第11話 ハイエルフさん、ハーフエルフさんと出会う【3】
角ウサギの調理がひと通り終わり、木の側に寝かせた少女へと視線を向けた。
少女の髪は泥に汚れてしまって分かりにくいが、薄い金色をしている。
自分しかエルフを知らないのでわからなかったが、色々な髪色のエルフがいるのかな?
髪型はショートカットで、もみあげの髪の毛だけ長めに切り揃えられている。
また顔からはあどけなさが感じられ、『可愛らしい』という印象を与えていた。
「ん…。」
どうやら、少女が意識を取り戻したようだ。
「…ん、ここ…は…??私…あれから…」
「あ、気がついたんですね。」
「…あなたは…??」
少女の薄緑色の瞳が、俺へと向けられる。
「ああ、ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。私はエルフのフーラァ、あなたのお名前をお聞きしても?」
すでに鑑定で確認しているが、不審がられないよう自己紹介を促した。
「あ、あの…。私は、ハーフエルフのミーシィア…です。あの…、フーラァさんが私を助けてくださったんですか??」
「結果的にそうなりますね。助けられたのは…あなた…ミーシィアさんだけでしたが…」
「あ、ありがとうございました!私、もうダメだと思って…。ここで死んじゃうんだって思って!フーラァさんが駆けつけてくれなかったら、今頃オークのお腹の中だったと思います…。ほんとに、ほんとにありがとうございました!!」
俺がミーシィア以外を助けられなかったことを悔やんでいる、そう彼女は察したのかもしれない。
ミーシィアはひと際大きな声で、感謝の言葉を口にした。
助けた相手に気を使わせるとは、我ながら情けない。
これ以上、彼女に気を使わせるわけにはいかないな。
「あなただけでも助けることができて、本当によかった。」
それからは、火にかけた肉が焼けるまでの間、彼女自身のことや彼女と一緒にいた一団の話を聞いた。
ちなみに、転生者についての話題は出していない。
俺は、出会ったばかりの彼女のことをよく知らない。
ここで元日本人だと告げるのは、少しリスクを感じてしまう。
「そうですか…、森で人攫いに…。それで首にそんな首輪を付けられていたんですね…」
ミーシィアの首元へと視線を向ける。
今はその効力を失っているものの、ミーシィアの首には隷属の首輪が未だ装着されている。
「はい…。今は主人登録されていた男が、オークに殺されて効力を無くしていますが、きっと奴隷商の元までいけばまた発動してしまうと思います…」
ミーシィアの表情が再び暗くなる。
うーん。人攫いのせいで奴隷商に売られたってことは、どう考えても不当に奴隷にされたってことだよな~。
そうであれば、無断で開放しても問題ないか??
「もし…私ならその首輪を外せるかもって言ったら…どうしますか?」
「外したい…、外したいです!!」
俺の言葉を聞き、ミーシィアが目を見開き、勢いよく体を乗り出した。
「このまま、見ず知らずの人間に売られて奴隷として暮らしていくなんて嫌…」
うん、それはそうだよな。
不当に奴隷に落とされ、自分の人生を決められる、そんなこと納得できるわけがない。
俺としても、そんな現状から彼女を救い出してあげたい。
だがひとつ問題なのが、俺がこの首輪を安全に除去できるかということ。
「わかりました…。ただ私にできるのは、正規の手順を踏まない外し方です。それ故に解除を試みた時、あなたの体にどんな影響がでるかがわかりません。」
一呼吸置き、ミーシィアの目を真っすぐ見ながら問いかける。
「それでも、解除を試みますか?」
「それでも、それでもお願いします!私は…、私は自分の家族のところに帰りたい…。」
ミーシィアの意思は固いようだ。即答が返ってきた。
奴隷にされていた間の嫌なことを思い出したのだろうか、言葉の最後は涙交じりになっている。
「わかりました。それでは首輪を外せるか、試してみましょう」
彼女がここまで覚悟をもって頼んでいるのだ。
こちらも自分にできる全力で答えよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「では、解除を始めます。準備はいいですか?」
俺は彼女の側に寄り、首元の首輪に両手を添えた。
「はい、よろしくお願いします!!」
ミーシィアの表情は固い。
だがその瞳には、強い決意の色が見えた。
そんなミーシィアの言葉に頷き、首輪へと意識を向ける。
もちろん俺は、この首輪の正しい解除方法はしらない。
だが、解除すること自体は可能だと思えた。
そう思えたのは、俺たち転生者がこの世界のヒトと比べ、自由度の高い魔法を使えるという点からだ。
こちらの世界では、呪文により魔法のイメージを固定化する。
そのため決まった呪文で、決まった魔法を、決まった形で再現することになる。
それに対して俺たち異世界人は、前世で持っている知識をイメージの要にすることができるらしい。
すなわち、イメージ次第で様々な魔法を使うことができるのだ。
そこで今回俺がイメージするのは、錠前を開錠するイメージ。
そしてもうひとつ、機械の機能を停止させるイメージだ。
なぜ、このイメージに決めたか。
それはこの首輪自体に『無理に外すと、装着者を死に至らしめる』という効果があると、鑑定の結果わかったからだ。
たとえ首輪を外せても、その効果が発動してしまっては、元も子もない。
だから今回は、その効果を発動するギミックごと解除するようにするのだ。
首輪へと徐々に魔力を流していく。
まずは、害のある効果だけを無力化する。
首輪の機能を停止させるイメージでっ…。
首輪全体から感じていた魔力の流れが消えていく。
…ふう、とりあえずこれで首輪を外しても、装着者への危害はないだろう。
続いて、錠前を開錠するイメージで魔力を流す。
あと…、ちょっとっ…!
カチャッ!ゴトンッ…。
首輪の前側が割れて開き、地面に落ちた。
ポーンという音が脳内に響き、ステータスボードが表示される。
フーラァ(今泉 風太)は、スキル【術式停止】を取得しました!
首輪の機能を停止させたことで覚えたのだろう。
新しいスキルを習得することができた。
「あっ…。」
ミーシィアが小さく声を漏らす。
そして俺とミーシィアの視線が交わった。
「よし!解除はせいこっ…!?」
俺は言葉の続きを言えなかった。
なぜなら、首輪の解除に感激したミーシィアが、勢いよく抱き着いてきたからだ。
「わっ!!」
「ありがとうございました…。ありがとうございました!ありがとうございました!!」
何度も何度も、感謝の言葉を述べるミーシィア。
やれやれ…。
俺はそんな彼女を宥めるように、その頭を優しく撫でるのであった。
それから少しして、我に返ったミーシィア。
「あの、その…、取り乱してしまってすみません。」
少し気まずそうに謝ってくる。
自由になれたことに、気が高まってしまったのだろう。
同性とはいえ恥ずかしかったらしい。
まあ、俺もだが…。
「き、気にしてませんよ。それより体に異常はありませんか?」
「はい!どこにも異常はないです!!」
そしてミーシィアは、姿勢を正して俺に向き直った。
「フーラァさん!改めて、ありがとうございました。これで私は、家族の元へ戻ることができます!!」
「無事、首輪を解除できてよかったです。」
「この御恩、一生忘れません!!」
「御恩なんてそんな。今回は私に助けられるからそうした、それだけですよ。あまり気にしないでください」
「ホントに…、ありがとうございました!!」
うーん、感謝してくれるのは嬉しいのだが、これじゃあ話が進まないな。
俺は話題を変えることにした。
「さあ、首輪の件はこれくらいにして、この先の話をしましょうか!」
「あ、はい!よろしくお願いします!」
俺はアイテムボックスから地図を取り出す。
「私たちが今いるのが、トリス王国とエスタ王国を繋ぐ街道。丁度この辺りです」
指さしながら、現在地をミーシィアに説明する。
「トリス王国とエスタ王国を繋ぐ街道…、私はこんなところまで連れてこられてたんだ…。」
「そういえば、ミーシィアさんの故郷はどの辺りなんですか??」
ミーシィアも、地図を指差す。
「私の故郷はこの辺りです。エスタ王国とエルフの国・ミスティアの国境近く。そこにあるフォーゼという村が私の故郷です。」
エルフの国か…。あるとは思っていたがここがそうだったのか…。
この世界に来て数ヶ月が経つが、あまり地理には詳しくわない。
「あ、フーラァさんのご出身って、ミスティアでしたか??」
「あ~…、私の故郷は別のところですね。」
ここでミスティア出身を装ってしまうと、詳しくない俺はボロを出しかねないからな。
適当にはぐらかしておこう!!
「へえ~!ミスティア以外にもエルフの集落があるんですね!!」
「え、ええ。そうなんですよ~」
本当は、君と同じで元日本人なんだけどね~。
まったく疑うことをしないミーシィアに、少し後ろめたさを感じる…。
「そ、それで今はトリス王国のヒタボで冒険者として活動しています。」
俺は誤魔化すように、地図上のヒタボを指さした。
「明日はこのヒタボに向かおうかと思います。ミーシィアさんがフォーゼまで帰るにしても、今のままじゃそれも難しいでしょうし。ヒタボの冒険者ギルドに信頼できる職員さんがいるので、そのヒトに相談しましょう!」
「わかりました!ありがとうございます!!」
…と、そろそろいい頃合いだな。
角ウサギの肉が焼けるいい匂いが漂ってくる。
「まあそんな感じで、明日はヒタボまで歩いて向かうことになります。今夜はしっかり休んで、明日に備えましょう。ということで、お肉が焼けましたし、夕食にしましょう!」
木の枝に刺した肉の焼け具合を確認する。
よし、いい感じに焼けてるな。
「さ、角ウサギの肉が焼けましたよ。どうぞ」
「い、いえ!オークから助けていただいて、首輪も外していただいたのに!これ以上お世話になるわけには…!」
ミーシィアは、遠慮する姿勢を見せるのだが…。
クウゥ~…。
可愛い音が、ミーシィアのお腹から聞こえる。
「………!?」
「………。」
ミーシィアは、顔から湯気が出るんじゃないか、というくらい赤面していく。
「ふふふ、遠慮しないでください。私ひとりじゃ、この量は食べきれませんから。逆にミーシィアさんが食べてくれないと、捨てることになってしまいます」
「はい……、いただきます…。」
赤面しながらも…。
素直に肉を受け取ってたべる、ミーシィアなのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、それじゃあ出発しましょうか!!」
「はい!!」
朝食をすませ準備を整えた俺たちは、ヒタボへと出立した。
ちなみに倒したオーク8匹の処理は、昨日寝る前に済ませてある。
魔石を抜きとり、討伐証明の牙をとった死骸は、森に穴を掘って埋めておいた。
こういった解体作業も、この数ヶ月でだいぶ手際が良くなったと思う。
武術以外で感じる、小さな成長だな~。
ミーシィアを助けた街道の辺りからヒタボまでは、だいたい徒歩で半日ほどするかどうか、といった距離だ。
俺はヒタボまでの道中で、エルフの国・ミスティアについて、ミーシィアに色々と話を聞くことにした。
「そうですか!フーラァさんは生まれてからずっとエルフの隠れ里で生活していたんですね!それじゃあ、ミスティアについて知らなくても仕方ないですね!」
「ええ、だから色々と教えていただけると嬉しいです。」
「わかりました!私も凄く詳しいというわけではありませんが、父と一緒に何度か行ったこともあるので!それで良ければ!!」
「ありがとう!」
ここでも一応、『エルフの里から出てきたばかりで、他の地域のことをあまり知らない』という設定をうまく使っておく。
今後もっとお互いに友好を深めることができたら、前世の話をミーシィアにする機会があるかもしれないが。
今はまだ、その時ではないだろう。
ミーシィアから教えてもらったミーシィアの情報は以下の通りだ。
まず風土だが、ミスティアはエルフ族中心の国家ということもあり、国土全体に広大な森が広がっているらしい。
暮らしている種族は、エルフ、ハーフエルフ、ダークエルフが多く、その他少数だが人族や
「ちなみに、ハイエルフは住んでないの??」
「ええ、お一人だけいらっしゃいます。現ミスティアの族長様がハイエルフだと聞いたことがありますよ」
…国土は広そうなのに、ハイエルフはたった一人だけなのか??
「フーラァさんもご存じだとは思いますが、エルフの上位種族であるハイエルフは、その存在自体がエルフ族にとっては神に近いとされています。ですから族長様は、エルフ族から崇拝の対象になっているとみたいですね!」
「へ、へぇ~そうなんですね。私の里では、ミスティアの族長様の話は聞いたことがありませんでしたよ~」
というか、ハイエルフが神様扱い去れてること自体初耳なんだが…。
やっぱりハイエルフだってことは、周りには秘密にしておこう…。
崇拝なんてされたら、たまったもんじゃないし…。
ミスティアは、隣国であるエスタ王国との貿易が盛んで、主に野菜や果物、薬草といったものが主要な特産物になっている。
俺が前世の知識から想像していたような閉鎖的な国ではなく、むしろ積極的に隣国と交流を行っているようだ。
またエルフの森の木々の樹液は、特別なシロップに加工され販売されており、芳醇な甘さからエスタ王国の貴族の間では人気があるのだとか。
そんな感じで、ミーシィアからミスティアについて、たくさんのことを聞くことができた。
近くに行く予定ができたら、ミスティアに行ってみるのもいいかもしれないな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今朝の出発地点から、ヒタボへの帰路をだいぶ進んできた。
あと1時間ほど歩けば、ヒタボに到着できるだろう。
これなら今日中に、冒険者ギルドへ顔を出すことも出来そうだ。
そんな道中…
「あの!フーラァさん!!」
「…??ミーシィアさん、どうかしましたか?」
「そ、その大したことではないのですが…。もしよければ、私のことは呼び捨てにしていただければな…と。フーラァさんの方が年上ですし、あまり丁寧な言葉で話されると、どうしてもむずがゆくなってしまって…。」
ふむ、例えるなら学校の先輩に敬語を使われる感じだろうか。
当の本人がそれを望むなら、俺もやぶさかでないが。
「ミーシィアさ…じゃなくて、ミーシィアがそういうなら。こんな感じでどうかな?」
「はい!ありがとうございます!!」
ただタメ口にしただけなのに、ミーシィアはとても嬉しそうだ。
「よかったら、ミーシィアも堅苦しいのは抜きにしてね。私もその方が嬉しいから。」
「はい!…じゃなくて、うん!わかった!!」
そうミーシィアは元気に返事をした。
言葉使いを変えただけで、凄く距離が縮まったように感じるものだな、と改めて思う。
そんなことを思いながら、気づけば俺はミーシィアの頭を撫でていた。
「へっ!?」
「あ…。」
やってしまった…、つい前世で妹にしていたみたいに、頭を撫でてしまった…。
こんなことを言うと言い訳に聞こえるかもしれないが、ミーシィアの顔は生前の妹によく似ていると思う。
そのせいで、どうも他人とは思えなくて…。
「ご、ごめん!その、ミーシィアが私の妹に凄く似てて。つい、妹にしてたみたいに…。嫌だったよね、ごめんね!」
「い、嫌なんてそんなことはないよ!そうなんだ、妹さんに。私に姉はいないけど、フーラァちゃんみたいなお姉さんなら大歓迎だな!…って、私も何言ってるんだろ…。」
ミーシィアは俺の行動に、俺はミーシィアの言葉に。
お互い気恥ずかしくなり、赤面してしまうのだった。
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