第8話 他人の恋バナ程、旨い肴は無い。
「それであたしは言ったわけよ。祓い屋は、悪霊を祓う立派な仕事なんだって! なのにあの野郎、引きつった顔で『スゴイデスネー』だよ。あれは完全に中二病を見るような目だった! こっちは真面目に話してるのに、バカにするなっての!」
ビールの入ったビールジョッキを片手に熱弁を振るう。
御堂君に案内されたのは、オシャレな感じの中々良い店で。お酒を飲む手がつい進んじゃったけど、いつの間にか話は、別れた元カレへのグチへと変わっていた。
会って間もない男に、なんでこんな話をしてるんだろうねえ? 我ながら、面倒くさい女だって自覚はあるよ。
だけどテーブルの反対側に座る御堂君はそんなあたしの話をしっかり聞いてくれて、うんうんと頷いてくれている。
「それは確かに酷い。話が話ですからすぐには受け入れられないのは仕方がないですけど、自分の彼女が真剣に話しているのですから、もっと耳を傾けてあげてもいいのに」
「でしょう! 君は話の分かる男だと思っていたよ。さあ、もっと飲んで飲んで」
フラれた女のグチなんて、つまらないだろうに。なのにちゃんと聞いて共感してくれるなんて、良い奴。
ああ、彼とは良い飲み友達になれそうだ。
「ん、そういえば。御堂君って幽霊とか、本当に全然見えないんだよね?」
「ええ。今日トンネルで見たのが初めてです。まさかあんな形で本物を見ることになるとは思いませんでしたよ。不謹慎で申し訳ないですけど、念願だった霊を見ることができて、嬉しい気持ちもあります」
「そいつはよかった。けど霊が全く見えないなら、どうしてオカルトに興味を持ったの? オカルト雑誌の編集なんてやってるくらいだから、相当だよね。何か興味を持つようになったきっかけでもあるの?」
幽霊とか妖怪とか、オカルトに興味を持つ子供は多いけど、それらの多くは大人になるにつれて、興味を無くしていくもの。彼のように変わらず信じ続けるのは、希なのだ。
すると御堂君は手にしていたグラスを置いて、何かを考えるように宙を見る。
「きっかけ、ですか。ありはしますけど、あまり面白い話ではありませんよ」
「面白いかどうかはあたしが決める。なんかあるなら、話してみてよ」
もしも言いにくいことなら、酒の力を借りる?
ビールのおかわりを注文してあげようとしたけど、御堂君はそれを止めて、ポツポツと話し始めた。
「子どもの頃……小学校に入ったばかりの頃ですね。同じクラスにいたんですよ、幽霊が見えるという子が。その子は僕や他のクラスメイトには見えないものが見えていたみたいで、何も無い空中をさして、『人の顔が浮いてる』とか、『そっちの道にはオバケがいる』とか言っていました」
へえ、同級生にそんな子がねえ。
突然高い霊力を持った子が生まれてくるケースは、そんな珍しい話じゃない。その子はきっと、強い霊感の持ち主だったのだろう。
「ただ、クラスのほとんどの子は、その子の言うことを信じませんでした。幽霊が見えると言うその子を嘘つき呼ばわりして、中には嫌がらせをするような子もいましたね」
「げっ。そういう奴って、どこにでもいるんだね」
信じられないだけなら仕方がないけど、だからっていじめて良い理由にはならないってのに。
幸い、あたしは祓い屋の里にある小学校に通ってたから、その手の事でイジメやケンカが起きたことはなかった。だけど、里から離れたら事情が変わってくる。
あたしも高校に上がった時は里を離れたけど、そこでは幽霊を見える人なんていなくて。余計な揉め事は起こしたくないから、霊が見えることは隠してたね。
で、御堂君の話に出てきたような、見えるのに信じてもらえずにイジメに発展するケースは、悲しいことに里の外でならそう珍しくない。
本当に霊が見えるのに誰にも信じてもらえなくて、イジメられる。里ではそういった霊感のある子供を、保護することだってある。理解されないでいる子の居場所になるのも、祓い屋の里の役目なのだ。
「それで、御堂君はその子の話を信じたの?」
「その子が嘘をついている証拠はありませんでしたからねえ。霊が見えるのは、視力が良い人が遠くの物を見えるようなものなのかななんて、思ってました」
「なるほどね、面白い例えだ。その考え、あながち間違ってないよ」
幽霊が見えるも見えないも視力と同じで、目の良さみたいなものだ。
見えるから偉いなんて話でもないしね。
「僕はその子に、友達になろうと声をかけました。僕は霊を見ることはできないけど、君のことは信じるから、君の目に映るもののことを、たくさん教えてほしいって。するとその子は喜んでくれて、それからよく、一緒に遊ぶようになりました」
御堂君は語りながら、昔を懐かしむように目を細める。
「原っぱで遊んだり、一緒にゲームをしたり。遊んでる途中で何も無い空間を指して、頭から血を流したおじさんがこっちを見てるって言ってきたこともありましたっけ。あの時は怖かったですねえ」
そうだろうねえ。御堂君にはそのおじさんの姿は見えていなかったけど、見えない何かがずっとこっちを見てると言うのは、それはそれで怖そうだ。
「そうしているうちに、僕もだんだんとその手の話に、興味を持つようになったんです。幽霊はいったい、どうして現れるのだろうとか、人は死んだらどうなるのかとか、そんなことばかり考えるようになっていました」
「なるほどね。つまり今の御堂君があるのは、その友達の影響ってわけね」
「そういうことです。僕達の事を、オカルトコンビだなんて言う人もいましたけど、悪い気はしませんでした」
思い出話を語りながら、照れたように笑う御堂君。その顔を見て、ふとピンときた。ひょっとして、その友達というのは。
「ねえ、その子ってもしかして女子?」
「ええ、そうですけど」
やっぱりか。
今の笑みを見て、女の勘がビビッと来ちゃったんだよね。
だけど、と言うことはだよ。
「じゃあひょっとしてぇ、その子が御堂君の初恋の相手だったりするぉ?」
つい調子に乗って、面倒くさい絡み方をする。
他人の恋バナほど旨い酒の肴はないんだから、ここはなんとしても掘り下げないと。
もう昔のことなんだから、恥ずかしがらずに言っちゃいなよ。さあっ!
「そうですね。彼女のことは好きで、友達以上に想っていました」
「へ? ずいぶんあっさり認めるねえ」
「別に隠すようなことでもありませんから。ただ、当時はその事に気づいていませんでした。友達と好きな人の区別もつかない子供だったので。想いを伝えることも恋を自覚することもなく、彼女とは離れてしまいました」
「離れた? 卒業して、別々の学校に行っちゃったの?」
「いいえ、もっとずっと早く、別れは訪れました。二年生に上がる前に、親の仕事の都合で、僕が転校したんです。結局あの子とは、一年しか一緒にいられなかったなあ」
そいつはまあ、残念だったとしか言いようが無い。御堂君もその子も、さぞ寂しい思いをしたことだろう。
大切な人と離れるのって、悲しいよね。ちくちょう、甘々でキュンキュンな恋バナを聞けるかと思ってたのに悲恋だなんて、飲まずにいられるか。
大将、ビール追加ー!
「くぅーっ、さぞ悲しかったろう。今夜はたっぷり泣くといいさ」
「もう二十年も前の話ですって。って、どうして火村さんが涙ぐんでるんです? 泣き上戸だったんですか?」
「あたしのことはいいの! で、その子とはその後は、連絡は取らなかったの?」
「全く。話したいことはあるのに、急に連絡なんかしたら迷惑が掛かるんじゃないかって思って、電話をする勇気がでませんでした。仲が良かったはずなのに、冷たいですよね」
御堂君は新しい学校で新しい友達作って、あれが初恋だったのだと気づいたのは、中学に上がってからだったと言う。
気づかないうちに自然消滅。まあ、小学生の恋なんて、そんなものだよね。
けどね、あたしは別に冷たいだなんて思わないよ。
「疎遠になったのは仕方がないよ。けど君は離れた後も、オカルトへの興味は残ってたんでしょ。それって心のどこかで、その子との絆を大事にしたいって思ってたってことじゃないかなあ」
「そうでしょうか? そんな風に考えたことはなかったなあ。単に興味を持ったから、調べ続けただけですし」
「それでもあたしがその子だったら、やっぱり嬉しいと思うよ。離れていても、どこかで繋がってたんだって思えるからね」
そう言うロマンチックなのは、嫌いじゃない。で、もしかしたらその子も実は御堂君のことをなんて、ラブ展開を想像してしまう。
けど、当の本人はいたって冷静な様子。
「もしそうだったとしても、もう会う事も無いでしょうけどね。僕の話はもう良いでしょう。それより今度は、火村さんの話をしてくださいよ」
「良いけど、何聞きたい? 一人前の祓い屋になるためどんな修行をしてきたかや、今までどんな事件に関わってきたかとか?」
「それも興味ありますけど、今聞きたいのは恋バナですね。火村さんの初恋の話、是非聞きたいですねえ」
「ブハッ!」
飲んでいたビールを吹き出しかけて、ゲホゲホとむせ返る。
待て、何だそのチョイスは。もっと他に色々あるでしょうが。
だけど御堂君は眼鏡の奥の目をキラリと光らせながら、イタズラっぽく笑う。
「僕のことは色々突っ込んで聞いてきたのですから、まさか言えないなんて言いませんよね?」
「も、もちろんよ。けどあたしの初恋なんて聞いても、面白くないんじゃないかなー。興味なんて無いでしょ」
「いいえ、そんなことありませんって。たっぷり聞かせてもらいますよ」
だめだ、逃がしてくれそうにない。
コイツ大人しそうに見えて、酒を飲むとSキャラになるのか?
結局あたしは、今や黒歴史と化している恋バナをさせられて、御堂君は満足そうにそれを聞いたのだった。
次から彼と飲む時は、あまり悪のりしないでおこう。どんなしっぺ返しが来るか、分かったもんじゃないわ。
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