第6話 熊谷 勇

 「チーズバーガー下さい。」


「三百円ね!まいど!」


バーガーショップ「ベアーバンズ」。

略してベアバン。みんなそう呼んでる。

店長兼オーナーはこの髭もじゃのおっちゃん。

熊谷勇ぐまがい いさむ

俺の通う高校のOBで、昔はやんちゃだったらしい。


俺が小学生の時から店はあったから、もう十数年経ってるのかな。


この最高に美味いチーズバーガーが三百円で食べられるのは、この店のおっちゃんが元々うちの高校の生徒で、学生でも気軽に買えるように値段を下げてくれているからだ。


「隼斗。高校生活はどうだ?充実してるか?」


「充実してたらこんな所に一人で来ねぇよ。」


そうだ。

本当なら今頃…

杉原と二人でデートして、

帰りにこの店に寄って、

二人でチーズバーガーを食べてるはずなのになぁ。


「そういや最近、結衣ゆいちゃん見なくなったな。確か同じ高校に行ったんじゃねぇのか?」


おっちゃん。

その名前いま禁句。


「杉原なら元気っすよ。高校入って、味の趣向が変わったんじゃないっすか。」


それにしても本当に一年後、自分が死ぬなんて思えないくらい平凡な毎日だな。

こうやって皆んな死んでいくのかな。

病死だけは嫌だなぁ。苦しそうだし。

せめて眠るように死にたいぜ。


「すみません。チーズバーガーを一つお願いします。」


やっぱ人気なんだな。

夏休み、ここでバイトしようかな。

そしたら毎日チーズバーガー食える…


「おぉ!結衣ちゃん!久しぶり!」


…え?


「お久しぶりです。おじさん。」


ええええええええええええええええ!!?


杉原!?


「佐野?来てたんだ…。」


中学卒業してから来なくなったと思ってた。

なんでこのタイミングで…。


「お…おう。」


「ちょうどいま隼斗と結衣ちゃんの話してたところなんだ。まぁ、座って!今作るからね!」


おっちゃん。

空気を読め。

明らかに気まずい空気が流れてるだろ。


「ほんと好きだよね。ここのチーズバーガー」


やばい。

杉原が隣に…。


「ま…まぁね。ここの食ったら、他では食えなくなるっつーか…。」


杉原が隣に座ってる。

落ち着け。落ち着け…俺。


「だよね!私も一緒!ここのチーズのとろけ具合が最高なんだよねぇ。」


あ…一緒だ。


『あそこのチーズバーガーは最高に美味いんだよ!チーズの絶妙なとろけ具合と、肉厚でジューシーなパティがベストマッチしてて…』


杉原も、俺と同じこと思ってたんだ。

なんか、嬉しい。


「お肉も食べ応えあっていいよね!」


「それ!めっちゃわかる!チーズに負けないくらい肉が主張してて、お互いが競い合ってるライバルみたいなんだよな!」


「あははは!何それ、どういう意味?」


笑ってる。

杉原が…笑ってる。

昔みたいに、話せてる。

楽しい。


「おいおい、お前らそんなに褒めてもポテトくらいしか出さねぇぞ?」


「え?いいんですか?やったー!佐野も一緒に食べるよね?」


「あ、あぁ。もちろん!」


あぁ…。

幸せだ。

もう二度と話せないと思ってた。

このまま目も合わさずに、ただのクラスメイトから他人になって行くと思ってた。

おっちゃん…ありがとう。

神様…ありがとう。

俺はもう、死んでもいいです。


「はい、お待たせ!チーズバーガーと大盛りポテトフライ!」


「わぁ!ありがとうございます!」


可愛いなぁ。杉原。

やっぱ俺、杉原のこと好きだわ。

振られたけど、そんなの関係ない。


「美味しい〜!」


この笑顔の隣に居られれば、それだけで充分だって今は思う。




 「ごちそうさまでした!」


「おっちゃん、今日も美味かったぜ。」


「ありがとよ。結衣ちゃんも、また食べにおいでな!」


「はい!」


杉原、この後どこ行くんだろ。

予定とかあるのかな。


とりあえずは、行く方面が一緒みたいだな。

この際、話せるだけ話しとくか。


「杉原…」


「ん?」


本当のところ、どう思ってんのかな。

普通に接してくれているとはいえ、

俺は杉原に告って、杉原は俺を振った。

本当のところ、どう思ってんのかな。


「杉原はさぁ…あの時、好きな人がいるって言ってたよな。」


あれ?

俺、何言ってんだ。


「そいつとは、上手くいってんの?」


俺が聞きたいのはそんな事じゃないだろ。


「実はね…」


あぁ…聞きたくない。

耳を塞ぎたい。


「私…千葉の事が好きなの。」


「………え?」


杉原…


今なんて…?


「ごめん、聞こえなかったわ。風の音がうるさくって…」


何言ってんだ。


聞こえただろ。


二度も言わすな。


「私…千葉のことが好きなの。」


終わった。


杉原の口から、一番聞きたくない言葉を二回も言わせてしまった。


最悪だ…。


「昔ね、佐野と千葉と私の三人で、さっきのお店に行ったの覚えてる?」


覚えてるよ。

だって、すげぇ嬉しかったから。


「昔から一人でいることが多くってさ。皆んなで居るのが苦手だった…。そんな私を千葉は誘ってくれた。嬉しかったんだ。」


そうだったんだ。

あいつ…優しいからな。


「それでね…私、千葉に告白しようと思うんだけど…。」


……え?


なんだよこの急展開…。


聞いてねぇよ。


「…どうかな?」


どうかな?って…

俺に聞かないでくれ。

頼むから、俺だけには聞かないでくれ。


「佐野、千葉と幼馴染みじゃん?私の事とか、何か言ってなかった?」


言うわけないだろ。

あいつは、俺が杉原の事好きだって気づいてるんだぞ。たぶん。


「杉原がそうしたいんだったら、そうすればいいんじゃない?」


「…佐野。」


「俺は伝えたいって思ったから、杉原に告ったよ。」


最悪だ。

なんで好きな人の恋愛を応援しなきゃいけないんだよ。


「じゃ、俺帰るわ!」


杉原がずっと見てたのは、

俺じゃなくって克樹の方だったんだな…。


なんか…笑える。


「佐野!!危ない!!」


「え?」


(ガシャーーン)


その時、神様は俺を見放した。

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