第6話 友


 信じて貰えないかもしれないけど、俺は売れっ子だ。

 いきなり売れっ子と言われても意味不明だろう。

 慌てない、慌てない、今から説明をするからさ。


 俺の名は中山英吉、51歳。どこにでもいる普通のおやじだ。

 なのに売れっ子? そう、肝心なのは職業だ。俺の仕事は…… レンタルおじさんだ。


 えっ、どこにでもいる普通のおやじを誰がレンタルするって?

 あぁ、そうなんだよ。俺も最初は同じように考えてたよ。

 言っちゃ悪いが、身銭切っておやじをレンタルするなんて、そんな変わり者がこの世にいるのかねって話だ。

 しかし、これが意外と忙しい商売でさ、その中でも俺は売れっ子っていう訳さ。リピーターや新規の客からの指名も多く、会社で1番人気。まるで歌舞伎町のNo1ホスト様だよ…… なんてな。


 だげどさ、何度も説明している通り、俺は普通のおじさんだ。

 高級スーツを着こなし、オールバックにしてブランデーとハマキが似合う渋いニヒルなおやじでもない。どちらかというとブサメンさ。


 今回は、俺がレンタルおじさんを始めるきっかけの話を聞いてくれよ。

 まぁ、大した話じゃないんだけどさ。

 じゃあ、いくよ。





 ……俺は、癌だった。



 1、2か月前から下腹部に痛みがあったが、簡単に仕事を休む訳にもいかず、そのうち治るだろうと、ほっておいたんだ。だけど、あまりにもそれが続くものだから、仕方なしに仕事を休み病院に行った。

 しかしその時は、何も異常ないと言われて、漢方薬を処方され、それで終わりのはずだった。


 痛みは更に1カ月続き、流石に心配になり、再び休みを貰って、今度は違う病院を訪ねてみた。

 最寄駅から3駅向こうの小さな病院は、どういう理由かは知らないが、医大の医師が時折診察に来ており、俺はちょうど運良くその医大の先生に診察して貰えた。


「うーん。いつから痛みが?」


「2、3か月前からです」


「……もっと早くこないと駄目だよ」


 ……ど、どういう意味だよそれ? 怖い事を言うのは、やめてくれよ……


「ここを見て下さい」


 その医者は、俺の下腹部を映したエコー画像を指差した。


「ここに腫瘍があり、現段階では確定ではありませんが、高い確率で悪性かと思われます」


 ……腫瘍? ……悪性? うそだろ…… だって前の病院では、異常はないって言われたのに……


「大きさは…… 9ミリってところかな」


 9ミリ…… それって小さいのか? それとも大きいのか?


「私は普段医大で勤務しております。うちに来て、精密検査を受けますか?」


「……はい」


 俺はその返事しか言葉が出なかった。

 本当は、聞きたい事が山ほどあったのに、いや、あったはずなのに、ショックが強すぎて、何も思い浮かばなかったんだ。


「はぁー……」


 俺まだ40歳なんだけど……


 俺には嫁も子供も居ない。中学を出て高校には行かず、直ぐに上京。小さな工場に就職し、あれから25年。

 仕事一筋なんてかっこいいことは言えないけど、それなりに頑張って来た。


 子供の頃は、大人になると誰もが結婚すると思っていた。 全員に運命の相手がいるのだと、そう思っていたさ。 

 それなのに、俺には彼女すらいない……


「俺、死んじゃうのかな…… 結婚もしないで、子供も残さず、まだ40歳なのに、このまま死んじゃうのか……」


 大森町駅を目指す京急本線の電車の中、人が沢山居る前で涙が溢れ出て止まらなかった。

 

 一人で暮らしている俺の住んでいるアパートは、築50年で2階建て。


 部屋の広さは6畳半、かろうじてキッチンは付いている。

 湯船無しの共同シャワールームに、共同トイレのボロいアパート。

 不思議に思うかもしれないけど、東京にはこの様なアパートがまだまだごまんとあるんだ。

 

 帰り着くと、俺はせんべい布団にゴロ寝して、天井を眺めていた。


「はぁ~、俺の人生なんなんだよ」


 ……とりあえず、かぁーちゃんには連絡しておかないとな。


 ポケットから携帯電話を取り出し、通話履歴を見てみる。


「ふぅ~…… 2カ月前にかーちゃん。3カ月前に小学校からずっと仲良かった五百蔵いおろいと通話か……」


 はははは、俺携帯電話なんて必要ねーじゃん。相手からかけてきてるのはかーちゃんだけって……


 それに、五百蔵に電話をかけた理由すら思い出せない。


 

 兎に角、伝えておこう……



 プルルルルー。プルルルルー。プルル。


「あー、どうした? あんたから電話してくるなんて珍しいね」


「うん、ちょっと伝えたいことがあってね」


「なにー? 怖いね~、急にそんな事言ってくるなんてね~」


 母親は賢くはないが、昔から勘は鋭い方だった。

 父親は俺が小さい頃に離婚して家を出て行き、それ以来会っていない。


 何処で何をしているのかぐらいは母親から聞いてはいる。

 それに、4つ歳上の兄は、今でも父親と連絡を取り合っているようだ。



「かーちゃん、実はね」


「どーしたー?」


「俺、癌になったみたいなんだよ」


「え…… 何の冗談?」


「冗談じゃなくて…… 医者に、普通の医者じゃなくて、医大の先生に言われた」


 母親はしばらくの間、言葉を発しなくなった。


「酷いのかい?」


「まだ精密検査してなくて、ハッキリしたことは分からないんだ」


「そう……」


「うん」


 結婚もしていない、子供もいない俺には、この時の母親の心境など分かるはずもない。


「詳しい事はいつ分かるの?」


「診察してくれた先生が、医大に予約を取ってくれた。だから、月曜日に」

  

「次の?」


「うん、三日後の」


「……詳しいことが分かったら、また電話して」


「分かった。じゃあ月曜日に電話するよ」


「うん、じゃあ月曜日にね」


「あっ、かーちゃん」


 プープープー


 昔から折り合いの悪かった兄には、伝えないでくれと言おうとしたが、電話を切られてしまった。


 かけ直す気力は、もうない……


 親友の五百蔵にも、伝えておくべきだろう。

 しかし何故だか、五百蔵に伝えるとこれが現実なんだと実感しそうで、怖くて電話をするのを辞めた。


 現実なのは間違いないのに、おかしなことを言っているよな。


 

 そして三日後の月曜日。


 職場の社長に精密検査を受けることになったと、正直に伝えて休みを貰った。

 

 今の社長は3代目で、俺が働き始めた頃はまだ小学生だった。

 25年の付き合いで、仕事のことなど何も気にしなくていいから、ちゃんと検査して貰いなよと送り出してくれて、本当に嬉しかった。


 病院に着いて、受付で自分の名前と担当の先生の名を告げ、保険証を提示すると、診察カードを作ってくれた。

 そのカードを教えられた機械に通すと、紙が1枚出て来る。

 その紙には、13番窓口へ行けと書いてある。


 13番…… 不吉な番号だな…… 

 いや俺は無宗教だ! 13とか関係ない。


 数字一つでこんなことを考えるなんて、酷い精神状態なんだろうな。


 しかしこの病院…… 大きな病院だな。13番はっと…… あった、あそこか。


 俺は13番で採血をした後、ⅭT、そしてⅯRIまで受けた。

 それらが終わると、次は22番に行けと言われた。

 床には、色の付いたテープの様な物が何本か貼られている。22番は、緑色のテープの先か……

 その緑色のテープを見ながら歩いて行くと、簡単に22番窓口に到着した。


「すいません、これを……」


 そう言って、紙を受付に渡した。


「中山さん、Bの通路に入って、そこでお待ちください」


 言われるがまま、B通路に入って、椅子に腰を下ろす。

 そこには、俺以外に5人いる。

 もしかして、この人達も悪性の腫瘍が出来ているのであろうか?

 つまり、俺だけではないんだよな?

 ここで待っている人達は、いわば仲間だよな?


 そんな事を考えていると、俺の名が呼ばれた。


「中山さーん、お入り下さい」


 診察室に入ると、あの時の先生が居た。


「う~ん、中山さん」


「は、はい」


「急で申し訳ないのですが」


「はい」


「手術室が空いたら、直ぐに手術をしましょう」


 ……えっ?


 聞き間違いじゃないよな? 今から手術だって!? 今日は悪性かどうか見極める検査だけじゃ……


 先生は、俺の目をジッと見つめてきた。


「中山さん、これは一刻を争います。この部分の腫瘍は1分1秒でも早く摘出した方が良いです。この後に直ぐ手術して、取ってしまいましょう」 


「……俺、何も準備してなくて……」


「入院に必要な物は全て病院に揃っています。1階にコンビニもありますし、レンタルもありますのでご安心を」


 ……レンタル? いったい何をレンタルするんだよ? 替えの下着一枚すら持って来てないのに……


 けど……1分1秒…… 


「わ、分かりました。一度家に戻って直ぐに準備してきます」


「駄目です! 手術室が空いたら直ぐに開始しますので、今から病室に移動して、そこで看護師の指示に従ってください」 


 な、な、何だよそれ? 一度家に帰ることすらできないのかよ……


「いいですね!?」


「はい……」


「では待合室の椅子で待っていてください」


「……はい」


 心の準備何てあったものじゃない。悪性か何かも聞かないうちに手術だって!?


 診察室から出た俺は、1番最初に誰に連絡すればいいのか悩んでいた。


 かーちゃん…… いや、やっぱり社長だよな。


「プルルルー、プルルルー」


「もしもし、中山さん。検査結果はどうでしたか?」 


「そ、それが社長、今から手術することになってしまって……」


「えー、嘘でしょ!? そんなに悪かったの?」


「それが、詳しい事はまだ聞けてなくて、とにかく手術室が空いたら直ぐにって……」


「そうですか…… 分かりました。手が空き次第そちらに駆け付けるからね」


「社長…… ありがとうございます」


「長い付き合いじゃん俺達。ねっ!」


「はい」


「頑張ってね」


「はい」


「じゃあ後で」


「分かりました」


 ……社長の言葉で、心と頭の中にかかっていた霧が、少し晴れたような気がした。


 しかし、俺は何を頑張れば良いのだろう。


 死なない様に頑張るのか…… こういう時、全ては医者任せだ。俺に何が出来るというのだ。


 そうだ、かーちゃんにも電話しないと……


 もしかしたら、麻酔から覚めないでそのままって事もあるかもしれない。

 


 プル。


「はい」


 ……出るの早いな。


「どうだった?」


「それがね、今から手術することになってね」


「まぁー、嫌だー」


「……」


「そんなに悪いのかい?」


「まだハッキリとは分からなくてね、腫瘍を1分でも早く取りましょうって言われて」


「分かった。そっち行くね」


「……いいよ、来なくて」


「何言ってんの、誰があんたの面倒みるのよ?」


「いいからかーちゃん、そんなことより聞いてくれ」


「そんなことよりってあんた……」


「孫の顔も見せずに、本当に悪い息子だった俺は……」


「やめて最後みたいに言うの」


「本当に申し訳ないと思ってる……」


「まだ死ぬわけじゃないでしょ。残された時間があるから、簡単にあきらめないで。ねっ」


「うん」


 その時、看護師さんが俺を呼ぶ声が聞こえた。


「中山さーん」


「呼ばれているから切るね」


「うん、分かった。頑張って!」


「じゃあね」


「うん」


 プープープー。


「中山さーん?」


「はい!」


 返事をすると、看護師さんが俺を見つけ近づいてくる。


「今から5階の病室に移動します」


「はい」


「服のサイズは?」


「LLです」


「分かりました。レンタルの服がありますので、病室に持っていきます。その服に着替えて下さい」


「はい」


 俺は、その看護師さんと5階の病室に移動した。

 そこは個室で、俺のアパートの部屋より広く快適な空間だ。


 案内してくれた看護師さんとは別の看護師さんが、さっき話していたレンタルの服を持って来てくれた。


 まるで、ラブホのパジャマのようだ……


 俺はその服を見て、かなり前に会社の人に風俗を奢って貰い、一度だけ利用したラブホテルの事を思い出した。


 こんな大変な時なのに、馬鹿な事を思い出して……

 たぶん、脳が錯乱しているのだろう。

 皆そうなのかな…… それとも俺だけかな? 


 着替える服を手に取ると、看護師さんが俺に質問をしてきた。


「今日の朝は何を食べましたか?」


「いえ、何も食べていません。食欲が無くてお水を飲んだだけです」


「それは良かったです。基本手術の日は食事をしませんので」


 それって、良かったのかな? もしさっき食事をしましたって言えば、手術は明日に延期になっていたとか……

 それなら、メシを食って来ればよかった。


 俺は手術するのが嫌で、そんな馬鹿な事を真剣に思っていた。


「では、服を着替えてベッドで休んでてください」


「はい、分かりました」


 俺は言われた通り、服を着替えベッドに横になった。



 うちのせんべい布団の何十倍も快適だなこのベッド。


 看護師さんは若くて優しいし…… ずっとここに居てもいいかもな……


 手術を待つ間、俺は携帯電話に目もくれず、ただベッドに横になって天井を見詰めていた。


 さっきのラブホテルの話ではないが、思い出すのは下らない事ばかり。

 いや、そもそも俺の人生が下らないのかもしれない。

 だから、そんな事しか思い出さないんだよ。


 

「コンコン」


 誰かがドアをノックしてきた。


「は、はい」


 レンタル服を持って来てくれた看護師さんだった。


「中山さん、下腹部の手術ですので、今から毛を剃りますね」


 ……まぢかよ。


 これから死ぬかもしれない手術を受けるのに、さらにそんなはずかしめに今からあうのかよ。


 看護師さんは手慣れていて、バリカンでさっと刈ってくれた。

 その後さらに剃刀で剃るのかと思っていたけど、そこまではしなかった。


「はい、お終いです」


「あ、ありがとうございます」


 下の毛を剃られて、礼を言うのも変な気分だ……


 その看護師さんが出て行くと、直ぐに別の看護師さんが入って来た。


「今から点滴もしますので、失礼します」


 点滴…… これも、初めての経験だ……


「うーん、あ、血管が見えやすくて、助かります」


 そうなのか…… 


「はい、これで終りですので、休んでいてくださいね」


「はい。ありがとうございます」


 俺は、ポタポタと落ちて来る点滴を、ただ見つめていた。


 これ、何が入っているのかな? 透明で、見た目は水と変わらない。

 何か書いているけど、全然意味が分からないや……


「コンコンコン」


 またノック…… 今度は誰だ?


「失礼しまーす」 


 次に入って来たのは麻酔医だった。

 俺は薬や食物アレルギーの有無、麻酔の経験などを聞かれた。


 全て無いと答えると、麻酔使用の同意書に署名をしてくれと言われて、名前を書いた。


 夢でも、冗談でもないのか……

 本当に今から、手術するんだな……

 

 麻酔医が部屋を出て行ってから1時間ぐらい。突然3人の看護師さんが部屋に入って来た。


「中山さん。今から手術室に移動しますね」


 ……ついに、ついに手術が始まるのか。何て騒々しい日なんだ今日は。


 看護師さん数人にベッドを押され、広い広いエレベーターに乗せられた。


 初めての経験だけど、見覚えがある。


 そう、テレビドラマだ。ドラマで同じようなシーンを見た事がある。


 ……今が現実だなんて、信じられない。


 手術室に着くと、ベッドを押してきた看護師さん達は戻って行った。


 そのかわり診察してくれた医者と、他数人の医者らしき人と、看護師さんが数人居る。そして、部屋に訪ねてきた麻酔医さんも……


 これまたテレビで見た事のある、手術用の服を皆が着ている……


 腕に血圧を測るものを巻かれ、胸にはコードの付いた吸盤を数個貼られた。


 そして指先にも何かつけられた。


 駄目だ…… ドキドキしてきた。


「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」


 何か電子音が聞こえてくる……


 こ、これ俺の心臓の音だよな。


「中山さーん、今から手術始めるけど安心してね、そんな難しい手術じゃないからね」


「分かりました。お願いします」


 そう素早く返事をしたものの、俺は間違いなく人生で一番緊張している。

 だが、深刻な俺をよそに、医者や看護師さんは会話しており、中には笑っている人もいる。


 俺が今から手術するのに、何笑ってるんだと怒りたいところだが、逆にリラックスした医者や看護師さんを見て、俺も少し安心してしまった。


 看護師さんが、何かを俺に点滴し始めた。


 そして麻酔医が話しかけてくる。


「中山さん、今から麻酔をします。緊張しなくていいですからね」


「はい」


 顔に酸素マスクを着けられた。


 そして、点滴に何かを注射している……


 

 俺の記憶はそこまでだった。



 目を覚ますと、俺は病室のベッドに横たわり、天井が目に入ってきた。


 ……生きている。

 

 良かった、麻酔から無事に目が覚めたんだ…… 本当に良かった……


 この時の安堵感と言ったら、経験した人にしか分からないのかもしれない。


 身体は動かして良いのかな?


 俺は試しに足を動かしてみる。


 うぅ、おかしな感覚だ…… 動かしにくいな……

 

 ん? 右手に何かが当たっている。


 ……ナースコールかな。押してみるか……


 右手に力を入れて、ボタンを握りしめ親指で押した。

 

 すると、誰からも返事はなかったが、部屋に看護師さんが直ぐ来てくれた。


「目が覚めましたね。息は苦しくは無いですか? 眩暈はしませんか?」


「……はい、らいじょうぶれす」


 ん? 舌を…… 上手く回せない。


「まだゆっくり休んで下さいね。医師が直ぐにきますからね」


「……はい」


 白衣の天使。誰が名付けたか知らないけど、今の俺にとって看護師さんは正に天使以外の何者でもない。

 

 その後、担当医が部屋に入って来て色々説明をしてくれた。

 手術は無事成功しましたと聞かされ、身体の中にあった9ミリの腫瘍は、その周りの組織ごとごっそりと取り除かれた。

 後日腫瘍を生検した結果、先生の見立て通り悪性、つまり癌だった。

 だが、幸いな事にリンパや他の場所への転移はみられず、早期発見でステージ1。

 癌の中では実に軽症だ。

 5年生存率も、90%を超えている。



 それを聞いて一安心だが、後にこの件が、大きな人生の転機となった。

  


 その日のうちに社長が下着や歯ブラシ、コップにスリッパ、それにおむつまで買って病院を訪ねてくれていた。


 手術直後なので会えなかったが、本当に嬉しかった。


 よく東京の人は冷たいとか、思いやりが無いとかいう話を耳にするが、そんなことはない。

 社長のような人も沢山居る。

 そして公共マナーに関しては、俺の田舎よりも遥かに良い。


 次の日にはかーちゃんが、入院に必要な物をカバン一杯に入れて来てくれた。

だけど、社長が持って来てくれた物とほぼ同じだった。


 俺は順調に回復し、1週間で退院した。




 半年後。


「社長、25年間お世話になりました」


「僕の人生、中山さんがいつも一緒だったから…… 本当、淋しくなるよ」


「俺もです……」


「これからは身体の事を第一に考えて、田舎でゆっくり休んで下さいね」


「はい、ありがとうございます。それでは……」


「うん、頑張って……」


 手術から半年後、25年間勤めていた工場を辞めた。


 理由は田舎に戻ると言っておいたが、実はまだ悩んでいる……


 俺は癌になってからというもの、人生このままで良いのかと、毎日毎日ノイローゼの様に考え始めた。


 そして、何の当てもないのに仕事を辞める決心をした。

 

 この25年間、たまの贅沢といえばキャバクラに年に数度行ったぐらいで、貯金はしっかりとしている。

 田舎に帰る前に、恐らく最後になるだろう東京を楽しむのも悪くない。そう思っていた……


 会社に最後の挨拶をした帰り道、時刻は17時06分。

 何の予定もないはずなのに、俺の携帯電話が鳴り始める。


 プルルルー、プルルルルー。


 電話…… 誰だろう?


 画面を見てみると、同級生の五百蔵いおろいからだった。


「もしもし、どうしたん?」


「今ねー、東京に出てきてるんよー」


「えー!? 来る前に言えよお前~」


「わりぃわりぃ。メシでもいこうよ?」


「勿論だよ。今どこだよ?」


「品川駅」


「じゃあさ、俺がそこに行くよ。待っててくれ」


「えっ、今からこれるの? はいよー」


 あははは、何だよ急に……


 旧友との久しぶりの再会。


 俺は嬉しさのあまり、品川駅の何処で待ち合わすのか、場所を決めるのを忘れていた。


 電話を切った後、大森町駅に向かい、京急電車に飛び乗った。

 いつもの様に、品川駅まで、15、6分で到着する。


 えーと、たぶん新幹線から降りて来たんだよな……


 おっ、居た! 


 そう、何処にいるのか電話で確認するまでもない。田舎者の行動は、手に取るように分かるからだ!


「おーい、五百蔵!」


 大きな声で名前を呼ばれて、驚いたような表情が、俺を見て笑顔に変わっていく。


「中山~、久しぶりやな~。まー、電話でちょくちょく話はしてたけどな~」


「会うのは、えーと、たぶん3年振りかな?」


「そうそう、それぐらいや~」


 そう、3年前に帰省した時、連絡して飲みに行って以来だ。


「仕事で来たのか?」


「そうや。今日は移動日でよ、明日と明後日仕事して明々後日に帰るよ」


「そっかそっかぁ。よーし、とりあえず何処に行きたい?」


「そうだね~」


 五百蔵はニヤニヤしながら俺を見ている。


「なによ?」


「ラーメン二郎を食べてみたいんよ~」


 ラーメン二郎……


「あぁ、なるほどね~。俺らの田舎は細麺ばっかりで、あんな太麺のガッツリしたラーメンは無いもんな~」


「シシシシ、ずっと行きたかったんよ」


 ラーメン二郎とは、東京都港区三田に本店を構えるラーメン店と、のれん分けをした店だ。

 ネットでもたびたび話題になり、二郎インスパイアなどと言われる店も多数存在する。 

 実は俺も、ラーメン二郎の存在を知ってからは、食べてみたい衝動に駆られるようになり、初めて行ったのは京急川崎店だった。


 あの時の衝撃と言ったら、今でも覚えている。


 こじんまりとした店の前には、まだ開いても無いのに行列が出来ていた。

 席に座るまで30分以上かかったが、店長の優しい微笑みを見て疲れが吹き飛んだ。


 そして、肝心のラーメンは、太麺に良く絡んだスープ!

 分厚いチャーシューに山盛りの野菜とニンニク!


 これぞラーメン! 俺はそう心で叫んでいた。 

 勿論味も最高に美味しかった。


 それでラーメン二郎が癖になった俺は、京急川崎店の他に、横浜関内店、品川店、池袋東口店、小滝橋通り店に行った事がある。

 どうしてそんなに店を回るのかって?

 ラーメン二郎は、店によって味もサービスも違うからだ。


「えーと、行きたい店舗はある?」


「店舗? 何処でもいいよ、二郎なら」


「そうだな、ちょっと待ってくれよ。ここからならな~」


 携帯電話を使い、ネットで検索してみた。


 ラーメン二郎 品川店…… あー、前に行った事あったな。


 ここから近いじゃん。


「ここから歩いて15分ぐらいのところにあるよ」


「えー、15分も歩くのかよ?」


「ったく、田舎者は何処行くにも車でよ~、全然歩かないよな~。都会人の方が健康だぞ~」


「シシシシ、分かった分かった、歩くよ」


「そういえばホテルは何処?」


「確か西口から見えるって言われたよ」


「なんだよー、そんな近いなら俺が来る前にチェックイン出来ただろう?」


「やだよ、初めての東京だぞ。一人で迷子になったらどうするよ?」


 冗談の様に聞こえるかもしれないが、俺達田舎者はハッキリ言うと東京を恐れている。

 なので、五百蔵の言っていることは、半分冗談でも半分は本気だ。


「じゃあ先にチェックインして荷物を置きに行こうか?」


「え~、その分余計に歩かないといけないじゃん」


「もうお前はよ~。一緒に行くから歩けよ~」


「分かったよ~」


 俺達が西口から出て信号待ちをしていると、五百蔵が何か気になっているようだ。


「どうした?」


「なぁ、あれはパチンコ屋か?」


「あぁ、そうだよ。信号渡った所にもあるし、右にもあるだろ」


「ほんとだ!? 嬉しいなぁ、これで暇はしないな~」


「何しに来たんだよ、お前はよー」


「いいじゃん。なぁ、田舎の店より出るかな?」


「どうだろうね、俺は田舎でもこっちでも行った事無いからね」


 そういうと、五百蔵は少し驚いていた。


「へぇ~、仕事終わっていつも何してんの?」


「あ~、仕事終わったら、帰り道の弁当屋で夕食と次の日の朝飯買って、メシ食って、シャワー浴びて、テレビ見て寝る…… かな」


「つまらん人生やの~」


「お前に言われたくないよー」


「はいはい」


 五百蔵の泊まるホテルは、西口から歩いて3分の距離だった。


 チェックインをして一度部屋に上がり、荷物を置いて下りて来る。


「よし、二郎行こうか?」


「あー、楽しみだわ~」


 ホテルから再び品川駅前に出て、ラーメン二郎品川店に向かって歩き出す。


 因みに品川駅は当然品川区にあると思っている人も多いだろうが、実は港区にあるのだ。


 つまり俺達は今、品川区ではなく港区を歩いている。


 第一京浜を南下すると、八ッ山橋が見えてくる。そこまで来るとようやく右側が品川区だ。


 左側には階数を数えるのも大変な高いビルがそびえ立っている。


 故郷の旧友と一緒に大都会を歩く。

 ただそれだけなのに、何故か嬉しくてたまらなかった。


 それは友人と久しぶりに会えたからなのか、それとも会えた場所が東京だったからなのか…… うん、たぶん両方なのだろう。


「おいおいおい、あそこ見てみ? なんかすげー人が並んでいるんだけど?」


「ん? あー、あそこがラーメン二郎品川店だよ」


「えぇ!?」


 五百蔵が何故驚いているのか不思議に思う人もいるだろう。

 実は俺の田舎では、店に行列が出来ると言う事があまりない。 

 何故かというと、並んでまで食べる必要はなく、混んでいない他の店に行けばいいという考えなのだ。


 田舎より、東京の人の方が時間に余裕がないイメージがある。

 確かにそうかもしれない。 

 だが、東京では何処でも行列は珍しくないので、そういう文化がある一面、時間の潰し方や使い方が上手いとも言える。


「どれぐらい並ぶの?」


「ん~、そうだな…… この人数だと、40分はかからないぐらいかな?」


「40分近くも立って待つのかよ!? 嘘だろ……」


 ふふふふ、驚愕している五百蔵を見て昔の俺を思い出した。


 東京に来たばかりの頃は、俺も並ぶのが苦手だった。

 だけど、東京に住むのであれば、行列は避けられないのだ。

 最初は、いちいち物を買ったり食べるだけで行列に並ばないといけない事で、田舎に帰りたいと思った事もあったが、けっこう直ぐに慣れてしまった。


「混んでない時にまたこようかな……」


「混んでない時なんて無いぞ。早く来ても結局店が開くまで待つしかないんだから」


「……そっかぁ。分かったよ。せっかくだから待つよ」


 ふふ、観念したか。


 俺の予想通り、35分ほどで運よく隣同士に並んで席が空いた。


 席に着く前に販売機で小ブタの食券を買い、既に店員さんに渡している。


 店員さんがカウンター越しに俺達の前にやって来た。


「ニンニク入れますか?」


 店によって違いがあるが、ここからが噂の二郎コールだ!


 五百蔵も知ってはいたが、初めてなので自分では言えないからと頼まれる。


「俺もこいつもニンニク野菜マシマシ、あぶらマシでお願いします」


「はいー」


 コールが終わった後に五百蔵を見てみると、笑顔を浮かべている。


「うわー、これがコールか! 俺も今度来たときは言ってみるよ」


「はははは」


 そして5分ほどで注文したラーメンが着丼する。


「うぉぉぉ、野菜が!? ニンニクが!? この分厚いチャーシュー! こ、これで小かよ!」


 分かるよ、その気持ち。


 俺達の田舎では、こんなボリュームがあるラーメンなんて見た事無いもんな。


「……これ、全部食えるかな?」


 ふふふ、まるで昔の俺を見ているみたいで心地良い。


「なぁ、どうやって食ったらいいんだ?」


「よしよし、俺の食い方を教えてやるよ」


 と、偉そうな事を言ってはいるが、京急川崎店に初めて行った時、五百蔵と同じで、どうやって食べたら良いものか悩んでいた。

 その時、たまたま隣に座っていた人が、ちょうど俺と同じタイミングで着丼しており、その人の食べ方を真似て以来、それが俺の食べ方となっている。


「いいか、レンゲでニンニクとスープをすくう」


「うんうん」


「それを山盛りのもやしにかける」


「うん」


「これを繰り返すと……」


「繰り返すと?」


「もやしとキャベツの山が、低くなっていくんだ」


 五百蔵は俺のラーメンを凝視している。


 白く透明なもやしは、徐々にスープの色に染まってゆく。


 するとどうだろう……


「本当だ! もやしが低くなった!」


「こうなったら食べ頃だよ。もやしから食べてもいいし、下から麺を引っ張り出してもいい」


「よーし…… 俺のもやしも低くなったぞ!」


 五百蔵はもやしの下から麺を引っ張り出して食らいついた。


「どうだ?」


「……」


「美味いか?」


「……」


「なんとか言えよ、おい」


「う、美味い! この太麺の食感、そして脂が、スープが麺に見事にからんでる!」


「そうか! 良かったなぁ」


 目の前で、3年振りに合う友人が喜んでいる。

 その感動のあまり、腹の底から絞り出した歓喜の声が聞こえたのか、店主が俺を見てニヤリと笑ったように見えた。

 

「美味い! もやしも美味い! いくらでも腹に入る」    

 一心不乱に、二郎ラーメンをかき込む五百蔵。


 最初の心配はどこへやら、スープ一滴残すことなく見事に完食したが、俺流の儀式はまだ終わらない。


 近くのコンビニで、果汁100%のリンゴジュースを、ニンニクの匂い消しの為に一気に飲む!

 

 ぷは~、これで二郎に連れて行く任務完了だ!


「いや~、美味かったよ~。満足、満足」


「嬉しそうな顔してるな~。案内出来て良かったよ」


 友人の喜びの表情…… それを見ると本当に幸せを感じる。


 そうだな…… 田舎に帰って、また五百蔵や他の皆と、たまに飲みに行くのもいいかもしれない。


 仕事は、選ばなければ、何かあるだろう。


「次は何処へ行きたい?」


「そうやね~、東京って感じの店で酒飲みたいね」


 東京って感じの店か……


「分かった。じゃあ品川駅まで戻って電車に乗ろう」


「はいよ。ただね……」


「どうしたん?」


「腹がパンパンだからゆっくり歩こう」


「ふふふ、あはははは」


「シシシシシ、お前は大丈夫なのかよ?」


「実は俺もさっきからゲップがまんしてるぐらいパンパンだ」


「あはははは」 「シシシシシシッ」


 俺達は、ゆっくりと時間をかけて品川駅まで戻って来た。

 そして、山手線に乗る。


「これが有名な山手線か?」


「ああ、そうだよ。山手線には外回りと内回りがあってな、外回りが時計回り、内回りが反時計回りなんだよ」


「なるほど…… つまり今は…… う~んと、内回りに乗ったのか?」


「ああ、今は内回りに乗って……」


 俺は言葉を止めた。


「乗ってなんだよ?」


「まぁまぁ、場所は内緒だよ」


「シシシ、楽しみにしとく」


 俺達が今向かっているのは上野。

 

 上野駅で下車して、有名なアメヤ横丁を通るつもりだ。

 なんだったら、西郷さんの銅像を見に寄り道をしてもいい。


 さて、そろそろだな……


「次は~」


 きた!


「あのな~、五百蔵。実はねパチンコの事で思い出したことがあるんだよ」


「おっ!? なになに? 耳寄りな情報?」


「さっき見た品川のパチンコ屋」


「うん」


「お前の大好きな、あの有名な女優さんも来てるらしいよ」


「えーー!? まぢかよ?」


「あぁ、もしかしたら会えるかもな」


「へぇ~、さすが東京。そんなとこで芸能人に会えるかもしれないのかよ? 最高だな!」


 因みにこの情報は嘘だ。

 

 ただ単に、この時流れた電車のアナウンスを、五百蔵に聞かせたくなかったのだ。


「さぁ、降りるぞ」


「ほいよー」


 電車から降りると五百蔵は、俺の思惑通り戸惑っている。


「あれ…… ここって……」


 きたきたきた!


「まさか上野駅か!?」


「ふふふ、そうだよ」


 俺の嘘話に夢中で、目論見通り気が付かなかったようだな。

   

「すげー、ここがあの歌の歌詞に出てくる上野駅……」


 ふふふ、その表現の仕方よ。


 けど、確かにそう言われると、俺の脳内にも有名な演歌歌手の曲が流れて来た。たぶん五百蔵も、その曲のことを言っているのだろう。


 東京の駅を想像して1つ名を上げろと言われると、この上野駅と答える人は多いだろう。


 まぁ、俺の年齢から上の世代だけどな。

 兎に角、それほど有名な駅だ。


「うわ~、俺があの上野駅に居るのかよ今~」


 分かる分かる、感慨深いものがあるよな、うんうん。


 改札を出て広小路口へと向かう。


 アメ横に行くなら、不忍口へ向かうべきだろうが、五百蔵に見せてあげたい場所があるんだ。

 それは……


 広小路口を出て、直ぐ左側にある歩道橋の階段を二人で上る。

 歩く事に、あれほど文句を言っていた五百蔵が、少し小走りになっている。

 正面口の方へ向かうと、駅の屋上に上野駅と書かれた切り文字のサインが見えて来た。


「おぉー、これだこれ! 上野駅って実感が湧いてきたよ」


 俺達は、歩道橋の手すりにもたれかかり、しばらくの間ぼんやりと上野駅を眺めていた。


 その間、五百蔵はずっと笑みを浮かべている。



「そろそろ行こうか?」


「おう!」


 アメヤ横丁が見えて来ると、さっきの上野駅と同じ様に驚いている。


 テレビで見たことがある場所を、自分が歩いている。

 それだけなのに、どうしてあんなにも嬉しいものなのだろうか?

 不思議な気持ちだよな。


「アメ横って、食べ物専門の商店街だと思っていたよ。色々な店があるんだな~」


「そうなんだよ、俺も最初そう思っていたけどな。 ……ほら、あの店を見て」

  

 俺が指差したのは、ミリタリーショップの中田商店だ。


「おぉぉ! ミリタリーの服を売ってるじゃん!」


「あぁ、そうなんよ」


 何故だか分からないが、ミリタリーショップを見ると胸が熱くなってくる。

 どうやら五百蔵も同じようだ。


 店内に入り色々な商品を手に取り見て回った。

 たぶん、時間が許すのであれば2時間でも3時間でも物色していただろう。


 だが、時刻は19時を超えている。そろそろ閉店の時間なので仕方がない。


「店も閉まるみたいだし、そろそろ酒を飲みに行こうか」


「おー、行こう行こう」


 アメ横を南下して、御徒町駅前を通りすぎて更に南に歩いて行く。


 すると、高架下に様々な店が見えてくる。

 その中の1軒の小さな居酒屋に、俺達は入った。


「ここか……」


 少し拍子抜けしているみたいだな。ふふふ。


「いらっしゃいませー。お二人様ですか?」


「はい」


「空いているお好きな席へどうぞ」


 店内にはテーブル席が5つと、カウンター席が10席か。

 客はカウンターに1人、テーブルに2組。


 俺達はカウンターに近いテーブル席に座り、とりあえず生ビールを注文すると、直ぐに持って来てくれた。


「かんぱーい!」 「かんぱーい!」


 ジョッキを合わせ、ガチャっと派手な音を立てる。


 そして、暗黙の了解で競争でもしているかのように、ゴクゴクと喉を鳴らしながら、一気に飲み干す!


「プハ~、美味いな~中山」


「あぁ、美味い。東京で旧友と飲む酒はまた格別だ」


「そうだな。ちょっと不思議な気分だよ」


「俺もだよ」


 五百蔵は、俺を見て微笑んでいた。


「なぁ、この店にいつも来てるのか?」


「いや、今日が始めてだよ」


「えぇ? 東京って感じの店に連れて行ってくれるって……」


 その時、ちょうどタイミングよくアレ・・が来た。


 俺は人差し指を立て、口元に持っていく。

 そう、静かにというサインを出した。


 その直後だった。


「ガッタン、ゴットン、ガタガタガタガタガタ」


 呆けた表情で少し上向き、その音を聞いている五百蔵。


 俺達の頭の上を、電車が通過した音だと理解した直後、呆けていた表情からニヤニヤと笑い始める。


「シシシシ、なるほどね~。確かに東京って感じの店だよ」


「だろ~。俺らの田舎には高架下に店なんてないもんな。それにドラマで見る東京って、こういう所で電車の音をバックに酒飲んでるシーンが多いよな~」


「確かに確かに。これは雰囲気がいいな。よーし、電車の音を肴にして飲むぞ~。おねーちゃん、生2つね、大至急」


「はーい、生2つ~」


 その後、子供の頃の話で盛り上がっていたが、やはり俺の病気の話になった。


「中山……」


「ん?」


「大丈夫なのか?」


「……癌のことか?」


「……うん。今も一緒に酒飲んでるし、お前のかーちゃんから聞いた時も、どうしても信じられなくてよ」 


「まぁ、再発はまだしていないよ」 


「検査したのか?」


「あぁ、2年間は3ヶ月に一度、3年目からは4ヶ月に一度、4年と5年目は、半年に一度の頻度でⅭTと血液検査を続けるみたいだ」


「……次の検査はいつなんだ?」


「そうだな。手術後1ヶ月で最初の検査をして…… それから3ヵ月後に検査やったからな。来月まただよ」


「……そうか」


 さっきまで楽しく飲んでいたが、俺の病気の話のせいで、真逆の雰囲気になってしまった。

 しかし、五百蔵の曇った表情は、俺の病気だけが理由では無かった。


「実はな…… お前はまだ知らないと思うけど、上村かみむらが亡くなったんだよ……」


 ……上村? 一瞬どこのって言葉が頭に浮かんだが、五百蔵が口にする上村と言えば、思い当たるのは一人しか居ない。


「う…… 嘘だろ?」


「本当……」


「いつ?」


「先月……」


「じ…… 事故なのか?」


 俺の問いかけに、五百蔵の口から出た言葉は、俺には重過ぎた。


「……癌だよ」


 ……癌


 

 上村美紀…… 中学1年の時、俺と五百蔵は上村と同じクラスだった。


 肌は透き通るように白く、そしてハーフの様な顔立ち。

 性格は明るくいつも笑っていて、今思い出してもあの屈託のない笑顔の上村が、俺の頭の中に出てくる。


 俺は勿論のこと、五百蔵も上村に惚れていた。


 当時、好きな人の名前を手の甲に書き、それをバンソウコウで隠すのが流行っていて、クラスの男子のうち半分近くが上村の名前を書いていたと後で聞いた事がある。


 あの上村が…… しかも俺と同じ癌で亡くなっていたなんて……


 言葉が、何も出てこなかった……


「すまないな、お前も同じ病気なのに、こんな話をして……」


「……いや。お前から聞けて良かったよ。確か、まだ成人していない子供が……」


「そうなんだよ…… 子供は上村の父親と母親が面倒みているらしい」


「そうか……」


 その後に、それは良かったと言いそうになったが、その言葉を止めた。


「中1の時に、同じクラスにいた岡島を覚えているか?」


「あぁ、覚えている」


「あいつ、今焼肉屋を経営してるんだけど、そこに上村は子供連れてよく来ていて、ずっと仲良くしていたらしいんだ。

 俺も上村が亡くなった後に、岡島から聞いて…… 本人は生前、病気の事も、入院していることも伏せておいてくれと言っていたらしい」


 その気持ちは、俺にも分かる……

 俺も兄には、知られたくなかったからだ。


「会社の健康診断で異常が見つかって、精密検査を受ける様に言われていたらしいけど、シングルマザーで仕事と2人の子育ての両立。

 時間が無かったんだろうな。病院に行った時はもう手遅れで、それから直ぐに……」


「……そうか」


 あの上村が…… もうこの世に居ないなんて……



 沈黙の後、俺は口を開いた。



「なぁ、五百蔵……」


「ん?」


「お前と次に話す時に、必ず言おうと思っていたことがあって」


「……何?」


「会社の健康診断以外にも、定期的に人間ドックを受けてくれよ」


 少し間が空いて、五百蔵が口を開いた。


「……うん、分かった」


「約束してくれ」


「うん、約束するよ」


 五百蔵は俺の目をジッと見て、そう言ってくれた。


 恐らく嘘ではない、必ず人間ドックに行ってくれるだろうと確信した俺は、心底ホッとした。


 今の世の中、癌を恐れる必要は無い。

 それよりも、検査から逃げる自分を恐れないといけない。

 初期の癌であれば、優秀な日本の医学が、何とかしてくれる。助からなくても、きっと寿命を延ばしてくれる。

 だが、検査もせず、上村の様に手遅れになってからでは、日本の医学会がいかに優秀であっても、どうしようもないのだ。

 だから、必ず体調が変だと感じたら、迷わず病院に行ってくれ。

 検査を受けてくれ。

 元々は、病院嫌いの俺だったから、行きたくない気持ちも分かるけど、早期発見かそうでないかで、その後の運命が大きく変わってしまうんだ。

 自分の為、そして、大切な人の為に、検査に行くんだ。



 重い話題を変えたかったのだろう、五百蔵は急に別の話を始めた。


「あー、明日は仕事終わったら、さっそく今日見たパチンコ屋行って、芸能人が居たら隣で打ってみようかな~」


 ……フッ。


「えーとな…… 実はな……」


「うん、どうした?」


「実は、その話は嘘なんだよ」


「……はぁ?」


 五百蔵は目を丸くして、口も開きっぱなしだ。


「いや~、あの時さ、ちょうど電車で次は上野ってアナウンスのタイミングだったんだよ。それをお前に聞かせたくなくて…… つい……」


 驚きの表情は、ゆっくりと笑顔に変化していく。


「……シッ、シシシシ。そういうことかよ~。変わってないなぁ、お前はよー」


 ……変わってない?


「いや~、すまん、すまん。お前の好きな女優の森さおりが、パチンコをしてるのかも知らないもん」


「ブッ!」

 

 その時、一人カウンターで飲んでいた人が、飲み物を吹いた。

 

「すみません、こぼしてしまって。おしぼりお願いします」


 その客は、慌てて店員におしぼりを頼んでいる。


 ……ん? あの声…… どこかで聞いた事あるような……

 え~と、どこだったかな……


 まぁ、思い出せなくてもいいや。

 俺には、五百蔵にもう一つ言わないといけないことがあるしな。


「なぁ五百蔵」 


「なんだよ~、またかしこまって……」


「いや~実はな、俺昨日で仕事辞めちゃったんだよな~」 


「ああ!? ずっと務めていた町工場を辞めたの?」


「そうなんだよ…… お前から電話あった時、ちょうど社長に最後の挨拶に行った帰りでさ」


「そう…… なんだ……」


「あぁ……」


「だからあの時間に俺の所に来れたのか……」


「そうなんだよ……」


「帰ってくるのか?」


「まぁそうなるかな。直ぐにじゃないけど退職金も出るし、失業保険も受け取れるし、しばらくはのんびり最後の東京を楽しんでから帰ろうと思っている」


「そうかぁ……」


 そう返事をした五百蔵は、言葉を発しなくなり、無言の時間が少しの間続く。


 俺は、五百蔵のその態度が気になって、率直に聞いてみた。


「ど、どうしたんだよ。何で急に黙り込んだ?」


「う~ん、まぁ俺の勝手な話なんだけどよ」


「何だよ?」


「う~ん」


「言えよ、ふふふ」


 俺達の間に、言えない話など無いと思っていたので、その五百蔵の煮え切らない態度で思わず笑ってしまった。


「俺はよ、お前が中学出て直ぐに東京行ってよ、一人で頑張っているのをいつも励みにしていたんだよ」


「……え?」


「仕事辞めたいと思った時も、中山は見知らぬ土地でずっと同じ町工場で働いて頑張っているのに、俺は何を悩んでいるんだってね。そういう風に考えて、辛い時を乗り越えてたんだ」


 その言葉は、正直嬉しいけど、親友だからこそ、そんな言葉を聞くと恥ずかしくもある。


「……ふっ」


 照れ隠しの笑いが、思わず漏れてしまった。


「本当に帰ってくるのか?」


「そうだな…… 他に行くところも無いし、やりたい事も無いしな」


 そう答えると、五百蔵は突然訳の分からない事を言いだした。


「なぁ、カーネル・サンダースって知っているだろ?」


 カーネル・サンダース?


 俺は中学の頃、五百蔵と一緒に、夢中になっていたプロレスが頭に浮かんだ。

 そんなプロレスラーが居たような気がして、一生懸命思い出そうとしていたが、思い出せない。


 けど、どこかで聞いた名だ。


 うーん、五百蔵との会話で出てくる外国人の名前だから、やっぱりプロレスラーだろうな。 


「プ、プロレスラーだっけ?」


「ブッ!」


 飲んでいる酒を吹き出したのは、五百蔵ではない。カウンターの客だ。

 俺は、その客が吹き出した事で、間違っているのだと確信した。

 しかしカーネル・サンダースか…… 有名な人だよな? 確かに俺も、聞いた記憶はあるんだ。誰だったかな?


「あのー、すみません。また、おしぼりを……」


「はいよー」


 カウンターの客は、吹き出してしまった焼酎をおしぼりで拭いている。


 その客に目もくれない五百蔵は、答えを教えてくれた。 


「違うよ~。カーネル・サンダースと言えば……」


「うん」


「ケンタッキーフライドチキンの創業者だろ」

 

「あ~、そうだ! そうだったな!」


「知っているか? あの人って60歳超えてからも、新しい事をしたくて起業したんだぜ」


「60歳超えてから?」


「うん。フランチャイズって今では当たり前に聞く言葉だけど、その事業形態を考えて最初に始めたのも、あの人なんだよ」


「へぇ~」


 なかなか興味を惹かれる話だ。

 だけど俺は、あの人は単なるマスコット的な存在だと思っていた。

 その話を聞くと、確かに凄い人なんだと思ったが、いったい俺に何の関係があるというのだ。


「俺達まだ40歳だろ。あー、お前は41歳か。俺より誕生日早かったもんな」


「あぁ」


「つまり、カーネル・サンダースさんに比べれば、俺達はまだまだ若いってことだよ」


「そうだな……」


「やる気さえあれば、60歳超えてから起業した人もいる。なのに、このままでいいのかな……って思っちゃって」


 五百蔵のその言葉は、癌になってから半年間、毎日毎日俺の頭の中に現れていた言葉だ。


 そしてその言葉に後押しされるよう、25年間務めた何の不満も無い工場を辞めた。


 本当に田舎に帰る為…… なのか……


「だけど、何をすればいいのかな……」


 俺はボソっと呟くと、五百蔵が話し始めた。


「もしだけど、20年前に戻れるなら何をすべきか思いつくよな?」


「ん?」


「二十歳の時、その頃の俺達は、今何をすればいいのかって、明確に分かっていなかった。

 けど、今の俺達なら、二十歳の俺達にこれをやっておけ、あれもしておけと、アドバイス出来るよな?」


「……そりゃそうだよ。二十歳の時と今の俺達とでは経験が違うじゃん」


「そうなんだよ。それって今にも言える事だよな?」


「え?」


「つまり、今から十年後の50歳の俺達は、今の俺達に的確なアドバイスが出来るってことだよ」 


 確かにその通りだ。だけど、それは現実ではありえない。


「分かるよ五百蔵。だけど、それって後出しジャンケンと同じじゃないか?

 これから先の結果が分かっているからこそ、適切なアドバイスが出来るんだろ?」


「そうなんだよ。だから……」


「だから?」


「今の俺達は、今現在ベストだって思う事を信じてやるしかないんだよ」


「……」


「未来の俺達からアドバイスなんてある訳がない。自分以外の経験者からアドバイスされても、その人と俺達は同じじゃない。だからその経験が適切かどうかだなんて、結局は分からないし、他人のいう事を信じて失敗すれば、後悔なんて言葉じゃすまないよな!?」


「……」


「だから自分で考えて考えて、今ベストだって思うことをやってみて、結果それが間違いだとしても、自分で決めた道だ、後悔は無い! 後からあの時こうしておけば、あーしておけばって言うのは、お前が言った通り後出しジャンケンと同じなんだよ」


「……」


「だから、失敗してもいいんだよ。1番後悔するのは、何も行動しないって事なんじゃないのかな……って、偉そうに思っちゃったりして」


「……」


 親友のその言葉が、まるで演歌の名曲のように心に沁みる。


「お前はよ、さっきの電車の中でアナウンスを聞かせない為に、俺の大好きな女優の森さおりの話を急にしてよ。知らずに上野駅に着いた俺に、感動を与えてくれるみたいな事を、昔から皆にしてるよな」


「俺が感動を与える?」


「やっぱ気づいて無かったか。けどそれって、自然とできているって証なのかもしれないな」


「俺が自然と人に……」


 いや、自然も何も、友人が喜ぶことをするのは、当たり前の事じゃないのか?


 そう思っていたその時、電車が店の上を通過した。


「ガタンガタン、ガタガタガタガタ」


 もう何時間もこの店で飲んでいたから、数えきれないほどの電車が通過したはずだ。

 だけど、この時の音だけは、はっきりと心の奥にまで響き渡った気がした。 



「おやじさーん、お勘定~」


「はーい、忙しい中いつも来てくれてありがとうね」


「私この店好きだから。おやじさんの料理美味しいし、それに……

 今日も興味深い話が聞こえて来たし。またね~」


「はーい、ありがとうございました~」


 カウンターの客は、夜だと言うのに薄いサングラスをかけていたけど、帰り際に一瞬俺と目が合ったような気がした。

 

 すると、軽く会釈をしてきたので、俺も無言で会釈を返した。


 ……声といい、あの歩く姿といい、どこかで見た事あるんだよな~。歳のせいかな、思いだせないや。




「ふぅー」


 びっくりしたなぁ…… 突然私の名前が聞こえてきた時は、バレちゃったと思って焼酎を吹いちゃった。


「うふ、うふふふ」


 カーネル・サンダースはプロレスラーって……

 面白かった、あの勘ちがい。


 それと…… 後出しジャンケンかぁ……


「今の私にぴったりの、沁みる話が、聞けたなぁ……」

  

 

 この5ヵ月後、女優の森さおりは、事務所を退所した。

 その理由は、日本で築き上げたもの全てを捨て、ゼロからハリウッドにチャレンジするためだ。




「今何時だろ?」


「ん? えーと」


 俺は五百蔵の後ろにある店の時計に目をやった。


「おっ、もう22時だぞ」


「まぢかよ~。ほんと楽しい時間だけは、早く感じるもんな~、やだやだ」


「そろそろ戻るか?」


「あーぁ、こうやってずっとこの雰囲気の良い居酒屋で飲んでいたいな~」


「だな」


「お前、明日休みかよ? いいな~」


「そうなんだよ、明日も仕事行かなくていいなんて、かなり不思議な感じだよ」


「だろうな、シシシシシシ」 


「あははははは」


「おやじさーん、おあいそ~」


「はーい」


 

 居酒屋の代金は、五百蔵が奢ってくれた。


 俺が奢りたかったけど、昔から言い出すと聞かない奴なので、素直に従った。


 御徒町駅から今度は・・・、山手線の外回りに乗って、品川駅で降りる。


 楽しかった時間は終わりだ。駅構内で、五百蔵と別れた。


「じゃあな~」


「ホテルに1人で行けるか? ついて行こうか?」


「シシシシ、うるせーよ。明々後日、新幹線に乗る前にここでメシでも食おうや?」


「ああ、連絡待っているよ」 


 五百蔵はこの半年後、会社を辞めて独立した。


 大好きな人気女優の森さおりが、ハリウッドに挑戦するその姿に、触発されたからだと、そう言っていた。



 俺は一人、京急電車に揺られながら、五百蔵との会話を思い出していた。

 

 60歳超えてから起業…… 今の自分を信じて…… お前は人を……


 そして、このままでいいのか…… この半年間俺を悩まし続けた言葉がまた……



「次は大森町です。まもなく大森町、大森町です」


 今夜は電車のアナウンスが、やけに心に沁みやがる。


 電車を降りて、25年間住んでいるアパートへ向かっていつもの道を歩いて行く。


 家に着いてドアを開けると、狭い部屋の片隅に大きな旅行鞄が置いてあり、嫌でも俺の目に入る。


「……」


 その旅行鞄は、田舎に帰る為の物ではなく、ましてや旅行に使う為でもない。

 俺は癌の手術の時、急な入院になった事で、それからというもの、病院に検査に行く時はいつも旅行鞄を持って行くようになった。


 鞄の中身は服と下着の着替え。タオル、歯ブラシ、箸にスプーン、コップ、髭剃り、スリッパ、そしておむつなどだ。


 お世話になった看護師さんに、入院中に着る服は前開きのものをと言われたので、近所の店で探してみたが売ってなかった。

 そう…… だからあの服だけは、またレンタルしないといけない。



 レンタル……



 俺はその言葉で思い出したことがあった。


 確か、レンタルおじさんって職業があったような。前にどこかで耳にしてずっと気になっていた職業だ。


 携帯電話を使い、ネットで調べてみる。


 ……あった。  

 

 お前は人に感動を与えられる…… 

 

 1番後悔するのは、何も行動しないって事なんじゃないのかな……


 五百蔵の言葉が、頭の中を巡る。


 俺は…… 自分ではなく、親友の言葉を信じてみよう。

 それが俺の決断だ。何があっても、後悔はしない。



 次の日。


「ここだな……」


 俺はとあるビルの、一室の前に立っていた。


 コンコン


「はーい」


 ガチャ。


「すみません、朝に電話をした中山です」


「あ、はーい。こちらにおかけください。直ぐに担当の者がきます」


「はい」


  びっくりした…… 凄く綺麗な人だ……




 5分後……


「初めまして担当の浜口と申します」


「初めまして、中山です」


「えーと、レンタルおじさんの面接ですね」


「はい」


「ご経験は?」


「すいません、ないです」


「そうですか。今まで他の人には負けない、何かそういう経験など、ありますでしょうか?」 


 ……そんなもの、ただ普通に生きてきた俺に、ある訳もない。


「えーと……」


「そうですか…… では、どうしてレンタルおじさんを始めようと思いましたか?」


 その質問に対して俺は、明確な答えを持っている。


「……です」


 担当の浜口さんは、眉をしかめながら聞き直してきた。


「えっ? もう一度お願いします」


「人に、感動を与えたいからです!」


「……」


 浜口さんは、無言で俺の目をジッと見ている。


「分かりました。当社では項目に何ができるかを記載しています。中山さんはお客さんに対して何をなさいますか?」


「えーと……」


「例えばですね、時間は18時から22時までの間で、居酒屋や喫茶店での悩み相談だけとか、そういう感じでお客様に何を提供できるかですね」


「何でもします」


「え?」


「依頼に制限は設けません。なんでもやります!」


「……分かりました。では、さっそくサイトに載せる写真を撮りましょう」


 浜口さんは頷きながらそう提案してきた。


「えっ、今からですか?」


「はい! 善は急げですよ」


 浜口さんは、そう言って微笑んでいた。

 その表情を見て、嬉しくなってしまって俺はつい笑っちまった。


「……ははっ、ははは。分かりました、お願いします」


「う~ん、渋谷とかより、巣鴨辺りで写真撮ろうかな?」


「浜口さんが撮るんですか?」


「そうですよ~。う~ん、中山さんはちょっとパンチが弱いから……」


「分かりました。薔薇の花でも口に咥えましょうか?」


「……いえ、それはちょっとご勘弁を」


「駄目ですか?」


「だって…… 今時薔薇の花を口にって…… ふふ、ふふふっ。いや、それで行きましょう!」


「はい!」



 俺の名は中山英吉。職業は、今日からレンタルおじさんだ!


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レンタルおじさん いすぱる @isuparu

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