ないものねだりの2人

ソラノ ヒナ

出会い

 あ行の名字だからとか、1番前の席だからとか、そんな理由はどーでもいい。最初に俺を指名したからってずっと雑用を押し付けてくるなんて、うちの担任はなに考えてんだ。


 提出物の回収を終えた俺は、職員室までの道のりを孤独に歩む。


 早く席替えしてくれー。

 そうすればこんな損な役回りから解放される、はず……、だよな?


 高校に入学して早々、俺は担任の雑務担当として働かされている。それが、クラス替えをしない限り永遠に続くような気がして、思わず頭を振った。


 やめろやめろ。

 俺は、高校で、青春を謳歌するんだ!!


 心の中で誓いを立て、角を曲がった瞬間、裾を踏んだ。


「うおっ!?」


 高校生になったら大きくなるからと、自分の体に合っていない制服を着ていた俺は、母親を恨む。

 その時、いい匂いがして、柔らかく暖かいなにかが俺を支えた。


「大丈夫?」


 これが澄んだ声か、っていうぐらい綺麗な声がして、俺は倒れかけのまま固まる。


 女の子に抱きしめられるとか、俺の人生で初めて……じゃねーわ。マスコット的に抱きしめられてたわ、くそっ!


 嫌な思い出が蘇り、俺は現実に戻った。

 そしてそのまま上に視線をずらせば、声に似合う、綺麗な人と目が合った。


 背、たかっ。


「……君、本当に男の子?」


 女子にしては身長が高いな、なんて事に気を取られている間に、綺麗な声が心をザックリ斬り付けてきて、泣きそうになった。


「これでも、男です。あの、ありがとうございました」


 初対面で自分のコンプレックスを刺激され、俺はすぐにでもこの場を立ち去るべく、一歩下がってしっかり頭を下げた。


「「あ……」」


 なにしてんの俺。

 ノートが雪崩を起こしたぞ!?


 頭だけじゃなくて体までしっかり倒して、見事に散らばったクラスメイトの提出物。いろいろと情けなくて、下だけを向いて集める。その視界の中に、別の手が入り込む。


「あの、もう大丈夫なんで……」

「これのどこが大丈夫なの?」


 そりゃそうだよな。

 俺だって同じ立場なら、拾うわ。


 なにも言えなくなり、ノートを集める事に集中する。けれどそれを、彼女が邪魔してくる。


「君、1年生なんだね」

「……はい」

「私、2年生」

「そうですか……」


 もういいじゃねーか。これ以上、俺に構わないでくれ。今日のは事故だ事故。

 ノートを集め終わったら、また見知らぬ他人だ。

 こんなどこぞのマンガみたいな出会いなんて、現実じゃなんも進展しない。

 それに俺は決めてるんだ。

 俺より小さくて可愛くて守ってあげたくなるような子と、アオハルするってな!


 中学ではクラスで自分より小さい子がいなくて、ましてやみなとちゃんなんて言われて、女子のおもちゃになってた。男子からは羨ましがられたが、メイクされたり、可愛いー! とか言いながら抱きしめられるのは、俺にとってはただの拷問。だってあいつら、『愛玩動物として』俺を扱ってただけだからな。

 そのせいで、男にまで告白された俺のどこが羨ましいんだよ。


 ふつふつと黒い感情が湧き上がる中、ようやく拾い集め、俺達は立ち上がった。


「運ぶの、手伝おうか?」

「いえ、大丈夫です」


 なんか普通に、良い人なんだな。


 失礼な事を言われたのを除けば、彼女がとても親切なのがわかる。そう思ったからか、さっきまでのモヤモヤした気持ちがなくなり、子供じみた俺が恥ずかしくなった。それを誤魔化すように、きちんとお礼を告げる。


「いろいろと、ありがとうございました!」


 ちゃんと目を見て、笑顔を向けたはずなのに、彼女は冷ややかな眼差しを向けてきた。


「君も、そっち側なんだ」


 え……、なんで怒ってんの?

 そっち側ってなに?


 訳がわからなくて、そのまま聞き返す。


「そっち側って、なんですか?」


 その瞬間、彼女の顔が真っ赤になった。


「えっ? 俺、変な事言いましたか?」

「……今の、忘れて」


 なに? なにが起きてんの?


 綺麗な人って綺麗なままなのかと思ってたのに、可愛くもなるんだ、とか、脳内で彼女の情報が追加される。

 そのせいで、俺の口が勝手に開いた。


「先輩、名前教えてくれますか?」

「な、名前?」

「俺、青山あおやまみなとっていいます」

「……私は、横山よこやま紗衣さえ


 名前まで綺麗だな。


 どれに心臓が反応したかわからなかったが、これが恋に落ちた瞬間なんだって自覚した俺は、最初から敗北を悟った。

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