第9話 焼きそばパン

 右手の拳が痛い。

殴った方も、こんなに痛いんだ。

本気で殴ったことなんてなかったから…


初めて知った。


「佐野くん!!!」


星乃…。


「うっ…うっ…うぇっ…痛ぇよぉ…。」


こいつ…何泣いてんだよ。

泣きたいのは星乃の方だろ。


「私は大丈夫だから。もうやめて…。」


星乃…。

お前がそう言うなら…。


「こらぁ!何してる!!」


教育指導の坂口。


「佐野!お前がやったのか?」


「先生…佐野くんは悪くないです。私の為に…」


「とりあえず、生徒指導室まで来なさい。」


何やってんだよ。俺…。




 生徒指導室


「なるほど…それで手を出したのか。」


いいよ。別に。

分かってもらえなくて…。

自分でもよくわからないんだ。

なんであそこまで怒ってたのか。


「まぁ、三年生をボコボコにするとはな…お前もかなりやるなぁ。」


「説教するんじゃないんですか?」


「褒めてんだよぉ。お前は、星乃を守るために殴ったんだろ?」


守る…?


「立派なことじゃねぇか。それに、年上相手によく行ったな!」


星乃を…守る為に。


そっか。

無意識のうちに、俺は星乃を守ろうとしてたのか。


いて言うなら、三発はやり過ぎだな。」


「あの時は、自分でもよく分からないくらい…怒ってた。」


自分の事じゃねぇのに、すげぇむかついた。

気づいたら、殴ってた。


「なら、今度からは星乃に触れさせないようにお前が守んなきゃな。」


俺が…守る。


星乃を…?


「別に…そういうんじゃないっすよ。」


ただ…


「まぁまぁ。それに、殴った分だけお前の拳も傷つくからな。」


「痛っ…。」


あんまり強く握んなよ。

まだ、痛ぇんだ…。


「次からは、気をつけます…。」


これでいいかよ。


「よし!もう行っていいぞ!三年には、俺からしっかりと言っておくからよ!」




(キーンコーンカーンコーン…)


チャイムが鳴る。


坂口と話してたら昼休み終わっちまった。

結局何も食べてない。


(ガラガラ…)


教室のドアを開ける音。


誰もいないのか。

そういや次の授業、移動教室だっけ。


「佐野くん…!」


星乃…。

いたのか。


「手…大丈夫?」


「あー、全然平気。気にすんな。」


そうだよ。

星乃が気にすることじゃない。


「ごめんね。私の為に…」


「なんでお前が謝るんだよ。悪いのは三年の奴らだろ。」


星乃は何も悪くない。

そんな顔すんな。


「すっきりしたぜ。あいつらもうビビって近づいてこねぇよ。」


「…ありがとう。佐野くん。」


別に…俺が勝手に殴っただけだろ。


「あ、そうだ。佐野くん、お昼食べてないよね?」


「うん。坂口の話が長くてさー…」


「はい、これ…食べて。」


これは…焼きそばパン?


「これ…売店の…?」


「佐野くんの分も買っておいた。」


星乃…。


本当は、俺が奢るつもりだったのに。


「ありがとう。今度は俺が奢るよ。」


「いいよそんなの。遠慮せず食べて!」


違うんだ、星乃…。


貰ったから返すとかじゃなくて…


俺は星乃に、買ってあげたいって思ってんだ。


「うんまっ…!初めて食った。売店のやつ。」


「でしょ!焼きそばのソースが凄く美味しいんだよね。」


星乃…ありがとう。


すげぇ美味しい。


自分で買っても、こんなに美味しく感じなかったんだろうな。


この美味しさの中には、きっと…

嬉しさも混ざってるから。


(キーンコーンカーンコーン…)


チャイムが鳴る。


「あ…!五限目のチャイムだ。どうしよう。」


「行くぞ!星乃!」


俺の描いてた高校生活は…

隣に杉原がいて、

周りに克樹や友達がたくさんいて…

平凡だけど、充実した日々を想像してた。


だけど現実は…

隣には杉原はいなくて、

親友の克樹には、好きな人を取られた。

友達なんて、そんなにすぐ出来るもんじゃないって分かってる。


けど今は、俺のことを思ってくれてるやつが、すぐ隣にいる。

こいつの為に、何かしてあげたいって思える。

こいつが困ってたら、

助けてやりたいって思う。


まだ始まったばかりだけど、俺は…


今日までしっかり、充実した日々を送ってるって実感がある。


その証に…俺は笑ってる。


「佐野くん!笑ってる場合じゃないよー!」


「一緒に遅れるなら怖くないだろ?」


そうだよ。


一人じゃないんだ…。




「こらぁ!!遅刻だ!遅刻ー!」


「「すみません!!!」」


まぁ、こういうオチだろうと思ってたけど。


「しばらく廊下に立ってなさい!」


(ピシャっ)


教室のドアが閉まる音。


「はぁ…。私、廊下に立たされるの初めてだよぉ。」


「そっか。良かったじゃん。新しい経験が出来て。」


「良くないよー。授業受けれないじゃん。」


「いいんだよ、授業なんか受けなくったって。教科書見れば書いてあるんだし。」


「そう言う問題じゃないよぉ。」


「あ、そうだ…」


そういや焼きそばパン、まだ残ってるんだった。


「ほれ、お前も半分食べるか?」


「佐野くん!見つかったら怒られるよ。」


「大丈夫だって。授業中に廊下で食う焼きそばパンなんて、この先絶対に味わえないぜ?」


「それは…そうだけど…。」


どうせなら、後悔したくないからな。


「じゃあ…ちょっとだけ…。」


星乃って、結構ノリがいいやつだな。


「ほらよ。」


この瞬間は、絶対忘れない思い出になるんだろうな。


「いただきます。」


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