第9話 ハイエルフさん、ハーフエルフさんと出会う【1】

 ハーフエルフの少女は考えていた。


 どうしてこんなことになってしまったのか。


 どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのか。


 そもそも、なぜ私はこんな世界にしまったのか。


 考えても、考えても、一向に答えは出ない。



 今わかっているのことは、このままだと目前の豚顔の怪物に、私は

犯されて殺されるという現実だけだった。



           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「おっはよー!美咲みさき!」


「おはよう、かなこ~」



 都内の学校に通う女子高生、進藤 美咲は、友人の柊 かなこへと毎朝恒例のあいさつを返した。



「美咲はテスト勉強ちゃんとしてる~?」


「もちろん!私は一夜漬けするかなことは違って、コツコツ勉強する派ですから~」


「あ~、いったな貴様~」


「ま~ね~、これでも私、そこそこ優等生ですから~(笑)」


「知ってま~す(笑)」



 他愛もない女子高生二人の会話。

 日常を切り抜いたありふれた1ページ。



 そんな毎日がこの先も続いていく。

 この時の美咲は、そのことを疑いもしなかった。



「お母さん、ただいま~」


「美咲、おかえりなさい。おやつにケーキ買ってあるけど食べない?」


「あー、食べたい…けど参考書買いに行こうと思ってたから、帰ってきてから食べる!!」


「りょうかーい、冷蔵庫に入れておくわね」



 美咲の家は、父、母、美咲の三人家族。

 家族仲は、いたって良好。

 どこにでもある、でも美咲にとってはかけがえのない家族だった。



「それじゃお母さん、本屋さん行ってくるね~」


「は~い、いってらっしゃい。気を付けて行くのよ?」


「はーい!!」



 美咲の家から駅前の本屋までは、徒歩で10分ほど。

 何度も使ったことのある道だ。

 人通りも多く、治安の面でも心配のない道。



 だというのに、今日は何かおかしく感じる。

 美咲は不意にそう思った。

「…ん??」



 まあ、気のせいか!

 そう結論づけて、再び本屋へと歩みを進める美咲。



 数分あるき、駅前まで来たときに再び違和感に襲われる。

「やっぱり、なんかおかしい…。でも何が…」



 違和感の答えを求めて、美咲は周囲を見渡す。

 そこに広がるのは、見慣れた駅前の景色。



 駅前のバス停には、バス待ちの行列の人が…

 …!?!?!?!?

「人が、全然いない????」



 たしかに目の前にあるのは、いつもの駅前の景色。

 だがそこには、圧倒的なまでに人が存在していなかった。



 家の近くの路地などであれば、ひと時の間、人がいなくなることもあるだろう。

 だがここは駅前だ。



 そこまで大きな駅ではないが、そうであっても200人程度の人がいつもいる。



 だが今、美咲の前に広がる景色にはその人々がまったく…、否。美咲以外だれもいないではないか。



「どう…なってるの?」

 美咲がそう口にした、その時だった。



「きゃっ!!!」

 美咲の足元の空間が歪み、美咲の体はその歪みに落ちてしまった。



 永遠に続くかのように感じられる、落下する感覚。

 その感覚は、唐突に終わりを迎えることになる。



「えっ!!?」

 次に美咲の体を襲ったのは、何かの膜を突き抜けるような感覚。

 まるで水を包んだ膜を突き抜けるような…。



「なんだろう…、凄く…眠い…」

 膜を突き抜けると、美咲の意識はどんどん薄れていく。

 それは、今までに感じたことのない、強制的な睡魔だった。



 数瞬も耐えることなく、美咲の意識は深く、睡魔の泥に沈んでしまうのであった。



           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「…■■■■■■、■■■■■!」


「…■■■■■■!!」



 誰かの…声が聞こえる…。

 意識を取り戻しかけた美咲に届いたのは、誰かが話している声だった。



 なに、誰が話しているの?

 それに、なんだか…上手く体を動かせない!どうなってるの!?



 そんな美咲の疑問に答える者はいない。

 体を動かくすこともできない、声も出せない。



 だが美咲は諦めない。

 必死に声を出そうともがいた。



「………あっあうぁぁ!!!!!」

 …!?声が出た!!それにあと少しで目も開けれそう…!



「ああうああーーー!!」

 もう一度声を出すのと同時に、美咲は力強く目を見開いた。



 やった!!!目が開けた!これで周りを確認できる!!

 そう思った美咲の目にまず飛び込んだのは、見慣れない天井。



 そして………17歳の自分の手にしては小さすぎる、赤ん坊のてのひらだった。



 え?え??え?!??!??!!



 本屋に買い物をしに出掛けた美咲は、その道中気を失い…。

 次に目を覚ますと、赤ん坊へと生まれ変わっていたのだった。




 


 美咲が赤ん坊として生まれ変わってから、十数年がたった。



 その間にわかったのは、理由は不明だが自分が赤ん坊に生まれ変わってしまったこと。

 そしてその生まれ変わった先は、日本ではない…というか地球ですらないこと。



 自分たちの住んでいる村が、エスタという国に属していること。



 生まれ変わってすぐに聞こえてきた声は、この世界の両親のものであったこと。



 その両親は父が人間、母はエルフと呼ばれる種族で、自分はハーフエルフと呼ばれる種族であること。




 そしてこの世界での自分の名前が『ミーシィア』であること…。




 十数年がたったが、今でもなぜ自分がこんなことになってしまったのかわからない。



 だが幸いだったのが、この世界の両親もとても優しく、そして幸せな家庭を築けているということ。



 もちろん、地球に残してきた家族や友人たちのことを考えると、いまでも胸が引き裂けそうになる。



 でもそれと同じくらい、今の両親の与える愛が、ミーシィアの心を包んでいた。




 この世界では地球とは違う言語が使われている。

 そのため生まれ変わったばかりの頃には、両親が何を話しているかわからなかった。



 しかし美咲が元々勤勉だったこともあるのだろう。

 言語の習得にはそこまで苦労せず、今では問題なくコミュニケーションをとれるようになっていた。



「お母さーん、お父さんは~??」


「お父さんなら、猪狩りにいってるわよ~」


「そうなんだ!それじゃあ私は、森で薬草でも摘んでくるね!!」


「えー?ひとりじゃ危なくない??」


「大丈夫、大丈夫!!森の入り口くらいまでしか行かないから!」



 ミーシィア達の生活は、けして裕福ではない。

 村で消費される肉は、狩人たちが森で狩ってきたもの。

 野菜なのどは、村の畑で育ったものだ。



 その他、生活必需品を買うために、摘んだ薬草や獣の皮をなめしたものを、近隣の大きな街へ売りに行って金策としている。



 それにこの世界には、地球の様に義務教育なんてものはない。

 そのためミーシィアも、物心ついたころから家の手伝いを行うようになっていた。



「いってらっしゃい。気を付けて行くのよ?」

 母の言葉がミーシィアの…美咲の胸を締め付ける。



 あの日、私を繰り出した地球のお母さんと同じ言葉…。

 つい、ミーシィアは顔を曇らせてしまう。



「…??ミーシィアどうしたの?大丈夫?」


「う、うん!!大丈夫大丈夫!いってきまーす!」



 つい前世のお母さんを思い出しちゃった…。

 もう会うことは出来ないって、自分でもわかってるのに…。


 

 ミーシィアの年齢は、15歳。


 美咲だったころを含めれば、32年生きている。

 とはいえ、17歳という若さで異世界に転生してしまった美咲の精神は、いまだ未成熟なままなのだ。


 前世の母を思って、気を落としてしまっても無理からぬことだろう。


 

 ダメダメ!!私がこんなじゃ前世のお母さんにも、今のお母さんにも心配かけちゃう!!

 前世でできなかった分、ここで私が家族を幸せにするんだから!!



 決意を新たに、ミーシィアは森へと足を向けるのだった。



           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 森の入り口付近で、薬草の採取を始めてから、それなりの時間が経った。

 ミーシィアが持つかごの中には、今回とった沢山の薬草が収まっている。



「ふー、こんなもんかな~。これだけあれば、街で売ってもそこそこのお金になるよね~」



 沢山の薬草を持ち帰ったときに、両親が見せるであろうの笑顔を想像して、ミーシィアの頬が緩む。



 薬草の取れ高に満足して、さあ帰るかとミーシィアが思い始めていた時だった。

 ミーシィアの目の前を、特徴的な模様の綺麗な蝶が飛んでいく。



「え、あれって!!?」

 ミーシィアはその蝶に見覚えがあった。


 たしかあれは、狩人の父から話に聞いた…

「サファイアバタフライだ!!!」



 特徴的な羽の柄だったため、ミーシィアはすぐに気づけた。

 それに覚えていた理由はもうひとつ…。



「たしか、あの蝶々が好んで蜜を吸う蒼晶花そうしょうかは、なんとかって高価な薬をつくるための原料…。街なら高く売れるはず!!」



 蒼晶花が高値で売れることを思い出し、ミーシィアは嬉しくなった。

「蒼晶花が高く売れれば、いつも頑張ってるお母さんとお父さんにおいしいものを食べさせてあげれるかもしれない!!」



 サファイアバタフライを追って、蒼晶花の生息地まで行こう!

 そうミーシィアは決意したのだが…



「あっ…!」

サファイアバタフライは、どんどん森の奥へと進んで行ってしまう。



 母からは、けして森の奥へひとりで行かないようにと言われている。

 でもあの蝶を追えば、蒼晶花の咲いているところに行けるかもしれない…。



 どうするか悩むミーシィアだったが、それを蝶は待ってくれない。

「んん…。よし!行こう!!!」



 両親の笑顔のため、ミーシィアそう決断するのだった。

 その選択が、この先の困難に繋がるとも知らずに…。




 ミーシィアは、サファイアバタフライをなんとか追うことができていた。



「お父さんから聞いてたけど、森の中ってホントに歩きにくいな~」



 森の中は入り口付近とは違い、足元が悪くて歩きにくい。

 気を抜けば、足をとられてしまうだろう。



 躓かないように気を付けながら、20分ほど歩いたころだった。

 ミーシィアは森の中の開けた場所にたどり着いた。



「あっ!」

 ミーシィアは思わず声をあげてしまう。



 ミーシィアの目の前には、森の中の花畑が広がっていたのだ。

 色とりどりの花の中に、ひと際目立つ青い花が一輪…。



「あった…、蒼晶花だ!!」

 ミーシィアはついに、蒼晶花の元へたどり着くことができたのだ!



 ミーシィアは、その美しい蒼い花に目を奪われていた。

 だからこそ、背後から近づく人影に気づくことができない。



 後ろからミーシィアに忍び寄った人影は、彼女の口元に何かの布を押し当てる。

 そこでようやく、ミーシィアは自分の背後に誰かいると気がついた。



「ん…!?!?!?んん!!!んーー!」


「ったく騒ぐんじゃねーよ!」



 声の主、ミーシィアの口を塞いでいる人物は、目元に傷のある大柄な男だった。



 その男に後を追うように、二人の男が木の陰から現れる。

 一人はひょろひょろの瘦せ男、もう一人はチビで小太りな男。



「兄貴、無事捕まえたんっすか??」


「おう、この通りよう!!」


「おぉう、上玉だぁ~」


「でも兄貴、そいつめちゃくちゃ暴れてるっすよ?どうやって奴隷商のとこまで運ぶんすか??」



 痩せ男から不穏な言葉が飛び出す。

 …奴隷商!?!?!?もしかしてコイツ等、人攫いなの!?



「安心しろよ、



 …え??

 大柄な男の言葉の意味を、ミーシィアはすぐに理解することになる。



 ミーシィアは自分の意識が遠のいていくのを感じていた。



 まるでこの世界に転生したときのようだ…。

 きっとこの布に、何か薬が染み込ませてあったんだ…!



 まずい…。このままじゃ私、奴隷商に売られちゃう…。

 なんとか逃げなきゃ…。



 前世の美咲だったころ、ファンタジー小説読むこともあった。

 だから奴隷がどんな仕打ちを受けることになるのか…。

 そんなことは、ミーシィアにも容易く想像できた。



「この嬢ちゃん、ハーフエルフみたいだな!こりゃあ高く売れるぜ!!ギャハハっ!!」



 ミーシィアの耳に、人攫い共の汚い笑い声が聞こえてくる。

 だがその笑い声も、次第に遠のいていってしまう。



 …逃げ…なきゃ…。



 ミーシィアも精一杯抵抗したのだが…。

 あまりにも体格差がありすぎる。



 健闘虚しく、ミーシィアは意識を完全に失ってしまうのだった。



           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 次にミーシィアが目を覚ましたのは、薄暗い牢屋の中だった。

 家具…なんて呼べるものは一つもない、六畳程度の広さの牢屋だ。



 湿気がこもっているのか、牢屋の中はかび臭さが気になる。

 もしかしたら、どこかの地下牢なのかもしれない。



 その牢屋の中には、ミーシィア以外にも何人かの子供たちがいた。

 どの子も、ミーシィアと同い年くらいに見える。

 ミーシィアを含め全員は、ぼろ布のような服を着させられていた。


 

 きっとこの子たちも、私と同じように人攫いにあったのだろう。

 まだぼんやりとする頭で、ミーシャはそう思った。



 そして目覚めたその日から、ミーシィアの悪夢が始まる。



 牢屋では日に2回、食事が運ばれてくるのだが、それはとても人が食べるものとは思えなかった。



 具の入っていない薄い塩味のスープ、そしてカビが所々に生えてしまったカチカチのパンが少々。ただこれだけ。



 それでも、腹に入れなければ生きてはいけない。

 ミーシィアは鼻を摘まみながら、無理やりそれらを流し込んだ。




 ミーシィアたちがいる牢屋には、毎日のように来客がある。



 牢屋を訪れる人たちは、誰もが煌びやかな衣服に身を包んでいた。

 きっと自分たちを値踏みしに来た、お貴族様か何かなのだろう。



 そんな奴隷商の客がくると、決まって着ている衣服を全部脱がされ、裸で立たされた。

 その時には、自分がそういう目的で売りに出されているのだと、強く自覚させらるのだった。



 だが捕まってから数日たっても、そういった性的なことをさせらる気配がない。



 どうしてなんだろう…?

 そういう疑問が顔に出ていたのかもしれない。



 ミーシィアの顔をニヤニヤと眺めながら、奴隷商の主人と思われる男が、疑問の答えをくれた。



「客の中にはな、新品を好む方々がいるのさ。お前はそう言ったお客にうけそうだからな、それまでは新品でいられるってわけだ」



 でも結局は、その時が来たら私の初めては奪われてしまう。

 見知らぬ相手に、操を捧げなければならない。



 そんな理不尽に対する怒りと、恐怖でミーシィアの体は震えてしまうのだった。




 人攫いにあってから、数ヶ月が経っただろうか。

 窓もない牢屋では、時間の感覚が分からない。



 もしかしたら、もう一年くらい経っているのかもしれない。

 ミーシィアがそう感じてしまうほどに、牢屋での生活は酷いものだったのだ。



 だけど私なんかは、まだマシなほうかもしれない。



 牢屋の子供の中には、売れないと判断され主人の性処理をさせられる者、暴力を振るわれる者もいた。



 そんな光景を見せられるたび、ミーシィアの心の光は失われていき、正常な思考をすることすらできなくなっていった。



 ある日のことだった、いつも通りに主人が牢屋を訪れる。

 また誰かに暴力でもふるいに来たのか…。

 だがそのミーシィアの予想は外れる。



「お前とお前、あとそこのハーフエルフ。お前らは牢の外に出ろ」



 …え、外に出る??なんで??

 もしかして…解放…



「喜べ、お前たちは買い取り先が決まった!」

 奴隷商の主人から、そう絶望の言葉が紡がれた。



 ああ…、そりゃそうだ…。いまさら解放なんてありえない。

 ついに来てしまったんだ…この日が…。



 その絶望が、ミーシィアの瞳から光を完全に失わせるのだった。



           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ガッタン、ガッタン…とミーシィア達を乗せた馬車が街道を進んでいる。



 御者を含めた男たち4人が話していた通りなら、トリスという国まで運ばれるらしい。

 きっとそこに新しく主人になる者がいるのだろう。



 顔を俯かせ、絶望に浸るミーシィア達の首には、隷属の首輪と呼ばれるアイテムがはめられていた。



 このアイテムをはめられた者は、主人に設定されている人物の命令を拒否できない。いわば奴隷化するための首輪なのだ。



 もうどうしたって逃げることはできない。

 あとは新しい主人に弄ばれるその時を待つのみなのだ。



 そう思い、ミーシィアが再び絶望の色を深めた…その時だった。



「な、なんだコイツ等?!!!」



 一人の男の言葉を皮切りに、他の男たちも叫び始める。



「なんでこんなところにオークが出るんだ!!」


「知らねーよ!!それより、スピードを緩めるな!!逃げ切るしかねえ!!」



 男たちの言葉と共に、馬車の速度が加速する。



 …オーク??あのファンタジーにでてくる怪物の??

 ミーシィアは、前世のファンタジー小説にでてくる、豚顔の魔物を思い浮かべた。



 そんなのに捕まったりしたら、きっと私達なんて頭からバリバリと食べられてしまう。


 

 そのオークへの恐怖心が、虚ろになっていたミーシィアの心を少しだけ正気に戻したのは、なんとも皮肉な話だった。



 ドスンッ、ドスンというオークたちが追いかけてくる足音が聞こえる。


「「「プギィッーーー」」」

 その後に聞こえてくるのは、そのオークたちの鳴き声。



 ミーシィア達を乗せた馬車は街道をそれ、横に広がる森の中へと入って行った。



「おい!!なんで森なんかに逃げてきたんだよ!!」


「しかたねーだろ!!馬車の進路で待ち伏せしてるオークがいたんだから!!」



 男たちは、この期に及んで言い争いを繰り広げる始末。

 


 男たちの言い争いは、ミーシィア達に自分の死が近づいているのを知らしめるには十分なものだった。


 

 私…ここで死ぬの…??

 ミーシィアは自分の死が、避けられないものであると予感した。



 ドゴンッ!!!

「きゃっ!!!!!」

 何かが壊される音がしてすぐに、ミーシィアたちを乗せた馬車は、スピードを緩めないまま横転してしまった。



 馬車から放り出されないように、荷台のヘリに捕まるミーシィア。

 何回転かしたあと、馬車は木にぶつかって、強制的に停車したのだった。


 

「う…うぅぅ…。痛っ…」

 横転のせいで、一瞬昏倒していたミーシィアの意識が戻る。

 そんなミーシィアに男たちの悲鳴が届く。



「うわぁぁぁぁぁぁ!!来るな!来ッ…。」

 グシャッ!

「やめてくれ…!死にたくな…」

 グシャッ!!

「いやだーー!いや…」

 グシャッ!!!



 あれ程騒いでいた男たちの声が、何かのが潰される音がするたびにしなくなる。

 そのことが、ミーシィアの恐怖心をより強くしていった。



 声のしなくなった男たちはもう………。



「クソ豚共が!!なめやがって!!これでも食らいやがれ!!!」

 ボンッ!!

 最後の男の声と共に、小さな爆発音…。



「いったい…なにを?」

ミーシィアがそう口にした矢先のことだった。



 ミーシィア達がいる荷台の幌から火の手が上がる。

 何か火薬のようなものを使ったんだ!!

 早く、早くここから出なきゃ!!



 「逃げて!!あなた達もここから逃げるの!!」

 ミーシィアは、自分以外の子供たちも扇動し、必死に横転した荷台から抜け出す。



 だがそこには、さらなる地獄が広がっていた。



 悲鳴を上げていた男たちだったものは、頭を潰され体はオークにムシャムシャと喰われている。



 爆発物を使って反撃しようとした男も、大きな木の杭で腹に穴を貫かれ、絶命していた。



 ダメ…、こんな奴らに抵抗なんてできない。

 一瞬で殺されてしまう!!! 

 そう思った時には、ミーシィアはもう叫んでいた。



「逃げて!!!!どこでもいい!!あいつらに捕まっちゃダメ!!殺される!!!」



 走り出したミーシィアに続き、子供たちも必死で逃げ出す。



 そうだ!!今は考えてる場合じゃない!とにかく走らなきゃ!!

 もしかしたら、あいつらは私達を追わないかもしれない!!

 だから!!!



 けれど現実は、そんなに優しくはなかった…。



 ブオンッ!!

 音と共に飛来した棍棒が、隣を走っていた少女の一人の頭を砕いた。



 「あ、ああぁ…!………くっ」

 ダメだ、止まっちゃダメだ。この子はもう死んでる!

 走らなきゃ!逃げなきゃ!!!



 ミーシィアが立ち止まったのは、一瞬のことだった。

 止まってしまえば、自分まで殺されて喰われてしまう。

 恐怖に震える足に鞭をうって駆けだした。



 走る、必死で走る。

 もしかしたら、前世だってこんなに走ったことないんじゃないか。

 そう思えるほど、全力で走って逃げていた。



 しかし…


「あっ…」

 生き残っていたもう一人の少女が、小石に躓いてしまう。



「早く!立って!!!」

 ミーシィアが手を差し伸べ、少女がその手を掴んだその瞬間。



 グシャッ!!!!

 ミーシィアの手を掴んだ少女は、その手だけを残してオークの棍棒に叩きつぶされてしまった。



 ミーシィアは、腹の中身を吐き出しそうになるのを耐え、再び駆け出す。


 

 私だけ…、私だけになってしまった。

 みんな殺されてしまった…。



 逃げるミーシィアの心を、絶望がどんどん塗りつぶしていく。



 嫌だ…。嫌だ嫌だ…。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!!

 死にたくない!!死にたくない!!!!



 ミーシィアは必死に逃げた。

 逃げて逃げて逃げて、そしてたどり着いたのは…。



 断崖絶壁の崖だった………。



 あ…、もう…ダメだ…。

 ここが私の終着点…。



 そうミーシィアが諦めようとした、その時だった。

 


 ブパンッ!!

 ミーシィアを捕まえようとしたオークが、体を破裂させたではないか。



 しかも1匹だけじゃない、残りの2匹も次々と破裂し絶命していく。



「…………え??」

 突然のことに戸惑うミーシィア。

 何が…起こっているの…??



「大丈夫!?ケガしてない??」



 優しい、こちらを心配する声が聞こえる。



 声の主へと視線をむける。

 綺麗な銀髪をなびかせた少女がそこには立っていた。



 ハイエルフの少女フーラァとハーフエルフの少女ミーシィア。

 二人の邂逅の瞬間だった。


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