第10話 ハイエルフさん、ハーフエルフさんと出会う【2】
追いついた…!!!
残り3匹のオーク、そして襲われた一団の生き残りのもとへと向かっていた俺は、とうとう先行していた集団に追いついた。
マズイ!オークの1匹が少女に迫っている!!
少女の後方は崖になっていて、あれ以上は逃げ場がないんだ…!
残り2匹のオークは、手前に広がる血だまりの上で、ヒトの形が崩れた肉を喰らっている。
助けられなくて………ごめん。
あと一歩間に合わず、救うことができなかった。
そのことに胸を締め付けられる。
だけど今は、あの少女だけでも助けなきゃ!!!
俺は両足へ風属性の魔力を集め、さらに加速する。
まずは、1匹目!!!
他の2匹の意識を、こちらに向けさせなければならない。
そう考え、右手には風属性の魔力を、左手には炎属性の魔力を集める。
「破ッ!!!!」
そしてそれら2種類の魔力が、オークの体内で混ざり合うように、【破弾発勁】を叩き込んだ。
「ブ…ブブブギィ…ギィ!!!!!!」
ブッバンッ!!!!!!!
オークの体に送り込まれた2種類の魔力は、体内で混ざり合って暴れ狂い、盛大な破裂音をたてながらオークの巨体を爆散させた。
「「ブギィ!!???」」
よし!狙い通り、オーク共の意識がこちらにそれた!
俺はすかさず、近場の1匹へと駆けより、掌打をくらわせる。
ブッバンッ!!!!!
これで2匹!!!!
そして……
「これで、ラスト!!!!」
オークの後ろにいる少女に衝撃がいかないよう、巨体の下側から上方向に向かって掌打を放った。
「ギギィィィィィィ!!」
最後の1匹も、他の個体同様、悲鳴をあげながら上半身を爆散させた。
生き残りの少女は……。
「大丈夫!?ケガしてない??」
少女に駆け寄り声をかける。
少女から返事が返ってこない。
見るえる限りでは外傷はないみたいだけど…。
もしかして…、毒か何かをくらったのか??
一向に少女からの応答はない。
うーん、普段はヒト相手に使わないんだけど、今回はしょうがない。
【鑑定】…!!!
俺は【鑑定】スキルを使用し、少女のステータスに異常がないか確認をした。
【名前】
ミーシィア(進藤 美咲) Lv.3
【種族】
ハーフエルフ
【年齢】
16歳
【称号】
転生者、異界の迷い人
【スキル】
忍耐(Lv.5)、悪食(Lv.5)
【基礎ステータス】
・体 力 1500
・魔 力 3000
・攻撃力 500
・耐久力 800
・俊敏性 800
・幸 運 10
……!!??
彼女の体に異常はない…のだが。
それ以上に気になるステータスが並んでいた。
転生者…?進藤美咲…??
この子もしかして…、俺と同じ…元日本人!?
俺が転生してからというもの、こうして地球からの転生者に会ったのは初めてだった。
ヨカテル様曰く、神様が地球から転生者をこの世界に送るのは、数百年に一度…だったはずだ。
【異界の迷い人】ってことは、俺みたいに神様の力でこちらに来たのとは違うのか??
彼女に関しては、色々と気になることがある…。
でも今はそれより…!
俺はハーフエルフの少女に歩み寄り、その顔を覗き込んだ。
少女の目は虚ろに揺らいでいる。
ああ、この虚ろな目には見覚えがある。
これは、
前世の俺が15歳の時だった。
その夏、俺が住んでいた地域では、台風による大雨が続いていた。
もしかしたら、家の裏山が大雨で崩れるかもしれない。
だから避難所に移動しよう。
そう家族で話し合い、避難の準備を始めた時のことだったと思う。
今までに聞いたことのない地響きがし、その数瞬後…。
俺と家族は、家ごと土砂崩れに飲み込まれた。
土砂崩れから数時間後、俺は奇跡的に助け出された。
俺が助かったなら家族も…!そう思ったのだが…。
俺の父、母、そして妹は生きて土砂の外に出ることは、叶わなかった。
俺が助かったのは、いくつもの幸運が重なった結果だと、救助隊員は言っていた。
その後俺は、母方の祖父母のもとに預けられることになる。
両親と妹を失い、傷心で食べ物が喉を通らない日々。
大好きな武術ですら、やる気は起きなかった。
その時、鏡越しに見た俺の目が、この少女と同じ空虚なものだったことを思い出した。
あの時、前を向くことができなかった俺を立ち直らせてくれたのは、古武術の師匠でもある爺さんの言葉っだったな。
たしかあの時、爺さんはこんな風に…。
その時のことを思い出しながら、目の前の少女へと手を差し伸べた。
少女の体を引き寄せ、優しく抱きしめる。そして…
「大丈夫、もう大丈夫だよ。もう苦しいことも、つらいことも起こらない。だから安心していい。君はこれから幸せになれるから…」
その言葉が皮切りになったのだろう。
「うあぁぁ…うぁあぁぁん」
少女の目から、大粒の涙が流れていく。
よかった…、涙を流せるなら彼女はもう大丈夫だ。
そう思いながら俺は、少女の涙が止まるまで、その小さな肩を優しく抱きしめるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
■ミーシィアの視点
ミーシィアを追い詰めていた、3匹のオークたちが次々と息絶えていく。
たす…かったの…???
ミーシィアは、自分に迫っていた死の気配が消え去ったことに、胸をなで下ろした。
だがその安堵は、長く続かない。
ミーシィアの心に、自身が体験した地獄のような日々への絶望感が押し寄せてくる。
おおよそヒトの食べるものではない、日々の食事。
顧客が来れば裸で整列させられ、値踏みをされた。
いつ買い手が決まるともしれない恐怖感。
同じ牢屋の子供たちが暴力をふるわれ、次第に心を壊していく。
その光景を眺めていることしかできない。
そんな地獄の日々への絶望感が、波のように押し寄せる。
今までミーシィアは、己の心を閉ざすことで、その絶望感を回避していたのだが…。
麻痺していたミーシィアの心が、オークへの恐怖心から一時的に正気を取り戻していた。
そのせいで、ミーシィアの心は、再び絶望へと沈んでしまう。
気を抜けば、自ら後ろの崖に身を投げてしまいかねない、そんな絶望感だった。
オークから助けてくれた、銀髪の少女がこちらに何か話しかけている。
だが今のミーシィアは、その言葉を理解することもできないくらい、心が疲弊していた。
どうしてこんなことになってしまったのか。
どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのか。
そもそも、なぜ私はこんな世界に生まれなおしてしまったのか。
私はただ、駅前の本屋へ買い物に行っただけだったのに。
買い物を終えて家に帰れば、お母さんとケーキを食べながら、学校での話でもしていただろう。
夜にはお父さんも交えて、家族三人で食卓を囲みながら、和気あいあいと談笑をする。
寝る前には、電話で親友のかなこと他愛もない会話でもして、眠くなったら「また明日ね」と電話をきって、暖かい布団で眠る。
そんなありふれた毎日が、ずっと続いていくはずだった。
それが気づけばどうだ。
目を覚ませば、見知らぬ世界に転生していた。
前世のように便利なものはなんにもない。
そんな中でも、元の世界に帰れない悲しみを飲み込み、この世界でできた新しい家族と前向きに生きていく、そう決めたというのに。
そんな日々さえ、人攫いたちに奪われ、奴隷の首輪をはめられ、辱められる毎日。
私はこれから一体どうなるんだろう。このまま一生奴隷として生きて行くのだろうか。
家族の元へは帰れないのだろうか。
お父さんとお母さんに、前世同様ただいまと言うことができないのだろうか。
私のありふれた幸せは、今後もう手に入らないのだろうか。
心の絶望感は、ミーシィアの思考を良くない方へと加速させていく。
ああ…、もうこのまま死んでしまいたい…。
ミーシィアが虚ろな目のまま、そう考えてしまった…、その時。
暖かい何かが、ミーシィアの体を優しく包んだ。
…え?
それが、先刻オークからミーシィアを救ってくれた少女だとすぐには気づけなかった。
銀髪の少女が優しく言葉を紡ぐ。
「大丈夫、もう大丈夫だよ。もう苦しいことも、つらいことも起こらない。だから安心していい。君はこれから幸せになれるから…」
その瞬間ミーシィアは、自身の体に、そして心に暖かい何かが流れ込んで来るのを感じた。
ああ…。これは彼女の優しさなのだろう。
ミーシィアは唐突にそう思った。
彼女の言葉が、私の心にあった絶望感を、優しく押し流していく。
気がつけばミーシィアは大粒の涙を流していた。
暖かい気持ちが溢れて、溢れて、溢れて。
人攫いにあって以来、心から消え去っていた希望や優しい感情が、自分の中に戻ってくるのをミーシィアは感じるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
救出した少女を、安心させるため抱きしめた。
すると彼女は、涙が枯れるんじゃないかというほど、大粒の涙をいくつも流していた。
そしてその後、緊張の糸が切れたのか、そのまま眠ってしまった。
オークに追い回され、恐怖と疲労感を極限まで感じていたのだろう。
少女の絶望しきった顔を見ていられなくて、抱きしめてしまったけど…。
セクハラとか言われないよな??
この世界にセクハラの概念があるかは知らないが。
まあ、今の俺は生物分類上、女性なわけだし…。
俺は、オークとの戦闘場所から少し離れた木の側に、少女を寝かせた。
彼女が目覚めるまでは移動できないし。
今日はここで野営かな。
手際よく火をおこし、野営の準備を進めいていく。
準備をしながらも、スヤスヤと寝息をたてる彼女に視線を向ける。
彼女の服装…。
どう見ても、こんな年齢の女の子が着ている服じゃない。
雑巾を繋ぎ合わせたかのような衣服。
そして首元の首輪…。
鑑定したところ、隷属の首輪と表示されていた。
なんでも奴隷に装着し、命令を遵守させるためのアイテムだとか。
だがどうやら今は、その効力を失っているらしい。
きっと馬車に同乗していたであろう、主人に設定されていた人物が死んでしまったからだろう。
この世界にも、奴隷の制度があったんだな…。
ヒタボの街では、それらしい人物を見かなかったからわからなかった。
それに…。
こんな少女が、当たり前のように奴隷にされるほど、この世界の生活水準は低くないと思う。
世帯の収入が少なくとも、この世界の人々のほとんどが自給自足の生活を行えているからだ。
だというのに彼女は隷属の首輪をはめられていた。
なにか事情があるのだろうか。
そうこうしているうちに、野営の準備が完了する。
あとは、なにか食材の調達を…。
【気配察知】を発動させ、周囲を探る。
お、丁度近場に角ウサギがいるな!
角ウサギとは、名前の通り額に角が一本生えたウサギである。
この世界においては、魔物ではなく、動物に分類されている。
冒険者にとっては、野営時の大事なたんぱく源だ。
さて、どうやって捕まえようか。
うーん、できればこの子から離れるのは避けたいしな…。
…よし。あれを試してみよう。
そう決めた俺は、アイテムボックスから解体用ナイフを取り出し、
それと同時に魔力を縄状に集め、1本の魔力のロープを作り出す。
最近では、魔力操作が上達したおかげで、こんな芸当もできるようになっている。
ナイフの柄に、魔力のロープを結びつけて…。
これで道具の完成!!
これは中国の
縄鏢とは、中国で作り出されたとされる武器で、鏢と呼ばれる棒手裏剣状の刃物に縄がついたものである。
通常は、これを敵の急所めがけ投げつけて攻撃したりするのだが…。
今回はそれを狩猟に使う。
魔力製のロープにしたのは、距離にほぼ制限がないから。
魔力を追加で込めればいくらでも伸びる。
さて、まずは【気配察知】で角ウサギの正確な位置を把握して…。
それから、魔力ロープ付きのナイフを思いっきり…。
上空に投げる!!!!!!
そして上空に投げたナイフに魔力を流して、角ウサギの元へ誘導する!!
風属性の魔力を纏わせたナイフは、もの凄い勢いで、角ウサギまで誘導されていった。
ナイフが角ウサギに接触するまで…3…2…1。
ドスッ!!
「キィィッ!」
「よし!命中した!!」
ナイフが外れないように、そっとロープを引いていく。
ロープの先には…。
見事な大きさの角ウサギが捕らえられていた。
俺は捕らえた角ウサギを手際よくさばいていく。
前世では、修行で山に数ヶ月籠るなんてこともあったから。
この手のジビエをさばくのは慣れたものだ。
焚火の側に、さばいた角ウサギの肉を並べていく。
今回の味付けは岩塩だ。
というより、この世界には調味料がほとんどない。
海から離れたヒタボの街で見かけるのは、岩塩や山に自生している何種類かのスパイスくらい。
胡椒もあるにはあるのだが…。
馬鹿みたいに高い。
なんでも原産国が遠く、輸入にコストがかかるのだとか。
日本人の俺としては、醤油や味噌がほしいところだが…。
今のところ、それらを街で見かけたことはない…。
どこかで作られてたりしてないかなぁ。
人間、食べられないとわかると無償に食べたくなるものだ…。
そんな願望を胸に抱きながら、俺は次々と肉を火にかけていく。
よし、あとは遠火でじっくり焼くだけ!!
…と、捕まえた角ウサギの調理を終えたところで、木の側に寝かせていた少女が目を覚まそうとしていた…。
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