第10話 掛けられた呪い
御堂君と合流して、彼の運転する車で向かったのは、少し離れた市にある一軒の住宅。
移動に時間がかかったため、ついた頃にはすっかり日が傾いていた。
今は家のリビングで、御堂君と並んでソファーに座っている。
そしてテーブルを挟んだ反対側には相談してきた男子高校生と、母親の四十才くらいの女性が腰を下ろしていた。
「それじゃあ、まずは詳しい話を聞かせてくれるかな、森崎太一君」
名前を呼ぶと、茶色の頭をした男の子が、ビクリと体を震わせる。
彼が今回の被害者、森崎太一君。頭を茶色に染め、耳にはピアスをしていて、普段ならチャラい感じの男の子という印象を受けていただろう。だけど目の下にクマを作って、げっそりと頬がしぼんでいて、まるで病人のようだ。
彼は何かに怯えているみたいに辺りをキョロキョロと見まわしてからボソボソと語り始める。
「ええと、前に動画投稿サイトを見ていたら、呪われたホテルの怪談話をしている動画を見つけたんだ。最初は何の気なしに見てたんだけど、話を聞いてたら問題のホテルがあるのがこの近くみたいで。それで興味を持ったんだ」
「動画の語り部は時々話の中で国道の番号を言ったり、地域の特徴なんかを話すのですよ。そうすることで漠然とした『どこか』ではなく、実在する場所がイメージできて、リアリティが増しますからね。問題の動画は僕も見ましたけど、ここいらの土地がモデルになってるのは、間違いないと思います」
説明ありがと。御堂君も太一君も、その動画で出てきたヒントを元に、問題の廃墟を見つけたというわけか。ただ。
「太一君、君が行ったと言うホテルは、K峠にあるホテルじゃないんだよね?」
「K峠? いや、行ったのは、I山にある廃墟だけど。動画のことをワタルに……ワタルってのは友達なんだけど、そいつに話したら、それっぽい場所を知ってるって言われて。それで二人で肝試しに行ったんだ」
途端に「なにバカなことやってんだ」と、太一君のお母さんが頭を叩いた。
ま、子供のヤンチャ話なんて、親にとっては恥ずかしいだろうね。
太一君は「痛てっ」と顔をしかめたけど、一瞥しただけで話を続ける。
「でも行ったはいいけど、何も出なくて、俺もワタルも拍子抜けして帰ったんだ。けどその日から毎晩、おかしな夢を見るようになったんだよ。生気を失ったような大勢の男や女、子供やじいさんが夢の中に現れて、俺にまとわりついてくるんだ。見てくれ、昨夜夢の中でオッサンに掴まれた所が、アザになってる」
そう言って太一君が伸ばしてきた腕には、確かに強く掴まれた跡のようなものが残っていた。
あたしはそのアザをじっと見て、彼に尋ねる。
「君と一緒に行ったワタル君はどうしてる? 同じように、毎晩悪夢にうなされているの?」
「いや、俺も気になって聞いてみたんだけど、アイツはなんともないって言うんだ。くそ、どうして俺だけ、こんな目にあうんだよ!」
悪態をつく太一君だったけど、疲れているのかその声は弱々しい。
しかし一緒に行った友達には、何も起きていないか。最近これと同じような話を聞いたなあ。
チラリと御堂君に目を向けると、彼もそれに気づいたように反応を見せる。
たしか前にK峠のホテルに行った大学生も、同じような悪夢を見た人と見なかった人がいたはずだ。
「火村さん、これはやっぱり、二ヶ所に似たような霊がいて、住みかに足を踏み入れた人に同じような呪いをかけたってことでしょうか?」
「そんな事があるのかねえ。ただ一つ確かなのは……太一君、わかってると思うけど、君には呪いがかかっている」
「―—っ! や、やっぱり」
ただでさえ悪かった顔色が、更に青く染まった。
落ち着いて話してもらいたかったから動揺させないように黙っていたけど、実は一目見た時から分かっていたんだよね。
太一君にもお母さんにも、御堂君にも見えていないだろうけど、あたしにはハッキリ見えていたのだ。まるで蛇が絡み付くように、黒いモヤが太一君にまとわりついているのが。
このあたしにしか見えないモヤの正体は、簡単に言えば呪いの化身ってとこかな。コイツがまとわりつくことで、太一君に悪夢を見せているのだ。
「お、俺、これからどうなっちゃうんですか?」
「お二人とも、その道のプロなんですよね。こういう時の対処法って、無いんですか?」
どれくらい話を理解しているかは知らないけど、自分の息子が呪われていると聞いて、お母さんも焦っている様子。
けど任せなさい。こういう時のために、あたしがいるんだから。
ポケットから名刺を取り出して、お母さんに差し出す。
「ご安心を。実はあたしはこういう者でして、お祓いのプロフェッショナルなんですよ」
「祓い屋さん? それじゃああなたが、息子を助けてくれるんですか?」
「任せてください。太一君、姿勢を楽にして、力を抜いてくれるかな?」
「ええと、こうか?」
太一君は言われた通り座り直す。
彼は見た目こそ派手だし、廃墟に肝試しに行くようなヤンチャはするけど、案外素直だ。
「除霊するのなら、僕達は席を外した方がいいでしょうか?」
「いや、必要ないよ。これくらいならすぐに終わるから」
御堂君に返事をした後、あたしは太一君めがけて手をかざし、唱える。
「心に風、空に唄、響きたまえ、浄! ……はい、終わりましたよ」
「「「えっ!?」」」
三人が同時に声をあげた。
太一君は自分に起きた変化を実感できていないのかベタベタと体を触り、御堂君も驚いたように太一君とあたしを交互に見る。
そして太一君のお母さんはというと……ちょっと、そんな胡散臭そうな目で見ないでよ。インチキなんかじゃないから。
「ビックリしてるみたいだけどさ、本当にもうお祓いは終わったから。今まで彼には黒いモヤみたいなのがついてたんだけど、今はきれいさっぱり消えてるから」
「あの、失礼ですけど本当なんでしょうか? モヤなんて元々ついていませんでしたけど」
「あたしには見えてたの! でも本当の本当にちゃんと祓ったから! だいたい騙すつもりならもっと時間掛けて、いかにもお祓いっぽい事やってるよ!」
と言っても、そのモヤを見えていなかった人を納得させるのは難しい。
この手のやり取りは嫌と言うほど経験してきたけど、祓うよりも分かってもらう方が面倒だよ。
「で、でも火村さん、この前除霊した時は、もっと長々とやっていませんでしたか?」
「御堂君、君まであたしを疑うか!? 今回のは弱かったから、今ので十分なの! 呪いと言っても本当に大したことなくて、せいぜい寝不足にするのが関の山の、ちっぽけなやつよ」
とは言え、寝不足が続くのは相当しんどいけどね。それは呪いに掛かっていた太一君が一番よく分かっているだろう。
「まあ、あの夢を見なくてすむのなら何でもいいけど」
「火村さんが大丈夫と言うのなら問題無いでしょう。けどもしもまた何かあったら、その時は僕でも火村さんにでも連絡をください。それと太一君、もう一度聞くけど、君が行ったのはI山の廃墟なんだよね?」
「ああ、そうだけど」
「そっか。太一君、実は君から話を聞いて調べてみたんだけど。君が行ったのは、動画で紹介されていたホテルじゃない。使われなくなって破棄された、ある会社の保養所だったんだ。間違えて行ってしまったみたいだね」
「え、マジっすか? あれ、でも俺、あそこに行ってから悪夢を見るようになったんだけど。オバさ……お、お姉さんもさっき、呪われてるって言いましたよね?」
あたしの形相を見て口にしかけていた言葉を引っ込め、慌てて言い直す。
良かったね。呪いよりも怖い目に遭わなくてすんだよ。
それはそうと、彼の疑問はもっとも。ただこれに関しては、あたしもさっぱりなんだよね。
だって間違えて行った場所で呪いに掛かるなんて、普通はありえないもの。
「どうやらこれは、もう少し調べてみた方が良さそうね」
太一君の呪いは解けたけど、事件はまだ終わっていない気がする。
知らないところで、何か良くないことが起きているような。そんな胸騒ぎを覚えるのだった。
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