あたしと右腕の魔法 第3話

 夕焼けの赤がドームの空からまた消される。

 アルテミスシティは今夜もそうして宇宙に晒されようとしてた。

 作り物だから頭上に家路を急ぐ魔法使いは一人も飛んでいない。でも時間帯はそんな頃合いで、静かすぎる辺りを紛らせロボの流すネットニュースがあたしの鼓膜を揺すっていた。

 そこで淀みないアナウンサーは火星で起きた崩落事故の続報を読み上げてる。ボルシェブニク校長をはじめとするビリオンマルキュール級の魔法使いたちは、閉じ込められていた最後の一人もついに無事救出したみたいだった。それもこれも魔法使いらの迅速な救出活動のおかげと称賛してる。これできっとまた魔法使いの株は上がるだろうと、あたしには思えてならない。ますます世の中に欠かせないのが魔法の力、ってことになって、ならきっとマイクロマシン・ジェネレーターは重宝されるだろうけど、使ってしまえば肝心の魔法使いが行き場を失うことになるのだから変テコな話だった。

 続く現場からのインタビューでは、答える我がマギ校のボルシェブニク校長がやっぱり呑気にふぉ、ふぉ、ふぉ、なんて笑ってる。

 血が決めた宿命を技で切り開いてゆくのだ。

 最後に引用したのは「大魔法使いアーサー」の名言で、だから宿命に戸惑う生徒たちの元へ早く帰ってやらないと、なんて校長はインタビューを切り上げてた。

 そのとき吹くはずもない風があたしの頬を撫でてゆく。

 だって校長は今、宿命を切り開くのはまほうじゃなくて、それを使うあたしたちだって言ったんだもの。そうやってあたしたちが魔法を「使う」限り、あたしたちと魔法は別々のものだって確かに言ってた。それってつまり魔法使いだろうと持たない人と変わりがないってことで、ちょっと面倒ごとを背負って生まれただけだと思ってみる。だのに特別だなんて勘違いしがちだから、おごって、惑わされて、ひねくれちゃわないよう訓練は必要で、特別になるためなんかじゃない。誰とも変わらないままでいるためにあたしはボルシェブニキー魔技校で学んだんだって、今さら強く確信してた。

 そう、世の中にいるどの魔法使いだろうと、本当は持たないただの人なんだ。

 だからきっとむしろみんなが魔法使いだって信じられる。

 と、気付いたロボがインターネットを切っていた。

 見据えたアルテミスシティの町角から、まっすぐこちらへやって来る影はある。

「オーキュ様」

 ロボが囁くように呼びかけて、あたしは小さくうなずき返した。

 台車に三輪がついただけのカートみたい。姿がはっきりしてきたのは先輩の組んだ空間へ入ってきたからで、きっと本当は荒野を突っ切るみたいに何もない泡のドームの下を走っているのだろう。けどカートはアルテミスシティの隅っこにくっついた、あるはずのないこの町角を確かにあたしたちの方へと走ってくる。

 その運転席にダブルイが、隣にタイソン女史の姿はあった。

 睨みつけてあたしは両の拳を握りしめる。

 辿り着いたカートはスピードを緩めることとなく、そんなあたしの前で大きくハンドルを切った。後輪が滑ってカートごとバターみたいに溶けて崩れ、そこに乗っていたダブルイとタイソン女史を降ろす。降ろしてあたしくらいの大きさのドラゴンへ姿を変えて、立ち上がった。

「やあ、ボクだよ」

 もうダブルイは仮面をかぶっていない。ハップがパソコンで見つけたあの顔から、聞き覚えのある声は発せられていた。だから分かるかな、って顔でダブルイは首をかしげてみせてもいる。

「ダブルイ・アフトワブ。事故で魔法をなくしたアフトワブ社の御曹司さんね。もう知ってるわ」

 返したあたしも、どう、って具合に眉を動かす。

「やっぱり。アリョーから盗み取るなんて、思ったよりやるじゃないか」

 驚くことなく言ってタブルイは、ロボへ視線を投げもした。

「みっ、見くびらないで頂きたく思いますよ。それくらいのこと、朝飯前なのでございますっ。そのうちポリスも気づくことでございますよっ」

 突き返すロボは武者震いしてるみたい。体中からカタカタと、ガラクタの鳴る音を響かせてる。

「へえ、心配してくれるのかい。けど遠慮しておこうかな。アリョーカはちゃんとあの後、ボクの所へ帰ってきたんだ。そして今はもう鉄クズになってる」

「な、んと。アリョーカ……」

「代わりなんていくらでもいるよ。さあ」

 あたしへと、ダブルイが手を差し出していた。

「約束のものを渡してもらおうか」

 もう一方の手で乱暴にタイソン女史を掴んで引き寄せ、促してドラゴンもその背で口を開いてみせる。

「アフトワブ社はマイクロマシン・ジェネレーターを実現したくて、こんなことをあなたにやらせてるの?」

 あたしは眉を吊り上げた。

「父さんは受賞の研究がウチで進めてたものの盗用だって知ったのに、これでいいって目をつむったんだ。資金を出して研究させてあげたのはウチの会社なのにさ。使えばボクだって魔法を取り戻せるって、わかっているのにさっ」

 そういうことだったんだ。って言うのはあたしの感想で、もう聞かされてるらしいタイソン女史も、隣で痛々しそうな顔をしてる。

「全部、あなたが勝手にやったのことだっていうのね」

「呪文と一緒に持って帰れば、父さんだってきっと考えが変わるよ。ボクだってみじめな思いをしながら月なんかで、じっとしていなくてよくなるんだ」

 つまり、盗用を許したダブルイのお父様はきっと、研究がもたらす魔法使いたちの不遇に気づいてるんだって思える。もしかすると隠したのはタイソン女史のおじい様やあたしのおばあちゃんだけじゃなくて、後押ししていたアフトワブ社そのものもまた、なのかもしれない。

「あなたは自分のことばかり考え過ぎてる」

 だけじゃなくて今さら、おや、ってあたしは思い当たる。

「どうしてあなたのお父様が盗作に目をつむったのか、考えたことはなかったの? だいたい今、使ってる魔法はいったいどこから」

 まだ他に企んでいる誰かがいたなら。その人にそそのかされているとしたら。過らせたあたしへダブルイは、ふん、て具合に鼻を鳴らしてみせていた。

「キミの魔法じゃないか。仮面はそのためにもお願いしたんだよ。マイクロマシン・ジェネレーターは優秀だね。だってあれっぽっちの魔法でまだ動いてるんだからさ」

 言葉にあたしはそれこそ大声で叫びそうになる。だってそれってつまり、ザルで暴れたドラゴンはあたしの魔法が作り出したもの、ってことじゃない。

 しかもお金をもらって。

 事実は事実。

 騙されたせいだとしても、もう言い逃れなんてできない。

「アフトワブ社はマイクロマシン・ジェネレーターを完全な状態で市販化するんだ。呪文を作った魔法使いを見つけて、専属になってもらう。いやだなんて言うはずないよ。だってこの世にあふれる魔法の全てに変わる魔法を使う、たった一人の魔法使いになるんだから」

「そうかしら」

「そうやって他の魔法使いの仕事を取るかもしれないって、父さんは確かに研究を手放したのかもしれないけど、そうやってボクが味わった気持ちをみんなも味わってみればいいんだ。魔法使いじゃなくなる気分が、自分が自分じゃなくな気分がどんなものか、知ればいいんだっ」

 声はすっかり闇に包まれたドームの下に甲高く響く。

 と、そこで気づいたみたいにダブルイは、ふいと我に返って目を瞬かせた。

「もしかしてもう君は、その呪文を知っているの? 呪文を組んだ魔法使いは連れてなさそうだし、本当にサインは見つけたんだろうね」

 組んだどころか呪文そのものを連れているなんて、きっと想像なんてしてないだろうと思う。そしてそんなお馬鹿さんには「魔法使い」が何者なのか、お手本を見せてあげるほかなさそうで、巡る考えにあたしは用意していた計画を組み変えていった。あたしに自身へも、魔法をなくしたって何も変わりはしない、証明するためにも。

「さあ、どうかしら。やっぱり騙されるなんてお子様よね」

 言ってやる。

 ダブルイの表情は、とたん引きつった。

「あんなに高い所から散り散りになったノートの切れ端なんて、見つかるわけないでしょ。残念さま」

「嘘だ」

「呪文のことは諦めなさい。あなたは魔法に使われてる。魔法使いって宿命にのまれてるだけ。そんなじゃ呪文があったって使う資格こそないし、使いこなせやしないわ」

「呼び出してボクをハメたんだな」

 なんて、まあまあ頭の回転はいい方ね。

「分かり切ったことよ」

 さあ、ここから。

 魔法は使えないけれど、魔法よ働いて。

「あなたには、謝らなきゃならない事がたくさんあるんだから」

 全てを変わらないままに。

 あたしだって、どこも変わっちゃいない。

 同じように念じた。

 サバサンドみたいにあたしにも、うまく行くって、みんなの気持ちを変えさせて。

「ロボっ、タイソン女史を頼んだわよっ」

 呼びつければ、えっ、って間合いでロボが振り返る。声にダブルイはタイソン女史を盾に身構え、さらにその前へあたしの魔法だっていうのに生意気にもドラゴンは立ちはだかった。

 名残惜しいけど、あたしの最後の魔法もここまで。

「せぇん、ぱーいっ」

 見据えて声を張り上げる。

「お願いっ、しまぁっす」

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