第3話 オカルト雑誌の編集者
待ち合わせ場所に選んだのは、昨日の居酒屋の近くにある喫茶店。
あたしが行った時には彼はもう既に来ていて、昨日と同じスーツ姿で、席についていた。
けど、近づいて「ミドウリュウジさんですね」って声をかけたら。
「昨夜はどうも。もう酔いは覚めましたか?」
眼鏡の奥の目をにっこりと細めて、クスっと笑いながら言いやがった。
この意地悪ゴールデンレトリバー。そりゃああれはあたしが悪かったけどさ、何もほじくり返すことないじゃない。
「お陰様で、酔いはバッチリ覚めました! それより、さっさと本題に入ってくれませんか、ミドウ君!」
ぷりぷりと腹を立てながら、向かい合って席に座る。
もうかしこまった態度なんて取るのはバカらしい。呼び方も、君付けで十分だ。
前園ちゃんにバレたら怒られること間違いなしの態度だったけど、今さら引っ込みつかない。
幸い彼は怒る様子もなく、上着のポケットから名刺を取り出し差し出してくる。
「それでは改めて、自己紹介させていただきます。僕はこういう者です」
名刺に書いてあったのは、『月刊スリラー編集部
ふーん。コイツ、雑誌の編集者だったのか。
「月刊スリラーという雑誌は、聞いたことはありますか?」
「うんにゃ、さっぱり」
「そうですか。月刊スリラーというのはオカルト雑誌で、幽霊とか怪奇現象にまつわる記事を、毎号掲載しているのですよ」
へえー、そんなのあるんだ。
祓い屋のくせに、オカルト雑誌を知らなかったのかとは思わないでね。
いくら祓い屋と言ってもオカルト関係の話題を全部チェックしてるわけじゃないし、雑誌にまで目を通してはいないんですよー。
同じオカルト雑誌ならたしか事務所に『月刊黒魔術』ってのはあったけど、『月刊スリラー』は初耳だった。
「オカルト雑誌ねえ。なるほど、どうしてあたしが祓い屋だって信じてくれたのか分かったわ」
「ええ。こういう仕事をしていますから、祓い屋の存在だけは知っていたんですよ。まさかあんな形で会うことになるとは思いませんでしたけど」
あの時はてっきり信じてないなんて決めつけちゃったけど、悪いことをしたかな。
同時に、彼に黒いモヤが憑いていた事にも納得がいった。
あのモヤは、良くない気の塊なのだ。
あれを引っ付けていると、転んで怪我をするとか、物が壊れるとか、小さな不幸が身の回りで起こってしまうのだ。
オカルト雑誌の編集者なら、霊的なものに触れる機会も多いだろうし、きっとどこからもらってきてしまってたのだろう。
「それで本題なんですが。うちの編集部には毎日のように、幽霊やら妖怪やらの話が舞い込んでくるのですけど、その中で気になるものがありましてね。ある心霊スポットに出掛けた大学生が数人、そこで何かを持って帰ってきてしまったらしいんですよ」
「持って帰ってきた? それはそこにあった物を、盗んできたってこと? それとも……」
「目には見えない何かを、連れて帰ってしまったという意味です」
なるほど、そっちね。
遊び半分に心霊スポットに足を踏み入れた結果、そこに住む霊を怒らせて取り憑かれるというのは、よくある話だ。
詳しく話を聞いてみると、事の始まりは一週間ほど前。
五人の大学生が肝試しのため、山の中にある今はもう使われていない、廃墟となったホテルを訪れたのだという。
けど、危険な霊がいるという噂のホテルだったのに、いくら散策してもネズミ一匹出てこない。
噂は嘘だったのだと笑いながらその日は解散したのだけど、奇妙な事が起こり始めたのは次の日から。廃ホテルに行った五人のうち二人が、繰り返し同じ夢を見るようになったのだ。
「で、その夢って言うのは?」
「何でも、体の腐ったゾンビのような奴等が何人も夢の中に現れて、『コッチニ来イ、コッチニ来イ』と繰り返すのだとか。やがてゾンビ達は、その学生さんの体に群がっていって、目を覚ましたら掴まれた箇所に、真っ赤な手形がついていたそうです。その手形は、僕も確認しました。これです」
そう言って御堂君はスーツのポケットから、一枚の写真を取り出す。
そこにはさっき話した通り、真っ赤な手の跡が痛々しく残った腕が、しっかり写されていた。
うん、確かにこれは、霊現象っぽいわ。
「編集部に相談があって、本人達に会いに行ってみたのですが、よほど堪えていたのでしょうね。被害者は二人とも疲れきった様子で、目にクマを作っていて、酷いものでした」
「なるほどね。けどさ、その子達も悪いよ。危険な霊がいる場所に、どうしてわざわざ行くかなあ」
「なんでも動画投稿サイトで怪談を語るチャンネルがあって、そこでそのホテルの事が紹介されて。それで興味を持ったのだとか。動画は僕も見てみましたけど、なかなか凝った作りでした」
怪談チャンネルねえ。まあ見て楽しむだけなら良いけど、やっぱり面白半分で行くのはどうかと思うよ。
そこに住んでる幽霊にとっては、自分の家に土足で上がられるようなものなんだからさ。
「ただひとつ、気になる点がありましてね。ホテルに行ったうちの二人は、夢でうなされるようになったのですが、残りの三人は全く霊症が現れなかったのですよ」
「そうなの? その三人はホテルの中に入らなくて、外で待ってたとかじゃないの?」
「いいえ。五人全員で、ホテルの中を散策したそうです」
うーん、それはちょっと妙ねえ。
そのホテルに幽霊が住み着いていて、住みかを荒らした侵入者に呪いを掛けたというのはわかる。だけどそういうケースの多くは、全員を呪うはずなんだけどなあ。
被害にあった二人だけが、特別気に触るようなことをしたのかな?
「で、あたしに相談っていうのは、その二人に取り憑いているモノを祓ってほしいって事?」
「いえ。実はその二人は、既に近所のお寺で祓ってもらっているのです。悪夢を見ることもなくなって、今は落ちた体力も回復させています」
「なんだ、大したことなかったのか。ん、だったらあたしは、何をすれば良いわけ?」
もう祓っちゃってるのなら、出番ないじゃん。
話を聞いている間に注文したコーヒーを口に運びながら尋ねたけど、そしたら彼は信じられないことを口にした。
「実は僕も、そのホテルに行ってみようと思ってるんです。そこに何がいて何があったのか、確かめたくて」
「―—んんっ⁉」
ゲホッ! ゲホッ!
おい、変なこと言うから、吹き出しちゃったじゃないか。あたしのコーヒー返せ!
「君ねえ。今自分で、危険な所に行くのは良くないって言ってなかった?」
「自分でもどうかと思っていますよ。けど、実際被害者と会って話をした身としては、不思議と引っ掛かるものがあるのですよ。そうなると、編集者の性というか。とことん追って、真相を確かめてみたいんです」
「まあ、気持ちは分からなくもないけど、危ないって分かってるよね」
「はい。だから僕も心配していたのですが、そんな時にアナタに出会って、思ったんです。僕がホテルに行って戻った後、おかしなモノをもらってきてないか、見てもらえば良いんじゃないかって」
なるほど。それでもし何か憑いていたら、昨日みたいに祓ってほしいってわけね。
あたしと会ったのは彼にとって、渡りに船だったというわけか。
けどねえ、やっぱりプロとしては、行くことはお勧めできないわ。
「仕事熱心なのは良いけどさ。次はもっと強力な呪いをかけられる可能性だってあるんだよ。オカルト雑誌の編集者なら、霊が危険なものだって事くらい、知ってるでしょ」
「もちろんです。けど、だからこそちゃんと調べて、記事にしたいのですよ。被害にあった大学生のように、最近は面白半分で心霊スポットに近づく人が多いですからね。霊がいかなるものか、どう接するべきかをしっかり伝えていくのが、僕の使命だと思っています」
「その記事がかえって、呼び水になるかもしれないよ?」
「その時は、もっと上手く伝える方法を探すだけです。それが編集者ですから」
ずいぶんと熱く語るねえ。
昨日のモヤのことも気づいていなかった彼は、きっと幽霊の姿も見ることができないだろう。にもかかわらずこれだけ真剣になれるなんて、こりゃあ筋金入りのオカルトマニアだ。
オカルト雑誌の編集者って、みんなこんななのかな?
けど霊とちゃんと向き合おうって姿勢は、嫌いじゃないね。あたしだって祓い屋だから、霊にはそれなりの、敬意を持ってるもの。
「ねえ、そのホテルにはいつ行くつもりなの?」
「この後です。火村さんに相談したらすぐに向かおうと思って、ここにも車で来ています」
なんだ、今から行くつもりだったのか。けど、それなら好都合。
「それじゃああたしも行くわ。一緒に行ってボディーガードになった方が良いでしょう」
「え? ですが、そこまでさせるのはご迷惑では? そのホテル、ここからまあまあ離れてますし」
「気にしない気にしない。つーかこのまま君一人を行かせたんじゃ、モヤモヤしちゃうもの。承諾してくれなかったら、手足をへし折ってでも止めるから」
もちろん冗談だけどね。
しかし御堂君、こんなことを言ったにも関わらず、何故かニッコリと笑って見せる。
「ふふ、それは怖い。けど、一緒に来てくれるのならありがたいです。頼りにしていますよ、優しいボディーガードさん」
むう、なんか調子狂うなあ、このゴールデンレトリバー。
まあ同行させてもらえるんだから、良しとしよう。
おっと、行く前にちゃんと、前園ちゃんにも連絡しておかないとね。
これも心霊現象の調査になるわけだから、申請しておく必要があるのだ。
あたしはスマホを取り出すと、メッセージを入力した。
『これから御堂君と、ホテルに行ってきます』
送信、と。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
席を立ち、御堂君と共に店を出る。
一方その頃祓い屋事務所では、メッセージを読んだ前園ちゃんが飲んでいたお茶を盛大に吹き出していたのだけど。それはまた別のお話。
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