第6話 廃墟の探検には危険がつきもの
途中でちょっとしたトラブルがあったものの、幸いその後は何の問題もなく目的の廃墟までたどり着いた。
「待ってください。あれがちょっとしたトラブルと言えるんですか?」
「違うの? 二人とも怪我もしてないし、女の幽霊だって無事に祓えたんだからいいじゃない。車についた手形だって、綺麗に消えたんだしさ」
窓ガラスにベッタリとついてた手形は、霊を祓ってトンネルを出た時にはあら不思議。まるで最初から何もついてなかったみたいに、綺麗さっぱり消えていたのだ。
というわけで洗車する必要も無し。やっぱり、大したこと無くない?
「祓い屋にとってはさっきみたいなのが日常茶飯事なのか、それとも火村さんが特別なのかは図りかねますね。まあ、それより本題はこっちか」
そう、さっきの女の幽霊は、あくまでたまたま遭遇しただけの、ゲームで言うところのサブシナリオ。今回メインとなるのは、このホテルに住む何かだ。
山の中に佇む5階建ての、廃墟となったホテル。
営業していた時は緑の中にある癒しの空間って感じだったのだろうけど、今では庭の草が伸び放題で割れている窓ガラスもある。
とりあえず駐車場だったスペースに車を止めて、二人して外に降りた。
「中に入って調べてみましょう。土地の所有者から、許可は得ています」
御堂君は歩きだし、あたしもそれに続く。
分厚いガラスで作られている玄関の戸は開いた状態になっていたから、鍵がなくても中に入ることはできるけど、問題は明るさだね。
まだ日は落ちていないけど、建物の中となるとかなり暗くて、足元が見にくいからねえ。電気なんて、当然付かないだろうし。
すると御堂君、持っていた自分の鞄をおもむろにあさりだして、懐中電灯を取り出した。
お、良い物持ってるじゃない。
「用意が良いね。あたしの分はないの?」
「すみません、元々一人で来る予定だったので、一個しか持ってきていないのですよ。僕が先に行きますから、火村さんは後ろからついてきてください」
「えー。でも悪霊が住み着いているなら、危なくない? あたしが先に行くよ。ほら、ライト貸して」
霊力を持たない彼だと、咄嗟に身を守る手段なんてないからね。
ちなみにさっきかけてあげた幽霊を見えるようになる術は、既に効果を失っている。あれはそんなに長続きしないのだ。
てなわけで、霊が見えない御堂君よりあたしが先に行った方が良い。けど彼は、首を縦に振ってはくれなかった。
「ダメです。だいぶ老朽化が進んでいるみたいですし、先に僕が行って安全を確保します。こういう場所に来るのには慣れていますから、任せておいてください」
「それなら、あたしだって慣れてるよ。もしいきなり、バアッて幽霊が現れたらどうするのさ?」
「それに関しては、火村さんを頼りにしてますよ。火村さんなら後ろにいても、瞬時に対応できると思ったのですが、違いますか?」
「う、うん。まあ前もって霊の気配を察することもできるし、遅れをとることは無いと思うけど」
照れながら答えるあたしを見て、満足そうに「そうでしょそうでしょ」と返してくる御堂君。さらに。
「むしろ火村さんを先に行かせて、ガラスの破片なんかで怪我をしてしまったら、そっちの方が面倒ですよ。もし本当に悪霊が出てきた時、万全の状態で対処してもらうためにも、ここは僕が先に行った方がいいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「しょうがないね。それじゃあ、道案内お願いね」
何だか上手く丸め込まれちゃった気もするけど、彼の言うことも一理あるか。
というわけで、あたしは御堂君の後をついて行く形で、ホテルの中に足を踏み入れた。
吹き抜けになったエントランスには、テーブルやソファーが営業当時のまま残っていだけど、どれも埃かぶっていて汚い。
照明が無い室内は思ってたよりも暗くて、静かで不気味な感じはしているけど、例の大学生達はよくこんな所に入る気になったねえ。
あたしは仕事でなかったら、絶対に入らないわ。
もし転びでもしたら、着ているスーツはたちまち泥だらけ。クリーニング行き確定だ。
「で、最初はどこに向かうの?」
「とりあえず、大学生達が通ったとされるルートを辿ってみましょう。彼らがどう進んだかは、取材で聞いています」
御堂君は胸ポケットから取り出した手帳を懐中電灯で照らしながら、行き道を確認する。
へえー、そんなことまで細かく調べてたんだ。
ちなみにあたしは除霊の依頼を受けても、彼ほど細かくメモはとらない。現地にサッと行って、バッと徐霊するだけなのだ。
「こちらです」と案内する御堂君の後を追いながら、上の階へと続く階段を上って行く。
エレベーターが使えたら楽なんだけど、動いているはずないよね。
「ちゃんとついてこれてます? 足元見えていますか?」
「平気平気。そっちこそ、足を踏み外したりしないようにね」
「気をつけておきます。さあ、5階につきました。彼らは最初にここの一番奥の部屋に真っ先に行って、後は戻りながら探検していったみたいです。ちなみにここまでで、気になった所はありましたか? 霊の気配を感じたとか」
御堂君は歩きながら聞いてきたけど、あたしは首を横に振った。
「いいや。ホラー映画に出てきそうな廃墟だけど、霊の気配なんてちっとも感じないや」
幽霊が住み着いている建物や土地に足を踏み入れると、大抵何かゾクゾクしたモノを感じるんだけどねえ。さっきのトンネルだって、そうだったもの。
だけどここでは、何も感じないのだ。よっぽど気配を殺すのが上手い霊なのかな?
「まあもうちょっと調べてみたら、何か分かるかもしれないけどね」
「そうですね。おっと、ここはだいぶ床が痛んでいるみたいです。通って大丈夫かな?」
御堂君は爪先立ちになり、慎重に床を踏んでその強度を確かめたけど、「これなら大丈夫でしょう」と問題の箇所を渡りきった。
「心配ないみたいね。どれ、それじゃああたしも——のわあっ!?」
一歩足を踏み出した瞬間、まるで落とし穴のように床が抜け、勢いよく足が沈んだ。
何でだ! 御堂君が通った時には、ちゃんと渡れたじゃないか!
あたしが重いって言いたいのかこんちくしょー!
なんて暢気なことを言っている場合じゃない。このままじゃ下の階まで落ちちゃうから!
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