第4話 心霊スポット

 御堂君の運転する車で市内を出て、山道を走る。

 目的のホテルに着くまでは、もうちょっと掛かるみたい。その間あたしは助手席に座りながら、今回の事件について考えていた。


 ホテルに肝試しに行った大学生が呪いにかかったそうだけど、これは大学生が悪いわ。霊の住処を、土足で荒らしたわけだしね。

 けど気になるのはやっぱり、呪われたのが五人中二人だけだったって事。たまたまなのか、それとも何か特別な理由があったのか。


「……さん。火村さん、聞いてます?」

「ん? ああ、ごめん。聞いてなかったわ」


 考えに夢中になるあまり、呼ばれていることに気付いていなかった。

 顔を向けると、御堂君は前に目を向けたまま話を続ける。


「祓い屋の人達は皆、幽霊の姿を見ることができるのですよね? それはやっぱり厳しい修行や、特別な訓練を積んだからなのでしょうか?」

「いや、そう言うわけじゃないよ。確かに修業は小さい頃から飽きるほどやってはいたけど、霊が見えるのは生まれつき。あたしの家は代々続く祓い屋の家系だから、その血を色濃く継いでたってわけ」

「祓い屋の家系? という事は、火村さんは祓い屋のサラブレッドと言うわけですか」

「そうなるのかな。うちは祓い屋の里でも名家だったからねえ。まあその分、面倒な事も多いんだけどね」


 言いながら、苦笑いを浮かべる。

 子供の頃はそうでもなかったけど、大人になった今では本当に面倒な事ばかり。


 例えば、前に参加した婚活パーティー。あれは里のオババから結婚を急かされて、参加したんだっけ。

 帰省する度に、爺ちゃん婆ちゃんから結婚しろだの子供を産めだの言われてる。

 まああたしも結婚に興味が無かったわけじゃないから参加したんだけど、そこで知り合ったのは祓い屋を見下すような男だったのだからたまったもんじゃない。

 もう当分婚活は良いわ。


 嫌な事を思い出してつい溜息をついたけど、どうやら御堂君は別の所が気になったよう。


「祓い屋の里? そんなものがあるのですか?」

「ああ、そうだよ。今から行くホテルよりも、ずっと深い山の中にある、コンビニの一つも無いような里でね。だけどかわりに修業場があって、祓い屋の一族が何世帯も暮らしているんだよ」

「何世帯も? 祓い屋って、そんなに何人もいるのですね。もっと詳しく聞いてもいいですか?」

「なに、編集者の血が騒いじゃった? まあ霊が見える人が多い以外は、ただの寂れた田舎だよ。ただみんな霊を見えるのが普通って感覚に慣れてるから、里から出たら苦労する事は多いんだけどね」


 幽霊が見えるのも、祓えるようになるために修業をするのも、あたしの故郷では当たり前のこと。

 だけど一度里を離れたら、それが当り前じゃなくなる事も、もちろん知っている。


 それを痛感したのは、高校に上がってから。

 うちの里は子供の数が少なくて、学校は小中合同やつが一つあるだけ。だから高校に進学するとなると否応なしに里を離れて、都会の学校に通うことになる。あの時は常識の違いに、途惑ったものだよ。


 例えば遅刻をしてその理由を聞かれた時、「成仏できずに行き場を無くしてた女の子の霊を祓っていました」って言ったら、先生は「ふざけるな!」って怒りだすし、クラスメイトはくすくす笑うし。あれにはビックリしたね。


「先生は霊が見えないんだから無理もないけどね。でもこう言う見えない人とのズレに悩むのは、祓い屋あるあるなのかな」

「見えない人とのズレですか。火村さんの故郷ではみんな普通に霊が見えていたのですよね。それなのに見えないのが当たり前の場所に出てきたら、確かに苦労しそうですね」

「分かってくれる? でも一番大変なのは、親も周りの人もみんな見えないのに、高い霊力を持って生まれてしまったケースだね。誰も見えないものが、自分にだけ見えるんだもの。人との距離が埋められずに、孤立しちゃうパターンも多いかな」


 実はそう言う周りに馴染めない子を、里で引き取る場合もあるのだ。同じ景色を見ることができるあたし達が、近くで手を引いてあげられるようにね。


 それにしても、こんな会話を一般人とするのはずいぶんと久しぶりだ。

 流石はオカルト雑誌の編集者だけあって、御堂君は熱心に耳を傾けてくれている。


「そういえば、先ほど生まれつき霊が見えていたと仰っていましたけど、逆に後から霊が見えるようになる事は可能なのでしょうか? 例えば僕が、見えるようになるとか」

「なに? 御堂君は幽霊を見たいの?」

「まあ。姿が見えたり、声を聞いたりすることができれば、分かってあげられる事もあるでしょうから」


 それは幽霊の気持ちを分かってあげられると言いたいのか、それとも幽霊を見える人の気持ちを分かってあげられると言いたいのか。

 彼のように幽霊を見たいと言う人とはたまに会うけど、そのほとんどが興味本位で見たいという輩。幽霊を見世物のように思っている連中がほとんどだ。


 けど御堂君の場合は、なんか違うんだよね。

 まだ会って間もないけど、彼は霊を軽く見ていないと言うか、ちゃんと向き合ってくれているような気がする。

 そんな奴が見たいって言うのなら、できれば見せてあげたいけど。


「幽霊が見えるようになる方法は、有るっちゃ有るよ」

「本当ですか?」

「うん。ただしそれには修業が必要だから、まあまあの時間と労力がかかるね。それこそしばらくの間仕事をお休みして、山籠もりするくらいは必要かな」

「まるで仙人ですね。しかしそうなると、現実的じゃありませんね。長い間休職するわけにはいきませんし」


 残念そうに、苦笑いを浮かべる。

 見えるようになりたいと言う気持ちは分からないわけじゃないけど、簡単にできるものじゃないんだよね。


「何より一番厄介なのは、修行を積んだところで見えるようになるだけで、対抗する術が無いと言うことだよ。もし君が幽霊を見えるようになったとして、その事を相手の霊が悟ったら、どんな行動をとると思う?」

「それは……僕に取り憑いてくる、でしょうか。幽霊って自分の事が見える人に、絡んでくるって言いますからねえ」


 その通り。よく分かってるじゃないか。

 全ての霊がそうというわけじゃないけど、まるで『お前何ガン飛ばしとるんじゃ!』と因縁をつけてくる不良のように、見える人に寄っていく幽霊は、数多くいるのだ。


 そしてここで問題になってくるのが、修業を積んだところで見えるようになるのが限界だという事。

 あたし達祓い屋だったら、寄ってくる幽霊が危険なものなら祓う事も可能だけど、見えるだけだと身を守る手段が無いのだ。


「中途半端に力を持ってしまうのは危険だからね。特に君は霊とか、人ならざるモノと関わる仕事をしているわけだから。見えたりしたら、いつどんな目に遭うか分からないよ」

「なるほど。無理して見えるようになっても、危険ということですか。残念だけど、仕方がありませんね」

「まあそう落ち込まない。それに方法が無いわけじゃないから。もしかしたら今から行った先で、見せてあげられるかもしれないよ」

「本当ですか?」


 まあ、場合によってはだけどね。

 そんな事を言っているうちに車は峠に差し掛かり、暗いトンネルの中へと入って行く。


 ふぁ~あ、昨夜はたくさん飲んだせいで眠りが浅かったから、今になって睡魔が襲ってきた。

 どうしよう。目的地まではまだ時間が掛かりそうだし、ちょっと寝かせてもらおうかなあ。


 ————ドンッ!


 二度目のあくびをしようとしたその時、車の屋根に大きな衝撃があった。


 何事?

 急いで窓の外に目をやろうとしたけど、その前に全身を、ゾクゾクとした寒気が襲った。これは、もしかすると……。


「今変な音しましたけど、何でしょう? トンネルの中ですから、落石ではないでしょうし。……火村さん?」


 御堂君を無視して、あたしは車外に神経を集中させる。

 もう眠気なんて吹っ飛んでしまった。彼は気づいていないみたいだけど、車の上に乗っかってきたモノの気配を、あたしは感じた事があった。と言うか、毎日感じている。

 すると。


「ああ、そういえばこのトンネル」

「何、どうしたの?」

「ちょっと思い出した事があって。実はこのトンネルに、出るって噂があったんですよ。前にうちの編集部に情報が寄せられてきて、先輩が調査に来たんです」

「は? そういうことは、もっと早く思い出して! なんで心霊スポットに行く途中で、別の心霊スポットを通ってるのよ!」


 そんでもって全く予定になかった幽霊と遭遇するなんて、祓い屋のあたしだって前代未聞。

 魔王の城に行く前にザコ敵とエントカウントするのとはわけが違うんだ。

 するとあたしの様子を見て、御堂君も察したらしい。


「もしかしてここ、本当に出るんですか? 先輩が来た時は、何も出なかったって言ってて、没になったネタなのに」

「幽霊って言っても、必ず出るわけじゃないのよ。気まぐれで出たりで無かったりするのは、よくある話。けどどうやら今日は、出る日だったみたいだね。ほら、右側の窓を見てみなさい」

「えっ?」


 ——バンバンバン!


 御堂君が窓に目を向けると、何かを叩くような音が聞こえてくる。

 そしてさっきまでは汚れ一つなかった窓に、真っ赤な手形がベタベタと現れた。


「これは⁉」

「見ての通り、心霊現象よ。もしかして幽霊の話をしてたから、引きよせられちゃったのかな。どうやらここに住んでいる誰かに、目をつけられたみたいね。つーか御堂君、どこまで分かってる?」

「どこまでって。変な音がして、窓に手形がついてるのは分かりますけど」

「あ、そこまでは見えてるんだ。それじゃあ、声は聞こえてる?」

「声、ですか?」


 この反応、どうやら聞こえてないみたいだね。

 彼のように霊感が無い人だと、中途半端にしか霊を感じとる事ができない。けどあたしには、あの声がハッキリ聞こえている。


 ——キャハ。


 ——ハハッ。


 ——キャハハハハハハハハッ!


 御堂君には聞こえていない甲高い笑い声が、車内に響く。

 声の主がいるのは、この車の屋根だ。

 何故そんなことが分かるのかって? そりゃあ、あれを見たら分かるって。


 車の正面に目を向けるとフロントガラスの上の方から、普通なら有るはずの無いものが顔を覗かせている。

 御堂君は窓についた手形までは見えているけど、きっとコイツは見えていないんだろうね。見えていたら、悲鳴の一つでもあげてるはずだもの。


 それは頭から血を流した、髪の長い女。

 車の屋根にのぼっている彼女は頭を逆さまにして車内を覗き込み、あたし達を見ながらニタッと笑った。

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