菖蒲

 雨が晴れた。僕の頭上を覆っていた厚い雲は東の空に流れていき、その隙間から、右側が少し欠けた十六夜の月が鈍く光を漏らす。とても綺麗だと思う。

 ふと目線を前に向けると、数メートル先の十字路の一角に、一輪の菖蒲が咲いていることに気がついた。そばに寄ってみる。藍とも紫ともつかない花弁に、雨粒がゆっくりと流れ落ちていく。それは女性の艶やかな首筋を連想させた。その水滴が花弁を離れると、まるでスローモーションみたいに地面へ落ちていくように見えた。それはコンクリートにできた水溜りに落ちる。水面に浮かんでいた月影が、波打って揺れる。あの人の涙を思い出した。


藤原良経

雨晴るる軒の雫に影見えて

        菖蒲に縋る夏の夜の月

                  より

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