第2話 絆



 信じて貰えないかもしれないけど、俺は売れっ子だ。

 いきなり売れっ子と言われても意味不明だろう。

 慌てない、慌てない、今から説明をするからさ。


 俺の名は中山英吉、51歳。どこにでもいる普通のおやじだ。

 なのに売れっ子? そう、肝心なのは職業だ。俺の仕事は…… レンタルおじさんだ。


 えっ、どこにでもいる普通のおやじを誰がレンタルするって?

 あぁ、そうなんだよ。俺も最初は同じように考えてたよ。

 言っちゃ悪いが、身銭切っておやじをレンタルするなんて、そんな変わり者がこの世にいるのかねって話だ。

 しかし、これが意外と忙しい商売でさ、その中でも俺は売れっ子っていう訳さ。リピーターや新規の客からの指名も多く、会社で1番人気。まるで歌舞伎町のNo1ホスト様だよ…… なんてな。


 だげどさ、何度も説明している通り、俺は普通のおじさんだ。

 高級スーツを着こなし、オールバックにしてブランデーとハマキが似合う渋いニヒルなおやじでもない。どちらかというとブサメンさ。


 今から一つ、あるお客さんの話をしよう。


 確かあれは、俺がレンタルおじさんを始めて…… うーん、忘れちまった。今思うと面白いお客さんでさ、楽しくて貴重な体験をさせてもらったよ。



「プルルルー、プルルルー」


「はい、中山です」


「中山さん。お仕事の予約が入りました」


「あっ、はい。ありがとうございます」


「明日の16時に、大森貝塚遺跡庭園で待ち合わせです。お客様のお名前は山田新さんです」


「はい、16時に大森…… 山田あらたさん」


「お客さまから電話番号を預かっております。お客様の電話番号は060ーXXXXー1313です」


「はい。060ーXXXXー1313ですね?」 


「そうです。料金の方はすでに交通費を含めて振り込まれていますので、延長の場合だけ追加料金を受け取って下さい」


「分かりました。16時から何時までですか?」


「22時までです」


「えっ!? そんなに長くですか?」


「はい。お得意様になるかもしれませんので頑張って下さいね」 


「はい、ありがとうございます」


 お得意様かぁ…… 頑張らないとな。


「あ、一つお客さまからの指定がありまして」


「指定?」


「中山さん、ネルシャツを持っていますか?」


「寝るシャツ? パ、パジャマの事ですか?」


「はぃ?」


「いえ…… 寝るシャツってどんなシャツですか?」


「柄はチェックで、襟が付いているシャツです」


 あ~、持ってるわ。あれ寝るシャツって言うんだ。


「それなら持っています」


「ですよね、確か前に会社に来てくれた時、ネルシャツ着てましたよね」


「はいはい」


 やっぱあのシャツで良いのか…… 寝るシャツかぁ、そんな呼び名なのかあのシャツ。


「では復唱いたしますね。午後4時に大森…… お名前は……、ネルシャツ着用でお願いします」


「はい、分かりました。ありがとうございます」


 ふぅ~、16時から22時までか……


 うちの会社は、1時間レンタルで2000円だ。つまり6時間で1万2千円。

 そして交通費や飲食代もお客さん持ち。そして今回の1万2千円の7割、8400円が俺の取り分さ。


 待ち合わせの大森貝塚は、どうやら大昔のゴミ捨て場だったらしい。

 貝殻や動物の骨、土器に石器など、色々な物が発見されているんだとさ。

 だけど、そこは博物館の様に敷居が高い訳では無く、公園の様になっており、親子連れも沢山遊んでいる、そんな場所さ。

 俺の家からも近く、自転車で何度か前を通ったことがある。

 けど、まさか公園で6時間も過ごす訳じゃないよな?


 俺はこの時、かなり前の仕事で、長い時間を取ってくれた客を思い出していた。

 その客はいわゆる男色の客で、最初は和気あいあいと過ごしていたのに、人気の少ない場所に連れていかれ突然襲ってきやがった。 

 いくらお客様だからって、それはないだろうと、俺は激しく抵抗したよ。するとさ、なんていうことでしょう、余計に興奮しやがった。

 あの時は逃げるのに往生したよ……

 あれからというもの、護身用にスタンガンを買って持ち歩く様になったんだ。


 

 当日午後15時40分。



 ええーと…… どうやら俺の方が先に着いたようだ。それらしきお客様の姿は見当たらない。

 ベンチに腰かけて入口の方を見ていると、俺と同じような寝るシャツを着て、小太りで髪はボサボサ、メガネをかけ一目でオタクと分かる若者が入って来た。


 俺の服と似ている…… ちょっと待て!?

 もしかして今回も男色じゃないのか?

 ペアルックを着て、一緒に歩きたいとか言うんじゃないだろうな!?


 その若者は俺を見つけると、こちらに歩いてくる。

 

 頼むぞ、男色だけは止めてくれよ~。いや、人それぞれだから、別に男色でも良いんだ。俺は気にはしないさ、襲ってさえこなければな。


 ベンチから立ち上がり、俺の方から声をかけてみた。


「あのー、山田新さんでしょうか? 私は中山です、レンタルおじさんの中山です」


「……」


 その若者は何も言わず、俺の足先から頭までを、舐め回す様にジーっと見てくる。


 ……やべー、また当たっちまったか。そう思ったその時、お客様が声を発した。


「う~ん、まぁ合格かな」


 合格? いったい何の話だ? 聞いてみるか。


「すいません、合格って何が合格なのでしょうか?」


「うん? あー、おじさんの見た目ね。ルックスだよルックス」


 ルックス? それにしても、声が高い人だな。


「あ、はい。指定通り寝るシャツを着てきました」


「あー、うん。それもそうだけど、僕より不細工な人を頼みたかったんだよ。だから合格ね」


 自分より不細工? そんな違いは無いと思うけど……


「じゃ、時間が惜しいから、さっそくこれを着て」


 その若者は背中に背負っていたリュックを地面に降ろし、中からピンク色のハッピを取り出した。


 もしかしてハッピか? この後お祭りにでも行くつもりなのかな?


「早く、早く、時間がもったいないから」


「すみません。直ぐ着ます」


 そうは言ったものの、ここは公園で小さい子供やその親、それにお祖父さんにお祖母さんも沢山いる。

 そんな中でピンク色のハッピをいきなり着ろって……  さっきから浮いている俺達に向けられている視線を感じるし、これを着るのには、かなり抵抗がある。


 ええい、仕事だ仕事!


 俺は言われた通りそのハッピを着た。


「うん、悪くないね、似合っているよ」


「は、はい。ありがとうございます」


 ……今のところ、このお客さんの目的が全く見えてこない。


「ちょっと準備するからさ、柔軟体操でもしてスジを伸ばしておいて。ケガされても困るし」


 柔軟体操? 怪我? 何を言っているんだこのお客、いや、山田さんは?


 山田さんはスマホを取り出し、何やら操作している。

 見ていても仕方ないので、俺は言われた通り屈伸運動をして、身体のスジを伸ばし始めた。


「準備いい?」


「は、はい。運動しました」


「じゃ、まずは僕の動きを見ててね」


 そう言ってきた山田さんは、いつの間にか赤いハッピを着ていた。


「は、はい。見てますね」


 スマホにタッチすると、大音量の音楽が流れ始める。


「うううううううーおりゃ!」

 

 その音楽に合わせ、突然唸り声を出し始める山田さん。


「そぅーー、そりゃ!」


 しかも踊り付きだ!


 今の状況は、周囲に目を向けなくても、何となく分かるさ。どうせ異常者を見る様な視線で俺達を見ているだろう。そうに違いない。

 そりゃそうだ、子供が遊ぶ公園で、場違いなハッピを着た者が、奇声を発して踊り続けている。

 親達は当然、子供達も警戒して見るに決まっている。


 お願いします、警察に通報だけはされませんように……


 結局、音楽が終わるまで唸り声や奇声を上げ続け、激しく踊っていた。


 な…… なんなの?


「どうでしたか?」


 どうでしたかって、いったい何が? もしかして、踊りを褒めて欲しいのかな?


「お、踊り上手ですね~」


「はぁー」


 えっ、褒めたのに深いため息をされちまった。


「まぁ、そこも重要っちゃ重要だけどさ。音楽はどうでした?」


 音楽だってぇ!? 正直山田さんの奇声と踊りが怖すぎて、音楽なんて1ミリも耳に入ってこなかったよ!


「え、えぇ、とても良い曲でした」


 嘘でもそう答えると、表情が一気に明るくなる。


「分かってるね~おじさ~ん。さっきの曲は、今まさに話題の地下アイドル、下り道13のヒット曲、だよ」


 俺は今、いったいどのような表情をしているのだろう。

 恐らく、うん。たぶんだけど悟りを拓いた修行僧のように、何事にも動じず無表情を決め込んでいるのか? 


「じゃあさ、次は音楽のスピードを遅くしてゆっくり踊るからね、ジッくり見て覚えてね」


 さっきの奇声ダンスを俺に覚えろだと!?


 ……何となくだけど、山田さんの目的が、おぼろげに見えて来たような気がする。


「じゃあ行くよー。時間が無いから真剣に見てね」


「……はい」


 山田さんが再びスマホを操作すると、さっきより1/3ぐらいのスピードで音楽が鳴り始めた。


「う・う・ぅ・ぅ・ぅ・ぅ・ぅ~~お・り・ゃ~」


 その分、山田さんの奇声も1/3ゆっくりになっている……


 さっき、たぶん4分ぐらいの曲の長さだった気がする。てぇと何かい? このスピードなら12分ぐらいも見ないといけないのか!? それに、動きが遅くて、さっきよりも気味が悪い……

 それよりも、覚えろって言ってたから、俺に踊らせるつもりだよね、きっとこのあと……



 永遠とも感じられた地獄の12分がやっと終わった。


「どうですか半分ぐらいは覚えられましたか?」


 ちょっと待て! そんな急に覚えられる訳がない。

 しかも半分もだなんて、無理に決まっている。せいぜい最初のううううとか唸り、下げた頭を上げながら身体を起し拍手するところだけだ。


「……すみません。おじさんなもので覚えるのが苦手で」


「えー、困るなぁ。おじさんの会社に物覚えの良い人って言うと紹介されたのに~」


 この仕事が終わったら、会社には記憶力に自信が無いと伝えておこう。


「すみません。頑張りますので」


「しょーがないなー。じゃあさ、下り道13親衛隊隊長の赤い彗星こと、このヤッピィ自ら指導してあげるからね」


 ヤッピィ!? 苗字が山田だからかな?


「は、はい。お願いします」


「本来なら、僕の方がお金を貰わないといけない案件だよ」


 どうして俺が払わないといけないんだ……


「す、すみません」


「まぁ、さっきも言ったけど時間がないから、さっそく始めよう」


「はい」


 さっきの地獄の12分より、更に長い地獄の約3時間がここから始まる。


「だからー、何度も言わせないで! そこは右手を上げると同時に左の足先は外向けるの!」


 そんな細かい所を良くみてるな、ヤッピィよ。


「はぁはぁはぁ、こうですか!?」


「もっとだって、もっとハッキリわかるように外向けて」


 い、痛い。足の筋が痛い。柔軟運動したけど、こんな事なら、もっとちゃんとやっとけば良かった。


「うん…… うんうん! おじさんいいよー! 良くなってきた。この赤い彗星が付いているのだから、何も恐れることはないからねっ」


 山田さんと俺を恐れて、公園から親子の姿が消えているよ!

 俺は心の中で、そう突っ込みを入れた。


 頼む、警察だけはこないでくれ。


「そこ! そこ重要! もっと右足の蹴りを鋭くして! 脚はただの飾りではないのだからね!」


 ハァハァ、言っている意味分かんねーって。


「こ、こうですか?」


「うん、悪くない。いいよー。これならギリギリ親衛隊の末席に加えてあげても良いかもしれない」


 そんな何かも分からない得体の知れないものに加わりたいとは思わないよ。はぁはぁはぁ。


 いざ教わってみれば、踊り自体は単純で難しくはなかったが、兎に角この山田さんことヤッピィが、細かい細かい。

 靴を履いていて見えない指先の方向や、反り具合にまで文句をつけてくる。それが不思議な事に、透視能力でも持っているのかと勘繰るほど的確に当てて来るんだよ。


「うん。まぁもう少し精度を上げたい所ですが、あと2曲覚えて貰わないといけないので次に行きましょう」


「えっ!?」


「うん、どうしたの?」


 今…… あと2曲って言った? ねぇ、そう言ったの!?

 嘘だよね? 俺の聞き間違いだよね?


「あ、そうそう。本番ではペンライトを持って踊っていただくからね」


 俺は正直、今直ぐにでもポケットマネーから返金して、この依頼をキャンセルしようかと何度も何度も考えた。

 しかし、最初気味の悪かったヤッピィの熱意が、何故か俺の心にだんだんと伝わってきて、必死になって3曲の踊りを覚えたんだ。



 このおやじ…… 一生懸命だ、一生懸命覚えようとしてくれている。

 だが俺は赤い彗星。甘い顔を見せる訳にはいかない。



「そうですね、及第点とは言い難いですが、18時40分なので移動しましょう」


 頑張ったんだから、もっと褒めてくれよ……


「ハァハァハァ、何処へいくんですか?」


「アキバです」


「ハァハァ、秋葉原?」


「そうです。早く行きましょう」


 俺は息を整える暇もなく、ハッピを着たまま山田さんと大森駅から電車に飛び乗り秋葉原を目指した。


 知らない人は初めて訪れた時に驚くかもしれないが、東京は他人に対してのスルースキルが凄い街なんだ。

 田舎から出てきた者は、最初人の多さに圧倒されるだろう。だけど、不思議と自由を感じるんだ。

 それほど他人に干渉しない。

 だが、赤とピンクのハッピを着た俺らをスルーすることは、流石に出来ないらしい。しらじらしくスマホをこちらに向け、画像を撮っている奴らが多数いた。

 

「あの~、山田さん、ハッピ脱いだら駄目ですか?」


「駄目です。脱ぐと下り道13の宣伝にならないじゃないですか」


「そ、そうですよね……」


 なるほど、宣伝の為か……

 盗撮された画像が、田舎のかーちゃんや友人の目に留まらない事を願うしかない。



「次は秋葉原、秋葉原」


 電車のアナウンスが、もう直ぐ到着する事を告げてくれる。


「着いたよ、降りよう」


 オタクの聖地秋葉原…… 

 元々は電子機器などを取り扱う店が多かったと聞いた事がある。

 その後、大型家電量販店などの台頭などにより家電市場は衰退し、だんだんと今の様な形に染まっていったらしい。

 ここは、オタクの夢が星の数ほど輝いては消えて行く街だ。


 山田さんの話では、今この街で激熱なのが、地下アイドル達で、その中でもひときわ輝いているのが下り道13というアイドルグループらしい。

 その下り道13親衛隊のNo3と、数日前からどうしても連絡が取れず、俺をレンタルして補欠要因としたわけだ。


 しかし、激熱なアイドルなのに、俺をレンタルしないといけないって矛盾していないか…… 他に仲間が居なかったのかな?

 

 秋葉原駅から歩くこと15分。あるライブハウスに到着する。


 ライブハウスの前には、恐らく入場を待っていると思われる少し様子のおかしな集団がいる。

 その中に、山田さんと俺が着ているハッピを羽織り、その中には寝るシャツを着ている連中が20人ほど目に付く。その人達は、山田さんを見つけると直ぐに駆け寄って来た。


「隊長だ!」 「隊長!」 「ヤッピィ隊長!」


「……」


「No3のオッピィとは連絡は取れましたか?」


 山田さんことヤッピィは、目を閉じ首を左右に振った。


「オッピィ、嘘だー」 「あのオッピィが謀反を起すなんて!?」 


 ……謀反? 連絡取れないだけだろう? 


 少々、いや、かなり大げさだと感じてしまう。


「隊長! オッピィを破門、いや絶縁にしましょう!」


「そうだ、絶縁だ!」


 破門や絶縁って、裏社会じゃあるまいし……

 だけど、この人達が下り道13を、どれほど大切にしているのかが伺える。


「お前達、落ち着くのだ!」


「隊長!」 


「しかし隊長」 


「こんな大切な日に、連絡もなく上り道にこないなんて。俺達は…… 俺達の絆は……」


 上り道? 後で知る事になるが、下り道13のライブは、上り道というらしい…… 


「うぅぅ」 


「オッピィ…… 俺は信じたくないよぅ……」 


「うわぁぁぁ~、オッピィー!」


 どうやら、そのオッピィという人は、かなり慕われている様だ。

 そんな人が大切な日に来ないなんて、それなりの訳があるのだろう。


 山田新こと、ヤッピィが口を開いた。


「私は…… 私はオッピィを信じている。オッピィは、この親衛隊を共に立ち上げた仲間だ! あいつが裏切るなんてありえない」


「し、しかし隊長! げ、現にオッピィは、あいつは…… クッ、ここに来ていないではありませんか!? 

 そしてそのせいで、このようなおじさんを人数合わせの為とはいえ急遽レンタルして!? オッピィが居ないとクオリティが下がってしまいます! そんな応援を下り道の天使たちに見せられるのですか!?」


「言うな!!」


 ヤッピィが突然大きな声を張り上げると、その気迫に押された隊員達は、声を失ってしまう。


「グッピィ、それを言うな……」


 グッピィ? 山田さんはヤッピィ…… グッピィって……ぐ、ぐ、ぐ、分からない。何て苗字なのだろうこの人。


「オッピィには、何か理由があるはずだ。今日ここにこれなかった理由がな」


「隊長! 口を挟むことをお許し下さい! 下り道13より大切な理由とは、その理由とは何でしょうか?」


「ロッピィ…… それは、私にも今は分からない。だが、もし、どうしてもオッピィを絶縁にしたいというならば、私も責任を取って隊長を辞めよう」


 ロッピィ!? グッピィよりも分からない……


「た、隊長。そこまでオッピィの事を信じて……」 


「隊長……」


 俺は、一体何を見せられているのだろう……

 けど…… 山田さん、いやヤッピィさん。あなたの仲間を信じるその気持ち、嫌いじゃない。

 それに俺は受けた仕事は絶対にやり遂げる。それがあの時に誓ったポリシーだ。


「皆さん、初めまして中山と申します。オッピィさんには遠く及ばないかもしれませんが、代役は私に任せて下さい。必ず皆さんが納得する踊りを、下り道13を全力で応援します!」 


「ナッピィ…… お前……」


 ヤッピィ、俺をナッピィと呼ぶんじゃない。


「任せてください、なんせ俺の踊りは、赤い彗星ことヤッピィ直伝ですからね!」


 そう伝えると、ヤッピィは微笑み、隊員達を見つめた後、ゆっくりと頭を下げた。


「皆、オッピィとナッピィを信じてくれないか。この通りだ、頼む……」


 だからナッピィって…… いや、もう好きに呼んでくれ。


「……分かりました。隊長、頭を上げて下さい! 僕も、僕もナッピィを信じます」


 いや、ロッピィよ。俺よりオッピィを信じてやってくれ。


「俺も信じます」 


「俺も」 


「私もナピィ・・・を信じますね」


 小さい「ッ」入れてくれないかな…… 

 ナピィって呼ばれて、背中に冷たい何かが走ったよ。


「僕も」 

「おいらもです」 

「あちきも」

 私も信じます」


 今誰かあちきって言ったぞ。


「お前達……」


 ヤッピィは、隊員たちに背を向けると、身体が小刻みに震え始めた。


 ヤッピィ…… 泣いているのか……


 背を向けたままヤッピィは口を開く。


「私は、私はお前たちの隊長であることを、心から誇りに思っている!」


 公園で会った時とはもはや別人だな、山田さん。いや、ヤッピィよ。


「隊長!」 


「隊長すみませんでした。自分が、自分が間違っていました」


「隊長…… ナッピィ」


 隊長と一緒に俺の名までも呼ばれると、違和感が…… 仲間なのは今日だけなんだけど、しっかりやらせてもらいます。


 一件落着のようだが、グッピィだけはまだ納得していないようだ。

 皆が同意する中、一人だけ口を閉じていたし、俺と目も合わせようとしない。

 

 そんな時、ついに時間が来たようだ。ライブハウスの入り口の鎖が、係の人の手によって外された。


「皆ぁ!」


 ヤッピィの呼びかけに、全員が一斉に返事をする。


「おぉー!」


「行くぞ! 俺達の天使の元へ!」


「Yes! I love 下り道13!」


 まるで、昭和のような掛け声だな。


 

 鎖が外された場所から、地下への階段を降りて行く。

 ヤッピィが俺を含めた全員分のチケットを、入り口に立っている係員に渡す。

 俺は他の隊員達の後に続き、共にライブハウスに入って行く。

 時刻は19時30分。

 ライブ…… いや、上り道開始は20時だ。 

 上り道会場は、舞台と客席を合わせると20畳ほどだろうか? 椅子はなく、スタンディングの様だ。こういう場所は初めてだけど、意外に狭いんだな。

 だけど、照明やら機材が既にスタンバっており、雰囲気はかなり良い。

 そのせいか、この時俺は、胸の高鳴りを憶えていた。


 どうやら今日の上り道は、単独ライブではなく他のアイドルグループも出演するようだ。

 その中で、なんと下り道13は、トップバッターだ。

 この日が初めてのトップだったようで、特別な日なのであった。


「親衛隊、整列!」


 ヤッピィの掛け声で、皆が足早に舞台の最前列に並び始める。因みに他のアイドルを応援しに来た者達は、俺達から距離を取り、後ろに待機して見ている。

 

 みんなが順調に並ぶ中、俺は何処に並んでいいのか分からず困っていると、ヤッピィから声がかかった。


「ナッピィ、ここに並んでくれ」


 そう言われ歩を進めると、隊員達がざわめき始める。


「おぃ、あそこはオッピィの位置だぞ」 


「今日だけのおやじを、No3の立ち位置に……」


「ナッピィのことは信用するけど、いくらなんでもあそこは……」 


 あららら、どうやら俺の立ち位置のせいで、ライブ前だと言うのに、雰囲気が悪くなってしまったようだ。


「隊長!」


 突然オッピィを呼んだのは、グッピィだ。


「そのおやじは後方で宜しいかと! オッピィの位置は後ろから順番に詰めて行けば問題無いと思われます」


「グッピィ、これは決定事項だ。異論は許さない」


「ざわざわ」 「ざわざわ」


 俺はキョロキョロして、皆の立ち位置を見てみる。

 するとどうやらオッピィの空いた位置を後ろから詰めて行くと、グッピィはちょうど最前列になれる。

 俺がここに入る事で、グッピィは今日も2列目って訳か…… なるほど、それは異議も唱えたくなるよな。

 

 俺は今日、No3のオッピィの代わりだ。と、いうことは、俺の左隣はNo2…… 


 そこにはロッピィが立っていた。


 人は見かけには寄らないものだ。彼はもっと後方の様な気がしていた。

 右隣のNo4の人は…… あれ? さっきこんな人居たっけ?

 

 俺は次に舞台に目を向けた。


 うーん、ここはかなり良い位置だ。最前列だから、何も視線を遮る物がない。

 確かに今日だけの俺が、こんな特等席で良いのか?

 グッピィが異議を唱えるのも、当然の様な気がする。


 左隣のロッピィが、ペンライトを俺に渡してきた。

 どうやら俺の分をわざわざ用意してくれていたらしい。他の隊員たちは自前のようだ。


 しかし、このペンライト大きいな!? もはやこん棒ではないか。


「気を付け!」


 ヤッピィの号令がかかると、隊員たちは全神経を集中して直立不動だ。


「う~~、ささつつぅ!」


 隊員達はペンライトを身体の中心に持っていき、まるで剣を構えているかのようなポーズを取る。

 俺も遅れて、見様見真似で同じポーズを取る。


 それからしばらくの間、捧げ銃のポーズのまま、隊員達は微動だにしない。

 いつまで続くのか不安になった俺は、横目でロッピィを見てみると、額や頬に大量の汗が浮き出ている。


 次にNo4に目を向けると、彼は1滴も汗をかいていなかった。

 ロッピィがただ単に汗かきなのかな……

 いや、俺も汗が噴き出てきているぞ。おかしいのはNo4だ!


 さっき19時30分だったから今は45分ぐらいか。まさかライブ開始の20時までこのままのポーズなのか!?


 そう、そのまさかだった。まだ下り道13のメンバーが出てきてもいないのに、俺には意味不明な捧げ銃というポーズのままで、20分ほど動かずにいたのだ。

 

 う、腕が、腕がもう限界だ。ぷるぷるしてきやがった、だ、駄目だ。

 俺は自分だけではないかと不安になり、ロッピィを横目で見ると、彼の腕もぷるぷるしていた。

 

 ……そうかぁ、辛いのは俺だけじゃないんだな。

 そう思うと、不思議と少し元気が出て来る。


 少し元気を取り戻した俺は、次にNo4を同じように横目で見てみると、彼は少しもプルプルしていないどころか、涼しい表情で相変わらず汗一つかいていなかった。


 

 おかしい…… この人は本当に人間なのだろうか?


 

 そう思っていた時、薄暗い照明が落ちて真っ暗になる。


 うん!? もしかして始まるのか? やっと、やっと出てくるのか。

 腕が限界だったから助かる。

 

 暗くて何も見えないけど、舞台で誰かが動いている音が聞こえる。

 この音の数…… 一人ではない、複数人だ。

 

 そう考えていると、様々な色の光線と照明、それに音が、まるで爆発でもしたかのように突然俺を襲って来た!


 そして、真っ先に俺の目に飛び込んできたのは、若い女の子のフトモモ!


 驚いた俺は、思わず下を向いてしまう。


 ん? この音…… あれだ! ヤッピィが俺に公園で教えてくれた1番最初の曲、下ってなんぼだ!


 眩しく光るフトモモに圧倒され、ちょうど下を向いていた俺は、ダンスの入りの姿勢と重なっていたのだ。


 よし! やるぞ! やってやる!

 

「ううううううう、おりゃー!」


 何と俺は、練習の甲斐もあってドンピシャのタイミングでダンスに入ることが出来たのだ。

 ヤッピィを始め、俺の事を信じてくれた人達の期待を裏切る訳にはいかない。

 とにかく、全力だぁ!


「そぅーー、そりゃ!」


 他の隊員達と寸分の狂いもない掛け声が決まる!


 ロッピィが笑みを浮かべ、微かに俺の方を向いた気がした。

 俺は、何気ないその視線が、嬉しかった。


 ここは脇を開き、握りこぶしを作った両手を、左右にリズム良く揺する! 揺する! 揺する!


「ほい! ほい! ほいほいほい!」


 決まった!


 いいぞ! 今の所はミスも無いはずだ。

 

 ……しかし、問題は次の山場だ。


 まずヤッピィが大きく振りかぶり剣道の面のような打ち込みをする。

 そしてロッピィ以下前列の4人がそれに続くシーンがある。


 問題は俺の入りのリズムだ!

 1、2、3、4から、さっきのほい!ほい! ほいほいほい! その拍は、1と、次に2を飛ばして3、そして4の後の1、2、3だ。


 だが次は、ヤッピィと1で入り、ロッピィは3と同じ様に入るが、俺は4の後の1では無く、さらにその後の2から入らないといけない。


 頭の1のリズムを飛ばす…… 音痴の俺には至難の業だ。

 公園で練習している時も、1度も完璧には成功しなかったんだ。


 やばい、緊張してきた…… 気になり過ぎて、ダンスに身が入らない。

 だ、駄目だ。リ、リズム、リズムが読めない。


 そしてついに、その時が来てしまう。

 まずはヤッピィからだ。


「はい!」


 続いてロッピィ。


「はい!」


 俺の、番だ……


 その時、俺の目の前に立っている少女の動作が、何故かスローモーションのように見えた。

 

 な、なんだこれは……


 そして、その少女は、ゆっくりと「うん」と言って頷いた。


 これだ! 彼女は1拍目を置いてくれた。この後だ!


「はぁい!」


 そして変人No4が続く。


「ふぁい!」


 続いてNo5。


「はい!」


 

 そして、下り道13が歌いだす! 

 


 ……うおぉぉ! やったぁ! 出来たよな今!? 成功だ!


 横目でヤッピィを見ると、俺を見てニヤリと笑っていた。


 ハハハハァ、俺は今、隊員達と一心同体になっている!

 いや、隊員達だけではない、舞台で歌い踊っている下り道13ともだ!


 何だこの浮遊感は…… まさか俺は今…… 宙に浮いているのではないだろうか!?

 自分の体重を感じていない…… ここはまるで、そう…… 宇宙だ! 無重力空間だ!


 今なら、今ならどんなダンスでも完璧に踊れそうだ。 


 ウハハハハハ、どんどん行くぜぇー! イーハー!


 クッ…… なんだこのおやじ!? さっきから見ていると、か、完璧じゃないか!?

 本当に今日だけで覚えたのか?


「グッピィ、乱れているぞ」


「わ、分かってるよラッピィ!」 


 くっそー、あのおやじを意識するあまり、自分が乱れるって…… くそ…… くそ…… くそくそくそ。


 焦っていたのはグッピィだけではない。

 他の隊員達も同じであった。

 

 なんだ、ナッピィやばくないか?


 ナッピィ凄い…… 


 負けてたまるか、今日のオブナイは俺のものだ!


「フッ、まだ1曲目だというのに、どうやら今日のKnightナイト ofオブ Knightナイトは、ナピィ・・・に決まったようですね」



 ナッピィを見て焦りを感じる者達も居れば、素直にその実力を認める者もいた。


 隊員達は様々な思惑や思想の中、下り道13の元でみなは一つとなる!


「うぉーー、うぉーー、うぉーーおりゃおりゃおりゃ!」


 あはははは、なんだこりゃ!? 最高に気持ちいいー!


 いや、少し冷静になれ。もうすぐ曲の終わりだ。最後をミスすると、今までの全部が無駄になってしまう。

 見てろー、バッチリ決めてやる!


 ズン、ズン、ズンズンズン。 ここだ!


 バ~ン!


 ハァハァハァ、き、決まった…… よな。 ……やばい、次の曲に行く体力が…… はぁはぁはぁ、どうしよう……


 そう思っていると、舞台に立っている下り道13がトークを始めた。


「みんな~、1曲目から飛ばし過ぎじゃな~い?」


「大丈夫でーす!」 


「まだまだ~」 


「全然いけますよ~」


 皆が口々に返答するが、俺は呼吸を整えるのに必死でそれどころではない。はぁはぁはぁ。


「そこのおやじ、死にかけてね?」


 その言葉で、ドッと笑いが起きる。


 俺を指差して、そう毒を吐いたのは、宝剣ほうけんサミ、21歳。下り道13最年長。

 

 後でネットで調べてみたが、どうやら毒舌を売りにしているらしい。


「こらこらこら、言いすぎ~」


 サミの毒舌を制止したのは、西園寺さいおんじルミ、19歳、彼女は下り道13のリーダーだ。 

 どんな勝負事にもこだわる、負けず嫌いで有名らしい。


「はい、でわ~、メンバー紹介いってみよ~」


「イエーーイ!」


 隊員たちが雄たけびを上げる。


「まずは私、西園寺ルミでぇーーーす」


「ルミちゃーん」 「ルミルミ~」


 彼女の衣装は赤い……

 なるほど、ヤッピィはこの子のファンか。


「宝剣サミどえす~」


「エース!」 


 どうやらこの子は性格がドSらしく、京都弁のどすえ~にかけて、どえす~と同じような発音で言っているらしい。衣装は黄色だ。


 ……俺の右隣に立っているNo4のハッピも黄色だ。つまりこの人は、ドⅯなのかな……


「私は~、ひいらぎヤミ~。名前はヤミでも全然病んでないからね~、そこんとこ宜しくぅ!」


「宜しくぅ~」


 昭和のヤンキーのような挨拶をしているこの子の衣装はオレンジ色。同じ色のハッピは、ロッピィが着ている。

 それにしても、この子も魅力的な子だ。



「……」


「……」 「……」 「……」


 うん? 次は誰なんだろう? 誰も話さないじゃないか? もしかして、緊張して順番を忘れちゃったとかかな?


「はーい、相変わらず無口な三日月ミミちゃんでーす」


 リーダールミちゃんが助け舟に入る。

 なんとミミちゃんは、自己紹介ですら話さないという無口キャラらしい。衣装の色は緑でNo5と同じだ。 


「サイレント! サイレント! サイレント!」


 隊員達は声を揃えて、大きな声援を送っている。


 だが、なぜ盛り上がっているのか、俺には理解できない。


 さて、次はいよいよ最後の子の番だ。


 この子は俺が入る拍のタイミングを頷いて教えてくれた子で、可愛い子ばかりのメンバーの中でも、さらに頭一つ抜けて可愛い。


「はーい、私はー、横投よこなげ~タミでーす」


 左膝を上げ、右手を上に伸ばしウインクするその姿は、まるで妖精のように美しい。

 

 ほう~、これはこれは…… タミちゃんか…… 因みに衣装は俺のハッピと同じでピンク色だ。


「オーバースロー、オーバースロー、オーバースロー!」


 いや、それは上投げだろ。横投げならサイドスローだろ?

 しかし、誰の突っ込みも入らずその場は流れて行く。


 うーん、分からない……



 あれ? 何処を見てみても、やっぱりオッピィがいない…… 代わりにおじさんが、私のハッピを着ている。

 オッピィ…… どうしたのかな……

 


「私達5人で下り道13! 略してくだみさでーす! みんな宜しくお願いしま~す」


「イエーイ!」 「くだみさ日本一!」 「愛してるよーくだみさー」


 歓声と拍手が飛び交う。


 正直俺は、13という数字が入っているので13人のグループだと思っていたが、5人グループだ。


「それでは次の曲は、恋はナックルでーす」


 なんという曲名だ。


「お前ら~行くぞー」


 サミちゃんが大声で、隊員達に気合を入れてくる。


「うぉー!」 「行くぞー!」 「おおっ!」


 よーし、体力も回復したし、俺も負けていられない。


「行くぜー!」


 精一杯の大声を出してみた。

 すると、不思議とやる気が満ちてきたんだ。


 曲が始まり、再びダンスに突入する。


 公園でヤッピィから教わっていた時は、文句ばかり考えていたけど、もしかして、俺の水に合っているのかもしれない。

 そう思いたくなるほど、上手に、皆と一体になって踊れたような気がした。


 曲を歌い終わると、再びリーダーのルミちゃんから話を始める。


 内容は飼っている犬の話や、メンバーの失敗談などで、5人で雑談形式だ。

 だが、無口キャラのミミちゃんは頷いたり首を振るだけで一言も声を発しない。

 その姿が、何故か気になってしまって仕方がない。


 隊員達は時には大きな声で笑い、にこやかに微笑む。そして時には、ちゃちゃを入れ会話に参加している。

 

 意外と距離が近いんだな。これは、楽しいじゃないか…・・


 俺は、右隣のNo4の声が一度も聞こえないのに気付いて目を向ける。

 すると、No4は目を瞑り、手を合わせ拝んでいた。それはまるで、神様に何かを願うかのように。


「……」


 俺にはその行動が、全くもって意味が分からなかった……


「さぁ、次の曲は~」


「は~」 「は~」 「は~」


 隊員達は続けて「は~」と言い、やまびこを演出している。

 そして、そのやまびこが終わるのを待ってから、ルミちゃんが曲名を告げる。


「カニバサミ~」


 そう、この曲名。

 俺は公園でヤッピィからこの曲名を聞かされた時、心の中で格闘技の技かなと突っ込んだ。

 だが……


「カニを食べる時~♪ あると便利なの~♪」


 そう、そっちのカニバサミだった……


 俺は、何故アイドルがカニバサミについてを歌うのかを考えると、夜も眠れなくなりそうなので、考えないことにした。


 そして俺は、最後の曲に残りの体力を全て使い、踊り狂った。


「ほんと今日みんな最高~」


「おまえら褒めてつかわす~」


「イカしてるぜ~」


「……」


「みんなー、今日も一緒に踊ってくれてありがとう~」

 

 はぁはぁはぁ…… 終わったのか……

 俺は…… ヤッピィこと、山田さんの期待に応えて、仕事をこなせたはずだ。はぁはぁはぁ……


「次はラストの曲です、聞いてください」


 えっ!? 次だって? 俺は3曲までしか教わってないぞ!?


 そう戸惑っていると、ロッピィの腕が俺の方に伸びてきて肩を抱かれた。

 驚いてロッピィを見たついでに後ろに目をやると、皆が両隣の隊員達と肩を組んでいる。


 なるほど……最後の曲はそうやって聴くのか。

 

 ロッピィの熱を持った肩に俺も手を回す。 

 そして、No4の肩にも手を回すと、ひやっこくて気持ちよかった。

 どうやらこの人は、熱を持たない生物らしい……


 肩を組んだ状態で曲に合わせ身体を左右にゆっくり揺らす。

 静かなバラードの曲…… 火照った身体を冷ますのにちょうど良い。

 最後の曲も終わり、これで全て終わったんだと思っていると、リーダーのルミちゃんが口を開く。


「さぁー、皆のお待ちかね~、今日のオブナイの発表だよ~」


「イエーイ!」 「オブナイ、オブナイ、オブナイ!」


 うん? いったい何の騒ぎだ!?


「今日のオブナイを決めるのは~」


「決めるのは~」


「タミちゃんでーす!」


「オーバースロー、オーバースロー、オーバースロー!」


 だからそれは上投げだって!


「ではタミちゃん、今日のオブナイを発表して下さい」



 ……僕だ、今日のオブナイは僕だ。

 

 今日こそオブナイに……


 オブナイは俺や!


 隊員達は、自分が選ばれる事を、心の中で祈っている。

 中でも横投タミちゃんの大ファンのグッピィは、タミちゃんが決める今日のオブナイを、1番狙っていたと言っても過言ではない。

 そして、内心ライバルであるオッピィの欠席を、実は喜んでいたのであった。


 俺だ! 絶対に今日のオブナイは俺だ! あんなおやじに負けてたまるか! 俺だ、俺なんだ!


 タミちゃんは人差し指を立てると、ゆっくりと寝かせて、隊員達の方を指して前後左右へと動かしてゆく。


 自分の前で止まらず、指先が通り過ぎると、落胆する隊員達。

 そして、タミちゃんの人差し指がある隊員を指して止まる!



 ……えっ、俺?



 そう、タミちゃんが選んだのは、ナッピィだった。


「フッ、やはり私の予想通り、ナピィ・・・が選ばれたようですね!」



 くっそー、どうして、どうして寄りにもよってあのおやじなんだよ!

 くそったれー!


 グッピィが激しく嫉妬する中、他の隊員達から拍手が起きる。


「カンオケに半分入っているおやじには、良い思い出になるね」


 またしてもサミちゃんの毒舌で、笑いが起きる。


「さぁ、えーと……」


 ルミちゃんが困っていると、ヤッピィが素早く名を告げる。


「ナッピィ」


「はい。じゃ、ナッピィには、舞台に上がっていただきましょう」


 え、舞台に上がるだって? いったい何をすればいいんだ?


 俺は訳が分からず不安を抱いていたが、皆に促され舞台に上がる。


「今日のタミちゃんは何をするのかな~?」


「するのかな~」 


 そう言って隊員達があとに続いた。


「では、そこに立って目を瞑って下さい」


 俺は言われるがまま、観客に背を向けた状態で目を瞑った。


 ……もしかして頑張った褒美に、ほっぺにキスしてくれるのかな?


 俺はそれを期待して、内心ドキドキしていた。


 すると、突然左の頬に強烈な痛みと大きな音が耳に飛び込んできたのだ。

 どうやら俺は、ビンタをされたらしい。そして驚いた俺は、バランスを崩し観客席に倒れそうになる!


 舞台の高さは1mほどだ。それほど高くないとはいえ、バランスを失って倒れ落ちると、怪我は免れない。

 必死で落ちない様に粘っていると、サミちゃんの蹴りが飛んできた!


「さっさと落ちやがれ! 後がつかえてんだよ!」


 蹴りを喰らった俺は、むなしく観客席に倒れていった。

 だが、隊員達が団結して俺を受け止めてくれたのだ。


「よし!」 「大丈夫だぞナッピィ」 「安心しろ!」


 皆が、俺を柔らかく受け止めてくれたおかげで、怪我一つすること無く、無事に足を地に降ろせた。


 それはまるで、アメリカのボーイスカウトの儀式のようだった。

 だが、俺を支えてくれた皆の手が離れて行く時、背中に突然痛みを感じる。 

 そう、その痛みは、誰かが爪を立てつねったのだ。


 振り向くと、そこには数人の人物がいた。その中にはグッピィも……

 まぁ、犯人はだいたい分かっている。

 1人だけ好意的ではない者、恐らくそいつだろう。

 多分そいつからすれば、俺の事を仲間と認めてないのだろう。だけど、そう思われても仕方ない。俺は、欠員の為に呼ばれただけなのだから……


「はーい、今日のオブナイはナッピィでした。皆~、今日もくだみさの上り道に来てくれてありがとう~」


「また来るからね~」 「毎日でも来るよー」 「またねー」


 皆からの拍手の中、下り道13は惜しまれながら舞台袖に下がって行く。

 余韻を楽しむ暇もなく、隊員達は直ぐに舞台から離れ、後ろに下がる。

 それを見た俺も、釣られて一緒に移動する。 

 すると、今度は後方に居た人達が、舞台の最前列を陣取った。

 恐らく、次に出演するアイドルグループのファンなのだろう。


 なるほど、こうやってマナー良く交代するのか……


 と、いうことは、ふぅ~、これで終わったのか。

 俺は時間が気になりスマホで確認すると、まだ20時41分だった。

 確か、依頼は22時までだったはずだ。ずいぶん早く終わってしまったけど、いいのかな?


 ヤッピィに確認を取ってみると、自分達の好きなアイドルだけを応援して終わったからといって、出て行くのはマナー違反だと教えてくれた。

 他のアイドルグループの時も、後方から応援して盛り上げ、全てのグループのライブが終わってから外に出る事が、暗黙の了解になっているそうだ。


 ……なるほど、言われてみればその通りだ。

 いくらファンではないとはいえ、ライブ中に帰られるなんて、良い気はしないよな。


 因みに、この後ライブをした2つのアイドルグループ名は「どぶろく少女」と「JCジェイシー」だ。


 ユニークな名前だねとヤッピィに話しかけると、どぶろく少女のメンバーは全員20歳を超えているので大丈夫だと言われ、JCは女子中学生の略ではなく、映画俳優のジョッキー・チャンにかけていると言われた。


 両方とも本当に、よく分からない話だった……


 俺はその後も、ペンライトを振ったり、声を上げて、この日出演したアイドルグループのライブを、他の隊員達と一緒に盛り上げた。


 そんなナッピィの姿を、ヤッピィは満足そうな表情で見ている。


「隊長、あのおやじを起爆剤に使いましたね」


 そう語り掛けて来たのはNo4のヌッピィ。

 そのヌッピィの声は、ヤッピィよりもさらに高音だった。


 ヤッピィは静かに目を閉じると、首を左右に大きく振った。


「そうじゃない、そうじゃないんだよ」


「えっ?」


 ナッピィには申し訳ないけど、最初はミスばかりするおやじを見せて、隊員達の優秀さを自覚してもらおうと考えていたんだ。

 だけど、公園での頑張りを見て気持ちが変わったよ。


 ……君は私の想像以上だったよナッピィ。

 本当にKnightナイト ofオブ Knightナイトに相応しかった。

 おめでとう、ナッピィ……


 隊長とヌッピィは、どぶろく少女のライブを盛り上げるナッピィを、微笑を浮かべて静かに見守っていた。


 

 時刻は21時55分。

 

 全てのグループのライブが終わり、興奮冷めやらぬ俺は、皆より先に外に出て火照った身体を冷ましていた。


 そこにヤッピィを始め、グッピィやロッピィ、他の隊員達も続々と出て来る。

 皆は今日の上り道も最高だったと、そう口々に話し合っていた。


 フッ、どうしてかな? 出会った時と違って、今は皆を見ていると何故か心地が良い。


 だが、そんな全てをやりきった俺の達成感をかき消す声が、突如として耳に入ってきた。


「オラオラオラ、道に広がってるんじゃねーよ、糞オタク共が!」


 突然そう大声を放ちながら現れたのは、オタクの天敵、ヤンキーだった。


「ったくよ~、気色悪い奴らだぜ。な~おい」


「ほんとだよ、なんだお前らそのお揃いのハッピは? ちょっと貸せよ、俺も着てみてーよ! ぎゃははははは」


 一人のヤンキーが、グッピィのハッピを引っ張り始めた。


「や、やめて下さい。大切なものなんですこれは」


「だったら破ける前に貸せよ、オラオラオラ!」


 このヤンキー共、ただでさえタチが悪そうなのに、酒に酔ってやがる。


「ほらほらほら~、脱がないと破けちゃうよ、ほらほら~」


「や、やめて下さい、お願いします」


 他の隊員達は、屈強なヤンキー達に驚いて、なす術なく立ち尽くしている。


 ふぅー。まさか、これが役に立つとは…… 備えあれば憂いなしだ。


 

「バチバチバチバチバチ!」 


 凄まじい電気音が辺りに鳴り響き、ヤンキー達は驚いた表情で一斉にナッピィを見る。


「仲間が嫌がっているだろ。いいかげんにしてくれないかな?」



 え? 今、ぼ、僕の事を、仲間って…… ナッピィ……



「なんだコラァ~、一人だけおっさん! そんな物で俺らがビビるとでも思ってんのか? あー!?」


 一人だけおっさんって、はぐれメタルみたいな上手い名を一瞬でつけるなよ。


「すまないが説明をさせてくれ、時間は取らせない。

 これはな、普通のスタンガンとは違う。アメリカの警察が屈強な犯罪者相手に使うスタンガンで、普通日本では手に入らない特別なスタンガンなんだ。

 2m以上あるムキムキのアメリカの犯罪者が、棒切れの様に倒れるさまを、動画で一度ぐらい見た事あるだろう? 日本人の平均的な体型のお前達に使うと、一体どうなるのかな?」


「バチバチバチバチ! バチバチ!」


「……」 「……」 「……」


 勿論さっきの説明は全て嘘だ。

 このスタンガンは、通販で買った安物だが、どうやら効果はあったようだ。


 俺は笑顔で、絶句しているヤンキー達を見つめていた。


「ちっ! しらけたわ~。おい、早く新宿のキャバクラ行って飲み直そうぜ~」


「あぁ~、そうだな。オタクなんかに俺達の時間を取られるなんてもったいねーよ。行こうぜ」


 ヤンキー達は大人しくその場を去ってくれたので、俺は内心ホッとしていた。


 潤んだ瞳のグッピィは、俺と目が合うと軽く会釈をした。感謝の言葉は無くそれだけだったけど、さっきまで戦場ライヴで一緒だった彼の気持ちは、十分伝わって来た。


「じゃあ山田さん。そろそろお時間なんで、これをお返しますね」


 俺はハッピを脱いで山田さんに手渡そうとしたが、山田さんはいつまでも手を伸ばして来なかった。


「それは…… ナッピィのものだよ。大切にしてくれよ」


「……分かりました。仲間の証だと思って、一生大切にします」


 俺は皆に向け会釈をした後、秋葉原駅に向かい歩き出す。


「全員せいれーーつ!」


 ヤッピィの掛け声で、まるで訓練された兵隊の様に並び始める隊員達。


「ナッピィに、敬礼っ!」


 その声を聞き振り向くと、隊員達が俺を見つめて敬礼をしていた。


 そう、あのグッピィまで……


 それを見た俺は、敬礼を返さずにはいられなかった。



 俺の名は中山英吉。職業は、レンタルおじさんだ。


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