第7話 現れない幽霊

 あたしは霊を祓うことはできても、それ以外のスペックは普通のOLと変わらない。

 いや、普通のOLと比べたらちょっぴり運動神経が良いかもしれないけど、それでもここでヒーロー着地を決められるほどの身体能力は無いわけよ。

 ヤバっ。このまま落ちたら死んじゃうかも? 美人薄命とはよく言ったものだ。


 床が崩れてからこれらの思考が頭を駆け巡るまで、0.1秒。

 だけど開いた穴に呑まれる直前、伸びてきた手があたしを掴んだ。


「危ない!」


 腕を掴まれて、寸でのところで落下を間逃れる。

 顔を上げると、御堂君が必死の形相であたしの手を掴んでくれていた。


「大丈夫ですか? 今引き上げますから!」

「う、うん。よろしく頼むよ」

「いきますよ。えいっ……うわっ!」

「おわっ!?」


 引き上げた拍子に御堂君は仰向けに倒れ、引き上げられたあたしも体勢を崩して、馬乗りになるような形で重なりあった。


 そして、倒れた拍子におでことおでこをゴン!

 二人とも重なりあったまま、自分のおでこを押さえて悶絶する羽目になった。


「痛た……。すみません、僕の注意不足でした」

「いや、良いって良いって。御堂君がいなかったら、あたしは下に真っ逆さまだったからね」

「いいえ、それも僕がもっとよく、足場を確認しなかったせいです。きっと僕が先に歩いたから、傷んでいた床に追い討ちをかけたのでしょう。すみませんでした」


 そっかなあ? あたしの方が重かったからトドメをさしちゃった可能性も……いや、これは考えないでおこう。


 何にせよ御堂君が悪いわけじゃないんだから、そんな叱られたゴールデンレトリバーみたいな顔しないでよ。


「あの、それと火村さん」

「ん、なに?」

「そろそろ退いてもらうと助かるのですが」

「えっ……あ、ごめん!」


 そういえば、ずっと乗っかっちゃってたよ。


 慌てて飛び退くと、御堂君も身を起こして外れかけていた眼鏡を掛け直す。


「怪我はありませんよね。次からはもっと慎重にルートを探します。幽霊を探しに来たのに、こっちが幽霊になったら洒落になりませんからね。さあ、行きましょう」


 御堂君はそう言うと、そっと手をさしのべてきた。

 えっと、まさかとは思うけどひょっとしてこれは、手を繋いで行こうってこと?


「どうしました? 行かないのですか?」

「行くけどさ。別に手を繋ぐ必要はなくない?」

「ですが今みたいなことがあったら、次も助けが間に合うとは限りませんから、こっちの方が安心です」


 まあ、そりゃそうなんだけどね。

 だけど子供じゃあるまいし、女と手を繋ごうとするなんて、コイツ意外と大胆。

 いや、違うか。彼にそんな気がないと言うのは、見てりゃわかる。むしろあたしを女として意識していないからこそ、さらっとこういう事ができるのかもしれないなあ。


 そこまで考えたら、何だか自分だけが変に意識するのがバカらしくなってきた。

 まあいいか、彼の言うことも一理ある。仲良くお手手繋いで、散策するとしよう。


「じゃ、よろしく頼むわ」


 差し出された手を取ると、それは思っていたよりもゴツゴツしていて、男の人の手なんだって実感する。


 そう言えばこの前分かれた元カレ。アイツ態度が変わる前は必要以上に手を繋ごうとしたり肩を抱いたりと、やたらベタベタしてきてたっけ。目線も、胸や足に向けているのが丸分かりだった。

 がっつくなとは言わないけどさ、あれはちょっと鬱陶しかったなあ。

 そんな風に思ってしまうあたり、どのみちアイツとは上手くいかなかったのかも。


 けど御堂君は同じ手を繋ぐにしても、リードするような優しい手つき。

 上手く言えないけど何が違っていて、変にソワソワしてしまう。


「……火村さん」

「えっ? な、なに?」


 勝手に元カレと比べてしまっていた後ろめたさから、つい返事がどもってしまった。

 だけど御堂君は、特に変とは思っていないみたい。


「結構歩きましたけど、まだ何も感じませんか? 霊の気配がするとか、良くないものを感じるとか?」

「いや、拍子抜けするくらいさっぱり。一応聞くけど、場所ここであってるんだよね? 間違って別の場所に来たってことはない?」

「たぶんそれはないかと。ホテルの中の様子は、調べておいたものと一致していますし」

「うーん、なら幽霊が、あたしを恐れて隠れてるのかな?」


 冗談で言ってみたけど、御堂君は真面目な顔で「かもしれませんね」と返してくる。

 こら、そこは笑うところだから。


 けど五階を散策し終えても、別の階に行っても、やっぱり何も感じることはなかった。

 暗くて歩きにくいホテルの中をくたびれるまで歩き回ったけど、結局成果が上がらないまま、元のエントランスに戻ってきてしまう。


「ネズミ一匹見当たりませんでしたね。そういえば子どもの頃にも、こんな事がありましたっけ。近所にあった化け屋敷って言われている空き家に、友達と一緒に入ったのですが、何も出ずにガッカリしながら帰ったことが」

「子供の頃からそんなことしてたんだ。けどそれって、入るのに許可は取ってたの?」

「いいえ。空き家の裏口から、こっそり中に入って……って、笑わないでくださいよ。しかたないじゃないですか、当時はヤンチャ盛りの悪ガキでしたから。子供の頃なんて、みんなそんなものでしょう。火村さんだって、似たようなことしてたんじゃないですか?」


 若い頃の話を聞きいてついニマニマと笑っていたけど、いきなり反撃が来た。

 だけど、なんたる濡れ衣。


「ちょっと。あたしがそんな悪さしてたように見える?」

「うーん……見えます。火村さんなら近所の子供を従えて暴れまわっていたとしても、不思議じゃありません」

「こら、清らかな乙女にむかってなんて事を。イタズラで空き家なんかに行ったことは、一度もないって。そりゃあ裏のおじいちゃんの畑から、スイカを持ち出すくらいはしてたけど」

「イタズラのレベルとしては僕と似たようなものじゃないですか。やっぱりイメージ通りですよ」


 むう、意地悪言ってくれる。

 けどあたしは逆に、御堂君がそんなヤンチャしてたことに少し驚いている。てっきり子供時代は、真面目な優等生なのかなって思っていたけど、案外普通なとこあるじゃん。


「で、話を戻すけど、ここに幽霊なんていない! このあたしがあれだけ探して何も見つからなかったんだもの、断言していいわ」

「やっぱり、そうなりますよね。けど前に忍び込んだ大学生は確かに……。ひょっとして、お寺でお清めを受けた際に、元となった悪霊も消滅してしまったのかも?」

「かもねぇ。残念だったね、これじゃあとても、記事にはできないでしょ」


 霊が出ると言う廃墟に行ったけど何も出すに、美女と二人でさ迷っただけだもんね。

 そんな記事を書いたら、「リア充爆発しろ!」って苦情が殺到しちゃうだろうなあ。

 けど御堂君は残念がる様子もなく、穏やかな笑みを浮かべる。 


「こういう時もありますよ。それに何もなかったってことは、ここにいた霊も成仏したってことじゃないですか。なら、記事できるかどうかよりも、そっちの方が大事ですよ」

「まあ確かに。幽霊だって記事にされるために、化けて出てるわけじゃないものね」

「でしょう。編集者としてはいけないのかもしれませんけど、何も起きないのならそれが一番です。記事の方は、ここに来る前にトンネルで遭遇した女性のことでも書いておきましょう」

「あ、そういえばそれがあったか」


 あれは御堂君が実際に味わった恐怖体験だ。きっと良い記事ができるに違いない。

 一緒に車に乗っていた美人の祓い屋が、格好良く霊を祓った、なんて書かれたりしてね。


 そんなことを考えながら、二人してホテルを出ると、いつの間にか日は落ちて辺りは暗くなっていた。


「今日はすみませんでした。せっかくお付き合い頂いたのに、無駄足になってしまって」

「平気平気。こういうのは、良くあることよ。それに無駄足なんかじゃないわ。少なくともここに、霊がいないのは証明されたんだから」

「そう言ってもらえると助かります。けどこのままというのはやはり悪いですし。どうです、これから少し、飲みに行きませんか? 奢りますから」

「え、良いの?」

「ええ。それに実は、火村さんともっとゆっくりお話がしたいのですが、ダメでしょうか?」


 それは祓い屋の話を聞きたいってことで良いのかな? 

 なんたって彼は、オカルト雑誌の編集者なんだもの。その道のプロの話は、やっぱり聞きたいよね。


 まあそれは良いけど、さてどうしよう。お酒は昨日たっぷり飲んで、今朝は二日酔いで頭痛かったしなあ。でも。


「行くよ。たくさん歩き回って疲れたから、飲んで癒さなきゃ。良い店紹介してよね」


 せっかく誘ってくれたのに、無下にしたら悪いよね。何より、お酒をちらつかせられてるのに、このあたしが断れるわけないじゃない。

 明日も二日酔いになるって? そういうことは、明日考えたら良いの。


 よし、そうと決まれば、善は急げ。

 あたし達は急いで駐車場に行き車に乗り込むと、ホテルを後にするのだった。


 結局、このホテルに出ると言う幽霊の真相は、わからないままだけどね。


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