第11話 好きな人

 「佐野くんは、好きな人いるの?」


星乃雫。

こいつに悪気がないことは分かっている。

そんなことはどうでもいい。

俺は、こいつが憎い。


たしかに、何も説明していなかった俺が悪い。

入学式の日、俺が杉原に告って振られたこと。

杉原の好きな人が克樹だってこと。

克樹は、俺が杉原に好意を抱いていることを知っているということ。


そして今、この状況だ。


お前は超難問を無意識のうちに、次々とクリアしてしまっている。

解いてはいけない問題もあるんだ、星乃。


俺の好きな人…それは、ここでは決して聞いてはいけない質問だ。


「ねぇ、聞いてる?」


「あ、あー…私、ちょっとトイレ行ってくる」


杉原…。ごめん。

こいつのせいで、気を使わせてしまった。


あとは…


「克樹、お前もトイレ行ってこいよ。」


「は?なんで?」


いいから行け!

俺はこいつに説明しなきゃなんねぇんだ!


「ほら、杉原ひとりじゃ危ないだろ!」


「…意味わかんねぇ。」


「いいから行けって!」


強引だが、仕方ない。


「私、変なこと聞いちゃったかな?」


「はい、そうです!!!」


よく分かりましたねー。


「いいか?一度しか言わねぇからよく聞け。

杉原と克樹は今いい感じなんだ。本当だったら今日は二人で来たかったはずだ。」


「え!?そうなの?」


「話は最後まで聞け!しかし、まだお互いに気持ちを確かめ合っていない。そこへお前が変な質問をするとしよう。どうなると思う?」


「佐野くんが好きな人を言うだけでしょ?」


違うー!

まぁそうなんだけど…。


「俺がもし、好きな人を言うとするだろ?そしたら次、お前は杉原に同じ質問をする。するとどうなる?」


これでわかるだろ。

さすがの星乃でも…


「私が聞きたいのは佐野くんの好きな人だよ」


あー、もう…だからぁ…


「俺は杉原のことが好きなんだよ!」



あ…



言ってしまった。



そんなに驚くなよ。


「…そ、…そうなんだ。」


「意外かよ。」


これでもう分かっただろ。

もう杉原の前で、この話はするな。


「気持ち…伝えたの?」


なんだよ。

もういいだろ。


「伝えたよ。でも…駄目だった。」


これ以上…傷口をえぐらないでくれ。


「そっか……。」


「俺…帰るわ。」


「…え?」


「克樹たちには、家の用事って伝えといて。」


「…佐野くん。」


「じゃあ。」


やっぱり…来るんじゃなかった。




「あれ?星乃…隼斗は?」


「あ、あー…なんか、予定があるみたい!二人には、ごめんって言ってた。」


「そうなん?」


「……佐野。」




だっせぇ。

今の俺…めっちゃダサいよな。


星乃は何も悪くないのに、八つ当たりみたいになっちまったな。


明日、ちゃんと謝ろう。


って、明日学校ねぇじゃん。

てか…連休だからしばらく会わないのか。


今日が、最後だったのか。


そういや星乃の連絡先、俺知らねぇや。

たしか克樹は知ってたよな。


でも…直接謝りたいな。


今から戻ったら、間に合うかな。

だいぶ歩いてきたからな。


でも、杉原に会うのは…気まずいな。

向こうも、気まずいだろうな。


「佐野くん!」


「…え?…星乃?」


あいつ…ここまで追いかけてきたのか。


「はぁ…はぁ…」


だいぶ走ってきたんだ。

息が切れてる。


「佐野くん…はぁ、さっき…は…。」


星乃…。


お前は謝らなくていい。


「星乃!」


俺が悪かった。


「さっきはごめん!!」


言えた。

ちゃんと…素直に。


「…佐野くん。」


俺はいつも、星乃に酷いことばかり言って…

自分が悪いって分かっているのに、素直になれなくて。

誰かのせいにして、自分を正当化してる。

俺は…ダサい。


「俺…自分でも分かってるんだ。こんなんじゃ駄目だって…。」


あの日から、ずっとそうだ。


星乃はあの日、俺にチャンスをくれた。

もう一度生きるチャンスを。

俺が変わるチャンスを。


なのに俺は…あの日から


何にも変わってねぇ。


少しも変わろうとしてねぇじゃねぇか…。


「ごめん…星乃。」


「変わったね!」


え?


「佐野くん、前より人間らしくなってる。」


「人間らしく…?」


「怒ったり…嫉妬したり…悩んだり…反省したり…そういうのって、人間だから感じるんだと思う。」


人間…だから。


「誰かを好きになるのも、誰かに好きになられるのも、人間らしくていいと思う。」


人間らしく…か。


「私が知らない佐野くんが、段々と見えてきただけなのかもね。」


そうだよ。

星乃は俺のこと、何も知らない。


俺も星乃のこと、何も知らない。


「そんなの…お互い様だろ。俺だって、お前のこと…全然知らない。」


だって…出会ってまだ一ヶ月だぞ。


「だから知りたいんだ。佐野くんのこと。」


「え?」


「佐野くんのこと…もっと知りたい。」


俺のこと…か。


だから好きな人も…。

単純に、気になってただけなんだよな。


「…はぁ、…はぁ…。」


…星乃?


「…はぁ、……。」


(バタンっ)


おい…どうしたんだよ。


「星乃…?」


なに寝てんだよ。


「星乃!?…星乃!!!」



星乃は俺の目の前で、眠りにつくかのように倒れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る