あたしと右腕の魔法 第2話

 ザルをめちゃくちゃにしたドラゴンを生け捕りにする。

 嘘はないと思う。

 あたしが再びあのビーチを訪れたのは、お仕事へ向かう魔法使いや持たない人たちがアルテミスシティにあふれだす時間帯で、そんな時間に空からでなく地面から、縞の体操着で現れたあたしに先輩はずいぶん驚いた顔を向けていた。けれどあたしのことはしっかり覚えていてくれて、話へもしっかりちゃんと耳を傾けてくれている。しかも「フフフ」なんて魅力的な笑みを浮かべた先輩はと言えば、あたしの申し出に協力の約束さえしてくれた。

 それってつまりアッシュが言うとおり「魔法使いはお人好しが多い」ってことなんだけど、言われてムッとしていたあたしも目の当たりにすれば、やっぱり少しは改めなきゃって思ってしまう。

 ともかくそうして始まった空間の造り込みは、余分な土地なんて余っていない月面のアルテミスシティの中で、そこしかないって閃いた場所だった。そう、初めてロボとあたしが出会った街のはずれのスクラップ工場。空間は先輩がいちから組み上げてもよかったのだけれど、それじゃあまるで時間が足りないってことで、そのためにも夜中からパソコンを操っていたハップが設計してくれたものを参考にしてる。

 そんなハップと先輩のやり取りは嫉妬しそうなくらいスムーズ。滞ることなく空間はスクラップ工場を覆うようにしつらえられてくと、アルテミスシティの中心部とつながってるかのような賑わいを残した町角は、あっという間に寂し気だったこの場所に造り上げられていった。

「先輩っ、お水どうぞっ」

 助手にもならないあたしはその傍らで先輩の汗を拭いたり、ストローの刺さったタンブラーを差し出したり、とにかく気持ちよく先輩が作業できるよう努める。ノートパソコンにつなげられた装置から立ち上がるホログラムとにらめっこ。景色を組み上げてゆく先輩の呪文さばきはまるで編み物でも編んでるみたいで、とどこおりのない仕事ぶりはあんなに大きな空間製作なのに優雅でさえあった。

 仕上がるのは昼過ぎになるかしら、っていうのは先輩の予想。

 だからその一方で耳を回してロボも、ダブルイへとサインの記されたノートの切れ端が見つかったことをSNSを通し知らせてる。

「オーキュ様、決戦は夕方五時にて、送信完了いたしましたですぞ」

「了解」

「そうね、明るすぎるよりそれくらいの方が光も馴染んで、なおさら魔法か本物か見分けはつかなくなると思うわ」

 呪文で組んだ空を本物の空へ持ち上げて、張り付けた終えた先輩も振り返ると付け加る。

「おおっ、これはとんでもない」

 なんて空に気づいたロボが、耳から手を下ろすとツマミの片眉を跳ね上げてみせた。

「オーキュ様の仮面とはケタ違いでございますなぁ」

「う、うるさいわね」

 言いようにはいろんな意味でへこむけど、本当だから仕方ない。くらいに、どこからが魔法で、どこからが本当の空なのか見分けがつかないほど先輩の魔法は完璧だった。

「それはわたしの魔法がこれに特化してるだけのことよ。あなたみたいに器用に空は飛べないもの」

 おごる素振りもみせない先輩は、また「フフフ」と涼し気に笑ってる。いよいよ町とこの離れた場所をつなげて迷い込ませる通り道の造り込みに取り掛かっていった。

 あいだ一言もアッシュの声が聞こえてこないのは、あたしたちはキャンプラボで別れたから。「ポリスは任せろ」って言ったアッシュはその足で、ドラゴンを引き渡すための手回しというか準備に向かってる。

 って言うかあたしたちっていつからこんな風にチームワークが良くなったのかしら。振り返っておかしく思い、それもこれも魔法使いの未来のためだってあたしは気持ちを引き締めた。だってそのためにもあたしはダブルイと会って話さなきゃならない。

 おばあちゃんから譲られた呪文の持ち主として、これからを決めるためにも。


「こりゃ、スゴイな……」

 見上げたアッシュが目を丸くしてる。

「ポリスに協力できるんですもの。精一杯頑張らせていただきましたわ」

 ついに組み上がった空間は本当にただの町角。ここがアルテミスシティ―の片隅だなんて思えないくらい、町から誘い込ませる道だってあたしがただのボロ家をお屋敷と錯覚したように距離感が捻じ曲げられてた。

「先輩、本当にありがとうございますっ」

「あとはタイミングを教えてくれれば空を落として閉じ込めてみせるわ。驚いて中で暴れるだろうけど、どれだけ走っても空間の歪みがまっすぐには走らせないから、中でぐるぐる回り続けるはずよ」

 教える先輩の「フフフ」って笑いは、この時ばかりはちょっと怖い。

 連れられてあたしたちは駐車中のバスのタイヤのホイールをくぐり抜ける。そこが唯一の隠し扉になっていて、造られた空間の外へ抜け出た。とたん現れた目の前のスクラップ工場は嘘みたいで、背にして遠ざかってゆけば抜け出してきた空間が水球となり、中に歪んだ町角を透かして地面すれすれに浮いているのが確かめられる。

 向かって手をかざした先輩が、そんな水球の位置を調整して右へ左へ揺さぶった。

「多少なら臨機応変、相手が現れた角度に合わせて調整もできるから、真後ろから来ない限りきっとバレないわ。信用してちょうだい」

「よっ、よろしくお願いしますっ」

 もう完璧すぎて頭を下げずにはおれない。上げてその傍らで、さっきから忙しなく記録をとってるハップへあたしは振り返る。

「どう、魔法ってやっぱりすごいでしょ。見直した?」

「そうだね。使い手によってはこんなに違う、ってことはよく分かったよ」

 ああっ、やっぱり素直じゃないっ。

「まあまあ、指定の時刻までそう時間もございません。最後の仕上げにお食事を」

 すかさず間へ入ってたしなめるロボは、さっきあたしへ言ったことをもう忘れてしまってるみたい。本当にみんなして、あたしをバカにしてるわね。

 余計に腹が立ったせいでお腹も余分に空いてきてた。組み上げた空間を背に、あたしたちは先輩が作り出した重力の上でサバサンドを食べる。ちょうどと町から帰ってきたアッシュのそれはおごりで、昨日、食べた時と同じにとても美味しいサバサンドだった。それだけで全てはうまくいく、って気がしてくるのだから魔法みたい、と思う。

 いいえ、とその時あたしの中に閃きは降ってた。

 「みたい」じゃなくて、今あたしは魔法をかけてもらってる。

 作った人はきっと持たない人で間違いないけど。

「……そっか」

 呟きは今さらだった。

 魔法使いじゃないあたしだって、魔法使いとして出来ることを今、やっているんだもの。なら最初からあたしと魔法はひとつじゃなかった。だから魔法使いにならなきゃ、とも思ってたわけで。なくしたからって、じゃああたしが何か変わってしまうわけじゃない。それはほんの少し、あたしを離れて移動しただけのこと。今じゃちょっと腹立たしい右腕アイボウになって隣に。


 アルテミスシティの昼が時間通りに過ぎて行く。

 やがて降る光が夕方を作り出して、あたしたちはそれぞれの場所へと散っていった。

 ロボが送ったSNSのメッセージに返事はないけど既読のマークはついている。ダブルイが現れない、ってわけはなくて、あたしとロボは待ち受けるとアルテミスシティの町を前に立ちはだかった。

「さあ、おいでなさい。魔法使いじゃなくなった魔法使いの魔法は、車に船を動かすよりもずっとずっと巧みなのよ」

 勇気づけてくれたサバサンドみたいにね。

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