キラキラした世界
もう秋も終わろうとしてる時期だったが、雨はそこまで冷たくなかった。思ったよりも優しく顔に打ち付けてくる水滴が、逆に気持ちいい。
「濡れちゃうよ?」
「紗衣先輩、毎日つまんないんだよね?」
「そう、だけど……」
「じゃあさ、いつもと違う事、してみたらいいんだよ」
紗衣先輩のもう片方の手も取り、輪になって子供のようにぐるぐると回る。
「わっ!」
「ほらほら、楽しくなってきたでしょ?」
俺の行動に振り回されている紗衣先輩が可愛くて、思わず笑い声がもれた。それに照れたように、はにかむ彼女の愛らしさに、今度は俺が動揺する。
でも、伝えたい事があったから、俺はちゃんと声が届くように、少しだけ大きめな声でしゃべった。
「そっち側とかこっち側とか、関係ない」
繋いだ手をそのままにして、俺達は立ち止まる。
「楽しくないんだったら、その世界ごと、変えちゃえばいい」
思わず手に力が入ったが、紗衣先輩は気にする素振りも見せず、水を滴らせながら、じっとこちらを見ていた。
「紗衣先輩の世界は紗衣先輩だけのものだ。だからいつだって、紗衣先輩の願う通りに動けば、作り変えられる」
俺も昔、なんで俺だけこんな目に遭うんだって、思ってた。それが積み重なって爆発して、声に出した。『いい加減、やめろよ!』って。そしたら、世界が変わった。
それでわかったんだ。
自分で動く意味が。思ってるだけじゃ変わらないって事も。
目を見開く彼女を見ながら、俺はちょっと恥ずかしい言葉も付け加えた。
「もしまた取り残されたって思う時が来たら、俺がまた、紗衣先輩の手を引っ張るから」
この言葉は俺の願望。いつだって彼女の手を引くのは自分でありたいと思う、俺の欲望。
そんな俺に、紗衣先輩は寂しげに微笑みながら、呟いた。
「私ね、湊くんの事、嫌いだったの」
嘘だろ。俺、失恋したじゃん。
いつかこんな日が来るとは思っていたが、まさか今だなんて考えてなくて、言葉が出てこなかった。
「湊くんだけじゃなくて、私の周りにいるみんなを、嫌ってた」
紗衣先輩の言う『嫌い』の意味が違う事がわかった気がしたが、雨脚が弱まったのを感じながら、続きを待った。
「楽しそうに笑う顔がキラキラしてて、憎らしかった。でもそれは、私がみんなを羨ましいって思ってたから、そういう風に見てたんだなって、今、わかった」
繋がったままの手を、紗衣先輩がぎゅっと握ってくる。
「特にね、湊くんと最初に会った時は、追加で進路指導された直後で。『みんな目標が決まってるのに横山だけ決まってない。秋の進路指導面接までにちゃんと決めとけ』って言われて、ものすごく、イライラして。だからね、ひどい事言って八つ当たりした。ごめんなさい」
そんな事あったか? なんて考える俺に、紗衣先輩が頭を下げようとするから、手を引き寄せ止めた。
「なに?」
「いや、頭なんて下げなくていいから。それに俺、紗衣先輩にひどい事言われた記憶、ないんだけど……」
「わざとね、男の子? って確認したんだけど、覚えてない?」
あ、覚えてる。あれ、わざとだったんだ。
「……覚えてます。確かに傷付きましたけど、言われ慣れてるんで、いいですよ」
「言われ慣れたって、傷付く事は変わらないでしょ? だからね、ごめんなさい」
距離が近くなった紗衣先輩を見上げると、辛そうな彼女の顔が目に入る。思わず抱き寄せようとした俺を、理性を総動員して必死に止めた。
「ちゃんと謝ってくれたんで、許しますよ」
「まだ怒ってるでしょ?」
「怒ってませんよ?」
「それならどうして、話し方が戻ってるの?」
「話し方?」
「もうこんなに仲良しなんだから、さっきみたく、普通に話してくれた方が、嬉しい」
今握ってる彼女の手より柔らかいはずの頬が、うっすら赤く染まった。
可愛すぎだろっ!?
雨がもうほとんど止んで、俺の熱くなった顔を冷やしてくれるものがなくなり、誤魔化すように話を合わせる。
「さっきはその、勢いでしゃべって……」
「じゃあこれからも、勢いでしゃべって?」
ちょ、ちょっと、近すぎ!!
なんでかわからないが、紗衣先輩が俺の手を引っ張り、さらに距離が縮まる。もうどこを見ていいかわからず、目を逸らした。
「あの、紗衣先輩、今日、なにかあったん……あったの?」
なんでもいいからこの状況を変えたくて、俺の口からたどたどしく言葉がもれる。
「湊くんは私の事、よく見てくれてるんだね。今日はね、4月に言われてた秋の進路指導面接の、また追加。私ね、結局決められなくて。それについて、すごーく長いお説教されてたんだ」
あ、だから、こんな時間にいたんだ。
自分も担任と話してた時に、紗衣先輩も同じように過ごしていた事を知り、この偶然に感謝する。
「えっと、紗衣先輩、好きな事とか、趣味とか、ある?」
俺、なんで今さらこんな質問してんだ。
もっと早く聞いとけよ。
まだまだ知らない事だらけなのを自覚しながら、それでも俺は彼女の力になりたくて、言葉を絞り出していた。
すると、紗衣先輩が手を引いて歩き出した。
「趣味なら、ある。ちょっとだけ、見てくれる?」
ほらやっぱり、紗衣先輩は持ってた。
なにもないなんて言った彼女自身からあった事を告げられて、俺は言葉にできないぐらいの嬉しさを味わった。
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