第52話 八月七日

「私は、佐野くんのことが好きです。」




不思議と…嫌じゃなかった。


むしろ嬉しい。


けど気持ちとは裏腹に、体は理解が追いついていないらしい。


口が…開かねえ。



「佐野くん…?」


「あ……う。」


なんだよ……「あ…う」って。


動揺しすぎだ。


「わ…わがままって……それのことかよ。」


何言ってんだ…俺は。


「う…うん。」


星乃が勇気出して言ってくれたんだ。

俺が杉原に告った時と同じ…。


今の星乃の気持ちは、誰よりも分かるはずだろ。


なんか…言え。


「えっとー…。」


「……。」









「夕陽……綺麗だな。」



「……。」




何言ってんだよ俺…。

らしても何も解決しないだろ。



「そうだね…。凄く…綺麗。」




そう呟いて夕陽を見つめる星乃の横顔は、

その夕陽に負けないくらい、とても綺麗だった…。





 (ガタンゴトン…ガタンゴトン…)


電車が通る音。



ここの踏切…



「懐かしいね。」


「…え?」


「佐野くんと初めて出会った場所。」



(ガタンゴトン…)


「俺が……死のうとした場所。」



星乃と…出会った場所。



「佐野くんが生きようって決めた場所だよ。」



(ガタンゴトン…)



「星乃が……噓をついた場所。」


「それはもう謝ったよー。」



遮断器が上がる。



「前から思ってたんだけどさ…」


「ここの電車ってさ、いったと思ったら直ぐにまた次の電車が来るんだよね!」


「……!」


(カンカンカンカン…)


遮断器がおりる。



「へっ。」


「なに?なんで笑ったの?」



「遮断器ってさ、意外と重いんだぜ!」


「…え?」


なぁ…星乃。



「ちょっ、ちょっと佐野くん!」


お前がいなくなったら…


これからの俺の人生は、充実するのかなぁ。



「危ないよ!電車来ちゃう!」



なぁ…星乃。



お前の言った通り、

死ぬのが俺のほうだったら…




「俺の寿命は、お前と出会ったあの日から決まってんだ!」


「…!」



「俺は今日死なねぇ!」




(パッ)




俺は星乃の手を握って、線路を全力で駆け抜けた。




(ガタンゴトン……)



 「はぁ…はぁ…はぁ…。」


「あっはは!スリル満点だったな!」


「もう!ほんとにドキドキした!」



あれ…怒ってる?



「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…。」


「あ…ごめん。急に走ったから。大丈夫か?」


何やってんだよ俺…。


星乃の寿命縮めてどうするんだ。


「はぁ…はぁ…はぁ…。」


やばい…。


呼吸が荒い。


前にもこんなことがあった。


俺を追いかけてきた時だ。


うつむいてる。


心臓への負担が大きかったのか。



「星乃…!大丈夫か?しっかり…」






(チュっ…)







……え?







星乃……?






星乃の唇が…





「……。」




「キス……。しちゃった…。」





「……は…はい。」



心臓が…


星乃よりも俺の心臓のほうが、


はちきれそうになった。




 星乃家


「わざわざ家まで送ってくれてありがとう。」


「当たり前だろ。お前は病人なんだから…。」


「ふふ。病人でよかった。」


「は?何言ってんだよ。」


「だって…こんなにも佐野くんの優しさが伝わってくるから…。」


なんだよそれ。



「あのなぁ、俺は病人にじゃなくても優しいっつーの。」


「あはは!そうだね。」



「……。」



「……。」





「「あのさぁ…」」




あ……。


かぶった。



「なに?」


「あ…いいよ。俺のは大したあれじゃないから…。」


「そうなの?」


「…おう。」


「じゃあ……。私から…」


「うん。」




「今日は本当にありがとう。初めてのデート、楽しかったです。」



なんだよ……改まって…。



「さっきも言ったけど、今日は特別な日なの。今日だけは、自分にわがままで正直でいられる日…。」



「なんで…。なんで今日だけなんだよ。」


「私が勝手に決めたの!文句あるー?」


「…別に、ねえけど。」




「だからさ…。今日のことは…全部忘れて。」




……は?



「お前…何言ってんだよ。」


「ごめんね。すごく勝手だよね。」


「勝手過ぎるだろ!デートしようって言ったり、いつもよりお洒落して来たり、ベアバンで意味わかんねぇ新作食わせたり、いきなり告って……。」


なんなんだよ……。



「次は……勝手に俺の前からいなくなんのかよ…。」





「佐野くん……。」




「お前はいつも勝手だ!ラーメンだってまだ四人で行ってねえ!ゲームもまだクリアしてねえ!文化祭だって……お化け屋敷…お前がやりたいって言ったんじゃねぇか……。」



「……。」




「お前がいなきゃ……意味ねぇんだよ。」



「……!」



「お前がいなきゃ……。」




「佐野くん……。」




(ガシっ)




俺はいつの間にか、星乃を必要としていたんだ。


俺の生きている意味の一つになっていたんだ。




星乃は俺を強く抱きしめた。


俺は……ただ星乃の胸の中で、泣き叫ぶだけだった。






 八月八日。

星乃雫はこの世を去った。


まるで自分の寿命が分かっていたかのようだった。


それはあまりにも突然の出来事で……



いや。


星乃は全部、分かっていたのかもしれない。



彼女に見えていたのは俺の寿命なんかじゃなく、自分の寿命だったのかもしれない。


残り少ない命で、このどうしようもない俺の命を繋いでくれた。




腐りかかっていた俺の命に、しずくが潤いを与えてくれたんだ。




 

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