失敗と魔女 第3話
「ってことでその調子で、こっちにもひとつ手を貸してもらおうかな」
そんなのあたしが決めることじゃない。思うけれどその人は選ぶヒマなんて与えず「例えばだ」と続けて言う。
「シーのことについて。連絡を取ったSNSに出会った場所、ぜひとも教えてもらいたいんだけどね」
誘ってあたしへ薄く笑ってみせた。
「あなた、誰?」
答えず問い返したのは、きっと恩人だからってあたしはしゃべり過ぎてしまったと感じたから。
「シーはドラゴンの仲間なんかじゃない」
言えば椅子の背からその人は、乗せていたアゴを持ち上げる。
「言い切るね。理由は?」
「あなたもシーを連れ去る気なら、あたしはいつだってシーの味方よ」
残念さま、誘ったところで、もううっかり口を滑らせたりなんてしない。
「おやおや。そいつをかばっても、いい事はないと思うけどな」
「ご忠告は胸に。名乗らないならあなたこそ」
あたしは下っ腹へ力を込める。
「ポリスを呼ぶわよ」
なら「おっと」なんてその人は、両手を挙げて飛びのくように立ち上がった。
「そいつはおっかないな」
察してロボも壁へ飛びつく。留められていた緊急脱出用の斧を剥ぐと前に構えてみせた。
「そっちもだ」
そんなロボへもちらりと視線を投げたその人はウインクなんて放ってくれる。つまりすっかりみくびられてる、ってことのようで、なおさらあたしは毅然と声を張り上げていた。
「助けてくださったことにはとても感謝しています。でも世の中、いい人ばかりじゃないって聞いたところなので。大事なお客様の個人情報はこれ以上、どこの誰だか知らない人には話せません。どうぞこのまま静かにお引き取りください」
「いやぁ、飲み込みが早いね。さすがボルシェブニキーの卒業生さんだ。なら教えがいがありそうだってことでお嬢さん、ここでもうひとつ耳寄りな話をしてやるよ」
なんて厚かましい人なんだろう。
「いいかい。お嬢さんがどれだけ心配しても、もうシーに連絡はつながらないと思うね。なぜかって。もちろんドラゴンにさらわれたからじゃない。会員だけじゃないのさ。シーは他にもいろいろ嘘をついてる。だからこれ以上あれこれ知られたくない。どうだ。直接会ったお嬢さんには思い当たるフシがあるんじゃないのか」
腹立たしいけどすぐさまノーと返せなかったのは、その通り。初めてシーの家を訪れた時のあれやこれやがむくむく浮かび上がってきたせい。ちょっと普通じゃない暮らしに一度も見ることのなかった素顔。すっかり同情してしまったドラマのような身の上話に、信じられない研究と才能。
「じゃな、お嬢さん」
聞えてあたしは我に返る。
敬礼なんて放ったその人は、返すきびすでもうキャビンから抜け出していた。「あっ」とあたしは声を上げるけれど、寝具のせいですぐにも身動き取れずもがく。なら「ここはわたくしがっ」と放ったロボが奇声を上げた。
「あちょぉーっ」
ネットで検索したのかしら。ふりかざす斧も勇ましく、追いかけキャビンから飛び出して行く。
「ロボっ」
あたしは取り残されてもう一度、シーはあの時、あたしたちに本当のことを話したのかしら、ってただ巡らせた。そうに決まっている、と口元へ力を込めなおす。
魔法が使えないせいで重力を起こせないから体はふわふわ浮きがちだけど、寝具の間からどうにか抜け出しあたしは泳ぐようにして鏡の前へ移動した。爆発している髪を手早くひとつにまとめたてシュシュを巻きつけ、これまた魔法が使えないのだから裾がめくれるワンピースなんてとんでもない。脱いで、カボチャ色と紫が縦縞になったバルーンパンツ、持ってきておいてよかったマギ校の体操着に着替える。
向かうのはもちろんシーのお屋敷。あの人の、それこそ口から出まかせを確かめて、シーがさらわれた事をポリスに話して今すぐ探してもらうんだと思う。
ロボが戻って来たのは靴へ足を滑り込ませた時。息なんてしてないはずの肩をハアハア、上下させたロボは言う。
「オーキュ様、このロボがみごと追い払ってまいりましたっ。あ、いやっ。いったい何をしておいでなのですかっ」
かと思えば驚いたように跳ね上がった。
「今からシーの家へ行くのよ。あの人の言ったことを確かめるわ。はっきりしたならシーがドラゴンに連れ去られたことをポリスに知らせるの」
とたん投げ捨てられた斧が宙を漂う。ロボはまたもや指を揺らすと神妙な調子でちちち、と舌を鳴らしてみせた。
「おやめください、オー……」
その指をあたしは掴む。
「シーから何か入ってないか、SNSをのぞいてみてちょうだい」
ロボの耳へと突っ込んだ。
朝一番のシャトルに乗れたのはラッキーそのもの。待っている間ロボは、ザルで最後に送ったメッセージがまだ読まれてないことをしぶしぶ教えてくれている。
「無事なら返事を下さいって、書き加えておいてちょうだい。それから既読の印がついたらすぐあたしに教えて」
どうしても目がいってしまうパブリックビジョンでは、幾つかの角度から遠く飛び行くドラゴンのニュース映像が流されている。けどあの人が言う通り、キャスターも目撃者も口をそろえてシーなんていなかったみたいにドラゴンのことばかりを声高と話してた。遠く引き離されてたあたしも同じ。映像には影さえ映ってない。
やがてお仕事に、観光にと訪れた魔法使いやそうじゃない人たちと一緒にアルテミスシティへ降り立つ。魔法使いたちは今日も目的地を目指して舞い上がり、羨ましいけれど無理ならあたしは他の魔法使いが動かすバスに乗って町へ繰り出した。
「どう?」
隣に腰掛けるロボへ目をやったのは、シーがSNSのメッセージを読んでくれたかどうかが気になったから。でも船からずっと耳に手をあてがったきりのロボはといえば、きっちり水平に首を振っただけだった。
落ち着かないままやがてバスは昨日、ロボの案内で歩いた道をなぞるように走り始める。見覚えのある景色にあたしは目を凝らし、目的地を行き過ぎてしまってはしょうがない、手前の駅でバスから降りた。
「急ごう、ロボ」
呼び寄せ足を繰り出せば、小さな重力のせいで体はスキップするみたいに跳ねる。
「確か、あの角を曲がった所だったわよね」
「そうでございます」
「アリョーカがいてくれるといいのだけど」
本当は焦っているのに、その浮かれたみたいな足取りであたしたちは目指す角を折れた。そこは昨日にも増して人気がなく、だからお屋敷を囲う門扉もよく見えてた。
「あったっ」
指差して、あたしは、ふわりふわりと飛ぶように門扉の前へ飛び込んでく。立ち止まって息をのんだ。
「……なに、これ」
「どういうことで、ございますか、これは……」
ロボもアゴが抜けんばかりに唖然としてるみたい。
だってないんだもの。
あったはずの立派なお屋敷は消えて、代りに塗装が剥がれて窓も割れた廃墟は、立派な門扉だと思ってた金網のフェンスに囲まれ建っていた。その奥からアンドロイドなんて出てくる気配はありっこなくて、あれほど目を引いたポーチも古びた旧式の充電用ステーションに姿を変えると「いつでも急速 充電フリー」の看板をかたわらに、地面から幾本もの充電ケーブルをホコリまみれと生やしてる。
「う、そ」
もう瞬きもできない。
「あれ、魔法だった、っていうの」
というか、そうとしか考えられない。証拠に、この変わりように大騒ぎするどころか周囲は知らぬ顔。つまりお屋敷を見たのはあたしだけで、そんなことができるとすれば魔法以外にあり得ない。
着けた仮面を嬉しそうに、クルリとシーが一回転して笑う。
力はたちまちあたしの中から抜け落ちていった。へなへなというよりふわふわと、道端へ座り込んでゆく。
「騙され、た……」
でも確かに個人で植物を持つなんて、お屋敷の中ががらんどうだったってことも、シーは絶対顔を見せてくれず、アンドロイドと二人で子供が暮らしてるなんて、思い返せばおかしなことだらけで間違いない。だからって最初から全ては嘘だと疑ってかかるなんてどうかしているし、そもそもあれが魔法だったなんて今でも信じられないくらいに屋敷の仕上がりは完璧だった。それはシーの仮面を仕立てたくらいで満足していたあたしなんかじゃ足元にも及ばない、比べたならドラゴンだってきっと軽々仕立てられる血の濃さと能力でしかないと思えるほどに。
知らぬうちにそんな誰かのお手伝いを、あたしはした。
「っていう、ことはもしかして」
なんて辿り着いたのは、こんな事実。
「あたしってザルを襲った犯人の……、共犯っ」
きゃー、と叫ぶ代わりにほっぺたを、ぎゅうと両手で挟み込む。
「だからいいことはない、って言ったろ」
またもや聞えた声に振り返っていた。
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