22*Open



 本庁に戻った永瀬と茜は、その足で 資料保管室へと向かった。

 夜も更け、幸いにも部屋は無人だった。


「これなら思う存分やれるわね」


 ただの調べ物なのだが、茜が言うと 何か悪い事をしているように聞こえてしまうから不思議だ。

 部屋の隅にあるパソコンを立ち上げると、IDとパスワードを求めるページが表示された。


「ここに黒木さんのIDを入れればいいんですね?」

「そうよ」

「既に上が手を回して、IDにロックが掛かってたらどうします?」

「……その時はその時よ」


 頼りない態度にため息をつきつつ、永瀬はメモに書かれた文字を入力した。

 エンターキーを押すと、たくさんのファイルが画面に表示された。 どうやら上手くアクセスできたようだ。


「入れたじゃない」

「上層部の危機管理の無さに呆れます」


 ページの概要欄から 過去の閲覧履歴を開くと、直近の日付けで1件だけデータが残されていた。

 データファイルの名前は『女子大生暴行事件』。 7年前の1月に起きた事件のようだ。


「茜さんは知ってますか?」

「いいえ。 あたしがまだ刑事になる前の事件ね」

「俺も……まだ警察学校にいました」

「暴行事件ってなると、黒木さんとは関係なさそうだけど……」


 永瀬も 茜と同じ意見だった。

 基本的に、性的被害や暴行事件を担当するのは、女性警察官だ。 男の黒木が担当した事件とは考えにくい。


 詳細データをクリックして、画面をスクロールしていくと、見覚えのある女性の顔写真が表示された。


「この子だ……」

「黒木さんが空ちゃんに見せた写真の子ね」


 名前は皆川琴音みなかわ ことね。 当時20歳の若葉大学の2年生だった。 学部は、空や麻美と同じようだ。

 冬休み明けの大学構内で暴行の被害に遭い、自ら被害届を提出している。だが───


「事件からちょうど1週間後の2月7日に、自殺……」

「死因は窒息死。 首吊り自殺だったのね……」


 茜の意見に「そうですね」と同意しかけたが、その後に続いた文章に目を疑った。


「ちょっと待ってください」

「ん?」

「『ただし死因は、司法解剖の結果に基づく結果であり、自殺に至るまでの経緯は不明』───自殺の方法が分からなかったんですよ」

「……ほんとだ。 でも、死因が不明確なのに、どうして自殺って断定できたのかしら」


 さらに下の方へスクロールしていくが、そこから報告書のファイルが急激に減った。 隅々まで読み進めるが、自殺の原因に触れているものは一切ない。


「これ……不自然じゃないですか? まるで強引に自殺と断定して、殺人や事故の可能性を端からなかったかのようにしてますよ」

「そう言われると、確かにお粗末に感じるけど……」

「やっぱり警察と何か繋がりがあるんじゃ────」

「仮にも『突然死事件』はそうだとして、この暴行事件は? 被害者をもみ消すような大層な理由があるっていうの?」

「確かに……」


 茜は「分からないことだらけね」と 大きくため息をついた後、端末を操作してデータIDのコピーと資料のプリントアウトを手早く済ませた。


「これはもう、真っ向勝負でいくしかないわね」

「……ちょっと。 問題になるようなことはやめてくださいね?」

「『また』ってなに? ただ 当時の担当刑事に話を聞きに行こうと思っただけよ」

「それが何で勝負になるんですか! ……ってか、仮にもし担当刑事として三嶋さんが関わっていた場合、本末転倒じゃないですか」


 部屋中に反響するくらいの大声で「うるさい!」と言われる筋合いが全く分からないが、当の本人はブツブツと文句を言いながら 資料をバラバラと捲っている。


「反論しないってことは、つまり勝算ないんでしょ?」

「まだ相手も知らないうちから勝算もクソもないわ」

「口わるっ。 もう言ってること滅茶苦茶じゃないですか……」


 永瀬はため息をついた後、茜が持っている資料を渡すよう手を出して促した。


「ん? 何よ」

「担当刑事への聴取は俺がやりますってこと。 茜さんに暴走されたら、相手が無事で済まない」

「人を闘牛みたいに言って……」


 茜は、永瀬に向かって資料を投げ捨てた。 それを難なくキャッチして、事件の担当刑事の記載欄を探した。

 資料の最後のページに記載されている事は分かっていたので、目的のものはすぐに見つける事ができた。 だが、そこに記載されていた名前に、永瀬は驚愕した。


「……どうしたの?」


 異変を察知した茜は、資料を覗き込んで見た。 すると、茜も永瀬と同様、大きく目を見開いて驚いた表情を浮かべた。


 担当刑事の名前は、三嶋夏希。 そして、黒木大。

 さらに、2人の管理指導を任せられていた 上司にあたる人物の名前も記載されていた。 それは、当時刑事課の主任であった八重崎だった────。






 ・・・******・・・


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