第37話 吉村 慶太

 グラウンド


「佐野、もうちょいバトン渡すタイミング速くできるか?」


「これ、けっこう難しいんだよ。」


吉村はスタートから飛ばすから、追いつくのでやっとなんだ。


「それからバトンを受け取る手は、右か左で決めておいた方がいいな。」


さすがはサッカー部のキャプテンだ。

色んなところに気がついてる。


「なぁ隼斗。」


「ん?どした?」


「やっぱりお前がアンカーの方がよくね?」


克樹はまた何言ってんだよ。

俺は第三走者って決まっただろ。


「アンカーは吉村だ。足速いし、スタートだって安定してる。」


「けどよ、ラストだけ走る距離長くなるだろ?だったらスタミナもあって足も速い隼斗の方が向いてるだろ。」


んー。

そうだけど…。


「それに、お前バトン渡すの下手すぎ。」


「はぁ?うるせーよ!」


「千葉の言う通りかもしれないな。」


黒田まで…。


「ちょっと順番いじってみない?」


「淳平がそういうなら…やってみるか。」


俺がアンカー?


一番緊張するじゃねぇかよ…。


「じゃあ、千葉の案でやってみようか。」


「えっと…まずスタートは吉村から。スタートダッシュが得意だし、最初から差をつけやすいからね。」


たしかに…。

克樹もよく分析してんだな。


「んで第二走者は黒田か。バトンの受け渡しがこの中で一番安定してる。」


「おっけー!」


ってことは…

次が克樹で、最後が俺か。


「そして俺から隼斗へ繋ぐ。俺たちは昔からの仲だし、息が合わせやすい。」


まぁ…

その方が俺もやりやすいか。


「こんな感じでどうかな?」


「さすが千葉だな!それならいけそう!」


「俺がスタートか。よし、任せろ!」


やっぱり、克樹がいるとチームがまとまる。

お前は凄いやつだよ。



 (キーンコーンカーンコーン…)


チャイムが鳴る。


朝から運動も悪くないな。

なんか清々しいぜ。


「あ、佐野。おはよ!」


杉原だ。


「おはよう!一走りしてきたぜ!」


「朝練頑張ってるみたいだね。」


「まぁなー。やるって言っちまったし。」


「そっか。…あ、そういえば今日、雫ちゃんが学校休むみたい。」


「星乃が?」


あいつ…またサボりやがった。


「また急用ですか…。」


「んー、なんかお家の事で忙しいみたい。」


そういや前も、お客さんが来てるとかなんとか言ってたような…。

星乃の家って、何してるんだ?

家は凄いでかいし。

そういや、星乃の父ちゃんは見たことなかったよな。


「まぁ…あいつが居ないと静かでいいや。」


「ふふ…寂しいんじゃないの?」


「だっ…誰が寂しいかよ!変なこと言うなよな杉原。」


「あはは!ごめんごめん!」


別に…あいつが居なくても…

何にも変わらねぇよ。


ただ…


少しだけ、退屈なだけだ。


「佐野!ちょっといい?」


「あー吉村。どうかしたか?」


「悪いんだけどよ、明日からサッカー部も朝練することになったんだ。だから練習は行けそうにない。ごめん!」


なんだ…そんなことか。


「全然いいって!むしろそっちの方が俺は有難いっつーか…。」


順番決めまで済んだんだ。

充分だろ。


それに、これで早起きしなくて済む。


「じゃあ悪いけど、そう言うことで!吉田先生には俺から言っておくよ!」


「おう!頑張ってな!」


あいつ、生き生きしてるな。


「そうだ!杉原、今日久しぶりに克樹と三人でベアバン行かね?星乃もいないことだし!」


「いいね!…でも、雫ちゃんがいないってのは余計だけどね。」


たまには昔の三人ってのもいいだろ。

俺は好きだなぁ。


「休んだあいつが悪いんだよ。ラーメンのときだって…。」


そういや…


結局ラーメン食べに行ってないな…。


テストとか…

そういうのですっかり忘れてた。


「じゃあ…千葉に言っておいて!」


「おう!わかった!」


その時は凄く楽しみにしてた事でも…

時間が経てば忘れるもんなんだな。


楽しみだけじゃない。


嫌なことや辛いことでも…

時間が経てば…

少しずつ忘れていく。


思い出すことはあっても…


俺もいつかは忘れられるのかな…。


そういやそんなやついたな…ってくらいにしか思わなくなるのかな。


なんか、そういうのって…


寂しいな。



 

 (キーンコーンカーンコーン…)


チャイムが鳴る。


「隼斗、ベアバン行くんだろ?」


「うん。杉原も一緒に…」


あれ?


杉原は?


どこ行った?


「あれ?…終礼のとき…いたよな?」


「んー、見てなかったわ。」


そういや終礼始まる前に、坂口先生に連れてかれてたような…


「生徒指導室か。」


とりあえず行ってみよう。



 生徒指導室前


杉原…何か悪い事でもしたのか?

いや、杉原に限ってそんなこと…


「隼斗、どうするんだよ。」


こんなところで考えてても仕方ねぇ。


中、入ってみるか。


よし…


ノックして……


(ガチャっ)


ドアが開く音。


あ…開いた。


…杉原!


「杉原!ここにいたのかよ。探した……」


あれ……?


「杉……原…?」


なんで……


……泣いてるんだ…?



「佐野………。」


「…どうしたんだよ。杉原…。」


坂口に怒られたのか?

でも……なんで……。


なんで泣いてるんだよ…杉原。


「佐野……おばあちゃんが……。」


「……え…?」


(ガバっ)


「…おばあちゃんがっ……あぁっ…うわぁあ」


杉原は泣きじゃくるあまり、

何を言っているのか聞き取れなかったけれど…


俺に抱きつき、泣き叫ぶ姿から…


俺は全てを悟った。

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