第8話 感情

 結局、病院はその日に退院出来た。

まぁ擦り傷だけで、検査の結果も問題無かったから当たり前だ。


だから今日も、俺は学校に行かなくちゃいけないんだ。



「お!来た来た。もう大丈夫なのかよ!」


「擦り傷だって言ってんだろ。入院なんて御免だ。絶対やだね。」


それと同じくらい、学校も行きたくなかったんだけどな。


「佐野…。」


杉原…。


「おはよう。」


「あ、おはよう。」


杉原から挨拶してきた。


でも…やっぱり気まずい。


そういや、星乃はまだ来てないのか。


「ねぇ、千葉。昨日言ってた漫画…持ってきてくれた?」


「あぁ、ちゃんと持ってきたよ。」


なんだよ。

お前ら。

俺のおかげで順調そうじゃん…。


杉原も嬉しそうだし。


「あ、おはよう!佐野くん!」


この声は…。

星乃雫。


「千葉くんと杉原さんも、おはよ!」


「おはよう。」


「おはよう。星乃さん。」


よかった。

今日ほど星乃の存在が有難いと思った日はねぇ。


「おう。遅かったじゃねぇの。」


これで少しは気がまぎれる。


「なにー?もしかして私の事待ってた?」


やっぱこいつはムカつく。


「ちげーよ。いつも俺より早く着いてるだろ。だから言ったんだよ。」


「佐野くんって意外と私の事見てくれてるんだね。」


「何言ってんだお前。馬鹿じゃねぇの。」


どうなったらそういう考えになるんだ。

自意識過剰にも程がある。


「なんだぁ。違うのかぁ。残念…。」


まったく、こいつはよく分からねぇ…。


「隼斗、星乃と仲良くなったみたいだね。」


「どこがだよ!!」




(キーンコーンカーンコーン…)


チャイムが鳴る。


トイレ間に合ったー。

もう少しで漏れるところだったわ。


「それにしても、今年の一年は可愛い子が多いよなぁ。」


「さっき俺、目合ったぜ?」


なんだ、三年のやつらか。

皆んな飢えてんだな。


「あとでちょっと見に行こうぜ!」


「そうだな!先輩に挨拶させないとな!」


何言ってんだ。こいつら。


くだらねぇ。




 「佐野くん、次移動教室だよ!」


「そっか。んじゃあ一緒に行くか。」


「え?…いいの?」


あれ…。

俺、変なこと言ったっけ?


「珍しいー。いつもだったら、なんでだよぉ!とか、うるせーとか言うのに。」


俺ってそんな感じだったんだな…。


「いいから行くぞ。」


「あ、待って!」


そういや俺って、星乃に冷たく当たってたのかもしれない。


いつも邪魔者扱いして、

優しくしてくれてんのに突き放したりして、


こいつの事…考えてなかった。


「星乃…」


「ん?どうしたの?」


「俺さ…本当に死ぬのかな?」


なぁ星乃…


「どうしたの?佐野くんらしくないよぉ。」


俺って最低だよな。


「いや…やっぱなんでもねぇ。」


俺みたいなやつ…杉原が好きになるわけねぇよな。


「人は誰だって、いつかは死ぬよ?」


そんな事は分かってんだ。

分かってるけど…


「人って何のために生きてるんだろうな…。」


俺は自分に、生きる意味を見つけられない。


「こうやって毎日、学校行って勉強して、誰かと話して、恋愛して…」


「…佐野くん。」


「俺って生きてる意味あるのかなぁ?」


なぁ、星乃…

教えてくれよ。


俺は何のために生きてるんだ?


残りの一年間、何のために生きればいいんだ?


「私は佐野くんに、生きてて欲しいって思ってるよ。」


「え…?」


「だからあの時、全力で引きとめたんだよ。」


お前は俺の寿命が見えてんだろ。

どうせ死ぬって分かってるやつを…なんで。


「誰かが君に、生きてて欲しいって思うなら…

それだけで君は、生きてる意味があるよ。」


「…誰かが。」


「佐野くんの場合、千葉くんや杉原さん、それと私だねっ!」


克樹…杉原…星乃。


皆んな俺に、生きてて欲しいって思ってる…。


そうだ。

俺が倒れた時、

克樹は一番に駆けつけてくれた。

杉原は俺の為に泣いてくれた。

そして、星乃はいつも…俺のことを思ってくれてる。


それが、俺の生きている意味。


自分の為じゃなく…誰かの為。


「誰かを思うことが、俺の生きる意味…。」


「おぉ。それいいね!かっこいいじゃん!」


難しいことじゃない。

ただ…大切だと思う人を、一生懸命思えばいいんだ。


「星乃…いつもありがとな。」


お前のおかげで俺は、今日も生きていられる。


「こちらこそだよ。」




(キーンコーンカーンコーン…)


チャイムが鳴る。


「星乃、売店行くか?」


「うん!いこいこー!」



「なぁ千葉。」


「どうした?田村。」


「最近佐野のやつ、星乃と仲良くないか?」


「最初はあんなに毛嫌いしてたのになぁ。でもあいつはそういう奴なんだよ。食わず嫌いって言うか負けず嫌いって言うか。」


「ちょっと捻くれてるところあるよな。」


「ちょっとじゃねぇよ。だいぶな…。」




今日は何食おうかな。

パンは飽きたなぁ。

米が食いたいな。


「星乃は何にする?」


「私は焼きそばパンにしようかなぁ。」


「ふーん。…じゃあ俺もそうしよう。」


結局パンじゃねぇか。

まぁいいか。


「佐野くんってパン好きだよね。」


「焼きそばパンは、ほとんど焼きそばだろ。」


「あはは。違うよー。パンだよー。」


なんか、楽しいな。

こいつといるのも悪くないか。

今日は、奢ってやろうかな…。



…あれ?

さっきの三年…


こっち近づいて…




(バサっ)


「……え?」


「きゃあっ!」


星乃…。



「うっわー。惜しいー。」


「おいー、しっかり狙えよマサキ!」


こいつら…


星乃のスカートを…


「もうちょいだったのになぁ。」


「ガード硬ぇー。……!」




(バキっ)



「いっ…ってええええええ!」


「おいマサキ…大丈夫か?」


「こいつ、殴りやがった!」



ふざけんな。


「…佐野くん!」


(バキっ)


ふざけんな。


「わ…悪かったって!…ひっひぃ。」


ふざけんなよ。


(バキっ)


「おい…誰か止めろよ!」


「やばいよ…先生呼んでこい!」


お前ら…


「佐野くん!!!」


死ね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る