33*皆川琴音 - 1



■── 2007/12/3 ──■


 「『あなたに死んでほしい』」


 私がまだ幼い頃、母さんに言われた言葉をふと思い出した。

 あの日から母さんは、いつからか私の死を願うようになった。 それと同じくらいに、母さんは私を溺愛した。

 多分、一族の生存本能と、母さんの本音が混同しているのだと思う。


 いつか私も、今の母さんのように狂ってしまうのだろうか。

 そうなったとしても、私の心がちゃんと在ったことを残したい。 そのために、この日記に残そうと思う。



■── 2007/12/24 ──■


 母さんから急に、「会わせたい人がいる」と言われて、駅の隣にあるホテルのレストランに連れて行かれた。

 なんとなく想像ついてたけど、そこには知らない男の人がいた。 そして男の人の隣には、幼稚園か小学生くらいの小さな女の子もいた。

 母さんは私に、「琴音のお父さんと妹になる人だよ」と教えてくれた。

 父親の方は、年齢は母さんより10歳近くも若かった。 生体化学の先生?らしく、うちら親子に興味津々って様子だった。

 妹の方は、とても大人しい子だった。 ずっと犬のぬいぐるみを抱き締めてて、緊張しているようだった。


 私はその子(空ちゃんっていうらしい)にリラックスしてほしくて、怖がらせないように何度か話しかけた。

 小さい子どもなんて接する機会がないから、私も緊張した。

 でも空ちゃんは、自分から私の名前を尋ねてくれた。

 「『ことね』だよ」と教えると、少し恥ずかしそうに「ことちゃん?」と聞き返してくれた。

 何だか、今までに感じたことのないような幸せな気持ちになった。



■── 2008/1/1 ──■


 母さんと父は、今日入籍する。

 夜まで帰ってこないらしいから、夜之との初詣に空ちゃんも連れて行くことになった。

 夜之には事前に伝えてあったけど、初めて空ちゃんを見て、予想以上に小さい子でビックリしてたみたい。

 でも、可愛い可愛い言って、すごく面倒みてくれた。


 お参りのお願い事は、もちろん受験のこと。

 来年の春、夜之や麻美ちゃんと一緒の高校に通えますように、ってお願いしてきた。



■── 2008/4/20 ──■


 最近、空がよく傷をつくっているのを目にする。

 学校で いじめに遭っているんじゃないかって思ったけど、何を聞いても空は答えてくれない。

 その間にも、空の傷はどんどん増えていった。

 どうして空は、私やみんなを頼ってくれないんだろう。 血は繋がっていなくても、私たちは家族なのに。



■── 2008/5/2 ──■


 明日からのゴールデンウィークは、母さんたちは新婚旅行に行って留守にする。

 その間に、今度こそ、空からケガのことを聞き出したい。

 多分空の傷は、ちゃんとした力のある大人にしか付けられないものだと思う。

 考えたくはないけど、もしかしたら、私の知らないところで、母さんかお父さんから虐待に遭っているかもしれないから。



■── 2008/5/5 ──■


 夜之に相談して協力してもらった甲斐もあって、やっと空が本当のことを教えてくれた。

 やっぱり母さんから暴力を受けていた。

 空は、私の実の母親だから、私に相談することをずっと我慢していたみたい。


 実の母親とか関係なかった。 許せなかった。

 きっと今の母さんは、もう昔の母さんとは別人なんだと思う。

 一族の血を絶やさないよう、より多くの子供を産むことしか考えてない。


 まだ体の小さい空が、このまま母さんから虐待され続ければ、いつか死んでしまう。

 でも、警察には相談できないと思う。 夜之も同じことを言ってた。

 だったら、私が、母さんを止めるしかない。

 母さんが死んでも、私さえ生きていれば、本家の方々は見逃してくれると思う。



■── 2008/5/11 ──■


 母さんを止めるには、母さんを殺すしかないと確信した。

 父さんは、娘を助ける気など微塵もないらしい。 自分の研究のことしか頭にない。


 早く空を助けなきゃいけない。

 汚い大人たちに屈するわけにはいかない。



■── 2008/6/29 ──■


 母さんのやり方の見様見真似だけど、やっとイヤリングを作ることができた。

 でもこれだけ時間をかけたのに、私の血じゃ たった1つしか作れなかった。

 だからチャンスは1回だけ。

 決行は来週の火曜日。 学校の開校記念日だから、家には私と母さんだけになる。 その時を狙う。



■── 2008/7/8 ──■


 昨日、母さんを殺すことができた。

 初めて人を殺したけど、呆気なかった。 それに、実の母が死んだのに、何も感じなかった。

 母さんの死を知って泣きじゃくる空みたいに、人並みに「悲しい」と思う気すら起きなかった。

 所詮は私も、母さんと同じ死神の血が流れているんだな、って改めて思った。



■── 2008/8/30 ──■


 父さんに、縁を切られた。

 私が母さんを殺したことに気づいていたらしい。

 「お前らといると呪われる」。 そう面と向かって言われた。

 最後に空と話をすることすら許されなかった。

 でも、私は見てしまった。

 空の体には、真新しい痣が何個もあった。

 私は、空を救えなかった。



■── 2008/11/2 ──■


 空から手紙が届いた。

 ずっと会うことが許されなかったのに、突然のことでビックリした。

 内容は、私に助けてほしいというものだった。

 今は父親の実家が保護してくれているみたいだけど、父親は、毎日のように空を自分のもとに引き戻そうと訪ねてくるらしい。

 手紙の最期には、『空のかぞくは、ことちゃんだけがいい』と書かれていた。

 もしかしたら空は、母さんが死んだ時から、全部分かっていたのかもしれない。



■── 2008/12/24 ──■


 今日、空の父親と会って、殺してきた。

 まだ中3なのに、もう2人も人を殺している。 でも私は、警察に逮捕されなかった。

 「我々は、この国には存在していないんだ」と、昔おじいさまが言っていた言葉は本当だったんだと思う。

 誰も、私を裁くことはできない。 誰も、この血筋に逆らえない。






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