第18話 バナナ

 おやつは三百円までって…誰が決めたんだろう。

小学校から今にいたるまで、大人たちから口うるさく言われ続けた呪文の言葉。


おやつは三百円まで。


「三百円で何が買えるんだろう。」


コンビニで一人…ふと思う。


一番安いので十円か。

けど十円のお菓子じゃ心は満たされない。

かといって、高いお菓子を買えばその分、持っていけるお菓子の数は減る。


質と量のどちらを取るか。

難しい問題だ。


もしかしたら…

大人たちはそうやって、子供に対して選択肢を与えているのかもしれない。


「隼斗、まだか?」


「ちょ待てよ!もう決まったのかよ。」


克樹は質と量、どっちを選んだんだ?


「決まったも何も…俺はおやつなんて持って行かないよ。」


なんだと!?


こいつ…正気か?


「お前、お菓子嫌いだっけ?」


「いや、そう言う訳じゃないけどよ。」


じゃあなんだよ…。


「遠足に持って行くお菓子って、大体食べずに持って帰ってくるじゃん。」


…たしかに。


はりきって沢山買って、

リュックにパンパンに詰めて行くけど…

結局友達と話したり遊んでるうちに、食べるの忘れてて、ただの荷物になってる…。


そう言われてみれば、そうか…。


「じゃあ…俺もいいや。」


「なんだよ。欲しけりゃ買えばいいだろ。」


「お前の話聞いてたら買う気失せたんだよ!」


まぁいいや。

明日はバナナを持って行こう。



翌日


「あっちぃー。天気良すぎじゃねぇか?」


長袖の上着持ってきたけど、この天気じゃ要らないな。


「佐野くん!おはよー!」


「星乃、おはよ。」


あれ…星乃、今日ポニーテールだ。


「晴れて良かったね!」


なんか、見慣れねぇな。


「そうだな。」


「あ、千葉くん!おはよー!」


「おはよ。星乃、今日髪型いつもと違うね」


「そうなの!よく気付いたねぇ。」


あれ…星乃、なんか嬉しそうだな。


てか、髪型くらい俺も気づいてたし。


「千葉くんよく見てるねぇ。」


女子って、そういうの言ってくれた方が嬉しいのか…。


「おはよー!」


あ…杉原。


「結衣ちゃん、おはよう!」


結衣…ちゃん?


星乃…いつのまに下の名前で…。


てか…杉原も髪、結んでる…。


「おはよ、佐野。」


「おはよ。髪型…似合ってるな。」


「…え?」


あれ…なんか驚いてる。

てか、なんか顔赤くね…?


なんか…こっちまで照れてきた。


「あ…ありがとう。暑いから、結んできた。」


「そ、そうなんだ…。へぇー。」


やべぇ。

恥ずかしい。


「佐野くん、私の髪型には気づいてくれなかったのに、結衣ちゃんだとすぐ気づくんだね!」


「馬鹿っ!ちげぇよ…!言わなかっただけで、お前の事も気づいてたっつーの。」


「冗談だよ冗談!」


くっそ…。

まじでムカつく。




「では、ここから西公園まで歩きます。一組から順番に、二列で出発してください。」


そういえば、

学校行事って遠足が初めてだっけ。


星乃以外の、克樹と杉原は昔から知ってる奴らだし、あんまり新鮮味は無いな。


「佐野くん、おやつ何持ってきたの?」


でた。おやつ調査だ。

残念ながら、お前にやるおやつは一つも無い。


「どうせ余るから持ってきてねぇよ。」


「えー。そうなの?」


「それ、昨日俺が言ってた台詞せりふだね。」


「克樹、余計なこと言うなよ。」


「えー。せっかくおやつ交換しようと思ってたのに…。」


お前は小学生か。


「バナナならあるぜ?」


「なんでバナナ持ってきてんだ…お前。」


「じゃあバナナでいいよ。あとで交換しよ。」


「いや、いいんだ…雫ちゃん。」


杉原も星乃のこと、下の名前で呼んでる。

なんか聞き慣れねぇ。


「あ。そういえば今度、佐野が言ってたラーメン屋さん行こうよ!」


杉原、覚えてたんだ。


「ラーメン?いいねぇ!私も食べたい!」


やっぱり食いついたか。


「隼斗と行ったところか。あそこは美味かったよな。」


「明日とかどう?学校休みだし!」


杉原、結構積極的だな。

この前から何か吹っ切れたのかな。


「俺と克樹は空いてるぜ!」


「お前、勝手に決めんなよ。」


「どうせ暇だろ?行こうぜ!」


「わかったよ。…星乃は?」


「私も大丈夫!楽しみだね!」


よし。決まりだな。


今度はちゃんと、素直な気持ちで皆んなと遊びたいな。




西公園


やっと着いた。

結構遠かったな。


でも、皆んなと話してたら…

あっという間だった。


「お腹空いたねぇ。はやくお弁当食べよー!」


「星乃…」


「ん?…どうしたの?」


「バナナ」


「あはは。ありがとう!」


星乃…


一ヶ月前のあの日、俺は死にたいって思ってた


でも今は…

死にたいって思ってたことが嘘みたいに


すごく生きたいって思うんだ。


「はい、これ!」


「…ん?何だ…グミ?」


「おやつ交換しよって言ったでしょ?」


「…あぁ。でも俺、おやつなんか…」


「バナナくれたでしょ?だからあげる!」


「星乃…」


ほんの些細ささいな幸せだけど…


今の俺には、とても大きく感じるんだ。


「ん?」


「バナナはおやつじゃねぇぞ。」


「え?そうなの?」


「バナナはデザートだろ。」


「あはは。どっちだっていいよ!くれたから、お返しだよ!それとも、バナナ一本でグミ一個じゃ足りない?」


この些細な幸せが…


「いらねぇよ。」


ずっと続いて欲しいって思うんだ。


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