私が負けたその日から

第1話

 私はゲームで負けたことが無い。運ゲーなどでは負けることもあるが、実力が求められるゲームでは一度も負けたことが無いのだ。


 そんな私の無敗伝説は、勝率100%のレートが物語っている。 


 だが、高校三年の夏、私は生まれて初めて負けた。


            *


 8月15日、同級生達が友達と青春の1ページを作っている中、私は一人、いきつけのゲームセンターに来ていた。


 いつも通り格ゲーゾーンに行き、スパフォーをしながら店内対戦の相手を募集していると、対戦相手が現れた。


 いつも通り、対戦相手をボコボコのけちょんけちょんにしてやると、息巻いていた私だったが、なんと、3ラウンド中1度もK.Oする事が出来ず負けてしまった。


 私は自分が負けたことに納得がいかず、再戦を申し込むため、対面に座っている相手の顔を覗いた。


 そこに居たのは同じクラスの八草君だった。


「あ、あれ八草君だよね?」


「えっともしかして雨宮さん?」


「うん、そうだよ。あのさ再戦いいかな?」


「もちろんいいよ」


 しかし何度再戦しても1ラウンドもK.Oすることが出来なかった。


 *****


 その後、私は彼を「いい時間だしお昼でも一緒に食べない?」と誘い、近くにあるファミレスへ足を運んだ。


「八草君ってゲーム上手いんだね。意外だったよ」


「それは、こっちのセリフだよ。雨宮さんはいつも読書しててテストでは学年トップだし、ゲームしないイメージだった」


「私、実はゲーム大好きなんだよね。家ではいつもゲームしてる」


「僕もゲーム好きで、特にさっきのスパフォーはかなりやり込んでるんだ」


「じゃあ、また今度一緒にやらない?」


「もしかして、雨宮さんって負けず嫌い?」


 彼は苦笑いし、そう言った。


「そうかも」


 私も苦笑いして、そう答える。


 その後、私達は連絡先を交換し別れた。


 ****


 家に帰った私は、今日の事を思い出して、悔しくなって、枕を叩いていた。


 この私が、スパフォーで、1度もK.O出来ずに完敗するなんてなぁ……


 彼の前では取り繕っては居たけど、本当は悔しくて、今すぐ再戦したいくらいだった。


「八草君強かったなぁ」


 私が負けるなんて初めてだった。私に勝てる人なんていないと思ってた。私、勝ってばかりで、調子乗ってたのかも……。


 私は、初めて自分を負かした彼に興味を抱いた。


 あ、そうだ。せっかく彼と連絡先を交換したんだし、彼に、明日再戦しませんか? って連絡してみよう。


 彼に連絡すると、彼はすんなりやろうと言ってくれて、彼の家でゲームをやることになった。


 私は初めて男の子の家に行くという事もあり、緊張したけど、ゲームまみれの部屋を見て、親近感が湧いたのか、すぐに緊張は解れた。

 

 彼の家に着いてから、まず最初にやったゲームは、私が負けたスパフォーではなく、別の格闘ゲームだった。


 私は、彼はきっとこのゲームも強いんだろうなと思い、今度こそ勝ってみせる! と、意気込んでプレイをした。


 すると、あっさり勝った。昨日とは逆で、私が1度もK.Oされることなく完勝した。


「あ、あれ、八草君。こんなに弱かったっけ? もしかして手を抜いた?」


 昨日と逆の結果に驚き、私はつい咄嗟に、そんな言葉を口に出していた。本気でやっていたとしたら、凄く失礼だ……。


「あ、ああ、僕、スパフォー以外は全然なんだ」


「そうだったんだ。ごめん。じゃあ、スパフォーやろ」


「スパフォーでは負けないよ」


 そして、昨日と同じく、私が一度もK.O出来ずに完敗した。


「うーん。上手い! また完敗かぁ……次は勝つ! もう一回やろ」


「うん。やろっか」


 次の対戦でも私は同じように完敗し、もう一回、もう一回と言って、再戦を繰り返していると、あっという間に日が暮れた。


 結局、その日、私はスパフォーで、彼を一度もK.Oすることが出来なかったけど、彼とのゲームは凄く楽しかった。


 帰り際、私が、


「また来てもいい?」


 と聞くと彼は、


「もちろん良いよ」


 と答えてくれた。


 それから私は、毎日家に通い、彼と一緒にゲームをするようになった。


 最初のうちは、スパフォーで彼を一度もK.O出来なかったけど、4日目辺りから少しずつK.O出来るようなった。


 でも、1日の勝率では負けていた。


 そして、ついに夏休みの最終日になった日、私は初めて、彼に1日の勝率で勝つことが出来た。


「やっと八草君に勝てた」


「ついに負けちゃったかぁ」


「今日で夏休みも終わっちゃうね」


「そうだね」


「ねぇ、八草君。夏休みが終わってもまた来てもいいかな?」


 緊張したけど何とか言うことが出来た。


「もちろん歓迎する」


 私と彼は、夏休みが終わり学校が再開してからも彼の家でゲームをした。


 私と彼は、高校3年生と受験生であったが、塾には行かず、お互い家で勉強をした。


 放課後、学校から彼の家に行き、彼と勉強を教え合った。勉強が終わったら、ゲームというのが習慣になった。


 彼と私の2人でするゲームが、良い息抜きになったのか、教え合った効果かは、分からないが、模試の結果はみるみる上がって行った。


 私も彼も第一志望の大学に合格した。


 そして、卒業式の日がやってきた。


「あの夏の日、ゲームセンターで八草君と出会えて良かった。八草君とゲームをするようになってから、毎日がとっても楽しかった」


「僕も楽しかったよ」


「でも、━━━━もうお別れだね」


 彼は都内の大学に進学し一人暮らしを始める。それに対して私は地元の大学に進学する。


 地元から都内までは、電車で4時間かかる。その上、クラスメイトという繋がりを失ってしまったら、もう彼とは会わないのかな。ゲーム出来ないのかな。


 そう思うと何故か胸がぎゅうぎゅう痛む。


「ねぇ、八草君私と付き合わない?」


 私は気が付いたら、口が自然と動いて彼に告白をしていた。


 自分で告白しときながら、私は自分の告白に驚いた。


 私は今まで、彼のことを異性として見ていなかった。一緒に居ると心地良くて、楽しかった。彼と離れ離れになると思うと辛くて、彼がゲームをしている姿が好きで……


 ああ、これが恋なんだ。


 私の告白に彼は、少し動揺して、顔をうっすらと赤く染めて、


「雨宮さんと出会った日から毎日が輝いていた。楽しかった。雨宮さんとゲームして、勉強した日々が凄く凄く楽しかったよ。僕で良ければ付き合ってください!」


 そうして、私と彼は恋人になった。



 ****


 大学に進学しても、彼は、毎週末、都内から片道4時間かけて帰ってきてくれて、私と一緒にゲームをした。


 都内にしか売っていない珍しいゲームを持ってきてくれることもあって、遠距離恋愛ではあるものの、2人で楽しい思い出を築き上げて行った。


 それから15年の時が経ち、私と彼は、結婚し、子供にも恵まれ、休日はいつも、家族3人で楽しくゲームをしている。


 私の腕が衰えたのか、10歳の息子にスポフォーで負けることも増えてきた。


 私が、彼と仲良くなったきっかけは、スポフォーで、負けて悔しかった事だったが、今では負けても悔しいとは思わない。


 負けず嫌いだった私が、こんな風に思える日が来るなんてなー。


 あの日、ゲームセンターで彼に負けて良かった。今では、そう思う。

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