25*確かめたかったこと - 2



 「最近亡くなった人たちの……犯行……?」


 東郷が言った意味が分からず、空は彼の言葉を繰り返すしかなかった。

 いや。 もしかすると、その言葉の意味を理解したくないだけなのかもしれない────。


「公にはされていないようだが、菅原先生────彼は、皆川君に暴行を加えた張本人だと聞いている」

「……うそ、」

「そして吉岡君に関しては、他の学生や菅原先生と共謀して事件を起こしたんじゃないかと────」

「そんなことって……!!」


 空は怒りに任せて、目の前にあったテーブルをバンッと叩いた。 それに対し、東郷は、一瞬目を丸くさせたが、すぐに元の落ち着きを戻した。


「あぁ……あってはならないことだ。 だが警察は誰も逮捕しなかった……」

「どうしてですか」

「恐らく裏で、何か大きな力が干渉したのだろう。 当時は我々教員にも『情報を漏らすな』と軽い脅しがあったよ」

「……」

「皆川君には両親や身近な親戚がいなかった。 彼女の死後、不当な捜査に対して誰も訴えを起こさなかった……」


 話を聞けば聞くほど、怒りが沸々と湧き上がる。

 心も身体も傷ついた女性が、勇気を振り絞って告発したのに、誰も裁かれていない。 当時の琴音は、その事実をどう感じたのだろうか。 もしかしたら、彼女はこの事が原因で、自ら命を絶ったのではないだろうか────


「……なぜ私が君にこんな話をしたのか、分かるかい?」


 ぽつりと呟かれた東郷の言葉は、どこか弱々しかった。 目線を向けると、東郷は何かを思い返すかのように、目を閉じていた。


「君が皆川君に似ているからさ」

「……え?」

「なぜだろうね……。でも、君の揺るがない姿勢を見ていると、当時の皆川君を思い出すよ」


 東郷は、ゆっくりと目を開き、空を見た。


「だがその強さと同等に、どこか危うさも感じられる。 高く真っ直ぐ伸びた松の木が、強風に煽られて折れてしまわないか……といったところかね」

「……相変わらず、先生は盆栽がお好きなんですね」

「君の“松の木”は、そんな小さなスケールには見えんがな」


 ────この人に隠し事ができないのも、相変わらずだな。


「とても有益な情報をありがとうございます」

「頼りない年寄りの思い出話だよ。 あまり当てにはしないでくれ」

「じゃあ思い出話程度に受け止めておきます」


 空は、改めて東郷にお礼を言い、彼の研究室を後にした。

 建物の外に出て少し歩いたところで、鞄からスマートフォンを取り出した。 発信ボタンを押し、呼び出し音が鳴る中、空はゆっくりと息を吐いた。


「罰がくだって当然……だよね」











 スマートフォンの着信音が遠くで聞こえた。

 それに気づいてからは、急速に頭が覚醒していき、永瀬はぼんやりと周囲を見回した。 普段と変わらない、特捜室のデスクがあった。

 部屋の隅にある1人掛け用のソファーには、手足をだらんと広げながら寝ている茜の姿があった。 その手元やテーブルの上には、大量の書類やらファイルやらが散乱している。 昨夜、資料室から戻って来た後も、徹夜で7年前の事件について調べていたのだ。

 あとでホットコーヒーでも渡そう────呑気にそんな事を考えていたが、突然ハッと我に返った。


「そうだ、電話!」


 物が散乱する机の上を探すが、スマホは見当たらない。 いつの間にか着信音も途絶えてしまっていた。


「絶対机のどっかに置いてたはずなんだけどなー……」


 山積みになった資料の束を地道にかき分けていくと、再び着信音が聞こえた。


 ────あった!


 音が聞こえる所の資料を寄せると、スマホが着信を知らせて震えていた。 空からだ。 永瀬は慌てて電話に出た。


「もしもし!」

『────わっ!? びっくりした……、あ。 立花です。 おはようございます』


 焦って、思わず大きな声を出してしまった。


「すみません! おはようございます!」

『大丈夫ですか? かけ直しましょうか?』

「ぜんぜん大丈夫です。 それより、どうされましたか?」


 椅子の背もたれに掛けていたジャケットから、手帳とペンを取り出そうとするが、片手が塞がっていて上手く取れない。


『実は先程、昔から大学にいる教授と会ってきたんです』

「もしかして、皆川琴音さんを知っている方ですか?」

『はい。 もう十何年も理工学部にいらっしゃる先生です』

「何か聞き出せましたか?」


 ようやく手帳とペンを取り出す事ができた。 空きデスクに移動し、メモを取る準備をするが、電話の向こうから聞こえる空の声は どんよりと暗く、話すのを躊躇ためらっているようだった。


「……空さん?」

『永瀬さん……わたし……』


 ────泣いている。


 その事に気づいた永瀬は、言葉に詰まった。 こういう時、何と声を掛けていいのか分からない。


『ごめん、なさ……』

「謝らなくて大丈夫ですよ」

『はい……』

「……少し落ち着いた頃に、俺の方からかけ直しますね」


 それでは────と電話を切ろうとすると、『待って!』と空の声が届いた。


「空さん?」

『すみません……。でも、すぐにでも聞いてほしいんです……。聞いて、ほしいんですけど……』


 先程よりも酷くなった すすり泣く声は、そこで途切れてしまった。


「……分かりました。 空さん、今どこにいますか?」

『え……? 大学です……けど……』

「今から向かいますので、そのまま待っててください」

『え、でも────』

「いいから。 駐車場に着いたら、また連絡しますね」


 明らかに困惑している様子の空を無視して、永瀬は電話を切った。

 急いで部屋を出ようとした時、まだ寝ている茜の姿が目に入った。 少し考えた後、永瀬は部屋を後にした────






 程なくして戻ってきた永瀬は、手に持っていた缶コーヒーを茜のそばのテーブルに置いた。

 多少の物音は立ってしまったにもかかわらず、茜は一向に起きる様子がない。


「もう……。 コーヒー冷めちゃう前に飲んでくださいねー」


 耳元で呼びかけるが、茜は煩わしそうに顔を背け、再び寝息を立て始めた。

 半ば呆れながらも、永瀬は茜を起こさないよう、静かに部屋の外に出て扉を閉めた。






 ・・・******・・・




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