26*渦中



「────だーかーら! 俺は殺してないって言ってるだろうが!」


 黒木は声を荒げ、机に拳を打ちつけた。 目の前にいる刑事課の若い男二人は、「ひっ……!?」と情けない声を上げ、身体を引いた。


 この物置部屋に閉じ込められて、もう17時間以上経つ。 深夜だろうが早朝だろうが関係なしに、入れ替わりで刑事がやって来ては尋問のような聴取が行われ、黒木の苛立ちは確実に増していった。

 そして今、弱々しい若刑事らの反応に、黒木の苛立ちは頂点に達した。


「三嶋の家から、俺の指紋が出たか? 髪の毛が見つかったか? ……出るわけねぇだろ? 俺はあの家に一歩も足を踏み入れてないし、そもそも、俺は犯人を見たって言ってんだろうが!」


 机の脚をガンッと蹴ると、折り畳み式の机は いとも簡単に倒れた。 若刑事のうちの一人は、倒れてきた机に足の爪先を挟め、痛みに悶絶している。 それを見たもう一人は、キッと黒木の方を睨んだ。


「~~っ、おい! お前を傷害罪で現行犯逮捕してやる!」

「青二才が一丁前に凄んでんじゃねぇよ! これくらいで怪我するわけねぇだろが! いいから俺をここから出せ!」


 座っていたパイプ椅子を片手に掲げると、二人は悲鳴を上げながら部屋を出て行った。 だが、黒木の怒りは収まらず、二人が出て行ったドアに向かって椅子を投げた。 ドアが大きく凹んだ。


「────クソ!!」


 若刑事たちが座っていた椅子を蹴り散らしていると、不意に、凹みができたドアがゆっくりと開いた。 中に入ってきたのは、八重崎とその部下たちだった。

 八重崎は、部屋を見回したあと、呆れ気味にため息をついた。


「君は反抗期の中学生か?」

「反抗して当然だ。 一体いつまで閉じ込めんだ?」

「君が正直に話してくれれば、すぐにでも解放しているんだがな」

「全部ほんとのことしか話してねぇだろうが! 早く俺をここから出せ!」


 叫び散らす黒木を余所に、八重崎は倒れたパイプ椅子を起こし、それに腰掛けた。


「もう少し待ってくれ。 マンションの防犯カメラの分析が、思いのほか手間取っていてな」

「分析班は何をちんたらやってんだ……」

「偶然か意図的かは分からないが、“奴”はカメラを避けるように動いていた。 君と散々揉め合っている間も、どのカメラにも顔が映っていない」

「賢いもんだ。 てめぇの部下より よっぽどたくましい」


 八重崎のこめかみがピクリと動いた。


「……君はいつから犯罪者に味方するようになったんだ?」

「関心してるんだよ。 銃の構え方といい、あれは現場慣れしてる動きだった」

「君の口から初めてまともな話が聞けたよ」

「は? どういうことだよ」


 すると、今まで沈黙していた部下の一人が、黒木に一枚の資料を渡してきた。


「……これは?」

「現時点で一つだけ分かったことがある。 君の証言と防犯カメラの映像から、男が持っていた拳銃の特徴がある程度特定できた」


 資料には、防犯カメラの解析画像とともに、いくつかの拳銃の種類がまとめられていた。

 記載されている拳銃は、どれも回転式で、口径は9~12mm、全長は15~18cm。 そして────


「見慣れた名前もあるな……。 犯人は身内警察官か?」


 黒木の問いかけに対し、八重崎は眉間に皺をよせ、目を閉じるだけだった。 だが、その表情が、全てを物語っている。


「あまり考えたくはなかったが……」

「ああ……。 だが、奴が現場で何をしていたのか、『突然死事件』の実行犯なのか、まだ断定はできない。 貴重な手掛かりを掴んだ以上、これまでより慎重にならなくてはな」

「そんな悠長なこと言ってる場合か?」

「君が焦るのも分かるが、捜査のためにも、もう少し大人しくしていてくれ」

「捜査のためを思うならこそ、早く俺を現場に────」


 そう、言いかけた時だった。

 突然、部屋中に けたたましいサイレン音が鳴り響いた。


「なんだ?」


 すると、部屋の外がザワザワと騒がしくなり、人がドタバタと行き来する音が聞こえた。 只事じゃない雰囲気が伝わってくる。


「何の騒ぎだ?」


 振り返った八重崎と目が合った部下は、外の様子を確認しに素早く動いた。 だが、それと同時に、外から別の刑事が中に入ってきた。


「八重崎部長、至急 捜査本部へお戻りください」

「何があった?」

「庁舎の6階で、小規模ですが爆発がありました。 火災は発生していないようですが、怪我人が数名出ています」

「刑事課で? 正確な場所は?」

「はい。 それが……」


 刑事は、ちらりと黒木の方へ目線を向けた。 まさか────


「……特捜室か?」


 刑事は、重苦しい表情で、小さく頷いた。

 全身の血が、抜かれていくようだった。


「黒木、待て!」


 八重崎や他の刑事を振り切り、黒木は部屋を飛び出していた。

 人でごった返したエレベーターホールを横切り、階段を駆け下りた。

 6階へ出ると、鼻を刺すような臭いがした。 腕で口元を覆いながら進むと、特捜室のガラスが割れて床に散乱していた。 そして、室内の光景に、黒木は目を見開いた。


「────茜ちゃん!?」


 ソファにもたれるように倒れていたのは、全身がボロボロになった茜だった。 急いで駆け寄り、茜の上半身を抱き起すが、反応はない。

 顔や身体のところどころが火傷したかのように ただれている。 呼吸はしているが、すぐにでも消えてしまいそうなほど小さかった。


「うそだろ!? 茜ちゃん! 起きろ! 返事をしろ!」


 黒木は辺りを見回したが、他に人の気配はない。 どうやら、この部屋にいたのは茜だけのようだ。

 爆発の衝撃で、デスクの上の物があちらこちらに散らばっている。 茜のそばにあったテーブルに関しては、真ん中に大きな穴が空いていた。


「────ろ、ぎ……さ……」


 聞こえた小さな声にバッと反応すると、腕の中の茜が微かに目を開いていた。


「茜ちゃん……! 分かるか? 俺だ、黒木だ!」

「よ……、は、だい────……」

「どうした?」


 懸命に動かす唇に、耳を近づけた。


 ────ヨルは、大丈夫なの?


 その言葉に、黒木は茜を抱きしめた。


「大馬鹿者がっ……! 自分の心配をしろよ……!」


 すると、茜の身体から、ふっと力が抜けた。


「……茜ちゃん?」


 見ると、茜は再び意識を失っていた。


「茜ちゃん! しっかりしろ!」


 何度も身体を揺するが、茜は目を覚まさない。 そうしている間にも、救急隊員がやってきて、素早く応急処置をしたあと、茜を担架に乗せた。


「目を覚ませ! これで くたばる女じゃないだろ!?」


 黒木の必死の呼びかけも空しく、茜は意識のないまま運ばれていった。


 誰もいなくなった部屋で、黒木はひとり叫び続けた。






 ・・・******・・・


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