29*『スノードロップ』



「みなさーん! あの『鬼の黒木』様が、ついに我らが鑑識課にお越しくださいましたー!」


 来栖が大きく手を広げながら黒木の存在をアピールするが、その場にいた全員が ちらりと目線を送る程度に留まり、大きな反応を示さなかった。


「……あれ? もっと盛り上がると思ったのに」

「何で俺がスベってるんだよ」

「そんな落ち込まないでください」

「なってない。 さっさと結果とやらを教えろ」

「もちろんです。 ささっ、こちらへどうぞ」


 来栖は、一番隅にあるオフィスチェアに黒木を案内しながらも、現場用のカメラで黒木をパシャシャシャッと撮影している。 そんな様子すら、他の捜査員たちは見て見ぬフリをしている。 非常に居心地が悪い。


「おい。 いい加減にしろ」

「ちぇっ……。 せっかくの貴重な瞬間なのに……」


 来栖はブツブツと呟きながらもカメラを投げ出し、黒木にノートパソコンを差し出した。

 パソコンの画面に映し出されていたのは、まるで暗号のような数式やグラフ、ゾンビのようなオレンジ色のキャラクターの絵など、どれも黒木には理解不能なものばかりだった。


「イヤリングの成分表と、ちょっとした実験の結果数値です。 科捜研のお友だちも協力してくれたんですけど、これ すごくないですか?」

「俺に分かるはずねぇだろ。 わざわざ鑑識まで出向いて、俺は嫌がらせを受けてんのか?」

「そんなわけないじゃないですか! ……あっ。 ちなみにこのキャラクターは、ピーポ君です。 これなら分かるでしょ?」

「下手くそ。 どうでもいい」

「えー!? 自信あったのにー!!」

「いいから早く教えろ!」


 ひと回り萎んだ来栖は、黒木の隣に持ってきた椅子に座り、パソコンを操作しながら話し始めた。


「まず大前提に、イヤリングの素材の話は聞いてますか?」

「ああ。 ヨルから聞いてる」

「じゃあ、先日の三嶋元刑事の現場からも同じ物が発見された話は?」

「なに? それは初耳だ」

「へ~。 じゃあ黒木室長は、本当に事件と無関係だったんですね」

「だからそうだと言ってるだろ!」


 来栖はまるで、黒木の苛立ちを察知したかのように、そばにあったデスクへ そそくさと逃げた。 デスクの引き出しをゴソゴソと漁った後、戻ってきた来栖の手には、薄いガラスケースに入ったイヤリングがあった。


「そう、それ。 世にも珍しい純銀でできてるんだろ?」

「そうです。 でも純銀は、加工するのがとても難しいんです。 だから発見できてないだけで、銀以外にも何かしらある……と私は考えました」

「そこで、さらに詳しく分析したってことか」


 来栖は頷き、画面の棒グラフを指差した。 何かの分量を示しているらしく、突出して大きな数値は水分、残りの低いグラフには化学の授業で出てきそうな名前が並んでいた。


「これは、銀以外に見つかった成分を細かく分析した内訳です」

「水に近い成分……ってことか?」

「ちょっと違います。 この分析結果は、血漿けっしょうとそっくりなんです」

「血漿?」

「つまり、人の血です」


 “血”────その言葉を聞いた瞬間、全身の産毛がぞわりと逆立った感覚に襲われた。


「間違いないのか?」

「私もビックリしましたよ。 銀100%の方が、ロマンのある気味悪さですからね」


 『殺死体が大好物』で有名な来栖でさえも気味悪がるのだから、これを作った者はとても正気とは思えない。


「────じゃあ、立花空は自分の血を混ぜて作ったってことか?」

「違うんです。 解析の結果、全く別人の────それも、かなり希少な血液型だと分かりました」

「よく医療ドラマとかである、輸血が難しい血液型ってやつか?」

「そんなの可愛い方ですよ。 この血を詳しく調べようにも、何もできないんです。 なぜなら過去のデータがないから。 友だちは『生物学界のビッグニュースだ』って騒いでました」

「なんだと……」


 なぜそのような希少な血が使われたのか。 そもそも、銀と血液だけで成り立つのか。 なぜ一般人の空がこのようなイヤリングを作れるのか────。


「それともう一つ。 同じイヤリングが2個も手に入ったので、最初に預かっていたイヤリングを使って、色々と実験することができました。 こちらは結果が出たばっかりなので、雑なまとめ方ですけど……」


 そう言いながら、来栖は1枚のルーズリーフを見せた。

 手書き文字やイラストが描かれているため、『資料』というよりも『メモ』と言った方がしっくりくる。


「まず最初に、マウスにこのイヤリングの一部を接触させました。 でも、何も起きませんでした」

「じゃあヨルの推理はハズレか」

「いいえ。 別の実験では、イヤリングを削って出た粉をマウスに食べさせました。 そしたら────」


 来栖が言葉を詰まらせた。 まさか────


「死んだのか?」

「……はい。 信じられないですけど。 ものの数秒でパタリと」

「死因は何になるんだ?」

「窒息死でした。 脈が乱れて、血中酸素濃度が低下したんです」

「粉を喉に詰まらせたのか?」


 ところが来栖は、首を横に振った。


「銀粉はマウスの胃までちゃんと落ちていたんです。 ……こんなの、呪いとしか言いようがないですよ」

「『呪い』だなんて、仮にも警察官がそんなことを言うなよ」


 すると来栖は、「でも……」と何か言いたげな様子を見せた。


「なんだ? この際、何でも教えてくれ」


 そう強い口調で伝えると、来栖は浮かない顔をしながらも、パソコンを使って とあるウェブページを検索した。 そこには大きく『スノードロップ』という文字が記されていた。


「永瀬君に冗談半分で話したことがあるんです。 『スノードロップの呪いかもね』って。 そしたら永瀬君は、意外と信じてる様子でした」

「スノードロップの呪い?」

「ヨーロッパを中心に咲くお花なんです。 ……ほら、この写真。 イヤリングのデザインにそっくりでしょ?」


 確かに、画面に映るスノードロップの写真とイヤリングは、特徴がとてもよく似ていた。


「この花って、現地では色んな言い伝えがあるらしいんです。 『12月までに見つけると幸せが訪れる』とか、逆に『バレンタインデーより後だと不幸になる』とか。 誰かに贈る場合は、花言葉が『あなたの死を望みます』になるとか……」

「確かに不吉だな。 特に最後のは、知ってたらアクセサリーのデザインには選ばねぇよな」

「私もそう思います」

「『呪い』ねぇ……」


 永瀬が最初、イヤリングに着眼点を置いた時には、『そんなわけあるか』と半信半疑だった。

 だが現に、このイヤリングを中心に、事件が動いている。 黒木自身、この目で見てきている。

 これが『呪い』という言葉で片付けられる事件なら、この『呪い』はどうやって終わらせるのだろうか。 被害者と関連のある琴音が死亡している以上、この『呪い』は誰のものなのだろうか────


「黒木室長?」


 来栖に肩を叩かれ、黒木はハッと我に返った。 この道20年にもなる刑事が、こんな話を一瞬でも真に受けてしまった。


「黒木しつちょー。 さっきから電話鳴ってますよー?」

「……あ」


 スマートフォンを見ると、永瀬から着信が来ていた。 通話ボタンをタップすると、〈黒木さんっ!〉と永瀬の怒り口調が耳に響いた。


〈なーにが『すぐ向かう』ですか! ちっとも来ないじゃないですか!〉

「悪い悪い。 いま向かってるとこ」

〈それって、まだ出発してない時に使う言い訳のテンプレですよ?〉

「ほんとに向かってる。 あと10分もあれば着くから」

〈そりゃ警視庁から茜さんの病院までは、車で片道10分ですからね!〉


 珍しくご立腹な永瀬をなだめつつも、半ば強引に通話を切った。


「今のって、永瀬君ですか?」

「ああ。 茜ちゃんが運ばれた病院で落ち合うことにしてな」

「ならちょうどよかった。 さっきの説明、永瀬君にも伝えてもらえますか? もともと彼から依頼されてた件なので」

「……俺の頭と言葉で上手く伝わるか?」

「じゃあこのデータ印刷するので持って行ってください。 ────あ!」


 来栖は何かを思い出したのか、再びデスクの中を漁り始めた。 そこから取り出したのは、約20cm四方の発泡スチロールの箱だった。


「これ、よかったら使ってください」

「なんだこれ?」

「別に見てもいいですけど、永瀬君に見せた方がきっと面白いですよ」


 よく分からないが、来栖が意気揚々としているという事は、あまり良い予感はしなかった。






 ・・・******・・・


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