第29話 ベアーバンズ

 熱々の鉄板に乗せられた一枚のパティ。

肉汁がこれでもかと溢れ出てくる。

素早くヘラで裏返したら、

その上にモッツァレラチーズを乗せる。

すぐにトロトロにとろけ出すチーズ。

その一瞬を逃さず、ヘラでパティごとすくい上げる。

勢いはそのままに、開いたバンズに上陸させる。

そして、薄くスライスしたトマトと、瑞々みずみずしいレタスを一緒にパンで挟んだら…


「ベアーバンズ特製、チーズバーガーの出来上がりよぉ!」


(パチパチパチパチ…)


拍手の音。


「すげぇ…。作る工程、初めて見たぜ。」


やっぱりおっちゃんは凄いんだな。

改めて感心したわ。


「まぁ、ほぼ毎日作ってっから慣れたもんよ。チーズバーガーなら目瞑ってても作れるな!」


「いや、目は開けててほしいんだけど…。なぁおっちゃん。今年の夏休み、ここでバイトさせてほしいんだけど、いい?」


どうしてもこのチーズバーガーを、死ぬまでに自分で作ってみてぇ。


「あーいいとも。でも、バイトって言ったってホールの仕事だぞ?それでもいいのか?」


「えー、なんで?調理場がいいよ。俺もチーズバーガー作りたい。」


ホールなんて、可愛い女の子がやるからいいんじゃねぇかよ。

俺みたいな無愛想なやつがやっても駄目だ。


「まぁたしかに、隼斗がホールってのは向いてねぇかもしれないな。無愛想だし。」


おい…おっちゃん、自分で分かったんだ。

みなまで言うな。


「かといって、そんなすぐに作れるもんじゃあないんだ。…そうだなぁ、皿洗いからだな。」


「えー。皿洗いかよー。」


一番つまんねぇじゃん。


「文句言うな。昔の料理人は皆、最初は皿洗いくらいしかさせてもらえなかったもんだ。」


いつの時代だっつーの。

おっちゃんの時代だろ…それ。


「まぁ、まだ先の話だ。考えといてやるよ。」


「…ほんとかよ。」


「ほら、さっさと食え!冷めたら不味くなる」



自分の小遣いで、ベアバンに通うようになったのは中学三年生のとき。

その前から何度か行ってたんだけど、本格的に通い出したのは、部活を引退してからだ。


中学三年のときは、杉原もよく食べに来てたんだよな…。

教えたのは俺だったけど…

杉原があんなにハマるとは思わなかったな。


なんか、懐かしいや。



一年前…


ベアーバンズ店内


「あぁ…部活が無いとこうも退屈なもんかね」


毎日この店に来てる気がする。

どんだけ暇なんだよ。


「仕方ねぇだろ。俺らは負けたんだから。」


克樹、お前それ禁句。

結構落ち込んでるんだぞ…俺。


「あんなの…僅差きんさだよ僅差!あともう少し頑張れば…」


「ボロ負けだったろ。捏造ねつぞうするな。」


くそ…。

悔しい。


こうなりゃ爆食いしてやる。


「おっちゃーん!ポテトも追加ね!」


「あいよー!」


「おい、お前食えんのかよ。俺はもういらねぇぞ。」


「え?…まじ?」


やべぇ。勢いで言っちゃったよ。


「あー、おっちゃん…やっぱキャンセルで!」


「おいおい、もう油にぶち込んじまったよ。」


まじか…。


持って帰ろう。

悪いのは俺だ…。


「おじさん。そのポテトフライ、私買います。」


…え?


「結衣ちゃん!いらっしゃい!今日はチーズバーガーじゃなくていいのか?」


杉原だ。


「今日はポテトの気分だったので、ちょうどよかったです!」


杉原…ベアバン来るんだ。

一年のときは知らないって言ってたから、

驚いた。


「気つかわなくていいよ結衣ちゃん。あそこのガキが勝手に頼んでキャンセルしたんだから。責任持ってあいつに買わせるよ。」


ちょ…


「誰がガキだよ!」


「お前に言ってんだよ!このガキ!」


なんだと…この


「佐野?」


……あ、杉原。


目があった。


やべぇ…緊張してきた。


「なんだ。結衣ちゃん、隼斗と知り合いか?」


「はい。同じ学校なんです。千葉君も。」


杉原、おっちゃんと親しいな。

結構通ってんのかな。


「なんだぁ。克樹とも友達なのか!

それならちょうどいい!ポテトはサービスするから三人で食べろ!」


「え!いいんですか?嬉しい!」


え…いいの?

杉原…俺と克樹と一緒に食べるのか?


いや、これはチャンスだ。


「杉原、こっち座りなよ。」


退屈な日々に、光が差した。

杉原という、太陽の光が。


「ごめんね、千葉。勝手にお邪魔して…。」


「いいよ。俺はお腹いっぱいだから、二人で食べて。」


そういや、克樹と杉原が一緒にいるのって…

あんまり見慣れないな。


俺は一年の頃から、隣の席になる事が多かったけど…


「千葉って少食なの?」


「そうじゃないけど、チーズバーガーの味で終わりたいからさ。」


「あー、そういうことか!」


意外と話せてるな。


お互い人見知りがないのか。


てか、俺も杉原と喋りてぇ。


「杉原もベアバンよく来んの?」


「よくって訳じゃないけど…佐野に教えてもらってから、何回か来るようになったかな。」


「そ…そっか!」


嬉しい。

俺が教えたオススメの店に、杉原は来てくれてたんだな。

しかも、結構気に入ってくれてる。


これは…もう誘うしかない。


「あ…あの!」


やべ…改まり過ぎた。


「どうした隼斗。」


「あー、えっとー…」


杉原がめっちゃ見てる。


「もしよかったら…」


俺と……


「はい!お待たせ!ポテトフライね!」


「わぁ!ありがとうございます!」


おい!じじぃ!

何してくれてんだよ!

せっかく杉原を誘おうと思ったのに…


「じゃあ、ごゆっくり!」


人の邪魔すんなよ。おっちゃん。


「それで…さっき何言いかけたの?」


どきっ!


「あ…えーと…また暇な時にさ、三人で食べに来ようぜ。」


本当は、杉原と二人で行きたいんだけどな。


「…うん!いいよ!」


この時の俺には…そんな勇気は無かったんだ。







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