それでも好きなんだ

 俺は、自分より小さくて可愛くて守ってあげたくなるような子とアオハルするんじゃなかったのか?


 紗衣先輩が真逆すぎて、俺はベッドの上でのたうち回る。


 やめろ。諦めろ。あんな綺麗な人、すでに彼氏がいるはずだ!!


 自分の身くらいわきまえてる。だから必死に、俺は俺を説得する。


 まずな、彼氏どーこーより、背だよ背。

 俺は身長が150センチ。なんだよ誰だよ身長測り出したやつは。こんなの大した問題じゃねーだろ。人間中身が……。

 ちげーわ。落ち着け俺。

 紗衣先輩がたぶん、170センチあるかないか、かな? ちょっとぐらい分けてくれ……、じゃなくて!!


 まくらに頭を打ち付け、余計な考えを振り払う。他から見たらなにやってんだと思うだろうが、ここは俺の部屋だからなにしててもいい。


 女子は自分より背が高い男子が好き。以上だ!!


 自分にどうしようもないダメージを与え、横たわる。


「俺の背が、紗衣先輩よりも高かったらな……」


 ついうっかり名前を口に出して、顔が熱くなる。


 脳内では勝手に紗衣先輩って呼んでるけど、横山先輩だからな。

 これ間違えたら最悪だ。


 そうは言っても、もう関わる事はないだろうと、俺はこの恋を諦めようとしていた。


 ***


「青山くん。大丈夫?」

「……横山先輩?」


 なんでだ。


「うわ。派手にやったね」

「なんで横山先輩、こんなとこにいるんですか?」


 どうしてなんだ?


「ストップ! はい、どうぞ」

「……ありがとうございます」


 ちょっと待ってくれ、神様!!


 小さな高校でもないのに紗衣先輩との遭遇率が高くて、俺のメンタルがやられていく。


 いや、嬉しいんだよ。普通に会えればな!


 紗衣先輩と初めて会ったのが、4月の終わり頃。今はもう7月。その間に何度出くわしたことか。

 それも決まって、俺がなにかやらかしてる時にだ。それを紗衣先輩が助けてくれる。

 せめて俺が助けられたら、こんな気持ちにもならないはずなのに。


 今までの事を思い返しながら廊下を歩いていたら、同じクラスの男子に呼び止められた。


「湊ちゃん、今日も愛しの担任から呼び出しかー?」

「可愛すぎだもんな。襲われないように気を付けろよ!」


 うざってぇな。

 結局、同じようなやつはどこにでもいるのか。


 せっかく地元から離れた高校を選んだのに、中学生の時に戻ったような日々を過ごしていた。でも昔の経験のおかげで、俺はあしらい方を習得済みだ。

 だから、いつものように軽口を返そうとしたら、視界に紗衣先輩を捉えた。


 なんだってこんなタイミングで……!


 紗衣先輩は友達と歩いていたが、なんだかひどくつまらなそうな顔をしていたのが気になった。そのせいで返事が遅くなり、彼らが慌て出した。


「性別間違えて生まれてきたせいで担任からの愛を一身に受けるなんて、湊ちゃんは大変だな! って……、どうしたんだよ。なんか反応しろよ。お前、もしかして本当に……」

「……え。嘘だろ」


 あらぬ妄想を繰り広げているであろう彼らへ、俺はもうどうにでもなれと、いつもの返事をする。


「俺はそこら辺の女子より可愛いからな! 担任が俺をずっと離してくれないのも、俺のこの魅力あふれる可愛らしさのせいだから、しゃーない。見た目だけで点数が稼げる俺って、素晴らしい存在だろ? あ、ちなみに体の関係はありませんので。ただの雑用ですから」


 あーあ、かっこわる。


 言い終わって、ちらりと紗衣先輩を盗み見る。かなり近くにいた、浮かない顔をする彼女とバッチリ目が合って、泣いてしまいたい衝動に襲われる。


「なにあれ。若い子は元気だなー」

「男の子にしとくの、もったいないね」

「わかる。可愛すぎでしょ」


 クスクスと笑いながら、小声で話す紗衣先輩の友達が通り過ぎる。


 終わった。なにもかも、終わった。


 こんな事でいじられてる姿なんか見られたくなかった。けれどこれで、紗衣先輩を本当に諦める理由ができた事に、どこかほっとして。

 そんな俺の横に、紗衣先輩が立ち止まった。


「さぇ……、よ、横山先輩?」

「名前でいい」

「は、えっ?」

「名前で呼んで」


 つい口からもれた彼女の名前に焦ったのに、紗衣先輩が嬉しそうに笑うから、俺はその言葉に従った。


「紗衣、先輩」

「湊くん、かっこよかったよ」


 ふわっと、柔らかく微笑む紗衣先輩の口から俺の名前と、信じられない言葉が聞こえ、立ち尽くす。そんな俺に手を振りながら、彼女が歩き始める。


「紗衣、知り合いだったんだ」

「うん。仲良しの後輩くん」

「うっそ。紗衣の口から仲良しとか。もしかして、ああいうのがタイプ?」

「あっ。だから彼氏作んないんだね」


 唖然としながらも言葉だけ拾い上げる俺の耳に、不要な音が混ざる。


「湊、いつの間にあんな綺麗な先輩と……!?」

「嘘だよな……? 湊がいる限り、彼女できない同盟に取り残される事はないと思ってたのに……」


 なんだそれ。


 よくわからない事を呟きはじめたやつらを放って、俺も紗衣先輩とは反対方向に歩き出す。


 さっきの、なんだったんだろ。


 勘違いしそうな俺は、にやけようとする顔を抑え込むのに苦戦した。

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