第13話 ハーフエルフさんは、歩き始めるみたいです。
■ミーシィアの視点
時間は少し巻き戻る。
ミーシィアとフーラァが、ヒタボにたどり着く少し前。
ミーシィアの心の中に渦巻いていたのは、フーラァに迷惑ばかりかけていることへの罪悪感だった。
フーラァちゃんに命を救われたことから始まり、慣れない森の中での食料の確保、夜間の寝ずの番。
助けられてから次の朝までの間だけでも、こんなにもお世話になってしまった…。
そして、そんなことを考えながら向かっているヒタボへの道中。
ふたりの前には、屈強な男たちが立ちふさがっていた。
十数人の男たちと、その先頭にいるリーダー格の男ふたり。
右の男はモヒカン頭
左の男はスキンヘッド。
どこぞの世紀末にでも出てきそうな見た目だった。
「マジかよ、こいつは大当たりだぜ!!最近この街道で、珍しく魔物がでるとかで行き来する商人どもが減ってたからな!まさかこんな上玉な女が来るとはついてやがる!」
「ホントに俺たちついてるぜ兄弟!!あんだけ上等な女なら、どっちも高値で売れそうだな!ま、その前に俺たちで楽しむってのも有りだがよ!」
厭らしい笑みを顔に張り付け、集団の先頭に立つ男二人がそんな会話をしている。
なんなの…、コイツ等…。
男たちの会話から察するに、この街道を狩場にしている山賊かなにかだろうか。
そう考えた瞬間、ミーシィアの脳裏に、奴隷にされていた間の悪夢がフラッシュバックする。
ミーシィアを捕らえた人攫いの醜い笑みが。
地下牢を訪れた男たちから向けられた、こちらを値踏みするような視線が。
鮮明な映像のように、ミーシィアの脳裏を駆け巡る。
それはいわゆるPTSD、心的外傷後ストレス障害と呼ばれるものだった。
脳裏を駆け巡った悪夢は、ミーシィアの心を凍り付かせ、その体を震わせる。
立っていることさえ困難になるほどに…。
震えが…、止まらない…。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!
ミーシィアの心の傷は、本人が思っているよりも深くて刻まれていた。
そんなミーシィアの肩に、優しく手が添えられる。
「大丈夫、私の後ろにいて」
フーラァがミーシィアに微笑みかける。
「フーラァちゃん…!」
まただ、また迷惑をかけてしまった。
私はちゃんとしなきゃいけないのに…。
でなきゃまた…。
また誰かを不幸にしてしまう…。
進藤 美咲がそうしてしまったように…。
それはまだミーシィアが進藤 美咲であり、10歳の頃だった。
美咲の母・千咲は、美咲の妹となる第二子を妊娠していた。
二度目の妊娠。
美咲を妊娠していた時の経験がある分、安心してのぞめる。
美咲の両親も、そして小さかった美咲自身もそう思っていた。
だが、不幸というのは突然やってくる。
出産まで、もうあと三ヶ月くらいという、そんな時の出来事だった。
千咲は定期検診のため、最寄りの大学病院まで通院している。
家からそこまで距離があるわけではないが、大事を取って美咲の父・タケルが、今までは車で送迎をしてきた。
しかしこの日は違った。
美咲が風邪を拗らせ、高熱で寝込んでしまったのだ。
高熱にうなされる娘を放っておくことはできない。
この日、千咲の送迎は行きのみということになった。
そこで、悲劇が起きてしまう。
病院からの帰り道、千咲が交通事故にあったのだ。
横断歩道を渡る千咲に、乗用車が突っ込んだ。
運転手のよそ見運転が原因だった。
事故後すぐに救急車が呼ばれ、千咲は病院に搬送された。
病院に運び込まれた当初は、母子ともに危ない状態だったという。
タケルが事故のことで病院から連絡を受けたのは、薬が効いて美咲の熱が下がった夜のことだった。
タケルが病院に駆けつけた時、千咲は治療を終え一命をとりとめていた。
しかし、千咲のお腹の子は…。
この日の出来事を美咲が知ったのは、さらに翌日のこと。
事故のことを知っり顔面蒼白になる美咲。
その脳裏に最初に浮かんだのは、生まれてくるはずだった妹を失ってしまった悲しみ。
そして自分のせいで母を事故に合わせてしまったという絶望だった。
「私の…。私のせいだ…。私が熱を出して寝込んだりしたから、お父さんはお母さんを迎えにいけなくて、そのせいで事故にあったんだ…」
もちろん、美咲に非など1ミリもない。
悪いのは、よそ見運転をしていたその運転手なのだから。
美咲の両親は、もちろんそのことを美咲に言い聞かせた。
だがこの時の美咲は、起こった不幸のすべてを自分のせいだと思って疑わなかった。
その時からだ
『私がちゃんとしなきゃいけない、周りに迷惑をかけてはいけない』
美咲がそんなことを思うようになったのは。
その心の傷は、ミーシィアとなった今でも癒えてはいなかった。
フーラァによって盗賊たちから庇われている今も、ミーシィアの脳裏に浮かぶのは、『周りに迷惑をかけてはいけない』、その思考だった。
「おいおい銀髪の嬢ちゃん、なにが大丈夫だってんだ??俺ら、10人以上いんだぜ?」
「そうだな~。見るに嬢ちゃんも冒険者ではあるみたいだが、俺らの実力はそこらの冒険者なんかよりずっと上だぜ?ケガしなくなかったら無駄な抵抗はやめとけよ!」
モヒカン男に続き、スキンヘッド男もそんな言葉を口にした。
いかにもフーラァをナメている態度だった。
「御託はいいや、来るなら早くしてくれる?」
フーラァが男たちを挑発する。
「ったくよ~、大人なしく従順でいたら痛い目みなくて済んだのによ…」
「ああ、こりゃ…お仕置きだよな~兄弟!」
モヒカン男とスキンヘッド男は、武器も持たずフーラァに飛びかかった。
その様は、フーラァの実力を知るミーシィアからすれば、愚か者のそれにしか見えなかっただろう。
ヒュンッ、ドッ!!!
風切り音を立てたフーラァの左脚蹴りは、スキンヘッド男の横っ面を捉える。
「ごへっ!!?!!」
無様な声をあげながら、スキンヘッド男は吹き飛んだ。
また吹き飛ばされたスキンヘッド男は、勢いそのままモヒカン男に激突し、ふたりとも昏倒してしまう。
「マジかよ…」
他の仲間たちに動揺が走る。
だがその一瞬は、フーラァの前では命取りだ。
男たちがフーラァの接近に気づいた時、残りの男たち全員、宙を舞っていた。
「ミーシィア、大丈夫?立てる?」
「う、うん!大丈夫!立てるよ!」
嘘だ。本当はまだ足が震えている。
だがミーシィアは、気力を振り絞り立ち上がったのだった。
「とりあえず、こいつら山賊?みたいだったから全員倒したけど。このあとどうしようか」
「冒険者さんたちは、こういう時どうしてるの?」
「うーん。だいたいは近くの街まで連行して、憲兵さんとかに預けるんだよね。そうすると、少しだけど報奨金を貰えるから。」
「そ、そうしたらヒタボまで私たちで連れてくの?」
「うーん、でもな~」
フーラァの視線が、まだ少し震えているミーシィアへと向けられる。
そこでミーシィアも理解した。
フーラァが迷っているのは、自分のためなのだと。
人攫いにあった時のトラウマで、私がこの男たちを恐れているんだと、フーラァちゃんは気づいて、気を使ってくれているんだ。
また、また迷惑を…。
ミーシィアがまたそんな思考に向かおうとした時だった。
少し離れたところから、二人に声がかけられる。
「フーラァじゃないか!」
「ケビン!久しぶりね!!」
そこに現れたのは『鉄の拳』の面々であった。
「そうだな。ゴブリン討伐後に、一度会って以来か。」
「まあ冒険者なんてのは、ひとつ依頼が終わったら次の依頼へ~って感じだからね~。仕方ないわよ」
ケビンに続き、リアも話に混ざる。
その光景を、ミーシィアは一歩引いた位置から眺めていた。
フーラァちゃん、こんないかにもベテラン!な冒険者の人たちとも仲がいいんだ!
フーラァが、『鉄の拳』の面々にミーシィアを紹介する。
「この子は、ミーシィア。受けた依頼中に色々あって、今からヒタボまで送り届ける予定なの」
「み、ミーシィアです!宜しくお願いします!」
フーラァの紹介に続けて、ミーシィアも自己紹介をする。
そしてその後は、『鉄の拳』の面々からも自己紹介があった。
「それで、ケビン達はどうしてこの街道に?」
「ああ、俺たちはこの街道に最近出るっていう、山賊どもを捕縛する依頼を受けていてな。そいつらを探していたんだが…。」
そこでケビン達の視線が、フーラァの後ろでのびている男たちへと向けられる。
「もしかしなくても、フーラァがひとりで全員倒したんだな、その山賊」
「ま、まあね。襲ってきたから返り討ちに…。あ、そうだ!」
フーラァが声をあげ、ポンッと手を叩いた。
「ケビン達の依頼の山賊ってコイツ等なんだよね?だったらさ、ヒタボまでの連行任せてもいい??報酬は全部あなたたちで貰っていいから!」
「確かにコイツ等は、標的の山賊みたいだが、流石にそれは…。」
「いいのいいの!私は別依頼の帰りだし、ミーシィアを連れていくことに専念したいからさ!」
そこでケビンの視線が、山賊たちを恐れるミーシィアへと向けられる。
そしてケビンは納得した。
「なるほど、そういうことか…。わかった、この山賊共は俺たちで責任もってヒタボに連行する。だけど、報酬の一部はあとでお前にも渡すからな?
これは絶対だ。」
ケビンのその言葉に、パーティメンバーも全員頷いた。
「わかったよ、ありがと。それじゃあ、コイツ等よろしくね!」
「ああ、引き受けた」
その後ケビン達は、山賊たちを手際よくロープで捕縛し、ヒタボへと連行していった。
「私たちは、ここで少し休憩してから行こうか」
「う、うん…」
まだ少し震えの残るミーシィアを気づかい、フーラァが休憩を提案する。
その提案を受け入れたミーシィアの心の中では、震えてしまった自分を責めたてる感情が渦巻くのだった。
そこからまた、時は少し流れて。
ギルドにて、リディアを加えた3人で、ミーシィアの今後を話し合っていた時。
フーラァは、自分がミーシィアを故郷まで送り届ける、と二人に告げた。
まただ。
また私はなにも出来ず、フーラァちゃんの助けを受け入れようとしている。
これ以上、赤の他人であるフーラァちゃんにお世話になるわけにはいかないのに。迷惑をかけるわけにはいかないのに。
じゃなきゃ、私はまた…!
そんな考えを巡らせているミーシィアに、フーラァが諭すように言った。
「ねえ、ミーシィア。あなたは誰かに助けてもらうことをどこか避けているようだけど、この世界じゃ自分ひとりでできないことなんて山ほどあるんだよ。」
フーラァのその言葉を聞き、ミーシィアの心の中には色々な感情がせめぎ合う。
私は本当に、助けを求めてしまってもいいのだろうか。
誰かを不幸にしてしまうんじゃないか。
こんな言葉をかけてくれるフーラァちゃんに、私は救われる価値があるのだろうか。
そんな考えばかりが頭を巡る。
ミーシィアは無意識に、両手を胸の前で強く握りしめていた。
そんな握り固められたミーシィアの両手を、フーラァの両手が優しく包む。
そして…。
「そんな時はね、助けて~って周りに言えばいいんだ。あなたがその手を伸ばしさえすれば、必ず誰かがその手を包んでくれる。あなたを助けてくれる。」
だ、だけど…。
「でもそのせいで迷惑を…」
「迷惑?上等じゃない!助ける方はね、そんなの承知で助けるのよ。承知で世話を焼いているの。それでも助けてあげたいって思ってね。」
ミーシィアの心の中を、清らかな風が吹き抜けていく。
フーラァのその言葉は、今までのミーシィアの中に存在しない考え方だった。
ホントにそうなのかな…。
今まで助けてくれた人たちもそう思ってくれたのかな。
あの日、私を優先してくれたお父さんも、そうやって私を助けてくれたのかな…。
ミーシィアの中にあった、助けを求めることへの大きな罪悪感という塊が少しずつ崩れていく。
「だからね?助けられた方は、笑顔でありがとうって。そう言えばいいんだ!助けた方はあなたに笑ってほしくて助けてるんだから!!」
フーラァのその言葉が、忘れていたミーシィアの…。美咲の記憶を呼び覚ます。
高熱でうなされた私は、迷惑をかけてごめんね、とお父さんに言った。
そうしたらお父さんは…。
『大丈夫だよ、美咲。そんなことは気にしなくていいんだ。お父さんが、美咲には元気になってほしいって思っているんだから。だから美咲、元気になったらお父さんたちにたくさん笑顔を見せてくれよ?』
優しい表情で、お父さんは確かにそう言っていた。
その後起こった、お母さんの事故のことで頭がいっぱいになって、すっかり忘れていた。
フーラァの言葉の一つ一つが、優しい雨のようにミーシィアの心に染みてゆく。
「フーラァちゃん…」
「それでミーシィア、私の助けは…必要?」
力強い言葉と視線が、ミーシィアの心に力をくれた。
そうだ、迷惑をかけてしまうことばかり考えるのは、手を差し伸べてくれた相手に対しても失礼だろう。
迷惑をかけてしまうことを恐れるのではなく、受けた恩義を返せるように、私は変わらなきゃいけないんだ。
ここで少女は大きな一歩を踏み出した。
「うん…。フーラァちゃん、私を…。私を助けて!お願い!!」
「うん!任されました!!」
この一歩は、他人からすれば、ごく当たり前で他愛ない一歩なのかもしれない。
だがミーシィアにとってのそれは。
大きな、実に大きな前に進むための一歩目だった。
転生武術家の異世界譚 ~美少女エルフ、極めた武術で異世界無双する~ 荒川 弥 @wataru3446
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