32*Who's me
永瀬は何かを思いついたのか、ポンと手を打った。
「そうだ。 じゃあ はじめに、俺たちの自己紹介でもしましょうか」
その言葉に、黒木は吐き捨てるように笑った。
「殺人犯がご丁寧に身元を明かしてくれるってか?」
「『殺人犯』かどうかは、俺たちの話を聞いてから判断してもらえますか?」
「なに?」
「ちゃんと質疑応答の時間を設けますから。 ちゃんと聞いててくださいね」
────この期に及んで、まだ自分たちの罪を認めないとでも言うのか……?
「それでは、まずは俺から……。 永瀬夜之です。 年齢は27歳。 警察官になろうと思ったきっかけは、幼馴染でお付き合いしていた琴音が警察に殺されたからです」
終始にこやかな表情で話した永瀬だったが、その目は一切の光を宿していなかった。 その虚ろで暗い瞳に、背筋がぞわりとした。
「琴音とは中学からの同級生で、高校も一緒でした。 自然と交際するようになって、お互いが大学を卒業したら結婚する約束もしてました」
「そんなに近しい間柄なら、なぜ7年前の事件の関係者として現れなかった?」
当時の琴音は、家族や親戚もいない天涯孤独な身だった。 琴音の死後、遺体は、ほぼ赤の他人とも言えるような遠い血縁関係者に引き渡されたと記憶している。
琴音に婚約者────さらには妹までいたのであれば、なぜ捜査の過程で名前が浮上しなかったのだろうか。
「質問は最後に受け付けます」
混乱する黒木を余所に、永瀬は空の方へと視線を移した。
「じゃあ次は空。 自己紹介して」
永瀬は、持っていた銃を黒木の額に近づけ、顎で後ろを向くよう指示した。 ゆっくりと振り返ると、まるで別人のように冷たい表情の空が立っていた。 大事そうに両手を包み込むようにして持っている拳銃は、永瀬が普段携帯している物だった。
「……立花空。 20歳。 大学生。 小さい頃に両親が離婚して、父親に引き取られた。 その後すぐに別の女と再婚し、私にお姉ちゃんができた」
「お姉ちゃん」と言った瞬間、空の目が少し潤みで揺らいだように見えた。
「琴音お姉ちゃんは、私を本物の妹のように可愛がってくれた。 優しい人だった。 でも、新しい母親は“化け物”だった」
「……化け物?」
「あの女は、父親との子供を成すことに異常なまでの執着心があった。 そして毎日、私への暴力や暴言が続いた。 ……だからお姉ちゃんは、あの女を殺してくれた」
「……なんだと?」
姉────琴音が、自らの母親を殺していただと?
「それに対して、すっかり怖がってしまった父親は、皆川家とすぐに離縁。 でもその数カ月後に死んだの。 お姉ちゃんが殺してくれたの。 そして私たちは、2人だけで暮らすことができるようになったの」
まるで懐かしい思い出話を聞かせるかのような、楽しそうな表情を浮かべる空だったが、話の内容は『楽しい』とはかけ離れすぎている。
「やっと幸せになったのに……なのに、お姉ちゃんは汚されてしまった……。 そんなお姉ちゃんを……私は、助けることが、できなかった……!」
堰を切るように、空は涙を流した。 琴音を想っての涙だろうが、その潤んだ瞳は、相も変わらず黒木を鋭く捉えて離さなかった。
「空と琴音は、血の繋がりはありません。 でも、それ以上に、彼女たち姉妹には強い繋がりがあったんです」
背後にいる永瀬の方を向くと、苦しそうな表情を浮かべ、こちらに銃を構えていた。
「……その繋がりをぶち壊したのが、俺たち警察────そう言いたいのか?」
「全てが警察の責任だとは思っていません。 でも、警察がもっとしっかりしていれば、琴音は命を絶たずに済んだ」
そう言いながら、永瀬は胸ポケットをゴソゴソと漁り始めた。
何かを取り出したかと思うと、それを黒木の方へ放り投げた。 黒木は慌ててキャッチすると、それは 少しよれた花柄カバーが特徴的な手帳だった。
「これは?」
「琴音の日記です。 そこに全てが記されています」
日記といい、永瀬たちの素性といい、なぜ7年前の事件で明らかにされていない事が多いのか────疑問に思う事はたくさんあるが、この手帳を開けば、それらの疑念も晴れるのだろうか。
黒木がゆっくりと捲った日記の1ページ目には、何とも衝撃的な文から始まっていた。
・・・******・・・
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