31*演者
「ヨル……」
「聞こえませんか? 両手を挙げて、離れてください」
静かだが、確実に殺気のこもった声だった。 黒木は、永瀬の胸倉を掴んでいた手を放し、ゆっくりと顔の高さまで挙げながら後ろに下がった。
その様子に永瀬は満足したのか、拳銃を持つ手を だらんと垂らした。 だが、黒木の後頭部に当てられた銃は、未だ下げられないままだ。
「どういうことか説明しろ」
「もちろん、そのつもりです。 『話がしたい』と言ったのは本当ですから」
にこりと微笑む永瀬の顔は、すっかり見慣れたはずなのに、まるで別人を見ているような感覚に陥った。
「……本当に、ヨルがやったのか?」
「……と、言いますと?」
「ふざけるな! 茜ちゃんを殺そうとしたのは本当なのかって言ってんだよ!」
「あまり騒がないでください」
永瀬は瞬時に拳銃を構えた。 こんな近距離で、それも現役刑事に引き金を引かれたら、確実に急所に当たるだろう。
「~~ッ、クソが!」
「茜さんは、少し身動きが取れなくなるようにしたかっただけなんです。 まさかあんな大爆発になるなんて想定外でしたけど。 でもどうせ瀕死なら、このまま目覚めない方が、都合がいいかもしれない……」
「なんだと……」
「言ったでしょう? 『俺が殺したいのは黒木さんだ』って」
「可愛がってた部下に殺されるような覚えはねぇよ」
「まさか、あの『鬼の黒木』から可愛い部下と思われていたなんて、大変幸栄です」
永瀬は、舞踏会の王子様でも気取るかのように、丁寧にお辞儀をした。
────狂ってる。
常軌を逸した言動を、そしてそれを ただ大人しく見ている事しかできない自分に、沸々と怒りがこみ上げてくる。
いま目の前にいるのは、可愛い部下などではない。 平気で人の命を奪おうとする異常者だ。
なぜ茜を傷つけた? なぜヘラヘラと ふざけていられるのか?
様々な疑問が脳内に浮かぶ混乱の中、黒木は ふと、ある一つの考えに至った。
「……三嶋ん家で会ったのは、お前か」
「やっと気づきましたか」
何がそんなに嬉しいのか、永瀬はパァっと頬を綻ばせた。 そして、再び銃を構え直した。 あの時の男の構え方と同じように────
「お前が……殺したのか?」
「あれ? 元相棒を殺されて、そんなに悲しかったんですか?」
「黙れ! お前が殺したんだろ!? 三嶋だけじゃない! 『突然死事件』は全部、お前の……お前と、あのイヤリングの仕業だろうが!」
「その口振り……来栖の分析結果を聞いたんですね? そこまで辿り着けているのなら合格です。 でも、満点ではありません」
「なに?」
「俺は飽くまで、代わりに実行したに過ぎません」
「代わりだと? この期に及んで、自分が犯した罪から逃げるのか?」
すると、後頭部の銃の当て方がグッと強くなった。
「夜之君は、琴音お姉ちゃんの復讐を全部成し遂げようとしてくれたの。 そこを誤解しないで」
黒木の背後から聞こえたのは、聞き馴染みのある 空の声だった。
「立花空か?」
「もう『お嬢ちゃん』って呼んでくれないの?」
「誰が呼ぶか。 さっさと銃を下ろせ」
「勘違いしないで。 あんたは今、私に指図なんてできる立場じゃない」
怒りの籠った その声色は、黒木の知っている空が発したものとは思えなかった。
────どいつもこいつも……全て演技だったってことか?
「随分と態度が違うじゃねぇか。 そんなに怒らせるようなことを言ったか? それに、さっきのは一体どういう意味────」
「私は あんたを見る度に殺してやりたいと思ってた! お姉ちゃんを助けられなかったくせに、ふざけたこと言わないで!」
そういうことか────
「これは、死んだ皆川琴音のための復讐か?」
「ちがう! 復讐を望んでいるのは お姉ちゃん! 私たちは、お姉ちゃんの復讐を叶えるために────!」
「空。 落ち着いて」
そう永瀬が静かに言うと、空はピタリと話すのを止めた。 だが、後頭部の銃は、ブルブルと震えていた。 今ならこの状況を打開できるかもしれない。
「黒木さん。 ちゃんと順を追って説明しますから。 だからあなたも大人しくしててくださいね」
少しでも妙な動きをしたら撃つ────そう遠回しに警告しているのだろう。
逃げ道がない以上、今は永瀬の話に耳を傾けるしか選択肢はなかった。
・・・******・・・
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