第22話 母ちゃん

 昨晩は前の日と打って変わって、

ぐっすりと眠れた。


…あれ?


母ちゃんだ。

珍しい。


「あら、隼斗。早いわね!」


「帰ってきてたんだ。仕事は?」


「荷物取りに帰ってきたのよ。」


「そうなんだ。」


母ちゃんの仕事は、よく分からないけど、

どっかのお偉いさんの秘書って言うか、

付き人って言うか…

なんかそんな感じだったっけ。


「あんた、朝ごはん食べる?」


「いいよ。急いでんだろ。トースト焼くけど、いる?」


母ちゃんの飯は、正直まずい。

そりゃそうだ。

料理なんて、全然しないからな。


「助かるわぁ。お母さん二枚ね!」


「はいはい。」


まぁ、金に困ってないからいいんだけど。

ちゃんと休んでんのかな…。


「そういえば、高校生活はどう?楽しい?」


「うん。まぁ…ぼちぼち。」


「何よぉ、ぼちぼちって。そう言えば克樹君は元気にしてる?」


「うん。クラス一緒だし、一昨日も遊んだ。」


「そう。相変わらず仲が良いのね。」


(チーン)


トースターの音が鳴る。


マーガリン無かったっけ…。

いちごジャムはあるな。


「なんかつける?」


「そのままでいいわ。ありがとう。」


そういや…

俺って、母ちゃんにあと何回会えるんだろ。


もうすぐ六月…。

残り十ヶ月か。


今度はいつ帰ってくるのかな。


「なぁ…母ちゃん。」


「ん?なぁに?」


「もし、一年後に自分が死ぬって分かったら…母ちゃんなら、どうする?」


わかんねぇよな。

そんなこと。


「んー、今と変わんないかな!」


「…え?」


「仕事辞めたらあんたを養えなくなるでしょ?それに、お母さん…今の仕事好きだし!」


何だよそれ。


「もっとやりたい事とかねぇのかよ。海外旅行したり、友達に会ったりとか…。」


「んー…、それはそうだけど…それって別に、仕事しながらでも出来るでしょ?」


母ちゃんって、欲が無いのかな…。


「強いて言えば…」


「なに?」


「あんたともっと、話がしたいかな。」


何だよそれ…。


「あら、そろそろ行かなきゃ!」


「…あ、いいよそのままで。俺やっとくから」


どこの親も変わらないのかもな…


「ありがとう。じゃあ行ってくるわね!」


どこまでいっても、

子供が一番大切ってことは。


「いってらっしゃい。」




一組の教室


「へぇー。隼斗がそんなこと…。」


「そうそう!それでね、それがすっごく美味しかったんだよねぇ…。」


「雫ちゃん嬉しそうだね!」


「え?そう?そうかなぁ〜。」


なんだ…?


星乃の声、廊下まで聞こえてくる。

克樹と杉原と喋ってんのかな。


朝から元気な奴ら…。


「あ、隼斗。」


「佐野!おはよ!」


「…え?佐野くん!?」


今日も変わらず、俺の好きなやつらがいる。


「おはよう!克樹、杉原…星乃。」


今日からまた、充実した一週間が始まる。


「隼斗、いつのまに星乃と遊んだんだよ。」


「しかも雫ちゃんの家に行ったんだって?」


「お前っ……!何勝手に喋ってんだよ…!」


「今度は結衣ちゃんと千葉くんもおいでよぉ!皆んなでゲームしよ!」


なんだよ星乃…。


俺はてっきり、二人だけの秘密なのかと…。


「あ、そういえば佐野くん、夜眠れた?」


「え?」


「私、一緒にお昼寝したから中々眠れなかったんだよね。」


……星…乃ちゃん…?


「一緒に……」


「お昼寝…?」


あー…克樹、杉原…。


「ち、違うんだよ!あれは…なんつーかその、疲れちゃったっていうか…えと…。」


「隼斗…お前手出すの早すぎ。」


「佐野って結構…積極的なんだね…。」


最悪だぁ…。


何笑ってんだよ星乃。

お前のせいだぞ。




(キーンコーンカーンコーン…)


チャイムが鳴る。


一限目は歴史の授業だ。

社会の授業全般は、このおじいちゃん先生こと上江田吉貴かみえだ よしき先生が担当している。


「そいじゃあ皆んな、教科書の十七ページを開いてください。」


よぼよぼ先生の授業は楽でいい。

サボってても、何にも言われないからな。


「なぁ星乃ー。この歴史上の人物達ってさぁ、毎日充実して死んだのかなぁ。」


「どうしたの?急に。」


「いや、こうやって教科書に載るくらい有名な人はさ…毎日楽しく過ごしてたのかなぁって」


昔はこんな風に授業中に友達と話したり、帰りにベアバン寄ったり出来なかったんだよな。


織田信長はそれでも、毎日楽しく過ごしていたのかな。


「教科書に載るってことは…少なくとも何かを成し遂げたり、皆んなが認めるような尊敬される人だったって事なんじゃないかな。」


皆んなが認める…尊敬される人。


「佐野くんは教科書に載りたいの?」


「馬鹿!ちげーよ!気になっただけだって。」


こいつは相変わらず馬鹿だな。


「つまりじゃ!この歴史の教科書には、先代様たちの生き様が記されている。いわば長い日記のようなものじゃ。」


日記…。


たしかに、西暦だったり、何があったのか詳細に記されている。

そして、いつ死んだのかも…。


織田信長って四十七歳で死んだんだ。

俺より長生きしたんだな。


戦国時代で、よくそこまで生き延びたもんだ。


なのに俺は…


この平和な時代で、何が原因か分かんないど、一年後に死ぬ。

正確には、あと十ヶ月しかねぇ。


俺は母ちゃんとは違う。

母ちゃんみたいに、今のままでいいなんて思えない。

どうせ死ぬなら…

後悔なんてしたくない。


歴史の教科書に載るくらい、大きな事を成し遂げて死にたい。

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