていたとはいえ、なんでこんな大事なことに気づかなかったんだ!?
その上不用心にも服を脱いで裸体を晒すなんて、恥女じゃん!
いや待て。本当に事はそれだけか?
ここが御堂君の家で、彼のものであろうベッドの上であたしが寝ているということはだよ。まさかとは思うけど。
「あ、あのー、御堂君。つかぬことをお伺いしますが、昨夜いったい何があったのでしょうか?」
「……覚えていないのですか?」
ううっ。御堂君は後ろを向いているから表情を読む事ができないけど、たぶん呆れられてる。
ちょっ、ちょっと待って。今思い出すから。
「ええと、遅くまで店で二人で飲んで、その後御堂君の家で飲み直そうってあたしが言い出して、車の代行頼んでここまで来て、ここが御堂君の家かーって言いながらあちこち見て回って、気持ち良さそうなベッドがあったからダイブしたところまでは思い出した。けど、その後がさっぱり思い出せないの」
なんかもうこの時点で、既にアウトな気がする。
だけどその後。最後の一線を越えたかどうかは重要だろう! ただのワンアウトとゲームセットくらいの差があるよ!
「もしかして、やっちゃいけない事をしちゃった?」
心臓をバクバクさせながら恐る恐る答えを待っていると、御堂君は恥ずかしそうに肩を震わせる。
「するわけないでしょう! 火村さん、ベッドに倒れた後すぐに寝て、今にいたります!」
「だ、だよねー」
よっしゃ! セーフセーフ! 彼が紳士で助かった!
心の中で万歳をしていると、御堂君は恥ずかしそうな声で続けてくる。
「とにかく、まずは服を着てください。あとお風呂を沸かしているので、よかったら入りますか? あ、もちろん覗いたりしませんから。今のこれも事故です!」
「う、うん。大丈夫。それはよーく分かってるから」
そもそもここは御堂君の寝床なのに、あたしが取っちゃってたんだよね。彼は昨夜、いったいどこで寝たのやら。
まあお風呂はありがたく使わせてもらおう。昨夜はメイクも落としていないし、さっぱりしたいもの。
けどまずは。
脱ぎ散らかしていたシャツを、急いで羽織る。
一線は越えていなかったとはいえ、ドえらいことをやらかしてしまった気がするよ。
するとようやくこっちを向けるようになった御堂君が、いつになく険しい顔をした。
「火村さん、余計なお世話かもしれませんけど、これだけは言わせてもらいます。あなたは少し……いえ、だいぶ無防備です。もしも僕以外の男に同じことをしたら、どうなるかわかりませんよ」
「ごめん、反省してる」
「本当にお願いしますよ。火村さんはもう少し、自分が綺麗で魅力的な女性だという自覚を持ってくれないと困ります」
「―—っ! わかった。わかったから!」
疲れた様子の御堂君からタオルと着替えを受け取ると、逃げるようにして風呂場へ向かう。
本当にごめん。今回は全面的にあたしが悪かったわ。
だけど反省すると同時に、御堂君が言ってくれた綺麗で魅力的という言葉が、頭の中で何度も響く。
社交辞令だってのは分かってるんだけど、あんなの元カレにさえ言われたことがなかったんだもの。
あたしだって女なんだからさ。不謹慎だって分かってるけど、ああいう事言われたら、やっぱり嬉しいじゃないの。
お風呂に入っている間もそのことばかり考えて、朝からのぼせそうになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます