第2話 掛かってきた電話
黒いスーツをピシッと着こなし、メイクもバッチリ。
背中まで下ろしたウェーブのかかった黒髪には、出掛ける前にしっかりドライヤーをかけてきたし、身だしなみは完璧だ。
あたしは見た目だけはできる女っぽいって、よく言われるのだ。まあもっとも。
「ま、前園ちゃ~ん。お、おはよ~」
「おはようございます火村さ……って、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」
やって来たのはあたしの仕事場である、祓い屋事務所。だけど到着した途端あたしは足をふらつかせて、壁にもたれ掛かった。
外ではみっともない姿を見せまいと気を張っていたけど、それがふわ~っと抜けちゃったよ。
あ~、もう、頭が痛いわ~。こうなった原因はやっぱり。
「もう、だから飲み過ぎだって言ったじゃないですか。今水持って来ますから、座って休んでてください」
「あ、ありがと。いつもごめんねー」
頭がガンガンするし、体に力が入らないし、完全に二日酔いだわ。
何とか自分の席まで移動すると、椅子に腰かけて、ぐでーっと机にうつ伏せになる。
あー、もう。これと言うのも全部元カレのせいだ。あいつが腹の立つことを言わなけりゃ、やけ酒に溺れることもなかったってのに。
あいつめ、タンスの角に足をぶつける呪いでも掛けてやろうか?
心の中で物騒なことを考えていると、前園ちゃんが水を持ってきてくれた。
「こんなんでちゃんと仕事できるんですか?」
「平気平気。今日のはそう難しいやつじゃないし。それに二日酔いくらいじゃ腕は落ちないって、前園ちゃんだって知ってるでしょ」
「そうですね。火村さんは前に、お神酒を飲み過ぎて酔っぱらった状態でも悪霊を祓ったって言う、伝説を残してるくらいですものね。凄すぎて言葉が出ませんよ」
「いやー、そんなに誉められると照れるなー」
「誉めてません! 皮肉言ってるだけです!」
むう、そんなに怒らなくても良いのに。
悪霊祓いは、あたし達祓い屋の仕事のひとつ。人を襲って怪我をさせたり、取り憑いて体を乗っ取ろうとする悪い霊を、祓っているのだ。
他にも成仏できずにさ迷っている浮遊霊を本来あるべき場所に還したり、人を化かす狸を懲らしめたり、供養祭りに呼ばれて清めの儀式を行うこともある。
事務所にはこういった幽霊や妖に関する依頼が、日々寄せられてくるのだ。
で、あたし達祓い屋は持って産まれた霊力と修行で身につけた術をもって、これあの対応に当たってるってわけ。
漫画やラノベでありそうな設定っぽいけど、祓い屋は国からも認められている正式な職業。決してインチキ集団ではないのだ。
まあ活動の割には、認知度はメチャクチャ低いんだけどね。
前園ちゃんからもらった水を飲みながら、今日の予定を改めて確認する。
えーと、午前中は目撃情報のあった浮遊霊の調査をして、午後は報告書の作成といったデスクワーク。
うちは万年人手不足で、深夜までの業務も当たり前にあるけど、今日は割りと簡単なスケジュールで助かった。
コップに入っていた水をグイと飲み干して、「よし」と気合いを入れ直す。
さあ、今日もお仕事だ!
◇◆◇◆
午前中の業務を終えて事務所に戻ったあたしは、溜まりに溜まった報告書を作成していた。
これ、どんな依頼を受けて、どこでどんな霊と会って、どう対処したかを細かく書かなきゃいけないから、面倒臭いんだよね。
しかも祓い屋事務所には毎日ひっきりなしに依頼が舞い込んできて、すぐさまそれらの対応に動かなくちゃいけないから、報告書を作るのはいつも遅れがちになる。
机にかじりつきながら三枚目の報告書を書いていると、前園ちゃんからトントンと肩を叩かれた。
「火村さん、ここの日付、ズレがありますけど」
「あ、ごめん。間違えちゃった。これ夜の0時にお祓いに行った時のやつだからさ、途中で日付変わっちゃってたんだ」
指定された箇所を、急いで書き直す。
やっぱりデスクワークは、面倒で苦手だよ。あたしは事務所で書類を書くよりも、現場で動く方が性に合ってるわ。
そんな事を考えながら書類を書いていたら、不意にスマホが着信音を鳴らした。
この音は通話の着信音。
誰からだろうと思ってディスプレイを見てみたけど、そこには知らない番号が表示されていた。
「ねえ前園ちゃん、なんか知らない番号から電話がかかってきたんだけど、どうすれば良いと思う?」
「え? そりゃあ一応、出た方がいいんじゃないですか?」
「やっぱそうだよねえ。けどこの前そうやって出たら、セールスの電話で、長々と話を聞かされたのよ。またそれだったら嫌だなー」
「だったらその時は、あたしに代わってください。ガツンと断ってあげますから」
頼もしいねえ。
前園ちゃんは真面目で大人しそうに見えるけど、意外と言いたいことは結構はっきり言うタイプ。こういう時は、あたしより頼りになるのだ。
てなわけで、セールス対策の秘密兵器を背後に置いて通話をタップしたのだけど、聞こえてきた第一声は。
『すみません、火村悟里さんのお電話でしょうか?』
スマホから聞こえてきたのは、男性の声。
コイツ、あたしの事を知ってるのか?
名前を知っていると言うことは、おそらく知り合いなのだろう。
けどスマホに相手の名前は表示されていないし、声だけでは相手がどこの誰だか全然分からない。
うーん、誰だー?
分からないけど、とりあえず返事しなきゃ。
「はい、関東祓い屋協会の、火村悟里です。本日はどついったご用件でしょう?」
『すみません、申し遅れました。私はミドウリュウジと言いまして、夕べ居酒屋で会った者です。アナタから名刺をいだいた』
居酒屋? 名刺?
あーっ! ひょっとしてアイツか⁉ 転びそうになったのを助けてくれた、ゴールデンレトリバーくん!
思い出してみると、声の感じも似てる気がする。けどあの時の彼が、いったい何の用?
あたしは通話口に手を当てて声が聞こえないようにしてから、前園ちゃんに小声で話しかける。
「ねえ、今の話聞いてた? 昨日のあの人が、いったい何の用だろう。あたし、あの人のスーツに吐いちゃったりしてないよね? クリーニング代払えって怒ってきたとか、ない?」
「なかったと思いますよ。だいたいそれなら、あの場で怒ってるはずですもの」
「だよね。それじゃああれか? あたしの美貌に一目惚れして、お誘いの電話を掛けてきたとか?」
「絶対にあり得ません。昨夜の火村さんのどこに、一目惚れする要素があるって言うんですか?」
なんだとー!
まったくこの子は、はっきり言ってくれるねえ。まああたしも、冗談で言ったんだけどさ。
今思い出してみると、酔っ払っていたとはいえ助けてくれた男に喚き散らすなんて、どうかしていた。
てことはやっぱり、何か文句があって掛けてきたのかな?
『もしもし? 聞こえていますか?』
「ああ、ゴメン。ちょっと取り込んでて」
相手のが分かった途端、つい砕けた口調になってしまう。
分かったと言っても、昨日ちょっと会っただけなんだからほとんど何も知らない相手なんだけど、この口調はあたしの癖。直すのは難しいのだ。
「それで、いったい何用ですか?」
『昨日仰っていましたけど、そちらは祓い屋さんなのですよね。幽霊とか、心霊現象の専門家さん。実は少し、相談したいことがあるのですが』
「相談って、祓い屋に?」
瞬時に背筋を伸ばして、姿勢を正す。
てっきりセールスか、飲み屋の一件でいちゃもんつけにきたのかなんて思ってやる気なく話していたけど、仕事のこととなると話は別だ。
『昨日アナタは、僕に取り憑いていた何かを祓ってくれたんですよね?』
「まあ。アナタには良くないものが取り憑いていたんですよ。信じられないかもしれませんけど」
『いえ、信じますよ。僕も職業柄、そういった話とは縁がありますから』
「職業柄?」
いったいどういうことだろう?
だけど聞こうとして思った。この人の話、何だか長くなりそうだ。
話した感じだと、イタズラで電話してきたわけじゃなさそうだし、もし本当に祓い屋の手を借りたいって思ってるのな ら、直に会って話を聞いた方がいいかも。
「よかったらどこかで、会えません? 幽霊や妖怪関係で何か困ってる事があるのなら、直接会った方が分かるんですけど」
『良いんですか? 僕は今からでも、会うことができますけど』
今からか。
前園ちゃんに視線を送ると、あたしの言わんとしてることを察したように頷いた。
「今日のスケジュールは、依頼者に会って話を聞くに変更ですね。報告書は、また今度書きましょうか」
よしきた。
書類作成も大事だけど、もっと大事なのは相談してきた人の話を聞くこと。
もしかしたらモタモタしてたら取り返しのつかない、急を要するケースなのかもしれないのだ。
「それでは、今から会うとなると場所は……」
こうして待ち合わせ場所を決めて、彼と会うことになったんだけど。この時あたしはまだ、気づいていなかった。
この一本の電話が、奇妙で複雑な事件の始まりだということに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます