第17話 水谷 若菜

 本に触れる。


たくさんの本を読む事で、その人の経験を吸収することが出来る。


「そして、新たな道が切り開けるのだ…。」


「あのさぁ…声に出して読まないでくれる?」


「あ、ごめん…杉原。俺、読書って苦手でさ」


第一、図書室って何でこんなに静かなんだ。

これじゃあ逆に、いろんな音が気になる。


それにしても…皆んなよく静かに本なんて読んでられるよな。


「佐野!」


「あ、はい!」


「読書は集中力を高める効果もある。黙って本の世界にひたれ。」


現代文の吉田先生。

強面こわもてで、ヤクザみたいな眼鏡をかけている。

俺はあんまり好きくない…。


「ふふふ…。」


あ、今誰か笑った。


さては星乃だな。

あいつ、また俺のこと馬鹿にしやがって。


どこだ…。


あれ?


あいつ…真剣に本読んでる。


「ふふふ…」


まただ。

てか、俺の目の前から聞こえた。


「…ふふっ。…ふふふ。」


水谷…?


影薄くて全然気が付かなかった。


「水谷…そんなに面白かったか?」


こいつが笑ってるの…初めて見たかも。

てか、話しかけるのも初めてじゃね?

同じ班だけど。


「……え?…ご、ごめん。もしかして……私に話しかけてた?」


水谷って、お前しかいないだろ。


「うん。笑ってたから…そんなに俺が怒られたのが面白かったのかなぁって。」


「ご…ごめん。私ったら…本に夢中になっちゃって、それで…面白くてつい…。」


本に夢中になってたって…


お前、読んでる本…


ホラー小説だぞ…。


変なやつ。


「水谷は読書嫌いじゃねぇの?」


てか、どっちかというと好きそうだな。


「私は本が好きだから…読書は大好き。」


やっぱりな。

思った通りだ。


「そっか。じゃあこの授業、最高だな。」


「佐野…。水谷さんの邪魔しないの。また吉田先生に怒られるよ?」


たしかに、杉原の言う通りだな。


けど…皆んなはどんな本を読んでるんだろ。


杉原は、社会人としてのマナーについて…か。

やっぱちゃんとしてるな。

克樹はどうせ、バスケの本でも読んでるだろ。


そういや、星乃のやつ…

あんなに一生懸命、何読んでるんだ?

本返しに行くついでに見てみるか。


じーーっ。


「……なぁにぃ?佐野くん。」


バレた。


「何真剣に読んでんだよ。」


らしくねぇ。

読書なんてする柄じゃねぇだろ。


「だってさぁ…この絵、一つの絵が二つに見えるらしいんだけど…どうしても一つしか見えなくて…。」


「トリックアートかよ!」


真剣に読書してると思ったら

トリックアート見てただけかよ!


そりゃあ真剣になるわ!


「おい、佐野!うるさいぞ。さっさと席に戻りなさい。」


先生、こいつを注意して下さい!

トリックアートを見てます!


なんだよ星乃のやつ。

紛らわしい事しやがって…。


やっぱり克樹はバスケの本か。

本当バスケ好きだな、こいつは。


「…なんだよ。」


「いやー?何読んでんのかと思って。」


「また叱られるぞ。はやく戻れよ。」


「はいはい…。」


皆んな真面目だねぇ。


絵本でも読もうかな。


「先生ちょっと職員室へ行ってくるから、静かに読書を続けるように。」


お、ラッキー。


どうぞごゆっくり行ってらっしゃいませ。


さて、間違い探しでもしますか。


「佐野…小学生じゃないんだから。」


「杉原も一緒にやろうぜ!間違い探し!」


先生が見てないんだ。

こんなの、やりたい放題だろ。


「水谷もやるか?間違い探し!」


やらないか。


「…え。いいの?」


やるんかいー!


絶対やらないと思ってた。


隣の田村は…


哲学…?


なんか、真剣そうだし…

誘うのやめよ。


「じゃあまず最初のページな!」


なんか…こういうの、めっちゃ楽しい。


「あ…あった。」


「凄い!水谷さん早い!」


間違い探しって…

今やっても楽しいもんなんだな。


「あ…ここも違う。」


「水谷、お前凄いな!才能あるんじゃね?」


「才能なんて無いよ…。ただ毎日、本を読んでるから普通の人より目で追うスピードが速いんだと思う…。」


なるほど。

でも、それはお前の才能だよ。

俺には到底、真似出来ないからな。


「あ!見っけー!こことここが違う!」


杉原も楽しそうじゃん。


「杉原さんそこ違うよ。正解はこことここ。それからここも違う。」


水谷…けっこうガチじゃん。


(ガラガラ…)


ドアが開く音。


「やべっ、先生来た…!」


本、返さなきゃ。


「佐野、お前まだ本選んでたのか。」


「あ…いやぁ、もう読み終わったんすよ。内容が面白くて…。」


「そうか。じゃあこの後の読書感想文が楽しみだなぁ。」


…え?


なにそれ、聞いてない。


「皆んな、あと十分したら教室に戻って、各自読書感想文を書いてもらう。」


おいおい…嘘だろ。


俺、間違い探ししか、まともにやってねぇよ。


こうなりゃ十分で読み終わる本を探すしか方法はねぇ。


十分で読み終わる本…


十分で読み終わる本…


あ…


あった!


「十分で読み終わる本」

そのまんまじゃねぇかよ!


ラッキー。これなら間に合いそうだな。

よし、さっさと席に持って行って…


(ガシっ)


本を掴む音。


「……え?」


あれ…


俺の手の上に、もう一つの手が…



「……あっ」



星乃…そういやお前もだったな。

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