第12話 呪いの真相

「まずはさっき掛けられた呪いが、どういうものか説明しておくね。たぶんだけど、あれはこの前ホテルに行った大学生や、太一君が掛かったのと同じもの。まあ呪いと言っても力はそんなに強くなくて、悪夢を見させるだけなんだけどね」


 その程度の弱い呪いだからこそ、難なく祓うことができたのだ。

 もちろん毎日悪夢を見せられる方はたまらないだろうけど、こっちはプロの祓い屋。あんなの祓うくらい、朝飯前だ。


「なるほど。と言うことは火村さんが祓ってくれなかったら、僕も今夜は悪夢にうなされてたというわけですか」

「いや、それがそういうわけじゃないんだよ。この呪いにはある発動条件があって、そこに触れない限り何もおきはしないんだ。で、その発動条件ってのは、さっき動画の中で彼女が言ってたよね」

「それって……。ちょっと待ってください」


 御堂君は気づいたみたいに慌てて動画を戻す。

 そしてあたしが思ったのと同じ箇所を、もう一度再生させた。


『今お話ししたことは、決して絵空事ではありません。この動画を見たあなたが面白半分でホテルを訪れたら、悪霊は容赦なくあなたのことを襲うでしょう。彼らを恐れるなら、近づかないことをお勧めします。もしもこの禁を破ったら、あなたに呪いがふりかかりますよ』


 再生させた、抑揚の無い声で語る仮面の女。

 御堂君も気づいたみたいだけど、問題なのはこの時彼女が最後に言った台詞だ。


「禁を破ったら、呪いがふりかかる。つまり問題のホテルに行ったら呪いが発動して、悪夢を見るようになると言うことですか?」

「その通り。なるほど、ホテルの中をいくら調べても、何も出てこなかったはずだよ。呪いはホテルにあったんじゃなくて、行く前から既にかけられていたんだもの」

「でもそうだとしたら、太一君の呪いはなぜ発動したのですか? 彼は間違って、別の廃墟に行ったのですよ」

「たぶんだけど、これは呪いを掛けられた本人の意識が関わってると思うんだ。例え場所が間違っていても、禁を破った。つまり行くなと言われていたホテルに行ったと本人が認識したら、呪いは発動する仕組みなんだと思う。心に反応する類いの術は、あたしも使えるしね」


 もちろんこの動画の配信者みたいに、悪用はしないけどね。

 

 動画を見た人は、漏れなく呪いに掛かる。ただ幸いなのが、問題の廃墟に行こうとするという禁を破らない限り、効果が現れることは無いということ。だから実際にこの呪いで苦しむ人はそこまで多くは無いだろう。


 しかし、それでも不特定多数の人が目にする動画に呪いを仕込むだなんてイカれている。こんなの無差別テロじゃん。


「待ってください。火村さんも同じ術が使えるってことはですよ。この動画の配信者の仮死魔霊子さんも、祓い屋の術を使ったってことですか? と言うことはまさか、彼女も祓い屋?」

「ん? そっか、その可能性もあるわけだ。少なくともコイツが霊力を持ってるのは、間違いないよ。でなきゃこんな術、使えるはずがないもの」


 見た人に呪いがかかる映像と言うと、某ホラー映画の貞◯を思い出す。今回の呪いはショボいものではあったけど、要はそれと同じなのだ。


 だけど霊力をこんな風に悪用するだなんて許せないね。

 もしも御堂君の言ったように彼女があたしと同じ祓い屋だとしたら、とんだ面汚しだ。

 ああ、もうっ! 取っ捕まえて、ギッタギタにしてやりたい!


「ですがそれだと、おかしくないですか? 僕は以前にもこの動画を見ていますけど、ホテルに行った後も悪夢なんて見ませんでしたよ」

「そういえばそうだね。御堂君、動画を見た後に、どこかでお祓いしてもらってない?」

「お祓い……あ、そういえば」


 声をあげたかと思うと、あたしをまじまじと見つめる。


「火村さんからお祓い受けてましたよ。ほら、最初に飲み屋で会った時、悪いものが憑いてるって言ってきたじゃないですか。祓った後、酔った火村さんが暴れだして、詳しい話を聞けずに有耶無耶になったあの時です!」


 おお、あの時か! あたしは知らぬ間に、同じ呪いを解いてたんだ。


 けどそういえばあの時のあたしって、祓い屋の話を御堂君が信じていないって勝手に決めつけて、面倒くさく絡んじゃってたんだっけ。

 ああーっ、思い出すと途端に恥ずかしくなる!

 ごめん御堂君、あれはあたしが間違ってたわ。


「しかしそうなると、同じ廃墟に行った人でも、呪いに掛かった人と掛からなかった人がいたことにも説明がつくかもしれません。呪いに掛からなかった人達は、動画を見ていなかったのかも。その辺のことを改めて調べて……って、火村さん。胸を押さえてどうしたんですか?」

「いや、なんでもない。少し自分の行いを恥じているだけだから。最初会った時御堂君に、メチャメチャ迷惑かけてたなーって思って」

「何言ってるんですか。火村さんは僕を何度も助けてくれた恩人ですよ。それに動画自体が呪いの原因だった事も、火村さんがいなかったら分からないままでしたもの。むしろ感謝しています」


 尻尾をふるゴールデンレトリバーのような笑顔で、ギュッと手を握られる。ああ、その真っ直ぐさが眩しいよ。


 まあこれらの事はいったん横に置いといて、それよりも今は。


「問題なのはこの動画を配信した仮死魔霊子ってやつが何者で、何の目的があってこんなことをしたかだね。祓い屋の術を悪用してるってことだもの。これは放っておけないよ」

「動画も、このままにしておくわけにはいきませんね。警察に相談して、削除してもらうことってできませんか?」


 うーん、できるかなあ?


 実は祓い屋は警察とも繋がりがあって、捜査の協力を求めたり、立ち入り禁止の場所に入れるよう便宜を図ってもらったりすることもある。

 だけどあたしの知る限り、今回みたいなケースは初めて。ネット動画を使って呪いをばら蒔いても、それを取り締まる法律がなければ警察も動くことができないのだ。

 すぐに捜査して、犯人逮捕とはいかない気がする。


「とにかくこの件は、事務所に相談してみるよ。祓い屋の術を使って悪さするなんて、あたし達に喧嘩売ってるようなものだからね。ふっふっふっ、なめた真似してくれたことを、死ぬほど後悔させてあやろうじゃないの」

「火村さん、顔が怖くなってますよ。だけど確かにこれは放っておけませんね。どうしてこんな事をしたのか、突き止めないと」


 やる気を見せる御堂君だったけど、ちょっと待った。

 相手は無差別に呪術を掛けるようなヤバイやつだ。あたしはともかく、これ以上御堂君が関わって、果たして大丈夫だろうか?

 彼の身を案じるなら、ここで手を引かせるべきなのかもしれない。

 だけど。


「御堂君。相手はメチャクチャ危ない奴かもしれないよ。それでも君は、捜査を続けるの?」

「当たり前です。ここまで来て、今さら降りる気なんてありませんよ」


 やっぱりね。君ならそう言うと思ったよ。

 この様子だと、多少説得したところで折れてくれるとは思えない。

 けどやっぱり危険は危険。どうしても首を突っ込むって言うのなら。


「はい。やるならせめて、これを持っておいてよ」

「これは……」


 スーツの内ポケットから取り出したのは、木でできたお札。これにはあたしの霊力が込められている、所謂魔除けのお札だ。


「あたしが直に霊力を注ぎ込んだお札だから、その辺の神社で売ってある物よりも、よっぽど効果があるよ。さっきのちんけな呪いくらいなら防げるから、これを肌身放さず持っておくように。それと、何かあったら逐一あたしに報告すること。良いね?」


 あたしってば上司でもないのに、偉そうに指示しちゃってる。だけど御堂君は嫌な顔をせず、お札を受け取ってくれた。


「ありがとうございます。この事件、必ず二人で解決しましょう」


 二人で、ね。

 けど確かに今回の件は色々と面倒そうだから、調査してくれる仲間がいるなら心強い。


 よし、情報収集は任せた。頼りにしてるんだから、しっかりお願いね。

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