第44話 バトン
(カラン…カラン…)
バトンが…
地面に落ちる音…。
俺の手には…
バトンが無い。
「隼斗!走れ!」
…はっ!
克樹!
地面にバウンドしたバトンを、素早くキャッチしたのか!
反射神経良すぎだろ!
「さすが!あとは任せとけ!」
よし、まだ行ける。
三組のやつと差は殆どねぇ。
「
「佐野ぉ!負けるなぁ!」
吉田先生。見とけよ。
俺が一位を…
(ダンっ)
地面を蹴り上げる音。
……こいつ。
めちゃくちゃ速い。
「篠田ー!頑張れー!」
「行けるよー!」
篠田?
こいつが三組の陸上部か。
そんでさっきの克樹と走ってたやつがもう一人の…。
克樹はこんなやつらと互角で走ってたのかよ。
「くっ……そぉ!」
追いつかねぇ。
一定の距離で、この差が縮まらねぇ。
くそ……くそ…
すぐそこなのに…
届かねぇ…。
いつもそうだった。
欲しいものは目の前にあるのに…
何故か手に入らない。
こんなに近くにあるのに…
届かねぇ。
「…佐野!」
…はっ!
「負けるな!佐野ーーー!!!」
…星乃……?
佐野って…呼び捨て…。
「勝って…!勝って…!勝って…」
星乃…。
「勝って、焼肉行くぞー!」
…なんだよ……それ…。
力が抜けるじゃねぇかよ。
「佐野ー!!!俺の奢りだぁ!!!」
吉田先生?
あの人まで何言ってんだよ。
でも…
充分、力が出たぜ!
「おぉっらぁああああ!!!」
「…えっ?」
負けるかぁ!
「はぁ…はぁ…こいつ…速っ…」
「隼斗…まじかよ。」
克樹…
「流石、佐野だな。」
黒田…
「千葉の言う通り、佐野をアンカーにして正解だったな。」
吉村…
俺は…
今の俺は、絶対負ける訳にはいかないんだ。
何がなんでも、この瞬間を、今を、
今日が一位じゃなきゃ…
「駄目なんだよぉ!」
「抜かした!」
「いっけぇー!佐野くん!」
「うぉおおおお!!!」
いつもそうだった。
欲しいものは目の前にあるのに…
何故か手に入らない。
きっと…
足りなかったからなんだ。
思いが。
ただ欲しがってるだけじゃ…
届くわけ無かったんだ。
『付き合って下さい!』
『ごめんなさい!』
『……へ?』
『好きな人がいるの。』
杉原への気持ちは…
誰にも負けないと思っていた。
けど…
杉原に好きになってもらう為の努力は、
全然足りなかったんだ。
((ガタンっ))
ボールがバスケットゴールに弾かれる音。
『なにやってんだよ!隼斗!』
くっそー。
俺は肝心な時に、いっつもこうだ…。
『まだ…まだ三十秒ある!…頑張ろう!』
『何が頑張ろうだ!そんなの当たり前だって』
肝心な時に、いつも決められなくて…
誰かが決めてくれるだろうって、
どこか他人任せだったんだ。
けど…
「いっけぇー!佐野くんー!」
今の俺は違う。
自分の為だけじゃない。
誰かの為に勝ちたいって思ったんだ。
勝たなきゃいけないって、思ったんだ。
その気持ちが…
俺の気持ちを強くするって、分かったんだ。
(パサっ)
ゴールテープを切る音。
この瞬間…
今までに味わった事のない達成感。
全力で、夢中で、がむしゃらに突っ走った奴にしか見えない景色。
もう…
いいよな…。
(ドサッ!)
地面に倒れる音。
「佐野くん!!」
「隼斗!」
「……いっ…てて。」
あれ…急に力が抜けて…
「おい!佐野!大丈夫か!」
…吉田先生。
「隼斗!」
…克樹。
「佐野!」
「お前はやっぱすげぇよ!」
…黒田。吉村。
…みんな。
「へへ…。勢い余ってコケちまったぜ。」
「佐野…お前ってやつは…」
あれ…?
吉田先生…泣いてる?
「佐野くん!」
…星乃。
「…お疲れ様。」
「星乃。」
お前のおかげだよ。
「よっしゃー!一組、優勝だぁ!」
「先生…まだ女子の部が残ってるんすよ。」
「あはは。たしかに、克樹の言う通りだ。次は杉原を応援しなくちゃな。」
杉原…
見ててくれたかな。
「佐野くん、立てる?」
「あー、大丈夫!大丈夫!ちょっと擦りむいただけだ。」
「そっか。なら良かった。」
「ありがとな。星乃。」
お前との約束も、ちゃんと守ったぜ。
「うん!」
女子リレーの待機場所は…こっちか。
「佐野!」
あ!いたいた!杉原だ。
「杉原ー!見てたか?俺の走り!めちゃくちゃ緊張したんだけどよぉ…」
(ガシっ)
「……え?」
……どういう……こと…?
杉原が…
俺に抱きついて……
「…カッコよかったよ。佐野。」
「す……杉原…?」
やばい…。
あったかい。
すげぇ良い匂いがする…。
って……
なんで…?
状況が上手く掴めねぇ。
「す…杉原!おれ…汗臭い…かも…。」
「…あっ……ご、ごめん。私…。」
やばい…。
絶対に顔、真っ赤だ。
只今、熱が急上昇中です。
「次は、私が走るから…」
杉原…。
「ちゃんと見ててよね!」
…当たり前じゃん。
「…おう!頑張れよ!」
「じゃあね!」
杉原…。
びっくりした。
まさか杉原に抱き付かれるなんて、思ってもなかったから…。
それにしても、なんで…。
そういえば、杉原に抱き付かれるのって二回目だっけ。
あの時は、ばあちゃんの事があって、精神的に弱ってたからだろうけど…。
さっきのは…
純粋に受け取って良いのかな。
「あー、いたいた。佐野くん!」
あ、星乃。
「何してるの?そろそろ始まるよ!」
俺の中で、
ずっと前から消えないモヤモヤがある。
その原因は…
「星乃…」
「ん?なぁに?」
「…なんでもねぇ。」
お前なのかもしれない。
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