第11話 怪談語りの動画

 呪いは解けたけど、謎は残ったまま。太一君の家を出たはいいけど、そのまま解散する気にはなれなかった。

 とりあえず近くのコンビニに行って、車内でコーヒーを飲みながら、御堂君と一連の出来事について話してみる。


 ん? 今回飲むのはお酒じゃなくてコーヒーなのかって? あたしだって解決祝いに一杯やりたかったわちくしょう!

 だけど生憎今は、飲んでる場合じゃないの。


「それじゃあ話を整理するけど、こないだあたし達が行ったK峠のホテル。そこが動画で紹介されていたホテルで合っているんだよね?」

「はい。動画の中でざっくりした場所の説明がありましたけど、それと照らし合わせると、間違いないと思われます。太一君の行ったと言うI山はK峠とも近いですし、たまたま似た感じの廃墟があったから、勘違いしたのでしょう」

「だけど彼は呪いにかかった。対してK峠のホテルは調べたけど、幽霊の気配は全くなかった。ひょっとして本当はI山の方が正解で、あたしたちが行った方が間違ってたってことはない?」

「そう言われると。あ、でも僕達の前に行った大学生は、ちゃんと呪いをもらって帰ってきてますよね」


 まあね。けどあたしは、その大学生を直接見たわけじゃない。御堂君には悪いけど、霊感の無い彼の見立てでは本当に呪いにかかっていたと、100%断言することはできないのだ。

 こりゃあ念のため、I山の廃墟の方も調べた方が良いかも。けどその前に。


「ねえ、例の怪談動画、あたしにも見せてよ。何か分かることがあるかもしれない」

「そうですね。ちょっと待ってください」


 スマホを取り出して、操作する御堂君。ほどなくして画面に映し出されたのは……『れいの怪談語り』?


 仮死魔霊子……カシマレイコ。

 たしか有名な都市伝説に出てくる怪人の名前だったっけ。

 けどまさか本物の怪人が配信しているわけじゃないだろうし、名前を借りているだけだろう。


 こういう朗読の配信だと画像は静止画で、音声だけで配信する場合が多いけど、これは違っていた。

 画面に映っているのは、真っ暗な部屋の中。画面の中央にはショートカットの、白いパーカーを着た人物が、ちょこんと椅子に腰かけている。


 そして特徴的なのはその顔。いや、正確には顔ではないか。

 その人は真っ白な仮面をつけていて、顔がわからないようにしていたのだ。

 

 無機質な真っ白な仮面からは、不気味な印象を受ける。

 仮面をつけているのは身バレを防ぐためなのか、それとも怖さを促すためなのか。


「この人、仮死魔霊子さんって、いったいどういう人なの?」

「僕もそこまで詳しく調べたわけじゃないですけど、怪談語りの配信をいくつかしている人です。視聴数は少なくはないですけど、多いとも言えないですね」


 つまりよくは分かっていないってわけね。

 あ、でも性別は女性かな。仮死魔霊子という名前もそうだし、体のラインが見て取れる。

 ただそれ以上の情報は読み取れずに。待っていると仮面の女、仮死魔霊子は語り始めた。


『皆さんこんばんは、仮死魔霊子です。今宵も皆さんを、恐怖の世界に誘います』


 聞こえてきたのは、思った通り女性の声。抑揚の無い、暗い感じの挨拶だったよ。

 まあ怪談なんて、明るい声で語るもんじゃないけどね。


『今日お話しするのは、◯県×市にある、呪われたホテルです。と言っても、そのホテルは既に営業していなくて、廃墟になっています。×市の東に位置する山の中、△△号線を進み、峠に差し掛かった頃。動物の飛び出し注意の標識を越えた先、左手に白い大きなコンクリートの建物が見えてきます。そこが霊の住まう、呪われたホテルです』


 仮死魔霊子の話を聞きながら、頭の中で地図を思い浮かべる。

 ×市の東、△△号線、動物の飛び出し注意の標識。この前行ったK峠のホテルは、これらの条件を全て満たしているね。


 と言うことは、問題の場所はこの前行ったホテルで間違い無い? でもそれじゃあ、全く別の場所に行った太一君に呪いが掛かったのは何故だろう?


 不思議に思っている間にも、仮死魔霊子の怪談は続いていく。

 聞いていると、話自体はよくあるもの。人がいなくなった建物には霊が住み着きやすくなり、今では足を踏み入れた人間を呪う悪霊の根城になったというもの。

 けどさすがこんな動画を配信しているだけあって、喋りが上手い。抑揚の無い声で淡々と語っているけど、その無機質な声が不気味な雰囲気を醸し出しているよ。

 既に話を聞いているはずの御堂君まで、無言になって聞き入っていた。


 やがて話は終わって、仮死魔霊子はカメラの先―—あたし達視聴者に向かって語りかけてくる。


『今お話ししたことは、決して絵空事ではありません。この動画を見たあなたが面白半分でホテルを訪れたら、悪霊は容赦なくあなたのことを襲うでしょう。彼らを恐れるなら、近づかないことをお勧めします。もしもこの禁を破ったら、あなたに呪いがふりかかるでしょう』


 そこまで言うと、今まで抑揚の無い声で喋っていた彼女は、仮面の下でクスリと笑った。


 これはなんと言うか、やけに挑発的な言い方だねえ。

 言葉だけを聞くと注意はしているけど、要はビビってるなら近づくなってことじゃん。最後の微かな笑い声が、それに追い討ちをかけている。

 これだと本当に悪霊がいるか、行って確かめてみようじゃないかって輩が出てきてもおかしくないよ。

 いや、現に大学生や、太一君が、行ってしまってるか。


 何はともあれ、これで動画も終わり。やっぱり、大した手掛かりはなかったか。そう思ったけど。


『今日も御視聴ありがとうございました。最後に、話を聞いていただいた皆様にプレゼントです』


 プレゼント?

 すると仮死魔霊子は何を思ったのか、腕を前につき出して、両手を使って逆三角形を作る……ん?


 彼女が作った手の形を見て、既視感を覚えた。

 あれ? これってあたし達祓い屋が術を使う際に結ぶ、印に似ているような……。


『絶えぬ闇、終わらぬ夢……呪!』

「―—っ!?」


 彼女が何かを唱えた瞬間、突如スマホの画面から何かが飛び出した。


 それは黒い粒子の粒。

 スマホからわき出てきた無数の黒い粒はモヤとなり、まるで蛇のようにうねうねと動きながら、あたし達にまとわりついてくるじゃないか。


「コイツ、なめた真似してくれるじゃないの!」


 まとわりつくモヤに顔をしかめながら声をあげると、御堂君が不思議そうな顔をする。


「突然どうかしたのですか?」

「そっか、御堂君は見えないんだっけ。やられたわ、この仮死魔霊子ってやつ、とんだ食わせ者ね。最後に呪文みたいなやつ唱えたでしょ、あれは呪いの術よ!」

「えっ? 呪いって、さっき太一君が掛かっていたような?」


 たぶんそれと同種のやつね。

 御堂君には見えていないけど、今あたし達の周りを漂っているモヤ。それはさっき太一君に憑いていたモヤと、よく似ていた。

 あの仮死魔霊子とか言う女、視聴者相手に呪いを掛けやがったんだ。


「ああ、もう、ただの怪談動画だと思って油断していた! けどようやく謎が解けたわ。なるほど、そういうことだったのかー」

「そういう事って、どういう事ですか?」


 あたしはうんうんと頷いたけど、御堂君は何を言っているのか分からない様子。

 そしてスマホの中では仮死魔霊子が、満足そうに笑ってう。


『今のは聞いてくださった皆さんを悪い霊から守るための、ちょっとしたおまじないです。今日は御視聴くださってありがとうございました。いずれまたお会いしましょう。ふふふ、ふふふふふふ……』


 面をつけているから顔は見えないけど、仮面の下で彼女が笑っているのが分かる。


 クスクス……クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス。


 ああ、もう。腹の立つ笑いだ!。

 そんな笑い声が十秒ほど続いた後、動画は終了した。


 だけど怪談語りの動画なのに、今感じるのは恐怖ではなく怒り。

 何が霊から守るためのおまじないだ。呪いをかけてきたくせに!


「すみません、僕には何が何だかさっぱりなんですけど。説明してもらえませんか?」

「そうだね。まず仮死魔霊子が使った術だけど、前に御堂君もあたしが除霊する所を見たよね。印を結んで、詠唱したやつ。あんな感じの術を、彼女は使ったの。よりによって視聴者相手にね」


 仮死魔霊子は悪い霊から守るためのおまじないだって言っていたけど、とんでもない。むしろその真逆の術だ。


「掛けられたのは不幸を呼び込む、呪いの術。よっぽどの事情がなきゃ使っちゃいけないってされている、負の術だよ」

「待ってください。それじゃあ今、僕や火村さんは呪いに掛かってるってことですか?」

「まあん。けど心配しなくても大丈夫。太一君にかかってた呪いと同じで、弱いやつだから」


 まとわりついふモヤにデコピンを食らわすと、いったん四散してすぐにまだ元に戻る。

 けどやっぱり、全然大したことないわ。なら、一気に片付けるよ。


「心に風、空に唄、響きたまえ……浄!」


 これも御堂君には見えていないだろうけど、あたしが呪文を唱えた瞬間、手のひらからまばゆい光が放たれ、車の中に広がる。


 さっき太一君の呪いを祓った時と同じだ。あたし達にまとわりついているモヤはさは光に呑み込まれ、一瞬にして消えていった。


「浄化完了。もう呪いは解けたよ。と言っても何も起きないうちに祓ったから、自覚もはないだろうけど」


 知らぬまに呪いを掛けられて、すぐにそれを祓ったのだから、実感しろと言う方が無理だろう。

 案の定御堂君は釈然としない様子だったけど、気を取り直したように聞いてくる。


「とりあえず今の動画が、見た人を呪うものだと言うのは分かりました。けどいったい、どうしてそんなことを?」

「動機までは分からないけど、一連の呪いのカラクリは大体分かったよ。それじゃあ一つ、あたしの名推理を語るとしようじゃないか」


 飲み込めていない御堂君を見ながら、ニヤリと笑った。

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